本書『明暗 手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」』シリーズ第四巻の文庫本で268頁の長編の人情時代小説です。
シリーズとして、物足りないと言う人が多く出るのではないかと危惧される作品です。
『明暗 手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ
手習所「薫風堂」で師匠を務める雁野直春の許に、遠く本郷から新たな手習子がやってきた。河出屋の番頭・半次の息子、善次は、どうやら前の手習所でいじめに遭っていたようだ。直春は、面倒見のいい儀助を一緒に通わせて、早く皆と馴染めるよう気遣いを見せるが…。一方、心身ともに患う美雪との関係は、進展のないまま時が過ぎていた。だが、直春は突如訪ねてきた美雪の幼馴染・菜実から、衝撃の言葉を告げられる―。(「BOOK」データベースより)
雁野直春が手習所を譲り受けて丸二年が経とうとしていたある日、以前の手習所でいじめにあっていたらしい善治という九つの男の子が入ってきます。
また、新入りの手習子たちのまとめ役である太一を、望みに従い日本橋にある書肆の捻書堂北斗屋庄兵衛の店へ連れていき、気に入られたこともうれしく感じていました。
ところが、やっと慣れてきた善治を連れて父親の半次が店の金に手を付けて夜逃げをしたという報せが舞い込んできたのです。
そんな出来事が起きつつも、直春は北斗屋庄兵衛との約束の手習所とその師匠に関する本の出版について悩んでいましたが、手習子が一番という忠兵衛の言葉に深く納得していました。
そうするうちに、美雪との仲は変化のないままに菜実の訪問を受けることになります。
『明暗 手蹟指南所「薫風堂」』の感想
薫風堂ももうすぐ丸二年が経とうとしていましたが、直春は手習子の奉公先を決めるという難しい仕事を忠兵衛の助けを受けながらなんとかこなそうとしていました。
手習所の師匠として知識を授けるだけでなく、子供たちの一生を決めることにもなるのだからと、子供たち一人ずつに沿った奉公先を選定する様子なども描かれていきます。
その過程で、書肆であれば一冊の本ができるまでの過程を紹介したり、櫛職人であれば櫛造りの様子を紹介したりと、細かなところまで作者の目が行き届いているのです。
そうした点が、単なる痛快小説ではない、主人公の成長を見せる物語であるとともに、江戸の町の生活の様子までも紹介している物語となっています。
そんな、江戸の庶民の生活をいち浪人の目を通して描き出す物語、という点では本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』は面白い小説だろうとは思います。
しかしながら、ストーリー展開を楽しめる小説だと言えるかと問われれば、その点では今一つと言うしかないでしょう。
本書『明暗 手蹟指南所「薫風堂」』で第四弾になりますが、結局心躍る展開は殆どありません。
普通の手習所の日常と、作者野口卓の博識に支えられた江戸の町の日常風景を織り込んだ物語ということになります。
この点は本シリーズを通して繰り返し言ってきたことですが、それは本書でも変わりません。
ただ、主人公の直春の子供たちへの教育についての考えを、それはつまりは作者野口卓の考えでもあるのでしょうが、子供たち第一という視点を貫くという基本は貫かれています。
一方で、直春の出生にまつわる秘密に絡んだ父親との確執や、美雪という女性との成り行きなども描いてはありますが、あまり力点があるようには思えません。
はっきりした人情小説や痛快小説を読みたい人にはやはり物足りない物語だと言うしかないようです。