あさの あつこ

弥勒シリーズ

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疼く。騒めく。震える。亡き女房と瓜二つの女。五寸釘が首を貫く禍々しい死。欲に呑み込まれていく、商と政。剣呑で厄介な同心・木暮信次郎×刺客の過去をもつ商人・遠野屋清之介。男たちは、どう決着をつけるのか。(「BOOK」データベースより)

本書は、「弥勒」シリーズの第九弾である長編のミステリー時代小説です。

目次

一 細萩 / 二 水葉 / 三 空蝉 / 四 烏夜 / 五 月影 / 六 薄明

 

二月ほど前、石原町の飲み屋で喧嘩があり、殴った男が人を殺したと誤解して首を括り自殺した事件があった。

ところが今回深川の相生町で、その殴られた慶五郎という大工の棟梁が喉を切られ、五寸釘を首に打ち込まれて殺されるという事件が起きる。

 

前巻に引き続き、本書も謎解きがメインになったミステリーといえます。

当然ですが本書『鬼を待つ』も、本シリーズの暗いトーンをそのままに維持しています。

とくに、嵐が来た江戸の町を「まだ宵の口のはるか手前だというのに、真夜中のような濃い闇が流れ込んでくる。」と表現している場面など、情景描写面での陰鬱な雰囲気を醸し出しています。

また、「柿の木の根元に闇が溜まっている。周りの闇より一際濃く、深い。闇と水は似ている。淀み、溜まり、渦巻く。ときに、容赦なく人を飲み込み引きずり込む。」と清之助の前に源庵が現れる場面での描写も同様です。

さらに、本書のタイトルの絡みで言えば、相生町の事件を聞いた清之助の心の内を、「死とも不幸とも無縁の場所など、どこにもないのだ。悪鬼は人の内に棲む。だとしたら、人がいる限り鬼は出没し、人を食らう。」と描いているのも同じでしょう。

このような表現を挙げていけばきりがありません。こうした表現はシリーズを通して随所にあるのですが、本書では特に多いように思えます。

 

読み終えてから、あらためてこのシリーズは不思議なシリーズだと思います。

もともとあさのあつこの作品は人物の心象を詳しく描写する作風といえますが、本書でも冒頭近くで殆ど十頁にわたって伊佐治の内心を詳しく描写してあります。

前巻『雲の果』でも書いたように、本来、こういう作風は私の好みではありません。

にもかかわらず、本書はかなり私の好みに合致した小説と言うことができるのです。

そういえば、このしつこいともいえる心象表現に少々辟易としたこともあったのですが、慣れたのでしょうか。

 

本書でも事件の背景に遠野屋が絡んできます。そして、再び遠野屋と嵯波藩とのつながりが出てきて、今後の新たな展開を示唆するようでもあります。

もちろん、遠野屋清之助と信次郎との関係はこれまで同様に複雑な心理戦のような関係を繰り広げ、その信次郎に従う伊佐治もこの両人に微妙な感情を抱いたままです。

伊佐治は清之助を好きな気持ちに偽りはないものの、一方で、「死を呼び寄せる」とも思っています。

信次郎に対しても、信次郎が好きなわけではないのだけれど、信次郎がいなかったら味気ない、と思っています。

清之助も同様であり、「信次郎に出逢った前と後では、生きる色合いが変わってしまった」と思っているのです。

 

これまでの作品の内容をあまり覚えていないので断言できませんが、信次郎の内心を信次郎の目線で語っている場面はシリーズを通して少ないようです。少なくとも本作ではありません。

本書では、信次郎を描く殆どの場合を伊佐治の目線で描写してあり、この点だけを取り上げると信次郎の行動に関しては客観的であり、信次郎の奇妙な性格をうまく表現してあると思います。

たまに清之助目線での信次郎の描写もあります。この二人以外の視点もないことはないのですが、少ないです。

 

本書をミステリーとしてみても、私は結構面白く読むことができました。

信次郎自身が事件現場を直接見たり、伊佐治の集めた情報をもとに生じた疑念を、更に信次郎自身や伊佐治が走り回り、裏付けを取り、真実を暴き出す。そこに人間のほんとうの姿が現れ、そこに喜びを、また生きがいを見出す信次郎であり伊佐治です。

そうした心象を本当に緻密に描写する作者の手腕は一段と冴えているようです。

 

ただ一点だけ、今回の殺しの仕方をある種の見立てとする設定は、どうにも受け入れにくい設定でした。

クライマックスで、清之助は信次郎に対し、あなたの目の前で誰かを斬るぐらいなら、あなたを斬りますと言い切ります。

そうした二人の関係がどうなるものか、今後の展開が楽しみです。

[投稿日]2019年07月03日  [最終更新日]2019年7月3日
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『鬼を待つ』著者新刊エッセイ あさのあつこ | 本がすき。
江戸に生きる二人の男を軸にして書き続けた物語の、これは第九巻になります。一巻目を書き終えたときは、よもやここまで巻を重ねるとは思ってもいませんでした。

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