砂原 浩太朗

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黛家の兄弟』とは

 

本書『黛家の兄弟』は『神山藩シリーズ』の第二弾作品で、2022年1月に刊行された410頁の長編の時代小説です。

青山文平以来、近年の時代小説作家で私の好みに合致した時代小説作家の一人である砂原浩太朗の作品で、藤沢周平作品にも似た感動的な一編でした。

 

黛家の兄弟』の簡単なあらすじ

 

「-未熟は悪でござる」兄弟の誇りを守るため、少年は権力者になった。神山藩で代々筆頭家老の黛家。三男の新三郎は、兄たちとは付かず離れず、道場仲間の圭蔵と穏やかな青春の日々を過ごしていた。しかし人生の転機を迎え、大目付を務める黒沢家に婿入りし、政務を学び始める。そんな中、黛家の未来を揺るがす大事件が起こる。その理不尽な顛末に、三兄弟は翻弄されていく。時代小説の新潮流「神山藩シリーズ」第二弾!(「BOOK」データベースより)

第165回直木賞、第34回山本周五郎賞候補『高瀬庄左衛門御留書』の砂原浩太朗が描く、陥穽あり、乱刃あり、青春ありの躍動感溢れる時代小説。

道は違えど、思いはひとつ。
政争の嵐の中、三兄弟の絆が試される。

『高瀬庄左衛門御留書』の泰然たる感動から一転、今度は17歳の武士が主人公。
神山藩で代々筆頭家老の黛家。三男の新三郎は、兄たちとは付かず離れず、道場仲間の圭蔵と穏やかな青春の日々を過ごしている。しかし人生の転機を迎え、大目付を務める黒沢家に婿入りし、政務を学び始めていた。そんな中、黛家の未来を揺るがす大事件が起こる。その理不尽な顛末に、三兄弟は翻弄されていく。

令和の時代小説の新潮流「神山藩シリーズ」第二弾!

~「神山藩シリーズ」とは~
架空の藩「神山藩」を舞台とした砂原浩太朗の時代小説シリーズ。それぞれ主人公も年代も違うので続き物ではないが、統一された世界観で物語が紡がれる。(内容紹介(出版社より))

 

黛家の兄弟』の感想

 

本書『黛家の兄弟』は、『高瀬庄左衛門御留書』に続く『神山藩シリーズ』の第二弾の作品です。

こうした架空の藩を前提とした作品と言えばまずは藤沢周平の海坂藩を思い出します。他にもいくつかの作品を思い出しますが、何と言っても「海坂藩」に尽きるのではないでしょうか。

 

 

だからというわけでもないのですが、本書の作者砂原浩太朗の印象を大家と言われる時代小説作家の中で見ると、山本周五郎というよりは藤沢周平の雰囲気を醸し出していると思います。

そうした作家と言えば近年では青山文平であり、葉室麟をあげることができるのではないでしょうか。

特に青山文平はその特徴の一つとしてミステリータッチな描写が特徴的なのですが、本書の著者の砂原浩太郎も伏線の貼り方が見事で、その点でも共通していると思います。

 

本書『黛家の兄弟』の著者砂原浩太朗の前著『高瀬庄左衛門御留書』でもそうでしたが、けっして大時代的な台詞回しではなく、どちらかと言えば抑えた語り口で静かに語る中で登場人物の人となりや性格までも語り聞かせています。

そうするうちにストーリーまでもさらりと語られており、読者は物語世界にいつの間にか引きずり込まれているのです。

そうした丁寧さがこの作者の一番の魅力であり、そのことは本書でも十分に魅せられています。

 

 

黛家の兄弟』の物語は黛三兄弟が藩内の争いに巻き込まれていく様子が描かれているのですが、読み進む中で細かな意外性、遊びが随所に仕掛けられていて、この点でも惹き込まれてしまいます。

前半の青春小説としての側面もさることながら、後半の重厚感を伴った展開もまた違った顔を見せてくれる楽しみがあり、そうした異なった顔もまた本書の魅力として挙げることができるでしょう。

登場人物は、まずは物語の中心となる筆頭家老の家柄である黛家の三兄弟として、長兄の栄之丞、次兄の壮十郎、三男の新三郎がいて、黛三兄弟の父親の黛清左衛門がいます。

また、新三郎の幼馴染である由利圭蔵や、さらに父清左衛門の友でもある藩祖につながる家柄の大目付黒沢織部正やその娘のりくが重要です。

そして、敵役として次席家老の漆原内記の存在感が素晴らしく、その息子として伊之助が登場し、内記の腰巾着的立場の尾木将監海老塚播磨らがいます。

他に、目付役筆頭の久保田や新三郎付きの女中のやえなどが重要な役割を果たしています。

 

本書『黛家の兄弟』は大きく二部に別れており、第一部は本書の主人公である三男の黛新三郎が次兄の壮十郎を差し置いて養子の口がかかり、目付として成長していく様子が描かれます。

第二部は第一部の十三年後が描かれていて、あの新三郎がどのように成長しているか、今後どのように生きていくかに焦点が当てられています。

 

第一部は、放蕩していた次兄の壮十郎がとある事件を起こし、新三郎がその事件の処理に奔走する姿があります。

いまだ、新人目付役としての新三郎が、慣れぬ仕事に振り回されつつも兄弟のつながりを保とうと足掻く姿は感動的です。

しかしながら、その事件は「未熟は悪」だということを思い知らされる結果となり、慟哭する新三郎の姿で終わります。

ここで、漆原内記からは「同じことなら、強い虫になられるがよい」と声をかけられますがその意味が今一つ億分りませんでした。

その直前に「黒沢はよい買い物をした」とも言われていることからすれば、新三郎のことをそれなりに評価してのことだとは思われるのですが。

 

第二部は家老職で善政を敷く長兄の栄之丞と、目付として藩内でも重きを置かれるようになってきている新三郎の姿があります。

さらには、身分のちがいを越えた道場仲間であった新三郎と由利圭蔵の関係も社会の仕組みの中で変質を遂げていくのです。

未熟な若者としての新三郎と、目付として経験を積んだ新三郎との差異も見どころの一つでしょう。

加えて、新三郎とやえやりくという女たちとの関係のあり方も読ませ所です。

でも、女性二人の描き方が個人的には薄いのではないか、という気がしてなりません。やえの消息は都合がよすぎるし、りくとの夫婦のありようの描き方ももう少し深めてもいいのではないかという印象です。

 

本書『黛家の兄弟』の場合、何といっても三兄弟の関係のあり方こそが本書の眼目であり、主題です。

特に新三郎の成長ぶりは目を見張るものがあり、兄たちとのつながりもまた見どころです。

個人的な好みに合致した、感動的な一冊でした。

[投稿日]2022年04月14日  [最終更新日]2022年4月14日
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