『幸村を討て』とは
本書『幸村を討て』は2022年3月に刊行された、527頁の長編の歴史小説です。
真田家の父昌行、兄の信之と弟の信繁という親子、兄弟の物語を徳川家康の想いを中心に描き直した力作で、面白く読めた作品でした。
『幸村を討て』の簡単なあらすじ
亡き昌幸とその次男幸村ー何年にもわたる真田父子の企みを読めず、翻弄される諸将。徳川家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、毛利勝永、ついには昌幸の長男信之までもが、口々に叫んだ。「幸村を討て!」と…。戦国最後の戦いを通じて描く、親子、兄弟、そして「家」をめぐる、切なくも手に汗握る物語。(「BOOK」データベースより)
京の二条城で豊臣秀頼と面会した徳川家康は、その偉丈夫ぶりを見て豊臣家を滅ぼすことを決めた。
その後、浪人を集め開戦に備える豊臣に対し、二十万の大軍をもって大坂城を包囲した家康軍だったが、ただ大坂城の南に真田幸村の手で出城が築かれていた。
じっくりと構えて責め立てようとする家康だったが、何故か前田隊は真田丸に猛攻を仕掛けてしまうのだった。
急いで止めようとするその時、大阪城内から天を衝くような爆音が起こったものの、前田隊はその機会を利用して退却しようともしない。
前田の話を聞くと、南条元忠が内応し開門するとの徳川家からの伝令があったというのだ。その上、南条は内応が露見し、大阪城内で腹を切ったというのだ。
天守へ命中した大砲により和議となり、大阪城の堀を埋め立てたのち、再度の戦となるが、その際に豊臣方の総大将であった織田有楽斎が、患者であることがばれそうになり城を抜けてきた。
四月の二十六日、最大の戦となるだろうその日、徳川勢は毛利勝永の攻めに押されていたが、真田の一隊が家康本陣へと迫り、幸村は十文字槍を投げてきた。
おかしなことに、槍ははずれたが、しかし幸村は家康を見て確かに笑ったのだった。
戦後、真田幸村に纏わる一切のことを調べると決めるのだった。
『幸村を討て』の感想
本書『幸村を討て』については、なんの前提知識もないままに、単純に大坂城夏の陣の終わりとともに幸村もその命を全うした史実にならい、それだけの物語だと思っていました。
ところが実際に読んでみると、幸村という存在についての情報の曖昧さに加え、大坂城落城の後の思いもかけない展開へと連なっていくのには驚きました。
本書では、徳川家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、毛利勝永といった武将たちが登場します。
そして物語の構成として、まずはいわゆる大坂夏の陣で幸村が家康の本陣まで斬り込むところから始まります。
その際の幸村の不可解な行動は、それまでの幸村の行動ともあわせ、家康の疑念を膨らませることになり、幸村を知るためにこれまでの幸村の行いの全てを調査することになるのです。
その後、織田有楽斎以下の先に述べた武将たちの視点での物語が始まります。
その物語は、それぞれの武将を主人公にした短編でもあり、その短編は真田幸村という武将に焦点があてられているのです。
そして、全体として一編のミステリーとして仕上がっているのであり、真田昌幸、惣領の信幸(之)、信繁(幸村)という戦国の真田家の物語が描き出されていきます。
読みながら思ったのは、この作者今村翔吾の作品の『八本目の槍』という作品にその構成が似ているということです。
『八本目の槍』では、加藤清正や福島正則といった「賤ヶ岳の戦い」で名をあげ、「賤ヶ岳の七本槍」と呼ばれるようになった七人の武者たちの話を通して石田三成という人物を再構成するという話でした。
本書『幸村を討て』もまた、織田有楽斎や伊達政宗、後藤又兵衛といった武将たちの物語を通して真田幸村という人物像を構築しようとするにあります。
本書の場合はそれに留まらず、真田家の物語として再構築されるに至るところが異なると言えば異なるのかもしれません。
このところ、何冊か今村翔吾作品を読んできてあらためて思うのですが、今村翔吾という作家の傾向として、登場人物相互の腹の探り合いが少々都合がよすぎる気がしないでもありません。
特に本書では、物語の都合に合わせて登場人物たちが表面上はともかく、内心では理解し合っていたなどというのは若干の疑問を思えながらの読書でした。
幸村と後藤又兵衛や南条元忠、伊達政宗らとのかかわりを描くなかでの当事者同士の腹芸を示す場面や、特にクライマックスでの家康と正信、そして信之との会話の場面などがそうです。
さらに言えば、全く個人的な好みとして今村翔吾作品では、私の好きな葉室麟や青山文平らの作品とは異なり、風景描写や心象風景などが全くなく、事実だけを語っていくその手法は、何となく違和感を感じていたものです。
とはいえ、本書『幸村を討て』自体の面白さを否定するものではありません。
「幸村を討て」という言葉に、その言葉を発した人物により様々な意味を持たせ、その言葉を発するに至る物語を構築するなど驚くだけでした。
この作者の物語が湿度が低いなどという個人的な好みはどこかに飛んでいきそうな見事な展開です。
その上、戦国武将としての真田昌幸と信之、信繁兄弟の話、また真田と徳川家康の関係などの視点も面白いものでした。
上記の不満は、単に一読者の好みと若干異なるというだけの個人的な話であって、本書の面白さは否定できません。
物語を構築するうまさは素晴らしいものであり、今後も目を離せない作家さんの一人です。