新蔵は越後岩船藩の江戸中屋敷に向かった。姫を国許に連れ戻す手はずであった。街道筋には見張りがいる。巡礼の親子に扮し、旅が始まった。手に汗握る逃走劇の背後には、江戸表と国許の確執、弱小藩生き残りをかけた幕府用人へのあがきがあった。そして、天領だった元銀山の村の秘密、父子二代に亘る任務のゆくえも絡み一筋縄ではいかないシミタツの魅力満載!山火事が迫る中、強敵と対決する!姫を伴った新蔵の旅は成就するのか? (「BOOK」データベースより)
志水辰夫が4年半ぶりに発表した長編時代小説です。
一人の男が江戸から越後の国元まで十歳の志保姫を連れ戻す、それだけの物語です。しかしながら、細谷正充氏が「逃走と追跡のドラマは、冒険小説の十八番」と書いておられるように、逃走劇こそは冒険小説の格好の舞台でした。
本書は、読み始めてしばらくは、読者には新蔵が国元まで幼い姫を連れて逃げなければならない理由は不明のままです。しばらくはそのままで、途中で拾った駕籠かきの政吉と銀治やわけありのおふさ、それに敵役の藤堂兄弟などの登場人物が色を添えているといった程度で、逃避行それ自体はそれほどに取り上げて言うべきものは無い、などと思いながら読み進めていました。
ところが、中盤あたりから物語が動き始めると、面白さは急に増してきます。更にクライマックス近くになり、この物語の隠された事実が明らかになり、それぞれの思惑が見えてくると、志水辰夫の物語です。そして、物語の終わり近く、藤堂兄弟との決着がついた後、とある女性を掻き抱いてからの新蔵の心情はまさにシミタツ節健在でした。
志水辰夫という作家は、もう80歳になるそうですが、それでいて本書のようなバイタリティあふれる作品を書かれるのですから大したものです。
冒険小説の名作中の名作であるG・ライアルの『深夜プラス1』も、フランス西岸のブルターニュからスイスとオーストリアの中間にあるリヒテンシュタインという小さな国まで、マガンハルトという実業家を運ぶだけという文字通りの逃走劇でした。この物語でも『ハヤカワミステリ』の「冒険小説人気キャラクター」部門で1位を獲得するほどの人気を博したハーヴェイ・ロヴェルなどの名物キャラクターがいました。
名作と言えばもう一冊、D・バグリィの『高い砦』もあります。こちらはアンデス山中でハイジャックされ生き残った九名の、山中からの脱出を描いた作品です。彼らを追うのは軍事政権側の部隊が追いかけてきており、朝鮮戦争の生き残りであるパイロットのオハラを中心にした闘いの素人である九名の生存者たちの闘い方のユニークさもあり大人気となった小説です。