仕舞屋侍

かつて御小人目付として剣と隠密探索の達人だった九十九九十郎。だがある事情で職を辞し、今は「仕舞屋」と称してもみ消し屋を営んでいる。そんな九十郎の家を、ある朝七と名乗る童女が賄いの職を求めて訪れた。父母を失ったという七は断っても出て行かず、父仕込みの料理で九十郎を唸らせる。「侍」のもとで働きたいという七の真の目的とは?九十郎の情と剣が、事件と心の綾を解く!時代小説・書下し。 (「BOOK」データベースより)

 

『仕舞屋侍シリーズ』第一巻目の、仕舞屋九十九九十郎の活躍を人情味豊かに描く長編の痛快時代小説です。

 


 

松平定信の寛政の改革が始まって世の中が不景気になった頃、三屋半次郎という、山同心と呼ばれている上野の御山の東叡山寛永寺専属の同心が殺されます(序 不忍池)。

旗本室生伸之助が、奉公人である杵屋の娘お品に大けがを負わせてしまう事件が起こりますがその話し合いはこじれ、結論は持ち越しとなります(其の一 番町黒楽の皿屋敷)。

九十郎は、三屋半次郎の妻のお照からの、夫の死についての調査の依頼を請けます。半次郎の日記帳にあった「俊慧」について調べると、車坂町の浪人萩野忠五郎の娘三重の殺害事件などの事実が浮かび上がるのでした(其の二 山同心)。

調べていくうちに十年ほど前の西条伴右衛門の事件などが明らかになると共に依頼人のお照の事情も明確になってくきます(其の三 消えた女)。

すべてを明確にした九十郎はすべての決着をつけるのでした(其の四 果たし状)。

 

「其の一」で仕舞屋としての仕事の内容を紹介しながら、本書の実質的な事件の展開は「其の二」以降になります。

ストーリー自体は辻堂魁という作者らしく、単純すぎない物語ということを考えられたのでしょうが、若干複雑に絡み合いすぎている気がしないでもありません。

しかし、複雑でありながらもその複雑さをあまり感じさせないのも上手さゆえのことでしょうか。

 

本シリーズで注目すべきは、「其の二」から登場する“お七”という十二歳の女の子です。

九十郎の相棒でもある籐五郎のもとに自ら雇ってくれとやってきた娘です。この子の存在が物語の節目に語られているのですが、家事一般を見事にこなすその娘の姿が、物語の箸休め的存在となり、それが非常に効果的です。

その上、この娘も敵を討ちたいという望みを持っている身なのです。その事情は今のところは明らかにされてはいません。その事情もシリーズが進むにつれ明らかにされていくことでしょう。

エムエス 継続捜査ゼミ2

エムエス 継続捜査ゼミ2』とは

 

本書『エムエス 継続捜査ゼミ2』は『継続捜査ゼミシリーズ』の第二弾で、文庫本で416頁の長さの、長編の推理小説です。

ゼミの学生に推理をさせるというユニークな形式をとっている作品ですが、ミステリーとしての面白さは今一つという印象です。

 

エムエス 継続捜査ゼミ2』の簡単なあらすじ

 

学園祭でのミスコン反対運動を推進する女子学生・高樹晶がキャンパスで襲撃された。警察は、直前まで高樹と議論をしていた小早川教授を傷害容疑で任意同行、厳しい取り調べを行う。教授を救うため「継続捜査ゼミ」の5人が、暴走する警察を相手に戦いを開始!女子大を舞台にした人気シリーズ第2弾!!(「BOOK」データベースより)

 

小早川一郎教授の刑事政策演習ゼミ、通称「継続捜査ゼミ」では、冤罪の危険についての話から、三女祭でのミスコンへの反対運動へと話の流れが移っていた。

その後、小早川の研究室にミスコン反対派のリーダーの高樹晶という女子学生が訪ねてきて、ミスコンについての小早川の話を聞きたいといってきた。

ところが、その高樹晶が小早川の研究室から退出してすぐに何者かに襲われてしまう。

駆け付けた小早川が近くにいた警官と少々もめると、その後すぐに強行犯係長の大滝という男が高樹晶に対する傷害容疑で任意同行を求めてきたのだった。

 

エムエス 継続捜査ゼミ2』の感想

 

今野敏の小説の魅力の第一は、まずはその読みやすさにあると思われます。

それは、難しい言葉は使わずに誰にでもわかる言葉で描いてあることや、会話文や改行を多用していることから感覚的に頭に入ってきやすいということがあります。

そのうえで、これはシリーズの第一巻である『継続捜査ゼミ』でも同じことを書いたのですが、作品の内容が世の中の事柄を単純化してあって、実に理解しやすいのです。

例えば、またまた一巻目と同じ例えで恐縮ですが、大人気シリーズの『隠蔽捜査シリーズ』では、主人公の竜崎は変人と目されている男ですが、その行動原理は単純で、単に自分が合理的と判断する事柄を行っているにすぎません。

そうした単純化の仕方がうまく、物語の展開が素直に頭に入ってくると思われます。

本書の場合もその例に漏れません。本書のストリー自体は単純です。

 

 

ところが、本書『エムエス 継続捜査ゼミ2』の場合単純化が行き過ぎているとしか思えない展開でした。

未解決事件を取り上げている小早川教授のゼミの今回のテーマは「冤罪」ということです。それはつまりは本書のテーマにも連なってきていて、その冤罪事件に小早川が巻き込まれることになります。

その巻き込まれ方が極端すぎるのです。

例えば、いち早く現場に駆け付けた小早川が現場にいた一人の警察官ともめます。

そして、小早川に反感を抱いたその警察官を優秀と信じ、かつ目をかけていた大滝強行犯係長がその警察官から小早川が怪しいという話を聞き、小早川を被疑者として決めつける流れになっています。

小早川が本書『エムエス 継続捜査ゼミ2』のテーマとなっている冤罪の対象になりかけるという流れはいいのですが、あまりにも早計に過ぎると思われる展開です。

このような印象はほかの箇所でもあり、本書に限って言えば少々単純化のしすぎだと言わざるを得ません。

 

とはいえ、そうした瑕疵は見られてもやはり今野敏の小説は面白いと言わざるを得ないところはファンである読者の弱みとしか言えないのでしょう。

付添い屋・六平太 天狗の巻 おりき

「このまま年だけ重ねて、どうなさるおつもりですか」付添い屋稼業でその日暮らしを続ける浪人秋月六平太の行く末を案じる人間は、少なくない。一年前に姿を消した情婦、音羽の髪結いおりきは海を望む神奈川宿にいると知れたのだが、六平太の腰は重かった。一方、伝助店の住人で下馬売りの太助の母親おていが失踪、二日後箱崎の川岸で死骸が見つかった。おていはこのところ他人の家に入り込んだり、店の物を盗んだりするような不行状をみせ、太助は手を焼いていた。おてい殺しを巡って奔走する六平太の前に、史上最強の敵が現れる。日本一の王道時代劇、第三部完結!(「BOOK」データベースより)

「第一話 冬の花」
六平太と七年以上もなじんだ髪結いのおりきが音羽から姿を消して一年。かつておりきが可愛がっていた女郎の命日に、墓前には花が供えられていた。花を供えたのは、旅の男だったという。
「第二話 隣人」
浅草の海苔問屋「内丸屋」の主人高兵衛は、所有している阿部川町の長屋から店子を追い出そうとしていた。長屋の住人から報復を恐れた高兵衛は、六平太に身辺警護を依頼する。立ち退きを急ぐ高兵衛にとって、煙たい侍が長屋にはいた。
「第三話 雪月夜」
付添い屋とは名ばかり、なんでも屋として流される六平太の行く末を案じる人間は少なくない。行きつけの音羽の料理屋「吾作」では、料理人の菊次と、看板娘八重の仲がぎくしゃくしていた。六平太は、おりきが神奈川宿で旅籠の女中をしていることを知る。
「第四話 おりき」
伝助店の住人、下馬売りの太助の母親おていが失踪し、二日後箱崎の川岸で死骸が見つかった。おていは一年ほど前から他人の家に入り込んだり、店で物を盗んで居直ったりするようになり、その行状に太助は手を焼いていたという。一方で、六平太はおりきに会いに行く決心ができずにいた。(「内容紹介」より)

 

付添い屋六平太シリーズの第十弾、第三部完結となる長編の時代小説です。

 

今回の六平太では、行方不明になったおりきについて思いまどう六平太の姿が全編を貫いて描かれています。

本シリーズは、通常のヒーローが中心となって活躍する痛快活劇小説とは少し異なり、シリーズを通した「敵」は存在せず、六平太と彼を取り巻く市井の人々の日常が描かれています。初期の磐根シリーズがそうであったように、人情物語の側面が強い物語です。

 

本書はシリーズも十作目となり、第三部も完結と銘打ってあります。

行方不明であったおりきの消息もわかり、六平太もかねてから話のあった師範代を任せたいという話もあって、第四部となる次巻からは六平太もそれなりの落ち着きを見せているのでしょうか。

そのとき、おりきとの仲はどうなっているものなのか、今後の展開が気になるところです。

付添い屋・六平太 獏の巻 嘘つき女

付添い屋で身を立てる浪人秋月六平太は、旧知の北町奉行所同心・矢島新九郎から、「打ち首獄門にかけられる罪人の、市中引き廻しに同道していただきたい」と依頼される。引き廻しにされるのは、兇盗で知られる犬神の五郎兵衛。半年前、四谷の塩問屋に押し入って五百両を盗み、殺しも働いていた。三月前、隠れ家を密告する投げ文があり、捕縛されたという。だが隠し金の在処は白状していない。五郎兵衛は死を前に六平太へ不思議な言葉を残す。五郎兵衛一味の残党たちが、六平太の身辺をうろつきはじめるのに、時間はかからなかった。日本一の王道時代劇第九弾! (「BOOK」データベースより)

第一話 犬神憑き
付添い屋の秋月六平太は、北町奉行所の同心・矢島新九郎から「打ち首獄門にかけられる罪人の、市中引き廻しに同道していただきたい」と依頼される。隠れ家を密告され捕らわれた兇盗・五郎兵衛は、奪った金五百両の隠し場所を、打ち首と決まっても白状せずにいた。五郎兵衛は、死の直前、不思議な言葉を六平太に告げる。
第二話 宿下がりの女
新川の味噌屋「出羽屋」の娘・寿美は、つい最近、奉公していた武家屋敷から宿下がりをした。その直後から、編笠を被った侍に付け狙われるようになったという。寿美は、側室と家臣の密通をはからずも目撃してしまっていた。
第三話 となりの神様
六平太は鰻屋「兼定」の主人定松から、店で無銭飲食をしたまま出ていった亀助という男の居所を調べてほしいと依頼させる。亀助はどこの店に行っても金を払わない。だが、彼が長く滞在する店は必ず繁盛するというのだ。
第四話 嘘つき女
代書屋「斉賀屋」に勤める博江に呼び出された六平太は、ある少女が代筆を依頼した不穏な手紙の内容について相談される。一方、市中引き廻しとなった兇盗・五郎兵衛の一味の者たちが、六平太の身辺をうろつきはじめる。(「内容紹介」より)

 

付添い屋六平太シリーズの第九弾です。

 

罪人の市中引き回しの付添い(第一話)から、側室の密通を目撃した武家屋敷から宿下がりをした娘(第二話)、その男が店に来ると繁盛するという噂の男の物語(第三話)、博江に代筆を頼んだ娘に絡んだ人情話(第四話)と、六平太が活躍する場面の目立つ作品となっています。

そして物語の構成の面から見ると、第一話は本書全体を通して見え隠れする五郎兵衛の隠し金の発端となる話が、第三話ではファンタジックな話、第三話と第四話では心が豊かになる人情話と、バラエティに富んだつくりになっています。

その上で、全体を通して盗賊の五郎兵衛が残した金をめぐった物語が展開されるのです。

本書で特筆すべきは、何故か行方不明となっていた六平太が付き合っていた“おりく”の消息が少しですが判明します。

今後、新たに登場している博江という存在もあり、おりくとの仲がどのようになるものか、こちらも関心の対象となってくるのでしょう。

新章 神様のカルテ

本書『新章 神様のカルテ』は、「神様のカルテ」新シリーズ第一巻の長編の医療小説です。

舞台を大学に移して展開される栗原一止の医者としての苦悩が、ユーモラスな文章にのせて語られる私の大好きなシリーズ作品です。

 

新章 神様のカルテ』の簡単なあらすじ

 

栗原一止は、信州松本に住む実直にして生真面目な内科医である。「二十四時間、三百六十五日対応」の本庄病院を離れ、最先端の医療を行う信濃大学病院に移り早二年。患者六百人に医者千人が対応する大学病院という世界に戸惑いながらも、敬愛する漱石先生の“真面目とはね、真剣勝負という意味だよ”という言葉を胸に、毎日を乗り切ってきた。だが、自らを頼る二十九歳の女性膵癌患者への治療法をめぐり、局内の実権を握る准教授と衝突してしまう。330万部のベストセラー、大学病院編スタート!特別編「Birthday」も同時収録。(「BOOK」データベースより)

 

新章 神様のカルテ』の感想

 

序章を読んだだけで、この人の文章は確実に私の琴線に触れる、とあらためて思いました。

全体的に情緒的であり、かなりの箇所で感情を揺さぶる場面があるのだけれど、その心情は私にとって心地よく、文章を素直にそのままに受け止めることができます。

このところ、2019年本屋大賞候補作にもなった知念実希人の『ひとつむぎの手』や、映画化もされたベストセラーである大鐘稔彦の『孤高のメス―外科医当麻鉄彦』(全六巻)などを読んでいたため特にそう思うのかもしれませんが、医療を考える点ではどの作品も同じでも、本書が一番しっくりと来るのです。

ひとつむぎの手』では直接的に大学病院の医局制度を批判し、その改革を主張していました。『孤高のメス―外科医当麻鉄彦』では、肝移植の問題を中心のテーマとして、現在の地域医療や医療制度のもつ弱点を指摘してありました。

 

 

本書『新章 神様のカルテ』の主人公栗原一止の場合、前巻までは地域の病院に勤務する医者としての立場からの地域医療を考える場面も少なからずありました。

しかし、命を救えない患者に対する医者としての苦悩など、医療制度というよりは医者個人としての思いを前面に出してあったと思います。

地域の患者に寄り添い、その一助となることを選んでいた一止でしたが、よりよい医療を提供するためには地域医療の現場を離れ、高度な医療を学ぶ必要があると判断し、大学へ戻る決心をしたのでした。

 

そして、本書からは大学病院での一止の姿があります。前巻から二年が経ち、一止も父親となっています。一止を「とと」と呼ぶその娘栗原小春は股関節に故障を抱えてはいるものの、概して順調に育っています。

そうした家族や、住まいである「御嶽荘」の老朽化による解体問題などの状況をサブストーリーとしてユーモラスに描きながら、第四内科で生じる様々な患者との触れ合いや医局内で生じる衝突などをもまたユーモアを交えて描き出してあります。

 

本書『新章 神様のカルテ』の魅力は、一止が属する消化器内科第三班の北条医師や、四年目の“利休”こと新発田大里医師、一年目研修医の“番長”こと立川栄太ほか、第一班班長の柿崎先生や、一止の天敵となる“御家老”または“パン屋”こと宇佐美准教授などの新たな登場人物が生き生きとしていることが挙げられます。

また、夏目漱石を心から愛する人物という設定もそうですが、その延長上にある主人公の古めかしい台詞回しもシリーズを通して生きています。

そして、何よりも一止が医師として真面目に生き、思うところを主張するその姿が一番の魅力だと思います。

 

その姿は、現実に言えるかは別として、例えば死を前に入院を拒む患者に「生きることは権利ではない。義務です。」と言い切る姿にあります。

また、終盤にある退院カンファレンスでの看護師たちに言った「不安を抱える御主人に向かって、・・・“我々が全力で支えるから心配するな”と」言わなければならない、という言葉であったり、パンの話が得意な宇佐美准教授に向かって「私はパンの話をしているのではないのです。私は、患者の話をしているのです。」という言葉だったりするのです。

「パンの話」については実際に本書を読んで確認してください。

そうした言葉の力はこの物語の中で実に重く、響いてきます。

それは柚月裕子の『最後の証人』から始まる『佐方貞人シリーズ』の主人公の青臭いと言われかねない主張にも通じる爽快感をもたらしてくれるのです。

 

 

そして、他の医療小説で批判の対象となる大学の医局制度に対しても、本書『新章 神様のカルテ』での主張の仕方は少し異なります。

一止の属する第三班の班長である北条医師の口を借りて、「大学ってのはすごい場所なんだ」と言わせ、更に地域医療を守る医局制度の現実的な意義を説いています。

その上で「今の医局には無理や無駄が多すぎるってのも事実だ。俺はそれを変えたいと思っている。」と言わせています。

 

また本書『新章 神様のカルテ』では、大学の教授も、民間病院や医院の先生たちも皆、医療に真摯に向き合い、そしてその地位に見合った人格と技量を持つ医者として描かれています。

そのことは、本書全体の持つ主張についてのバランス感覚も公平なものだと認識させてくれるようです。

本書の持つ心地よさは何物にも代えがたい価値を有すると、あらためて感させてくれる一冊でした。

九紋龍 羽州ぼろ鳶組

火事を起こし、その隙に皆殺しの押し込みを働く盗賊千羽一家が江戸に入った。その報を受け、新庄藩火消通称“ぼろ鳶”組頭・松永源吾は火付けを止めるべく奔走する。だが藩主の親戚・戸沢正親が現れ、火消の削減を宣言。一方現場では九頭の龍を躰に刻み、町火消最強と恐れられる「に組」頭“九紋龍”が乱入、大混乱に陥っていた。絶対的な危機に、ぼろ鳶組の命運は!?啓文堂書店時代小説文庫大賞第1位シリーズ続刊。(「BOOK」データベースより)

 

本書は『羽州ぼろ鳶組シリーズ』の第三巻目の長編痛快時代小説です。

 


 

国元に帰っている家老の北条六右衛門が病に臥し、代わりに御連枝様の戸沢正親という現当主の従兄が江戸に入り(第一章)、早々に鳶の俸給、火消し道具への費えなどの差し止めを言ってきます。

正親の静止を振り切って出動した源吾らの前に現れたに組は、何故か野次馬を捕らえているのでした。そこに京都の長谷川平蔵から文が届き、非道の千羽一家が江戸にもどったらしいと言ってきます(第二章)。

その後、築地で起きた火災の現場で、駆けつけた火付盗賊改方の島田に暴行を働いた辰一が捉えられてしまいます。その後浅草御門近くでの出火に際し、ぼろ鳶の警戒の隙をぬって札差一家が皆殺しとなってしまうのでした(第三章)。

かつての知り合いの千眼の卯之助を訪ねた源吾は辰一の過去を聞き出し、一計を案じます(第四章)。その翌々日の出火のとき、源吾は打ち合わせの通りにすべての火消しを集め、火消しに紛れている千羽一家をあぶりだすことにするのでした(第五章)。

 

今回のぼろ鳶の物語は敵役として千羽一家という悪党が登場します。とはいっても千羽一家の面々が表に出てくるというわけではなく、この悪党から江戸の町を守るために強烈なキャラクターを持った人物が二人登場します。

まずはタイトルにもなっている九紋龍という通り名を持つ町火消“に組”の頭領の辰一がいます。人間離れした体格と運動神経を持った最強の火消しです。

そしてもう一人は、新庄藩の御連枝様である戸沢正親という人物です。この男、国元でも城を抜け出し、領内で放蕩の限りを尽くしているという手に負えない人物らしいのです。

本書はこの二人を中心に物語が展開しますが、本当はもう一人の注目すべき人物がいます。それは主人公源吾の妻である美雪です。これまでも美雪の才能の片りんは見せており、田沼意次なども彼女のファンになっているほどでした。彼女と鳥越新之助との掛け合いは本書の息抜きにもなっているキャラクターでもあります。

それが今回は物語の前面に躍り出て痛快この上ない活躍を見せます。

 

まず、に組の辰一ですが、正確にはこのシリーズ初登場ではありません。前巻の第三章「加賀の牙」の冒頭、七日連続で続いた不審火の四日目に太鼓を打たない小川町の定火消の屋敷に押し入って太鼓を乱れ打ち、半鐘を鳴らし、完全に鎮火せしめたのがこのに組の辰一だったのです。

そこには「自身の縄張りで起きた火事は如何なる手段を用いてでも消し止める。もし邪魔立てする者がいようものならば、凶暴な男である。」と書いてありました。その育ちに隠された秘密があり、それがこの物語の謎にもつながっていきます。

この辰一が率いるに組が、火事の現場で野次馬を捕らえるという奇妙な行動に出ます。何故にそのような行動をとるのか、本書の核心に迫る謎につながっていくのです。

 

辰一の行動の謎が本書の本筋に連なるものだとすれば、新庄藩の正親はサブストーリー的な色合いを持ってくるのでしょう。

もともと、田沼に敵対する一味のからくりにより呼び寄せられた正親と思われ、新庄藩ぼろ鳶の諸費用を削り取るという搦め手からの攻め口を見せるのですが、この男が意外な行動に出て、一つの見せ場を作っています。

 

そして、勘定小町と呼ばれた美雪の見せ場が用意してあり、辰一と正親という悪の強いキャラクターが活躍した後に、ヒロインが小気味いい活躍を見せてこの物語はおわります。

この美雪というキャラクターは本シリーズでもかなり重要な役目を担っていることは、あらためて言うまでもないことでしょう。シリーズのユーモア面を担当すると同時に、新庄藩のみならず、他藩との交渉ごとの潤滑油ともなっているのです。

 

以上のように、本書では辰一、正親、そして美雪という三人に焦点を当てた小気味のいい作品として仕上がっています。

このシリーズはこれからも目の離せない作品を生み出してくれそうなシリーズであり、大いなる期待をもって読み続けたいと思います。

夜哭烏 羽州ぼろ鳶組

「八咫烏」の異名を取り、江戸一番の火消加賀鳶を率いる大音勘九郎を非道な罠が襲う。身内を攫い、出動を妨害、被害の拡大を狙う何者かに標的にされたのだ。家族を諦めようとする勘九郎に対し、「火喰鳥」松永源吾率いる羽州「ぼろ鳶」組は、大音一家を救い、卑劣な敵を止めるため、果敢に出張るが…。業火を前に命を張った男たちの団結。手に汗握る傑作時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

本書は『羽州ぼろ鳶組シリーズ』の第二巻目の長編痛快時代小説です。

 


 

本シリーズの第一巻では、新庄藩の火消し頭取として消滅しかかっていた定火消を建て直し、明和の大火に立ち向かい「ぼろ鳶」として江戸の町に受け入れられた松永源吾でした。

 

それから約一年後、老中田沼意次の尽力で幕府は江戸の町の復旧に本腰を入れ、通常は各人で行うがれきの撤去を府下のすべての火消しに命じるなどの結果、江戸の町もすでに活気が戻りつつありました。

そうした中、出火に際して管轄の大名火消が太鼓を打たないという事件が続きます。しかも担当の侍は事後に自害して果てているのです。後に、火消の身内が人質として攫われていて身動きが取れなかったということが判明します。(第一章)

次いで源吾の古巣である松平隼人家が狙われますが、火元にいた昔の源吾の弟分であった万組頭の魁の武蔵は源吾を受け入れようとはしませんでした。(第二章)

更には、七日連続の付け火が起き、七日目には加賀藩が狙われ(第三章)、ついには新庄藩までもその標的となるのです(第四章)。その後、深川木場での火付けが起き、太鼓が鳴らないためどの火消しも動こうとしない中、新庄藩ぼろ鳶だけが深川へと駆け付けるのでした(第五章)。

 

前巻で本「羽州ぼろ鳶組シリーズ」のだいたいの方向性が見えてましたが、本書ではっきりと見えてきたと思います。

それは、典型的な痛快小説として、一歩間違えば通俗的な物語に陥りそうな「漢(おとこ)」を前面に押し出した物語として構成されていくということでしょう。

 

もともと、江戸の町では「火事と喧嘩は江戸の華」であり、火消しは、「粋」や「鯔背(いなせ)」などという美意識を背負った男の代名詞としてもてはやされたと言います。

そうした火消しが主人公なのですから、侠気にあふれた男たちが多く登場するのは当然です。ただ、そうした侠気(きょうき・おとこぎ)を描くとき、作者が明確な主張を持っていないと、先述したようにその場の雰囲気に流された通俗的な話になってしまうと思われます。

本書の場合、そうした心配は杞憂であり、単純に作者が紡ぎだす世界に浸っていれば心地よい興奮と感動を得られます。

そうした感覚はかつては講談で語られた世界であり、現代では東映の任侠映画にも通じる感覚だと思われ、いつの時代も受け入れられるものでしょう。

 

更にこのシリーズの魅力の一つに挙げられるのは、江戸時代の火消し制度を詳細に紹介してあるところです。そして、その制度を物語の根底に据えて物語を構築してあります。

その一つに火消出動の前提として鳴らされる最寄りの大名の太鼓があります。この太鼓が鳴らされないと半鐘も鳴らすことはできず、そのことはほかの武家火消、町火消の出動ができないということを意味するそうです。

火災が起きている際に何を言ってるんだという気もしますが、身分制度維持が大前提だという当時の思想がある以上はいかに理不尽であっても受け入れるしかなかったのでしょう。

本書ではそうした制度につけこみ、敵役の一味は卑劣な手を使い火消したちの行動を縛ります。ただ、その手に乗らないのが源吾であり、八咫烏の異名を持つ加賀藩鳶の大頭である大音勘九郎だったのです。ここでタイトルの「夜哭烏」に結びついてきます。

 

しかし、本書ではほとんどの火消しが火付け一味の脅しに屈し、太鼓討たないことになっていますが、侍や漢気を売り物にする火消したちがそうした脅しに屈し、火消の出動を邪魔するかはかなりの疑問があります。

とはいえ、面白い物語はそうした疑問をも乗り越えてしまうもののようです。クライマックスでの船による火消しの場面も首をひねる点もありますが、そこでも物語の勢いが勝っています。

久しぶりに胸躍る物語として育っているシリーズになっていると言えると思います。

火喰鳥 羽州ぼろ鳶組

かつて、江戸随一と呼ばれた武家火消がいた。その名は、松永源吾。別名、「火喰鳥」―。しかし、五年前の火事が原因で、今は妻の深雪と貧乏浪人暮らし。そんな彼の元に出羽新庄藩から突然仕官の誘いが。壊滅した藩の火消組織を再建してほしいという。「ぼろ鳶」と揶揄される火消たちを率い、源吾は昔の輝きを取り戻すことができるのか。興奮必至、迫力の時代小説。(「BOOK」データベースより)

 

本書は『羽州ぼろ鳶組シリーズ』の第一巻目である長編の痛快時代小説です。

 

 

かつて、松平家の定火消として活躍し「火喰鳥」と呼ばれ人気を博した男がいました。その名を松永源吾といい、現在は妻の美雪と共に浪々の身として暮らしています。

そんな源吾を出羽新庄藩の折下左門という侍が訪れ、壊滅状態にある新庄藩の火消しを建て直してほしいと言ってくるのです。

 

本書は、『羽州ぼろ鳶組シリーズ』の第一巻目であり、壊滅状態の新庄藩定火消の立て直しに手を付けるところから始まります。

すなわち、まずは優秀な鳶を集めなければなりません。そこで、なじみの口入屋で越前人を雇う目途をつけます。ここでの美雪をも巻き込んだコミカルなやり取りは、美雪の能力を思い知らされる必見の場面でもあります。

 

その後、新庄藩定火消の柱ともなる、各組の中心となる人材探しに移ります。

そこでは膝に故障がある相撲取りの荒神山寅次郎(第一章)、軽業師の彦弥(第二章)、博覧強記の天才の加持星十郎(第三章)と有力メンバーを集める様子が、それぞれに一つの章を使っていかにも男の物語といった趣で語られます。

何とか定火消としての体裁は整えたものの、火消しとしての装束までは手が回らないため、「ぼろ鳶」と呼ばれ始める新庄藩定火消でした。それに合わせ、源吾の思いもかけない過去、それに源吾と美雪とのなれそめなどが語られます(第四章)。

次に、それなりの活躍を見せる新庄藩定火消として親しみを持たれ始める「ぼろ鳶」の様子、そして、あの鬼平の父親である火盗改長官長谷川平蔵宣雄や、田沼意次との知己を得(第五章)、クライマックスとして江戸三大大火の一つである明和の大火に立ち向かう源吾らの姿が描かれます(第六章)。

 

勿論、江戸時代の消火組織についても述べられており、本書の主人公源吾は町火消とは異なる武家の火消しである「定火消」としての活躍であることも示されています。

この「定火消」を主人公とする小説としては田牧大和の『泣き菩薩』があります。江戸は八代洲河岸の定火消同心であることあった若き日の歌川広重こと安藤重右衛門を主人公とした作品で、かなり面白く読んだ記憶があります。

 

 

ともあれ、物語はまだ始まったばかりです。少なくとも第一巻である本書は非常に面白く読むことができました。この分では今後の展開にも期待ができると思われます。

現時点(2019年2月)で第七巻まで出版されているのですから、それだけの水準を保っていると言えると思います。今後の展開が楽しみです。

童の神

平安時代「童」と呼ばれる者たちがいた。彼らは鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥…などの恐ろしげな名で呼ばれ、京人から蔑まれていた。一方、安倍晴明が空前絶後の凶事と断じた日食の最中に、越後で生まれた桜暁丸は、父と故郷を奪った京人に復讐を誓っていた。様々な出逢いを経て桜暁丸は、童たちと共に朝廷軍に決死の戦いを挑むが―。皆が手をたずさえて生きられる世を熱望し、散っていった者たちへの、祈りの詩。第10回角川春樹小説賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

おとぎ話の酒吞童子の物語を下敷きにした長編の痛快エンターテインメント小説で、第160回直木三十五賞候補作でもあります。

 

 

天延三年、日が欠けるという凶事の日に、髪は黄金色で、肌が透き通るように白い容貌の漂着民を母として桜暁丸(おうぎまる)は生まれた。地方豪族の父と蓮茂という師匠のもと桜儀丸はたくましく成長する。しかし、朝廷に反抗したとして父親は源満仲の軍勢に滅ぼされてしまう。

後に京の町で恐れられている盗賊花天狗となった桜暁丸は、同じく盗賊の袴垂と共に京の町で貴族を相手にを荒らしまわったのち、葛城山の土蜘蛛一族の仲間となって酒吞童子と呼ばれるようになる。

その後摂津竜王山の滝夜叉、それに丹波の大江山の鬼らと同盟を組み、朝廷に対抗する一大勢力を築いていくのだった。

 

この物語のベースにあるのは「おとぎ話」です。現代の子供たちは分かりませんが、少なくとも私たち昭和二十年代、三十年代に生まれた子らは、足柄山の金太郎や源頼光の大江山の酒吞童子退治の物語などに慣れ親しんできました。

本書には酒吞童子やその配下の虎熊童子、金熊童子、星熊童子、茨木童子らが暴れまわると同時に、彼らと対立する敵役として、源頼光とその配下の四天王の渡辺綱、卜部季武、碓井貞光、坂田金時らが登場するのです。

この源の頼光の話は、

源頼光と四天王が退治した大江山の酒呑童子とは何者か | WEB歴史街道

に分かりやすく記してあり、本書を読むうえで非常に参考になると思います。

 

ほかに安倍晴明や藤原保昌といった実在の人物も重要な役回りで登場します。

 

本書の見どころは、おとぎ話をもとにしている話しというだけでなく、酒吞童子ら反朝廷勢力の戦い方が、北方謙三版の『水滸伝』のような構造を持っているところでしょう。

個別に朝廷と対峙していた土蜘蛛や鬼、夷といった朝廷の支配の及ばない「化外の民」と呼ばれて差別を受けていた民衆が、あたかも梁山泊に集まった有志のように反朝廷勢力を構築し、反旗を翻し戦う様子はまさに『水滸伝』です。

 

 

本書には、差別を受けている者と、そうした意識を持たないままに差別する側にいる者との意識の持ちように違いがあることや、坂田の金時のように本来は差別を受ける側にいた者が差別をする側にいることの葛藤なども描かれています。

そのことはまた、登場人物に「己が蔑まれたくないからだれかを貶める。」という台詞を言わせたりと、当時の支配構造についてもエンターテインメント小説なりに示しているのです。

こうした点は、おとぎ話の登場人物らの活躍の描写に比べ、社会的な視点という意味では弱いとも言えそうです。しかし、それはエンターテイメントを採るか否かに連なることでしょうし、エンタメ性を重視したということだと思います。

私のように単純にエンタメ小説に浸りたい読者にはもってこいの物語であり、読書に何らかの意義を求めたい人にとっては若干物足りないかもしれませんがそれなりの考察のきっかけにもなると思うのです。

 

被差別民から出たヒーローを描いた作品としては、個人的には何といってもコミックですが白戸三平の描く名作の『カムイ伝』(下掲はKindle版全十五巻)につきます。被差別民出身のカムイという抜け忍の物語ですが、「カムイ外伝」として松山ケンイチ主演で映画化もされました。

 

 

ところで、近年の直木賞候補作品では、戦国時代以前を舞台にした作品がちょくちょく選ばれています。例えば、室町時代の京都を舞台にした第156回直木賞候補作の垣根涼介の『室町無頼』という作品や、天平時代の平城京でのパンデミックを描いた第158回直木賞候補作の澤田瞳子の『火定』という作品です。戦国時代以前と大きく括ればの話であり、たまたまそうした作品が続いただけのことでしょうが、ちょっと気になりました。

 

 

ちなみに、本書タイトルの「童」は、「雑役者」や「僕(しもべ)」を意味する言葉であり、土蜘蛛、鬼、夷(えびす)ら化外の民の総称だそうです。

継続捜査ゼミ

継続捜査ゼミ』とは

 

本書『継続捜査ゼミ』は『継続捜査ゼミシリーズ』の第一弾で、文庫本で448頁の長さの、長編の推理小説です。

 

継続捜査ゼミ』の簡単なあらすじ

 

元刑事、警察学校校長を最後に退官した小早川の再就職先は三宿女子大学。「刑事政策演習ゼミ」、別名「継続捜査ゼミ」を担当し、5人の女子大生と挑む課題は、公訴時効廃止後の未解決の殺人等重要事案。逃走経路すらわからない15年前の老夫婦殺人事件だった。警察小説の名手が贈る、新たなる捜査が始まる!(「BOOK」データベースより)

 

今回、継続捜査ゼミで取り上げられるのは十五年前に目黒署管内で起きた、老夫婦が居直り強盗に殺されたとみられている強盗殺人事件だった。

学生たちは、ゼミのオブザーバとして加わっている目黒警察署の安斎幸助巡査部長が提供してくれた捜査資料を基に事案を検討していく。

 

継続捜査ゼミ』の感想

 

本書『継続捜査ゼミ』では、元刑事で警察学校校長でもあった小早川一郎教授の刑事政策演習ゼミのゼミ生たちの推理という形式で物語が進みます。

そして、今回のゼミテーマが、かつて目黒署管内で起きた強盗殺人事件だったのです。

 

この事件が当時考えられていた居直り強盗であるのならば、犯人は夫妻を殺害する時間があるのならば何故に逃亡しなかったのか、また昼間の時間帯であるにもかかわらず逃亡する犯人の目撃者がいないのは何故なのかなど、学生たち自身の疑問をもとに綿密に検討していくのです。

学生たちはそれぞれに法律や薬学、歴史などの得意分野を有していて、その専門家はだしの知識をもとに推論を裏付けていきます。

 

そうした学生たちのゼミのテーマに対する討論とは別に、サブストーリーともいうべき別な事件も検討対象になります。

それは一つには小早川の同僚の竹芝教授の相談であり、全く身に覚えのない自分と学生とのホテルから出てくる写真についてのものでした。

さらに、学内で起きている運動靴の片方だけが盗まれる事件です。

これらの事件を小早川が中心となって学生らとともに解決していきます。

 

改めて考えるまでもなく、今野敏の小説は事案を単純化してある上に、登場人物の思考過程をさらりとした文章で表現してあるためか、非常に読みやすいものになっています。

例えば人気シリーズの一つである『安積班シリーズ』を見てもすぐにわかることですが、起きた事件の犯人を絞り込む安積の思考過程を簡潔に記してあり、その論理が分かりやすく素直に頭に入ってきます。それはすなわち王道の思考方法をとっているからでしょう。

正論を正論としてストレートに発言するのはこれまた人気シリーズの『隠蔽捜査シリーズ』の主人公竜崎ですが、この竜崎の思考方法の、論理を素直に考察する方法はほかの作品でもみられるところだと思います。本書もまた同様なのです。

 

 

そうしたわかりやすいロジックを素直な文章で描き出す今野敏の手法がはっきりと出ている作品だともいえると思います。