「私、栗原君には失望したのよ。ちょっとフットワークが軽くて、ちょっと内視鏡がうまいだけの、どこにでもいる偽善者タイプの医者じゃない」内科医・栗原一止が三十歳になったところで、信州松本平にある「二十四時間、三百六十五日対応」の本庄病院が、患者であふれかえっている現実に変わりはない。夏、新任でやってきた小幡先生は経験も腕も確かで研究熱心、かつ医療への覚悟が違う。懸命でありさえすれば万事うまくいくのだと思い込んでいた一止の胸に、小幡先生の言葉の刃が突き刺さる。映画もメガヒットの大ベストセラー、第一部完結編。(「BOOK」データベースより)
本作『神様のカルテ3』は、『神様のカルテ』のシリーズ三作目の、「夏祭り」「秋時雨」「冬銀河」「大晦日」「宴」という、全部で五つの章からなる長編小説です。
本書の主人公である内科医の栗原一止(くりはらいちと)の勤める本庄病院の消化器内科に、消化器内科部長である大狸先生の教え子である小幡奈美がやってきた。
一止は、十二年目のベテラン医師である奈美に「自己満足で患者のそばにいるなんて、信じられない偽善者」だと言われる。「医師という職責の重さ」を真摯に見つめる一止にとって、看過できない言葉であり、ある決心をするのだった。
シリーズを通して描かれてきたテーマである、最先端医療の勉強と、慢性の人手不足に陥っている地域医療という現場、そこにいる患者への対応という言ってみれば答えのない問いに対する一止なりの答えを出す物語でもあります。
同時に、プロローグとエピローグ共に一止の隣には妻のハルがいる、という構成からもわかるように、一止とハルの物語という側面も強く出ていると思いました。
常に医療に対し真摯に向き合う一止、そのそばにはいつもハルの姿があるからこそ医師という仕事に全力を傾けられるのです。
言い古された言葉ではありますが、医療という行為そものもが命と直に向き合う職業であるため、「山岳小説」もそうであるように、人間ドラマが描きやすいのだと思われます。
また、病院という施設を見るとそれはホテルと同じく人間の集まる場所であり、表現技法のひとつとして「グランドホテル方式」という名称が言われるほどに物語の展開に適した設定でもあります。
ただ、舞台設定や筋立てにリアリティーが無かったり、人間が描けていなかったりすると、単なる感傷に陥りやすい分野でもあるでしょう。
そうした難しさを乗り越えて読者の共感を得た物語は実に心に迫ってくるものがあります。そして、本書はまさに多くの読者の支持を得た心に残る作品に仕上がっていると思われるのです。