花村 萬月

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本書『弾正星』は、通常は悪役として描かれることの多い、松永弾正久秀を描いた長編の歴史時代小説です。

独特の感性で描かれた本書は、花村萬月という作家の作品の中でもベストと言ってもいいほどに面白く、また魅入られた小説でした。

 

時は戦国、下剋上の世。京都・相国寺近くにある三好家の屋敷に、その男はいた。得体の知れぬ出自でありながら、茶の湯に通じ、右筆として仕える野心家である。気に食わぬ者は容赦なく首を刎ね、殺害した女を姦通し、権謀術数を駆使して戦国大名へと成り上がっていく。織田信長ですら畏れた稀代の梟雄・松永弾正久秀を突き動かすものは、野望かそれとも…!?「悪とは何か」を問う新感覚時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

松永弾正久秀とは、戦国時代に三好長慶(みよしながよし)のもとで名を為し、長慶の死後は畿内の混乱の中心にいた武将です。

丹野蘭十郎(たんのらんじゅうろう)は三好範長(みよしのりなが)の屋敷で右筆(ゆうひつ)の空きがあると聞き彼の屋敷を訪れます。

そこで松永久秀(まつながひさひで)という男に出会い、何故か久秀に気にいられた蘭十郎は久秀の右筆となり、以後の久秀の語り部となるのでした。

 

戦国時代を描いた小説では、必ずと言って良いほどに松永弾正という名が出て来ます。しかし、すぐに織田信長により滅ぼされる、権謀術数の巧みな悪役として描かれているのです。

例えば、戦国時代を描いた代表的な作品である 司馬遼太郎の『国盗り物語』でも当然ながら将軍義輝をも殺した戦国の悪役として描かれています。

ただ、 垣根涼介の『信長の原理』では単なる悪役以上のそれなりの武将として評価し少なくない紙面を費やしてあります。

 

 

更には、第163回直木賞の候補作となった 今村翔吾の『じんかん』という作品があります。まだ読んでいないのではっきりとは言えませんが、単に悪役としてではなく、松永久秀本人に焦点を当てて、その実像を再評価してあるもののようです。

 

 

本書『弾正星』は、そんな松永弾正を彼のそばにいた男の目線で語った物語です。

つまり全編が蘭十郎の目線です。そして、弾正も蘭十郎も関西弁で語ります。この関西弁のテンポ、ニュアンスが独特な雰囲気を更に個性的なものとしているようです。

 

花村満月という作家についてはエロスと暴力の世界を良く言われますが、この作者の描く人間はどこかエキセントリックでありながらも、妖しげに魅力を持っています。

読み始めは少し冗長と感じました。しかし、次第に「茶の湯とは無価値のものに途轍もない価値を付ける道具商売」だと言い切り、「価値とはもっともらしい嘘」などと言う花村満月の作りだす『弾正星』での悪人久秀像に次第に引き込まれていきます。

語り部たる蘭十郎も次第に久秀の考え方を理解していきます。その間の二人の在りようの描き方が、実にこの作家ならではの「掛け合い」なのです。極端に言えばこの作品『弾正星』は久秀と蘭十郎との会話で成り立っています。

 

しかし、後半から終盤に差し掛かり織田信長の名前が見えてくるあたりから物語の動きが大きくなります。特に弾正久秀、蘭十郎と織田信長が対面する場面の緊迫感はさすがです。

殆どを蘭十郎にしゃべらせる久秀でしたが、信長の「主家を裏切っても臆せず、将軍を弑しても悪びれずに泰然としていられるのは何故か。」との直接の問いに対して「我も人。三好長慶も人。将軍義輝も人。」と一言で答えます。続けて「ではこの信長も」と問う信長に対し、「」と答える場面は圧巻でした。

そのすぐ後でのこの作者らしくひとしきりの濡れ場の後、蘭十郎とその妻まさ音とで久秀のところへ出かけての場面も同様で、男と女、夫婦、ひとと人との繋がりなど、思わず引き込まれてしまうひと舞台でした。

 

蛇足ながら、その終盤での久秀と欄十郎との会話。「いつのまにやら死ぬいうことが、他人事ではない歳になってしまいました。ついこないだまでは死ぬいうことがどこか他人事やったんですわ。ところが他人事でも余所事(よそごと)でもおまへん。」というなんでもない言葉が、じっくりと身に沁みる、そうした年齢に自分がいるということを思い知らされ、先に逝ってしまった仲間を思ったりしてしまいました。

帯に直木賞作家の桜木紫乃氏の「とんがって、とんがって、まだ尖り続ける花村満月美学の最先端。悪とエロス、全ての男と女におくる魂の物語。」との言葉がありました。

どこまでが真実でどこからが花村氏の作りだした虚構なのかは良く分かりません。でも、信長でさえも一目置いたと表現される松永久秀という人物が、私の中で、これまでの戦国時代の悪者という扱いからそれなりの人物として認識するようになったのは間違いありません。

[投稿日]2015年04月16日  [最終更新日]2020年7月29日
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