『神様のカルテ』シリーズの第四作目です。「有明」「彼岸過ぎまで」「神様のカルテ」「冬山記」の四作品が収められている短編集で、神様のカルテシリーズ本編に対するサイドストーリーです。主人公の一止が医学生であった頃から、本庄病院に勤務するようになった頃までが描かれています。
一止が学生時代を過ごした信濃大学医学部学生寮の「有明寮」での出来事を描いた第一話「有明」は、『神様のカルテ』シリーズにはおなじみのメンバーの青春記です。
本庄病院の大狸先生や古狐先生、それに金山事務長らのエピソードが語られる第二話「彼岸過ぎまで」。病院の合理化を進める金庫番の事務長と現場の医師との間では常に対立が絶えないのですが、事務長の心を開いてみると意外な言葉が出るのです。
本庄病院の一年目の研修医である栗原一止が初めて迎える夏の出来事を描いた第三話「神様のカルテ」。一止と國枝正彦という癌患者との会話は心に刺さり、忘れられないものでした。
そして山岳写真家でもあるハルこと片島榛名の心温まる物語である第四話「冬山記」。人生に絶望した中年男とハルさんとの会話も、ハルさんらしい言葉なのです。
このシリーズの持つ「重さ」は本作も同様です。しかしながら、その重さを感じさせないこの作家の文章の力は素晴らしいと、作品ごとに思わされるのです。一止という主人公にとどまらず、その妻であるハルさんや病院スタッフも含めたキャラクタ造形のうまさと、そのキャラクタたちが織りなす真摯な生き方、読み手に訴えかけてくる会話文の巧みさは、一般に受け入れられているからこそベストセラーにもなっているのでしょう。
命を扱う職業であるためにテーマも真摯なものになるといえば、命をかけて行う行為として登山、それも冬山登山が思い浮かびます。そして本書と同様に読みやすさも兼ね備えている小説としては笹本稜平の『春を背負って』があります。山小屋を訪れる人々の人間ドラマを描いた感動な物語であると共に、清々しさも漂う、爽やかな読後感を持つ物語です。
次いで思い浮かんだ作品としては、決して明るくはない作品なのでここで紹介するのはちょっと違うかもしれませんが、患者側からの立場で書かれた作品があります。若年性のアルツハイマーに罹った男の悲哀、夫婦愛を描いた作品である荻原浩の『明日の記憶』という作品です。この作品は渡辺健主演で映画化もされています。