「東海道五十三次」を描くのはまだ先のこと。十九歳の歌川広重こと安藤重右衛門は、江戸は八代洲河岸の定火消同心。二人の幼馴染、切れ者の信之介と剛力の五郎太とともに、菩薩像を襲った小火騒ぎの謎を追う。相次ぐ不審火は、噂の火付集団の仕業なのか。意外な黒幕が明かされる時、三人を待つ運命とは?江戸のモテ男・火消三人組が謎を解く。(「BOOK」データベースより)
若き日の歌川広重を主人公とした痛快時代小説です。
ある日、光照寺の哲正という名の小坊主が五郎太を訪ねてきて、哲正の同輩の森念を助けてほしいという。失火で講堂の仏像が燃え、森念が先輩から折檻を受けているというのだ。重右衛門ら三人は森念にかけられた疑いを晴らすべく奔走するが、その裏には火つけ一味の暗躍が見え隠れするのだった。
本書は若き日の歌川広重を主人公としています。
歌川広重は八代洲河岸定火消屋敷の同心の子として生まれ、数えの十三歳で同心職を継いでいます。十五歳の頃、歌川豊広に入門し、歌川広重の名を貰います。本書の時代の広重は未だ十九歳であり、安藤重右衛門と名乗っていました。
「定火消」とは旗本の火消しのことです。つまり何度も大火に襲われていた江戸の町では火消し制度が整えられており、武家と町人それぞれに「武家火消」と「町火消」とがあって、「武家火消」は更に大名が管理する「大名火消」と幕府つまりは旗本の「定火消」とに整備されていったそうです。
私の時代は「安藤広重」という名で教わっていたと思うのですが、本名と号とを組み合わせるのもおかしな話ということで、今では「歌川広重」と呼ばれているようです。
本書は、作者田牧大和が小説現代長編新人賞を受賞した『花合せ 濱次お役者双六』の後の第一作であって、『花合せ 濱次お役者双六』とは色合いの異なる物語でありながら、それに劣らない面白さを持った作品に仕上がっています。
主人公が若き日の歌川広重ということで、重右衛門の画のうまさが巧みに生かされています。つまり、聞いたものに関しての情報はあいまいながらも、見たものに関しては抜群の記憶力を発揮して絵におこし、探索に生かすのです。能力は絵のうまさだけであり、腕力も勿論ありません。なのに、単独で行動するなど、思慮不足の面が危機を招いたりもします。
本書での安藤重右衛門には同じ定火消し同心として西村信之介と猪瀬五郎太という仲間がいます。西村信之介は「八代洲河岸の孔明」と呼ばれるほどに明晰な頭脳を持ち、五郎太は力持ちで、臥煙らからも慕われる人情家です。この五郎太のもとに小坊主が駆けつけてきたわけです。
これらの仲間が力を合わせ事件を解決します。この作家のテンポの良い文体、ストーリーが生かされた痛快時代小説です。