『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』とは
本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第二弾で、大陸ノベルスから1990年3月に刊行されて、2022年1月にハルキ文庫から新装版として280頁で出版された、長編の警察小説です。
『安積班シリーズ』の基本の形が構築されていく過程にある作品ですが、安積警部補の心はすでに班員への気遣いであふれています。
『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ
東京湾臨海署ー通称ベイエリア分署の管内で、テレビ局プロデューサーの落下死体が発見された。捜査に乗り出した安積警部補たちは、現場の状況から他殺と断定。被害者の利害関係から、容疑者をあぶり出した。だが、その人物には鉄壁のアリバイが…。利欲に塗られた業界の壁を刑事たちは崩せるのか?押井守氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)
『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想
本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第二弾で、安積班の面々がそれぞれに個性を発揮し活躍する読みがいのある作品です。
あるパーティーで、テレビ局のプロデューサーがビルから落ちて死亡しましたが、遺体には首を絞められた跡があり、他殺として捜査が始められます。
調べていくうちに、テレビ局内で権力争いがおこなわれている事実が発覚します。しかし被害者と対立関係にあったプロデューサーには、鉄壁のアリバイがあったのでした。
こうして本書はチームで行う捜査により、テレビ局という特殊な世界を舞台にした事件を解決していきます。
今野敏は本シリーズの第五弾の『イコン』で、かなり踏み込んだアイドル論を展開していますが、今野敏は数年間ではあるものの東芝EMIに入社し芸能界に近いところにいたそうなので納得です。
本『安積班シリーズ』の主人公は東京湾臨海署の刑事課強行犯の安積剛志警部補でしょうが、本当は「安積班」だというべきでしょう。
それは、この『安積班シリーズ』が、特定の探偵役の活躍による謎の解明ではなく、安積剛志を班長とする捜査チームの物語だからです。
つまりは、集められた事実をもとにした探偵役による推理の話ではなく、個々の具体的な人間の集まりとしての捜査チームの地道な活動の過程に主眼が置かれている物語なのです。
安積班には個性豊かな刑事たちがいて、彼ら個々人がその能力をフルに生かして捜査を行い、集められた事実をもとに班員皆で犯罪行為に隠された事実などをあぶり出し、犯人を特定します。
安積班のメンバーは、生真面目な村雨秋彦部長刑事、小太りな外見とは反対に緻密な頭脳を持つ須田三郎部長刑事、スポーツ万能で剣道五段の腕前の黒木和也巡査、安積班一で一番若い桜井太一郎巡査、そしてベイエリア分署時代だけの大橋武夫巡査です。
このほかに、安積警部補の警察学校時代の同期で速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補(初期の東京ベイエリア分署時代および『晩夏』では石倉進となっている:ウィキペディア 参照 )が安積の軽口や相談相手となっています
それに安積をライバル視している警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補を忘れてはいけません。この人物は後に東京湾臨海署刑事課強行犯第二係の係長として登場してきます。
関口苑生氏による本書の解説には、著者の今野敏は「ただただ刑事たちが右往左往する様が描かれる<警察小説>」をなかなか書かせてもらえなかった、とあります。
また、次巻『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』での関口苑生氏の解説では警察官や刑事も一人の人間であるのだから、組織の中に埋没していた「個」としての刑事を一個の人間として見つめ直し、警察小説としてのジャンルを確立した、とも書かれています。
それが、今ではベストセラーシリーズとなっており、刑事たちの地道な捜査を描く手法の警察小説が人気分野として確立されているのですから、それは今野敏の功績だというのです。
本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』はシリーズのまだ二作目ということもあるためか登場人物の紹介に紙数を割いています。
物語の中心人物である安積警部補に関してはもちろん、特に村雨や須田に関してはそうです。
ただ、この二人に関してはシリーズが進んでもそれなりの人物紹介がなされているので、もしかしたらこうした印象は再読している私の思い込みなのかもしれません。