『人質』とは
本書『人質』は『北海道警察シリーズ』の第6弾で、2012年12月に刊行され、2014年5月に吉野仁氏の解説まで入れて334頁で文庫化された長編の警察小説です。
これまでのシリーズ作品とは少しだけ異なった趣きの、一軒のワインバーだけを舞台にした作品であり、好みにより評価が分かれるかもしれません。
『人質』の簡単なあらすじ
「謝ってほしいんです。あのときの県警本部長に。ぼくが要求するのはそれだけです」5月下旬のある日。生活安全課所属の小島百合巡査部長は、以前ストーカー犯罪から守った村瀬香里との約束で、ピアノのミニ・コンサートへ行くことになっていた。香里よりひと足先に、会場である札幌市街地にあるワイン・バーに着いた小島は、そこで人質立てこもり事件に遭遇する。犯人は強姦殺人の冤罪で4年間服役していた男。そのコンサートの主役は、来見田牧子、冤罪が起きた当時の県警本部長の娘だったのだ―。一方、同日の朝に起きた自動車窃盗事件を追っていた佐伯宏一警部補は、香里から連絡を受け、事件現場へ向かったのだが…。(新刊書用 「BOOK」データベースより)
佐伯宏一と新宮昌樹が捜査を始めた札幌の住宅街で起きた自家用車盗難事件は、盗まれた車は近所に乗り捨ててあるという奇妙な事件だった。
一方小島百合は、村瀬香里に誘われ先に一人で訪れたワインバーで立てこもり事件に巻き込まれ、ほかの客と共に人質に取られてしまう。
この事件の犯人は、冤罪で四年間服役していた中島喜美夫とその刑務所での仲間だという瀬戸口という男であり、中島逮捕当時の県警本部長である山科邦彦に謝罪を要求していた。
というのも、このワインバーで当日のピアノコンサートを予定していた来見田牧子が山科邦彦の娘だというのだ。
津久井は機動捜査隊の長正寺の下で現場へと駆けつけ、佐伯もまた村瀬香里の連絡を受け現場へと急行するが、この事件の裏には隠された目的があった。
『人質』の感想
本書『人質』は、この『北海道警察シリーズ』では初の一幕ものともいえそうな、一軒のワインバーで起きた立てこもり事件を描く作品です。
ですから、これまでの『北海道警察シリーズ』の各作品とは違い、佐伯や津久井たちの捜査の様子が描かれているわけではありません。
この店の内部で起きた事柄が詳細に語られていくだけです。
その意味ではドラマチックな展開も殆どなく、これまでの作品同様のダイナミックな展開を期待して読むと期待外れということにもなりかねません。
しかしながら、そこは佐々木譲の作品であり、サスペンス感はあり、それなりに面白い作品ではあります。
またスマートフォンが出始めのころのスマホの遣い勝手についての話や、佐伯の「でかくて、指でぬぐって使うやつ」などの言葉などがある、時代を感じさせる会話も盛り込んであります。
その上、単に時代を反映させるだけではなく、そのスマホを物語の中にうまいこと活躍させているのも佐々木譲の作品の特徴といえるかもしれません。
ただ、『巡査の休日』の文庫本のあとがきで西上心太氏が書いている「同時多発的に起きる事件を交互に描いていく手法」によるリアルな捜査の描写がこのシリーズの魅力だと思うのですが、佐伯、津久井、小島という三人の捜査の様子が削がれているのはやはり残念な気はします。
もちろん、『人質』のあとがきで吉野仁氏が書かれている「様々な人間模様」や「デッドエンドのサスペンス」、「携帯電話やSNSを多用した現代的な展開」などが満喫できるという点は言うまでもありません。
ですから、これまでのタッチと本書の違いをどう捉えるかだけの差であって、単に個人の好みの問題として私はこれまでのタッチの方が好きだというだけです。
でも、シリーズの中の一作品として本書のような傾向の作品があることはシリーズのマンネリ化を防ぐ意味でも好ましいことだと思います。
本『北海道警察シリーズ』は全十作品の予定だということですから、残りはあと四作品です( 佐々木譲/北海道警察シリーズ : 参照 )。
シリーズが終了するのは残念ですが、残りの作品をじっくりと味わいたいと思います。
追記:全十作品の予定ということでしたが、現実は第十一弾の『警官の酒場』で第一シーズンが終わりということだそうです。
ということは第二シーズンが期待できるということですので、ファンとしては喜ばしい限りです。
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