『あきない世傳金と銀 源流篇』とは
本書『あきない世傳金と銀 源流篇』は『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第一弾で、2016年2月に角川春樹事務所から288頁の文庫書き下ろしとして出版された、長編の時代小説です。
前作の『みをつくし料理帖シリーズ』は料理の世界を描いたシリーズでしたが、今度は商売の世界を舞台にした作品で、とても楽しく読んだ作品です。
『あきない世傳金と銀 源流篇』の簡単なあらすじ
物がさっぱり売れない享保期に、摂津の津門村に学者の子として生を受けた幸。父から「商は詐なり」と教えられて育ったはずが、享保の大飢饉や家族との別離を経て、齢九つで大坂天満にある呉服商「五鈴屋」に奉公へ出されることになる。慣れない商家で「一生、鍋の底を磨いて過ごす」女衆でありながら、番頭・治兵衛に才を認められ、徐々に商いに心を惹かれていく。果たして、商いは詐なのか。あるいは、ひとが生涯を賭けて歩むべき道か―大ベストセラー「みをつくし料理帖」の著者が贈る、商道を見据える新シリーズ、ついに開幕! (「BOOK」データベースより)
『あきない世傳金と銀 源流篇』の感想
本書『あきない世傳金と銀 源流篇』は、呉服屋「五鈴屋」に奉公した身でありながらも商売を覚え成長する娘の姿を描いた本シリーズの第一歩を描いた作品です。
十八世紀初頭の江戸時代において第八代将軍徳川吉宗によって行われた幕政改革を、その時代の年号に基づいて「享保の改革」といいます。
倹約と増税による財政再建を目指していたその改革により、幕府の財政は改善されたものの、農民は負担を強いられ、経済は冷え込んでしまうのでした。
この作品は、そうした時代を背景とした物語です。
武庫川の河口域にある津門村で生まれた幸は、いわゆる享保の大飢饉で兄の雅由を、そして疫病により学者であった父も亡くしてしまいます。そのために大坂天満の呉服商「五鈴屋」へ女衆として奉公に出ることになりました。
その「五鈴屋」では、どうしようもない遊び人で周りからは阿呆ボンと呼ばれている長男の四代目徳兵衛を始め、商売の才能は豊かであるものの情に欠ける二男の惣次、戯作好きの三男の智蔵という三人の兄弟がいました。
そして、この兄弟の祖母の富久が目を光らせており、更に番頭の治兵衛が実質的に店の切り盛りをしていました。
幸は、この五鈴屋で、生来の知識欲を発揮して商売について学んでいくのです。そうした幸の姿から商売の才能を見抜いたのは三男の智蔵であり、そして番頭の治兵衛でした。
本書『あきない世傳金と銀 源流篇』では、この『あきない世傳金と銀 シリーズ』の主人公である幸が呉服屋の勝手方の単なる下働きから始まり、女衆としての生活の中で身近な商売に関する知識を蓄えていき、思いもかけない運命の変転に翻弄される姿が描かれていきます。
そもそも阿保ボンと呼ばれるほどの四代目徳兵衛が、放蕩三昧のすえ、やっと貰った嫁ともうまくいかず、結局は商売仲間からも見放され、五鈴屋の商売も出来なくなる瀬戸際にまで陥ります。
そこに高い能力を有する幸の出番が来るのですが、そこで幸の人生に新たな道筋をつけたのが、幸の能力を見抜いた番頭の治兵衛だったのです。
高田郁の作品では、『みをつくし料理帖しシリーズ』でも『出世花シリーズ』でも主人公となる娘がただひたすら誠実に、しかし一生懸命に生きる姿が描かれていて、そのひたむきな姿が読者の心を打ちます。
それは、主人公が一人頑張る姿が胸を打つ以上に、主人公が困難に直面した時に主人公の回りで彼女を支えてくれる人たちがいて、彼らに支えられながらその困難に立ち向かう主人公の姿に心打たれるのだと思います。
それをさせてくれる人たちが、本書では番頭の治兵衛であり、同じ女衆の朋輩であり、そしてお家さんになるのでしょう。
この『あきない世傳金と銀 シリーズ』はまだ一巻しか読んでいないのではっきりとしたことは言えないのですが、本シリーズと同様の一人の娘の成長譚である『みをつくし料理帖しシリーズ』よりも、本書のほうが物語として深みを増しているように感じます。
それは主人公が五鈴屋に奉公することになるのは九歳とまだ幼く、商売については全くの無知な状態で始まるために読者と同じような目線で商売を勉強していくことにあるのかもしれません。
その理由はよくは分からないのですが、高田郁の新しい物語として期待していいとおもわれます。