砂原 浩太朗

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高瀬庄左衛門御留書』とは

 

本書『高瀬庄左衛門御留書』は、新刊書で335頁の長編の時代小説で、第165回直木賞と第134回山本周五郎賞という両賞の候補作となった作品です。

本書『高瀬庄左衛門御留書』は、2021年1月に講談社からハードカバーで刊行され、2023年6月に講談社から464頁の文庫として出版された、長編の時代小説です。

近頃わたしが好みだと思った作家さんとして葉室麟、青山文平、野口卓といった人たちがいますが、本書の作者砂原浩太朗氏もまたその中に入りそうな作家さんです。

 

高瀬庄左衛門御留書』の簡単なあらすじ

 

神山藩で、郡方を務める高瀬庄左衛門。五十歳を前に妻に先立たれ、俊才の誉れ高く、郡方本役に就いた息子を事故で失ってしまう。残された嫁の志穂とともに、手慰みに絵を描きながら、寂寥と悔恨の中に生きていた。しかし藩の政争の嵐が、倹しく老いてゆく庄左衛門を襲う。文学各賞を受賞した珠玉の時代小説。第9回野村胡堂文学賞/第11回「本屋が選ぶ時代小説大賞」/第15回舟橋聖一文学賞/「本の雑誌」2021年上半期ベスト10第1位。(「BOOK」データベースより)

 

高瀬庄左衛門御留書』の感想

 

本書『高瀬庄左衛門御留書』は、既に息子にあとを継がせて好きな絵を描いて暮らす隠居の身の高瀬庄左衛門という男の物語です。

家督を譲って隠居しているという人物を描くという点では藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』のようであり、その佇まいはまた身分、立場は異なるものの、野口卓の『軍鶏侍シリーズ』の主人公、岩倉源太夫のようでもあります。


 

心に沁みる時代小説と言えば、とくに藤沢周平という作家が取り上げられることが多いようです。

それは、藤沢周平が紡ぎ出す文章やその作品世界が持つ清々しさが、古き良き日本へと連なる美しさを醸し出すなどの理由があると思われます。

そして、葉室麟青山文平など落ち着いた文章を持つ時代小説の新たな書き手が現れるたび、藤沢周平の名が取りざたされるのです。

本書の作者砂原浩太朗もまた同様であり、新人でありながら落ち着いたたたずまいの作風を持つこの作者は私の琴線に触れる作家さんでした。

 

作者の砂原浩太朗の文章は、読み始めはとくに何ということはない文章のように感じていました。

近いと思える青山文平と比べても、硬質で張り詰めた緊張感を持つ青山文平の文章と異なり、特に特徴が無いように思えたのです。

また、同時期に読んだために比べてしまった同じ第165回直木賞の候補作であった澤田瞳子の『星落ちて、なお』と比べても、実にあっさりと感じる文章でした。

星落ちて、なお』は、河鍋暁斎の娘の女絵師・暁翠の明治大正という時代を生き抜いた姿を描いた第165回直木賞を受賞した作品で、情景が詳細に描写してあり、さらには人物なり時代なりの詳しい説明が為されています。

 

ところが本書『高瀬庄左衛門御留書』の場合、事前の背景描写がなされるだけで、人物の詳細な心象描写はあまりなく、描かれる場合もわずかであり、客観的な心象風景に委ねてあるのです。

でありながら、すぐにこの文章の静かで落ち着いた雰囲気になじみ、心に沁みるようになってきました。

どちらがいいとか悪いとかの話ではありません。単に自分の好みとして本書の文章の方が好みであるということだけです。

ただ、一言付け加えれば『星落ちて、なお』の方はそう遠くない過去に実在した人物を描いているのであり、史実を説明する必要があったということはあるかもしれません。

というのも、この作者の澤田瞳子の過去の作品の文体はもう少し説明的でなく、気楽に描かれていたように思うのです。

 

ともあれ、本書『高瀬庄左衛門御留書』は読み始めから惹き込まれました。そして、一気に読み終えてしまいました。

ストーリー自体は単純ではありません。というよりも複雑といった方がいいのかもしれません。

息子の死。実家へと帰った息子の嫁志穂の数日おきの来訪。息子に引き継いだ郡方の役務への復帰。一人の若侍の危難を救った主人公とその若侍の交流。藩内の抗争とその抗争に巻き込まれる主人公。

登場する人物も少なくはなく、人間関係を把握し覚えておくのも簡単ではありません。もう少し話を単純にし、登場人物の相関関係も簡略化できていればなどと思うこともありました。

しかし、それでもなお本書にひかれました。

 

その理由の一つとして、主人公高瀬庄左衛門の言葉に魅力が挙げられると思います。

本書終盤近くで、生前の息子と学業を争った青年に向かって言った言葉で、「人などと申すものは、しょせん生きているだけで誰かのさまたげとなるもの・・・均して平なら、それで上等」という文言があります。

この言葉など、そのままに私たちの普通の生活の中で意識し、救いとなる言葉でもあるでしょう。

 

また、本書『高瀬庄左衛門御留書』の中で、庄左衛門とかつて庄左衛門が思いを寄せたことのある芳乃という女性との会話の場面がありました。

庄左衛門が絵を描くようになった原因が、「じつはあの居室にこそ淵源があったのかもしれない。」などという庄左衛門の心の内と、その背景の自然の描き方がとても好ましく思えます。

こうした処理の仕方は藤沢周平青山文平といった作家にも通じる心地の良さを感じるのです。

この庄左衛門と芳乃の会話の場面では藤沢周平の『蝉しぐれ』の映画での、主人公牧文四郎役の市川染五郎とふく役の木村佳乃との年を経てからの会話の場面を思い出しました。

こうした印象は、著者砂原浩太朗自らが「藤沢教信者」といい、「自分にとって藤沢先生は特別な存在。藤沢作品は、小説のひとつの理想型ではないかと思っています」といわれているほどであり、あながちはずれでもないと思っています( 小説丸 : 参照 )。

 

だからといって本書『高瀬庄左衛門御留書』が手放しで面白い作品だったということでもありません。先に述べた単純ではないストーリーなどの他に、何となくの物語の浅さを感じるのです。

その理由もよく分からない、素人の私の単純な感想であり無責任という他ないのでしょうが、もう少し厚みを感じる物語を期待したいのです。

 

とはいえ、繰り返しますが冒頭から惹き込まれて作品であることは嘘ではなく、物語の世界に身を委ねる感覚になった作品は久しぶりでもありました。

まだデビュー二作目だという作者には過大な要求かもしれませんが、今後の作品が期待される作家さんです。

[投稿日]2021年09月16日  [最終更新日]2024年11月26日

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