『月の立つ林で』とは
本書『月の立つ林で』は2022年11月に264頁のハードカバーで刊行された感動の短編小説集です。
同じ著者の『お探し物は図書室まで』と『赤と青とエスキース』が2021年・2022年と連続して本屋大賞第二位となり、本書もまた2023年本屋大賞第五位となっています。
『月の立つ林で』の簡単なあらすじ
2023年本屋大賞ノミネート!!
似ているようでまったく違う、
新しい一日を懸命に生きるあなたへ。最後に仕掛けられた驚きの事実と
読後に気づく見えない繋がりが胸を打つ、
『木曜日にはココアを』『お探し物は図書室まで』
『赤と青とエスキース』の青山美智子、最高傑作。長年勤めた病院を辞めた元看護師、売れないながらも夢を諦めきれない芸人、娘や妻との関係の変化に寂しさを抱える二輪自動車整備士、親から離れて早く自立したいと願う女子高生、仕事が順調になるにつれ家族とのバランスに悩むアクセサリー作家。
つまずいてばかりの日常の中、それぞれが耳にしたのはタケトリ・オキナという男性のポッドキャスト『ツキない話』だった。
月に関する語りに心を寄せながら、彼ら自身も彼らの思いも満ち欠けを繰り返し、新しくてかけがえのない毎日を紡いでいくーー。(内容紹介(出版社より))
目次
『月の立つ林で』の感想
本書『月の立つ林で』は、同じ著者の『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』と同様に、作品ごとに連作とまでは言えないほどの薄い関連性をもった短編が収められた作品集です。
物語のタッチはこの二作品と似ているということはできますが、これがこの著者の作風だというべきでしょう。
何よりも、見るべきは一つのテーマで構成された作品集に収納された各短編の完成度であり、一冊を通した作品としての完成度だと思います。
そしてその点に関しては二度の本屋大賞二位受賞という結果が示している通り、一般読者に受け入れられる高い完成度を持っているのです。
本書『月の立つ林で』は普通の人の普通の日常を切り取っている作品ですが、ただ、ほんの少しだけ心の裏側を見せてくれていて、それが実に心地よい連作の作品集です。
特に月をテーマに、ポッドキャストを微かな接点として人々が繋がっていく構成は上記二作品と似てはいますが同様に効果的であり、惹き込まれました。
そして、それぞれの物語に登場する人々のその後を知りたいと思わないでもないのだけれど、それ以上に本書のラストの仕掛けはふいに訪れ、心に響きました。
ここに、ポッドキャストとは若い人にはあらためて説明するまでもないのでしょうが、インターネット上で聞ける個人的なブログのラジオ版(音声版)と思えば間違いないところでしょう( ウィキペディア : 参照 )。
ただ、これは本書に限った話ではないのですが、物語の持つ真実性に関しての疑問が少しだけ湧いてきました。
著者の青山美智子が登場人物の心象について書いている「ここは、夜風の心の置き場所なのだ。」などの表現が、本書の登場人物のような普通の人が発する言葉ではなく、著者のような表現力豊かな人物でなければ思いつかないということです。
こうした違和感は、通常は虚構である小説の持つ世界観を壊してしまい、その作品に感情移入できなくなってしまいます。
その点、本書のような普通の日常を描いている作品は微妙で、著者は主人公の内心を表現するために表現者としての力を示すわけで、そこを否定すると作品として成立しないことになると思われます。
この疑問は少なからず現れ、そして古い話で申し訳ないのですが、庄司薫の『赤ずきんちゃん気を付けて』という芥川賞受賞作品を思い出すのです。
この作品は、普通の人間が普通に発する言葉で書いてあるのでそうしたことは何も思わないのです。
そうした個人的な疑問点は置いておいて話を元に戻すと、本書『月の立つ林で』は悪人の登場しないある意味ファンタジーな物語かもしれないけれど、この著者のほわっとする暖かさは何にも代えがたい物語だと思います。
確かに、この著者の画集というかショートショートと言うべきか分からない『マイ・プレゼント』という作品を始めとして、どうにも感傷に過ぎて受け入れ難いと思う作品集もあります。
しかし、それ以外はどの作品も実に心に染み入るのです。文章のタッチも作品の構成も好きな作品と言えるのですす。
次回作も必ず読みたいと思えるほどに気に入った作者であり、作品だと言えます。