辻堂 魁

風の市兵衛シリーズ

イラスト1
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九歳になる音羽の色茶屋の倅・藤蔵は、勘定方を輩出する算勘専門の私塾入門を目指し、“算盤侍”唐木市兵衛を師に招いた。同じ頃、市兵衛の周囲には、殺気を纏う托鉢僧や謎の祈禧師集団が出没、不穏に。一方、芸者勤めをする藤蔵の姉・歌は、旗本・桜井長太夫につきまとわれていた。やがて祈禧師らが動き始め、江戸を地獄に変える夜が始まろうとしていた…。(上)
旗本・桜井長太夫の芸者・歌への執着を利用して音羽の花街を取り締まらせ、同時に付け火で町方を混乱させた祈祷師盗賊団の金座襲撃は成功した。その夜歌が失踪、市兵衛は捜索に乗り出し、面目を失った奉行所も一味捕縛へ躍起に。最中、市兵衛に迫る托鉢僧が剣の兄弟子・真達で、目的が市兵衛誅殺と判明するが…。市兵衛の過去も明らかになる、シリーズ最高傑作。(下)(「BOOK」データベースより)

風の市兵衛シリーズ第六弾です。

本書での市兵衛は、剣士としての市兵衛ではありません。どちらかといえば算盤侍としての市兵衛でしょうが、それでもない、家庭教師としての顔がメインになっています。

市兵衛は音羽の色茶屋の息子の藤蔵の家庭教師として、籐蔵が算勘専門の私塾へ入門するための手助けを頼まれます。そこに、籐蔵の姉の歌に懸想する旗本、桜井長太夫や、長太夫を陰で操っている祈祷師などの暗躍が始まり、剣士としての市兵衛が活躍するのです。

家庭教師としての市兵衛の顔が見える本書ですが、この面もなかなかのものです。

市兵衛の数学の授業の中で、私たちが「アキレスと亀」の名で知っている問題が出てきます。現代社会では一般に「ゼノンのパラドックス」としても高名なこの問題を、市兵衛は籐蔵に噛み砕いて教える場面があります。うまいこと教えるものだと関心をして読んだのですが、私は未だにこの問題の説明ができません。

市兵衛のような先生がいたら私の学校での数学の成績も確実にアップしたであろうと思うのですが、まあ、実際には学力アップは無理だったでしょう。勉強する人間はどんな状況下でも勉強をするものでしょうし、サボり癖のある人間はどのような状況下でもサボるのだと思いなおしました。

ところで、本書は「シリーズ最高傑作」と惹書にもあるように、かなり人気のある作品です。実際、面白い作品でした。しかし、私としては前作に軍配をあげたいと思います。

本書では市兵衛の兄の十人目付筆頭の片岡信正やその部下で小人目付の返弥陀之介、北町奉行所定町廻り同心の渋井鬼三次など、シリーズオールスターキャストの作品となっており、上下二巻という長さからも分かるように、作者もかなり力を入れている作品だと思われます。

しかし、それでもなお前巻が面白いと思うのは、前巻の中心人物である元北相馬藩士中江半十郎の潔さにあると思われ、そうした人情話が私の琴線に触れたのでしょう。

ともあれ、続刊を読みたいと思うのみです。

[投稿日]2017年06月26日  [最終更新日]2017年6月26日
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