人質を楯に、身代金を奪った犯人は、厳重な包囲の中で、ビルの9階からエレベーターに乗り込んだが、1階についた時には消えていた!その頃、近くのマンションで、右翼の大物が何者かに射殺された。“2つの事件は関連するものなのか?”居合わせた警視庁公安刑事・桂田の暗い瞳が光った。彼は、2年前に妻子に逃げられ、それ以後、人が変わったといわれる。その凄腕に更に磨きがかかり…。(「BOOK」データベースより)
形としては逢坂剛の人気シリーズの一つ『MOZU』の第一巻となる長編のハードボイルド小説です。
しかし実質的には、シリーズとは独立した別物と考えたほうがよさそうです。『MOZU』シリーズとは津城警視という登場人物が共通するだけと言えます。
本書の小説としての評価は、物語の中盤で起きるイベントの必然性が弱いなど、決して高いとは言えないでしょう。しかしながら、本書の出版年が1981年と、逢坂剛のごく初期の作品であることを考えると逆に凄いと思えます。
この作品の五年後に『カディスの赤い星』で直木賞、日本冒険小説協会大賞を受賞しているのですから、本書の時点でそれなりの力があったと言うべきなのかもしれません。
通常、推理小説の主人公は刑法犯を取り締まる刑事であることが一般で、警備課に属する公安を主人公とする作品はあまりないと思っていたのですが、ちょっと調べるとけっこうありました。勿論、警察小説全体からするとごく少数ではありますが。
ただ、公安警察の国家を守るというその性質上から、刑事が活躍する推理小説のような作品とは異なり、本書も含めて冒険小説的、それもスパイ小説的要素のほうが強い作品が目立ちます。
例えば、私が既読のものとしては今野敏の『曙光の街』から始まる『公安捜査官シリーズ』や福井晴敏の『Op.(オペレーション)ローズダスト』などがあります。『曙光の街』はシリーズ途中から物語の雰囲気が変わってきてはいますが、今野敏らしい読みやすく面白い作品です。一方、『Op.ローズダスト』は丁寧に書きこまれたシリアスなスパイアクションと言えるでしょうか。
他に、現役の公安だったという経歴をもつ濱嘉之には『警視庁情報官シリーズ』がありますし、記者だった竹内明には『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』という作品があります。ともに評判はよく、早い機会に読んでみたい作品リストに挙げても良い作品です。