『ふたつの星とタイムマシン』とは
本書『ふたつの星とタイムマシン』は2016年11月に集英社からハードカバーで刊行され、2023年1月に小学館から256頁の文庫として刊行された、長編のSF小説です。
『ふたつの星とタイムマシン』の簡単なあらすじ
少し不思議なできごとが、あっと驚く結末へ。ひとつひとつの物語を大切に読みたいショートストーリー集。美歩は、あの頃のあの人にもう一度会うために円筒形の物体に乗り込む。(過去ミライ)広文君の気持ちが知りたい、でも知るのも怖い。(熱いイシ)超能力で時間を操る中学生・大道は、夏休みにテレビ番組に出演する。(自由ジカン)あゆむが流行の家庭用ロボットを手に入れてみたら。(恋人ロボット)など全7編。二〇二三年二月に刊行する『タイムマシンでは、行けない明日』と合わせて読むと、人物と時間が緻密に絡み合いあらたな世界が見えてくる。(「BOOK」データベースより)
『ふたつの星とタイムマシン』の感想
本書『ふたつの星とタイムマシン』の構成は
過去の自分に会い、ある忠告をしようとする女子学生の物語。
「熱いイシ」
その石を持っていると、質問に対する答えが分かるという不思議な石の話。
「自由ジカン」
望み通りに時間を操ることができる中学生の物語。
「瞬間イドウ」
無意識に自分が思う場所へと瞬間移動するOLの物語。
「友達バッジ」
これをつけていると誰とでも友達になれるというバッジの話。
「恋人ロボット」
男子学生と恋人の美歩ちゃんと家庭用ロボットとの話。
「惚れグスリ」
田中君と長谷川さんと惚れ薬の話。
となっています。
本書『ふたつの星とタイムマシン』の舞台となっている世界は、超能力が不思議ではない世界です。皆が超能力者というわけではないのだけれども、そうした能力の存在自体は不思議でもなんでもなく、超能力者の存在は認めている世界です。
そんな世界で、時間を止めたり、望み通りの場所へ瞬間的に移動したり、タイムマシンすら存在し、そうした能力を原因として、それぞれの物語でちょっとした事件が巻き起こるのです。
その様は実に普通のタッチで描いてあります。設定はSFでありますが、SFチックな出来事についての説明はありません。
至極当然に超能力が存在するのですから、特別なことでない以上説明する必要もない、と言わんばかりです。言ってみればファンタジーの世界かもしれません。
そして、文章が普通です。美文調でもなく、難しい単語、言葉を使っているわけでもなく、普通です。
ただ、どちらかというと短めの文章です。その普通の文章が、たたみ掛けるように展開され、登場人物の心理をさらりと表現し、読み手の心の中に入ってきます。
こうした文章に接するといつも思い出すのが、庄司薫の作品で第61回芥川賞を受賞し、当時かなり話題にもなった『赤頭巾ちゃん気をつけて』という作品です。
この作品は、都立日比谷高校三年生の庄司薫くんのとある一日を描いただけの小説です。
誰にでも書けるのではないか、と思わせられるような普通の文章で綴られたこの作品ですが、薫君が饒舌に語り続けているその言葉は、当時の社会の風景を的確に織り込みながら、一人の若者の内面を深くえぐり出しています。
思い出すとは言っても、やはり内容はかなり異なります。本書『ふたつの星とタイムマシン』の場合は、普通の文章で語られる物語全体のタッチが特別ではないということであって、薫君の方の高校生の感性を表現した饒舌さとはその性質からして違うようです。
本書の場合、ほとんどの物語が恋愛小説と言ってもいいような内容ですが、湿ったところが無く、からりと乾いています。誰にでも書けそうな文章で、全く毒のない内容を描いています。
悪人もおらず、もちろん暴力もありません。客観的に事実を羅列しているようで、それでいてユーモラスでひねりも効いています。
本書の第一話は仙台の大学の平沼教授の教室の物語で、そこに既にあったタイムマシンで過去に行く物語です。この物語と最終話の「惚れグスリ」の話をもとにこの作家の『タイムマシンでは、行けない明日』という作品が書かれた、と言っていいのだと思われます。
同じようにロマンチシズム満載の時間旅行を得意とする梶尾真治の作品では、時間旅行についての科学的な根拠づけなどがあり、ひねり出したアイディアを十分に展開させる面白さがあります。
梶尾真治の場合、例えば『クロノス・ジョウンターの伝説』のように、タイムトラベルで時間異動をした結果巻き起こる不具合、そこで起こる人間ドラマそれ自体を物語として作り上げています。
ところが、畑野智美の作品では、仮に不具合が起こったとしてもその状況を前提として物語は続いていくのです。
惹起された異常事態を修正しようとの努力までも無いとは言いませんが、修正の努力それ自体を物語とするのではなく、異常事態を常態として物語が進んでいくと言えばいいのでしょうか。
蛇足ながら、本書『ふたつの星とタイムマシン』のハードカバー版のカバー画も『タイムマシンでは、行けない明日』の場合と同じくお笑いコンビ、キングコングの西野亮廣氏が担当されています。
なかなかに本書の内容にも沿った雰囲気のある装丁でした。