『蓬萊』とは
本書『蓬莱』は『安積班シリーズ』の第四弾で、1994年7月に講談社から刊行されて、2016年8月に同じく講談社から444頁で文庫化された、長編の警察小説です。
徐福伝説に材をとり、今野敏のお得意の伝奇小説的な手法で日本の成り立ちにについての考察をゲーム制作に置き換えて構成してある、シリーズの中でもユニークな作品です。
『蓬萊』の簡単なあらすじ
この中に「日本」が封印されているー。ゲーム「蓬莱」の発売中止を迫る不可解な恫喝。なぜ圧力がかかるのか、ゲームに何らかの秘密が隠されているのか!?混乱の中、製作スタッフが変死する。だが事件に関わる人々と安積警部補は謎と苦闘し続ける。今野敏警察小説の原型となった不朽の傑作、新装版。(「BOOK」データベースより)
『蓬萊』の感想
本書『蓬莱』は『安積班シリーズ』の第四弾で、徐福伝説をもとに日本という国の成り立ちについても考察されている作品です。
本書での特徴としては、まず舞台が神南署であることが挙げられます。
ウィキペディアによればこの『安積班シリーズ』は、第一期の『ベイエリア分署シリーズ』、第二期の『神南署シリーズ』、そしてベイエリア分署復活後の『東京湾臨海署安積班シリーズ』と区別できるようです( ウィキペディア : 参照 )。
次に、本書での安積剛志警部補はまるでハードボイルドタッチの警察小説の主人公のような雰囲気をまとって登場しています。
本書の主人公の安積警部補は、警察官という職務に忠実ではあるものの、しかし一人の人間としての弱さも併せ持った存在として描かれていたはずです。
しかし、本書での安積警部補はその存在感だけで相手を威圧するような刑事として登場しているのです。
本書の一番の特徴としては、「蓬莱」という名のゲーム制作に名を借りて、日本という国の成り立ちまで考察することを目指していることです。
そこでは、魏志倭人伝にも記されているという徐福伝説をベースにした論理が展開されています。言ってみれば、伝奇小説的な色合いを帯びている作品だと言えます。
伝奇小説であればストーリー展開に徐福伝説を組み込んだ作品となるのでしょうが、本書の場合は徐福伝説はあくまでゲーム作成のコンセプトとして存在しているのであり、ストーリーの流れ自体には組み込まれてはいません。
そして、そのゲーム内容の説明として語られる徐福伝説がよく調べ上げられています。
そもそも本書のタイトルの「蓬莱」という言葉自体が徐福が目指した「三神山」という神聖な山の一つだとされているのです。
徐福伝説の時代背景を見ると、徐福が秦の始皇帝に「三神山」を目指すことの許しを得たのが紀元前三世紀のことであり、ちょうど日本が縄文時代から弥生時代への移行時期に当たるそうです。
そしてその際、稲作文化をもたらしたのではないか、つまりは種もみと共に稲作の多くの技術者もわたってきて先住民族と習合していったのではないか、と登場人物に言わせているのです。
そして、徐福伝説の一つとして神武天皇徐福説なども取り上げられています。
こうして本書は伝奇的要素を大いに持った物語として進行し、安積警部補たちは脇に追いやられているのです。
つまりは、シリーズの特徴である安積班というチームの人間関係を含めた警察小説としての色合いは後退し、日本の成り立ちという伝奇小説的な色合いを濃く持った作品として進行していきます。
そしてそのことは、個人的には嫌いではありません。
私にとって、伝奇小説と言えばまずは半村良であり、中でも日本国の成り立ちに絡む作品と言えば『産霊山秘録』が思い浮かびます。
また、徐福伝説といえば、夢枕獏のサイコダイバー・シリーズの最終巻である『新・魔獣狩り 完結編・倭王の城』でも、少し触れてあったと思います。
こうして伝奇小説的な要素も含みつつ、もちろん警察小説としての面白さも十二分に持った作品として楽しく読むことができた作品だということができます。