垣根 涼介

イラスト1
Pocket


室町無頼』とは

 

本書『室町無頼』は、文庫本上下二巻で737頁にもなる長編の歴史小説です。

応仁の乱のころを舞台に、一人の若者を通して実在した二人の無頼を描き出した作品で、非常に面白く読んだ物語でした。

 

室町無頼』の簡単なあらすじ

 

応仁の乱前夜。天涯孤独の少年、才蔵は骨皮道賢に見込まれる。道賢はならず者の頭目でありながら、幕府から市中警護役を任される素性の知れぬ男。やがて才蔵は、蓮田兵衛に預けられる。兵衛もまた、百姓の信頼を集め、秩序に縛られず生きる浮浪の徒。二人から世を教えられ、凄絶な棒術修業の果て、才蔵は生きる力を身に着けていく。史実を鮮やかに跳躍させ混沌の時代を描き切る、記念碑的歴史小説。(上巻 :「BOOK」データベースより)

唐崎の古老のもと、過酷な鍛錬を積んだ才蔵は、圧倒的な棒術で荒くれ者らを次々倒す兵法者になる。一方、民たちを束ね一揆を謀る兵衛は、敵対する立場となる幕府側の道賢に密約を持ちかける。かつて道賢を愛し、今は兵衛の情婦である遊女の芳王子は、二人の行く末を案じていた。そして、ついに蜂起の日はやってきた。時代を向こうに回した無頼たちの運命に胸が熱くなる、大胆不敵な歴史巨編。(下巻 :「BOOK」データベースより)

 

幼いころからボテ振りをして棒術の基礎ができていた才蔵という少年は、自分が用心棒をしていた蔵を襲ってきた骨皮道賢に気に入られ、蓮田兵衛という無頼に預けられる。

更に一人の老人に預けられた才蔵は、過酷な修業を終え、棒術の達人として蓮田兵衛の右腕となる。

市井の無頼である蓮田兵衛は、一揆をまとめ上げ幕府に立ち向かおうとする。

しかし、蓮田兵衛と同じ志を持つ筈の骨皮道賢は、治安維持の職についている以上、洛中の治安を害する者に立ち向かわなくてなならないと言うのだった。

 

室町無頼』の感想

 

本書『室町無頼』は、前半は才蔵という少年を中心に動きますが、後半になると蓮田兵衛という無頼と、同じ無頼でも表向きは治安維持の職についている骨皮道賢という二人の男を軸にして動きます。

この蓮田兵衛と骨皮道賢という二人の男の間には芳王子という遊女がいて、単に物語に色を添える以上の存在感を示しています。

この女が才蔵に語る言葉など、その一言ひとことが実に心に染み入るのです。

 

何の前提知識もなく読んでいて、和田竜の『村上海賊の娘(新潮文庫 全四巻)』を思い出していました。共に、歴史の一時点を切り取り、その時代を劇画調で表現している点で一致したのでしょう。無頼な侠(おとこ)の野放図な生き方、という点でも共通するものがありそうです。

 

 

と同時に、この時代の京を描いているので仕方がないのかもしれませんが、地獄絵図と表現されるこの頃の京と続く時代の応仁の乱後の京を舞台とした花村萬月の『武蔵』の雰囲気にも似ていると感じていました。そう言えば、『武蔵』で描かれる武蔵も、無頼であり、法の埒外に生きている点では同じです。

 

 

本書はかなりの部分が史実に立脚して描かれているらしく、その理解の一助に、時代考証の手伝いをしたという京都女子大学准教授(日本中世史)である早島大祐氏の一文があります。本書のクライマックスの一揆自体が「相国寺大塔付近で徳政一揆が蜂起」した歴史的な事実に基づくのだそうです。( 室町小説の誕生 : 参照 )

「骨皮道賢と蓮田兵衛、馬切衛門太郎などはいずれも実在の人物」だそうで、そうした実在の人物に血肉を与え、自在に動かすことで現代と「社会の様相が酷似」している室町の世で、「庶民がその先々に望みを持てない世にあって、自分で納得のできる在り方や生き方をどのように作っていけるのか、才蔵を通して描きたかった」と作者は言います。

そして、「一度でなく複数回蜂起し、ひと月半にわたって戦い、蓮田兵衛の名が残っている史実」に基づいて、この物語を書きあげたのだそうです。また、「道賢は応仁の乱で戦に敗れ、女装して生き延びようとした逸話でも知られ」ているそうで、そうした事実も物語の最後に描写し、僧形で剃髪していた道賢の坊主頭についても思いを馳せているのです。( 以上 室町小説の誕生 : 参照 )

 

本書は、物語の骨格として時代の動きを丁寧におさえてあります。そんな中で男が惚れる魅力的な男を設定し、時代の流れを読み、その流れに乗った、若しくは抗う侠(おとこ)二人のもとで成長する才蔵の姿があるのです。

そういう点では才蔵の成長譚でもありますが、やはり、骨皮道賢と蓮田兵衛という二人の侠の物語というべきなのでしょう。

[投稿日]2017年11月05日  [最終更新日]2021年9月11日
Pocket

おすすめの小説

戦国時代を描いた歴史小説

武田信玄 ( 新田次郎 )
大河ドラマ『武田信玄』の原作です。山岳小説で有名な新田次郎ですが、信玄の生涯を描いたこの作品は非常に読み応えがありました。ただ、歴史小説としては誤りがあるとの批判もあります。
国盗り物語 ( 司馬遼太郎 )
文庫本で全四巻。前半が斉藤道三、後半で織田信長を描いた作品です。司馬作品は他にも秀吉や如水ら始めとして戦国時代を描いた作品が多数あり、そのどれもが名作と言えます。
新書太閤記 ( 吉川英治 )
国民的作家と言えば吉川英治もそうでしょう。『宮本武蔵』はあまりにも有名ですが、他にも多くの作品があり戦国期に関しても多くの作品があります。
真田太平記 ( 池波正太郎 )
新潮文庫で全12巻の大作で、真田を描いた作品としてはまず挙げられる作品だと思います。『鬼平犯科帳』などが有名ですが、歴史小説も勿論数多く書かれています。
一無庵風流記 ( 隆慶一郎 )
歴史小説と言っていいかは疑問がある、前田慶次郎を主人公とした痛快時代伝奇小説です。エンタメ小説としての面白さは群を抜いています。他に家康を描いた作品などもあり、実に面白いです。

関連リンク

室町無頼〜この剥き出しの時代に、自分の武器を持て。|垣根涼介
応仁の乱前夜の、京の都が舞台です。当時、無政府状態になっていた室町幕府のこの首都には、かつてなく富める者が存在する一方で、凄まじい数の牢人や餓民が溢れ返っていました。
垣根涼介 『室町無頼』 | 新潮社
腐りきった世を変えてやる。前代未聞のたくらみを一本の六尺棒で。超絶クールな大傑作エンタテインメント。
垣根涼介・インタビュー 無頼でなければ、この世は変えられない
この時代を調べると現在の日本、特にバブル経済が弾けたあと二十年以上経ったいまの日本と社会の様相が酷似しているんですね。
今年度ベスト必至作「室町無頼」 既成の歴史観をくつがえす | レビュー
ああ、思った通りの大傑作さ。今年のベスト10に入ることは確実だ。この作品が本誌に連載されはじめたとき、私はいかん、と思った。もちろん、駄目という意味じゃないよ。
書評・最新書評 : 室町無頼 [著]垣根涼介 - 末國善己(文芸評論家)
垣根涼介の2作目の歴史小説は、寛正の土一揆をクライマックスにしている。そのため、南米移民が、自分たちを切り捨てた日本政府に復讐(ふくしゅう)する著者の代表作『ワイルド・ソウル』を思わせる迫力がある。
【エンタメ小説月評】室町中期 民の不満が男動かす : ライフ : 読売新聞
読み終えた後も、物語の熱が熾火のように体に残ることがある。以前、垣根涼介『ワイルド・ソウル』(新潮文庫)を読んだ時に、その気分を味わった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です