完本 妻は、くノ一(五) 国境の南/濤の彼方

度重なる刺客との戦いに疲れ果てた織江。彦馬をあきらめれば、一人で逃げ切れるかもしれない―。思いに揺れる織江にはしかし、新たな刺客が迫っていた。一方、彦馬は松浦静山に諸外国を巡るよう命じられ、長崎へ向かった。そこで彦馬は、一緒に日本を脱出するため織江を待ち続ける。果たして二人に安住の地はあるのか?そして長崎での最終決戦の行方は?著者代表シリーズ完全版、遂に完結!最後の特別新作収録。(「BOOK」データベースより)

 

妻は、くノ一 シリーズ」完本版第五(最終)巻の長編痛快時代小説です。

 

いよいよ本シリーズの最終巻となってしまいましたが、思ったよりも淡々とした終わり方でした。

あらためて考えると、このシリーズはシリアスな時代小説ではなく、いわばファンタジー時代劇といっても良さそうな軽快で、ほのぼのとした雰囲気こそ命のシリーズだったのであり、この終わり方こそ当たり前だったのでしょう。

とはいえ、さすがに最終巻ともなると、謎解きばかりをやっているわけにもいかず、襲い来る敵との闘いもはさみながらの長崎への海路の様子が描かれることになります。

 

織江は自分が彦馬をあきらめることで、彦馬への危害も減ると考え、自分に彦馬への恋慕の情を断つように暗示をかけます(序 こころの術)。

その彦馬は、道端のカゴに入った正体不明の薄い紫色のものを食べてしまう女(第一話 なんでも食う女)や、池の中の島にあった望遠鏡が盗まれた謎(第二話 空飛ぶ男)、因幡の白兎の入れ墨を背負った男が殺された秘密(第三話 貴い彫り物)、屋根の上のかかしの謎(第四話 屋根の上のかかし)と、相変わらず日常に巻き起こる様々な謎を解き明かしています。

そんな中、いよいよ彦馬の長崎(実は異国)への旅立ちます。

自己暗示の甲斐もなく彦馬への想いをなお抱いている織江は川村真一郎との死闘に臨み(第五話 満月は凶)、以降は静山や彦馬一行の姿とそのあとを追う織江の姿とが描かれるのです(第六話以降)。

 

先にも述べたように、派手さはないものの、細かな知識をちりばめながら、日常に潜む謎を解きつつ展開されるこの物語ですが、やっとクライマックスを迎えることになりました。

適度なアクション場面も交えながら、細かな謎ときをメインとしつつ、鳥居耀蔵などの歴史上実在した人物を、通常言われている様子とは異なる意外なキャラクターとして登場させているのも一興です。

 

ともあれ、本巻の見どころはやはり長崎までの道のりです。

そこでは静山や彦馬らの船旅があり、それを追う陸上の織江、そして鳥居耀蔵の策略により駆り出された十一代将軍徳川家斉の護衛の四天王という腕利きの刺客の戦いがあります。

ただ、剣戟、もしくは忍びの闘争としてみると少々物足りないとも思いました。でも、そうした緩さこそがこのシリーズの魅力でもあり、なんとも微妙な気持ちで読み進めたものです。

 

とはいえ、物語は一応のエンディングを向かえます。いかにも風野真知雄らしい、エンターテイメントに富んだ作品だったと言えます。

文字通り気楽に読める本シリーズでしたが、一応の結末を見ながらも、この後続編が書かれることになります。

完本 妻は、くノ一(四) 美姫の夢/胸の振子

逢えなくても、せめてそばで愛する夫を守りたい。抜け忍となり逃亡中の織江は、変装し彦馬の周囲を見張っていた。ある日、怪しげな男とすれ違う織江だが、それ以来、奇妙な出来事が起こり始める―新たな討っ手、お庭番最強と謳われる呪術師寒三郎がついに動いたのだった。さらに、織江がよく知るあるくノ一も、元平戸藩主・松浦静山の“幽霊船貿易計画”を手伝う彦馬に接近し始めていて…。書き下ろし短編「ねずみ静山」収録。(「BOOK」データベースより)

 

「妻は、くノ一 シリーズ」完本版第四巻の長編痛快時代小説です。

 

このシリーズも後半に入り、彦馬の江戸での生活も一応の落ち着きを見せています。

彦馬はこれまで同様に、静山の娘清湖姫の持っていた勾玉の用途を突き止め(第一話 夢の玉)、からくり小屋の自在に伸び縮みする竹の謎を解き(第二話 酔狂大名)、損料屋から四人の小僧が四匹の子犬を借りていく理由を見つけ(第三話 四匹の子犬)、赤く色づいたイチョウの葉の謎(第四話 赤いイチョウ)や虫の鳴かない庭と隠居の失踪の謎(第五話 鳴かぬなら)を解き明かしています。

その一方で、お庭番頭領の川村真一郎は宵闇順平が倒れた後、新たに呪術師の寒三郎を呼び寄せて、織江に対して更なる攻撃を目地ていました。

また、本書では新たに静山の娘として清湖姫が登場しており、早速「第一話 夢の玉」で彦馬が解くべき新たな謎を提供しています。この清湖姫は、美貌に恵まれ、快活で、聡明であるにもかかわらず、もはや三十路に近づいている女性で、彦馬に興味を持ったらしいのです。

そして静山自身は、三十年ほど前に悪戯に浮かべた幽霊船が今頃になって再び江戸湾に現れ、船体の「松浦丸」という名前が現れ、窮地に追い込まれていました。

更に彦馬は、寺の前に置き去りにされた駕籠(第六話 おきざり)や銭のような模様があるヘビ(第七話 銭ヘビさま)、壁から出ていた紐(第八話 壁の紐)、着物が透けて見える目薬(第九話 すけすけ)、蕎麦屋で見つけた名古屋という品書き(第十話 年越しのそばとうどん)などの話に隠された謎を解き明かしていきます。

また、神田明神近くにはいつの間にか慈愛に満ちた女将がいる庶民的な「浜路」という飲み屋が人気となっていました。その飲み屋に鳥居燿蔵が通うようになり、同様に原田に連れられた彦馬と出会うのでした。

 

本書では、彦馬の物語に大きな変化はありません。

織江を狙う新たな敵として呪術師寒三郎が現れ、その後、織江を幼いころから知る浜路という女が現れることくらいでしょう。

そういう意味では、ただ淡々と彦馬の謎解きと、織江の静かな戦いが行われるだけと言えないこともありません。物語としての新たな展開を見せない限りは、今後のこのシリーズの在りようが心配にもなります。

強いて言えば、クライマックスに向かって静山が仕掛ける幽霊船の話が少し顔をみせ、更にはシーボルトの名前も見られるようになることなどが挙げられるかもしれません。

ただ、完本としてはこのシリーズもあと一冊となっていますので、シリーズが終わった今の観点でみると心配することは何もないということになります。

そのあと一冊を楽しみにしたいところです。

おくれ髪―吟味方与力人情控

旗本や諸藩の江戸屋敷、蔵宿から鮮やかに大金を奪い、その金の一部を暮らしに窮する下々の家に投げ入れる盗賊“銀狼”。義賊と噂の盗賊一味の捕縛を命じられた北町奉行所吟味方与力の鼓晋作は、押し込み先では誰も傷つけず、手妻のように犯行を繰り返す賊の手掛かりを求め、過去の似た手口や襲われた武家の共通点を洗い出してゆく。そして、十年前に南北両奉行所を翻弄し、忽然と姿を消した一味にたどりついた。そんな地道な探索の最中、一人の座頭が殺され、その男に借金していた小普請組の御家人一家が離散していたことが判明する。悲運に見舞われ、残された姉弟三人と盗賊の間に隠された因縁とは!?好評を博す長編傑作時代小説第二弾!(「BOOK」データベースより)

 

本書は「吟味方与力人情控」シリーズの第二巻である長編の痛快人情時代小説です。

 

本書ではまた奉行が代わっています。永田備後守正道の死去により榊原主計頭忠之が北町奉行職に就きます。同日、本シリーズの主人公鼓晋作は北町奉行所詮議役吟味方与力は助(すけ)から本役へと昇任しました。

この頃、江戸では銀狼と呼ばれている盗賊の一味が世間を騒がせていました。この銀狼は、大身の旗本や諸藩、並びに蔵前の蔵宿ばかりを狙い、そのうえで奪った金品を貧しい町民に施し義賊と呼ばれていたのです。

北町奉行の榊原主計頭は、癇癪持ち、気短と評されるほどの男であり、前巻の花嵐の一件で手柄を立てた鼓晋作を頭として銀狼捕縛の専従の組を作るよう命じるのでした。

そうするうち、城の市という名の血も涙もないと言われていた金貸しが殺されます。この城の市は柳橋の評判の芸者の花守に入れあげており、いずれ女房にすると言っていました。

銀狼についての調べていくなか、晋作の幼馴染みで隠密廻り方同心の谷川礼介が、十年ほど前まで江戸の町を荒らしていた白狐の一味を追っていた伝助という元岡っ引きを訪ねるよう言ってきました。

 

本書もまた、ひと昔前の出来事が今につながり、鼓晋作らの出番となる話です。

かつて親を殺され、天涯孤独の身になった兄弟が、当時の伝手を頼り生き延び、長じて現在への出来事へと結ばれていきます。

ひと昔前の出来事は切なさにあふれた出来事であり、その切なさを抱えつつ、様々な思惑のなかで銀狼として行動することが宿命のようです。

 

こうした、ひと昔前の出来事を遠因として今につながるというパターンは、辻堂魁の物語の一つの形でもあるようで、本シリーズの第一巻もそうでした。

とはいえ、それぞれの話ごとに話が練られ、読みごたえのある物語として紡がれています。

ただ、前巻でも書いたように現在(2019年9月)の辻堂魁の作品群と比してもかなりの部分で感情過多であり、より通俗的に感じます。

 

そして、今のところ本巻以後このシリーズは書かれていません。

ただ、私は本シリーズが終了とか、完結したという情報には接していません。もしかしたら復活する含みがあるのか、それとも私が知らないところで本シリーズの終了宣言が既になされているものか、全くの不明です。

与力を主人公にした珍しいシリーズでもあり、今の辻堂魁の物語として読み続けたい気もします。

花の嵐―吟味方与力人情控

北町奉行所吟味方与力助・鼓晋作は、江戸町会所七分金積立の使途不明金を探索していた。七つの町を取り締まる平名主・逢坂屋孫四郎を横領の疑いで詮議立てする直前に、孫四郎雇いの書役である藤吉が、姿をくらました。さらに藤吉の住家で、惨殺され血塗れの双親と女房の無残な死体が発見され、まだ乳飲み子の姿が消えていた。この一件は、お調べの手が迫り、使い込みの発覚を恐れた藤吉が錯乱し、一家無理心中を謀ったあと、小名木川に身投げしたとして処理され、藤吉ひとりの仕業として一件落着された。だが、事件から十一年後、使途不明金に関わりのあった者らが次々と殺されてゆく。情けと剣の傑作長編時代小説。全面改稿のリニューアル版!(「BOOK」データベースより)

 

本書は「吟味方与力人情控」シリーズの第一巻である長編の痛快人情時代小説です。

 

これは辻堂魁の小説に限ったことではないのですが、辻堂魁の物語では特に、よく調べられた江戸時代の行政の仕組みを、その仕組みを利用した犯罪などが物語の中心に据えられ、展開している話が多いようです。

本書の場合、それが江戸町会所の七分積立使途不明事件です。

本書本文によりますと、「江戸町会所」とは寛政の改革の折に江戸町民救済施設として常設された金融機関であり、その会所を維持するために設けられた各町入用平均額の余剰分七割を積み立てる貯蓄制度が「七分金積み立て」だそうです。その「使用目的は囲籾買入れ、米蔵の修理、窮民店賃貸付や米銭交付になっている」とありました。

そして本書では、この「七分積立金」の使い込みの責めを負わされた逢坂屋孫四郎雇い書役の藤吉という男の姿が語られています。

 

本「吟味方与力人情控シリーズ」は、該当の項でも書いたように2008年に学研M文庫から出版されたものに大幅に加筆修正され、2015年にコスミック出版から出版されたものです。

即ち、殆ど辻堂魁のデビュー後まもなく書かれた作品と言え、それだけに今の辻堂魁の作品群と比較すると、より通俗性が高いように感じます。

より直接的に感情に訴えかける表現などが多用され、少々くどくも感じました。

修辞法使い方の問題なのか、美文調と言っていいものなのか、こうした技法を何というのかは知りませんが、ストーリーの構成の仕方とも相まって、より通俗的になっているという印象です。

 

こうした作品に接したときにいつも感じるのが、山本周五郎の初期の作品とそれ以外、特に後期の作品との差異です。

初期の作品では講談調の文章がそのままに記されているのに対し、後期の作品での文章の格調の高さは、全く異なる作品となっているのです。

 

従って、私の好みからすると本書は少々くどさを持っている作品だということになるのですが、それでもなお珍しい「与力」を主人公に据えた物語であることもあって、痛快時代小説としての面白さはあると言えるでしょう。

ストロベリーナイト

溜め池近くの植え込みから、ビニールシートに包まれた男の惨殺死体が発見された。警視庁捜査一課の警部補・姫川玲子は、これが単独の殺人事件で終わらないことに気づく。捜査で浮上した謎の言葉「ストロベリーナイト」が意味するものは?クセ者揃いの刑事たちとともに悪戦苦闘の末、辿り着いたのは、あまりにも衝撃的な事実だった。人気シリーズ、待望の文庫化始動。(「BOOK」データベースより)

 

誉田哲也の人気シリーズ『姫川玲子シリーズ』の第一弾の長編推理小説です。

ジウサーガ』を全巻読み直し、更に『姫川玲子シリーズ』も再読しようと、ふたたび読み始めたところです。

 

 

物語のあらすじ自体は上記の『「BOOK」データベース』のとおりですが、本書の面白さは『姫川玲子シリーズ』の項で書いたように、第一にキャラクターの造形にあると思います。

そうしたキャラたちの軽妙な、それでいてポイントを押さえた会話があって、第二の面白さの理由である魅力的なストーリーが展開されるのです。

ただ、誉田哲也の作品ですからグロテスクな描写は避けては通れません。

本書も冒頭から糞尿絡みの殺人の場面が展開されます。その後に姫川玲子が登場します。

 

監察医の國奥と死体を焼く話をしながら食事をしているところに今泉十係長警部から殺人事件の電話がかかります。

葛飾区はずれの水元公園近くの現場に行き、地取り捜査のための割り当てをすると何故かそこには会えば姫川玲子を口説きにかかる井岡巡査長刑事がいて、この男と組むことになるのでした。

捜査が続く中再度殺人事件の現場へとやってきた玲子は、死体がこの場所に遺棄された理由や死体腹部の切創の理由が分かったと言い始め、事件は連続殺人へと移行します。

 

玲子は高校生の頃レイプにあった過去を持ち、そのトラウマに今でも苦しんでいます。その事件で立ち直るきっかけになったのが佐田という婦警さんの存在でした。

その婦警さんが殉職した際の殺害犯人の裁判で高校生の玲子が陳述する場面は本書での一つの山場でもあります。そして、玲子が警察官になったのもこの佐田婦警がいたからでした。

その後の玲子は若くして警部補試験に通り、今泉の引きもあって捜査一課十係の姫川班班長として四人の部下を持つまでになったのです。

 

姫川の暴走に近い捜査は華々しい結果をもたらしてくれますが、反面さまざまな軋轢も生みます。そうした手法を激しく非難するのがガンテツこと勝俣健作警部補でした。

「一課内公安」とも呼ばれるガンテツですが、ガンテツなりに玲子の手腕を認めてもいます。しかし、裏付けのない感覚に頼る捜査の危うさを気にかけていたのです。

 

そうした玲子の視点で描かれる捜査とは別に第三章までの冒頭に、後にエフと呼ばれることになる人物の視点での話が挿入されています。この人物が後に玲子の捜査と交錯してくるのです。

物語は浮かび上がってきた「ストロベリーナイト」という言葉を中心に、途中では大きな悲劇などを挟み、進んでいきます。

物語の進行の過程では再びグロテスクな場面などが挟まれ、エンディングへとなだれ込むのですが、まさにエンターテインメント小説としての面白さが詰め込まれた小説と言えると思います。

 

玲子の活躍とガンテツの策動などによって次第に明らかになる「ストロベリーナイト」という言葉の持つ意味、そのおぞましさなど、エンターテイメント小説としてのエッセンスが詰まった物語になっています。

特異な位置を占める警察小説としてこれからも続いていくことを願います。

 

ちなみに本シリーズは竹内結子を主演とし、菊田和男役西島秀俊、ガンテツ役として武田鉄矢などの豪華な配役でテレビドラマ化及び映画化もされており、共に好評を博しています。

本書を原作としてのテレビドラマ化としては2010年11月13日に『土曜プレミアム』特別企画として放映された『ストロベリーナイト』があり、その後姫川玲子シリーズの他の作品を原作としてドラマ化されています。

その後に同じく竹内結子主演で『ストロベリーナイト』というタイトルでの映画化がされていますが、その内容は『インビジブルレイン』を原作として作成されている作品です。

 

 

その後、2019年4月から二階堂ふみと亀梨和也とのW主演で再び『ストロベリーナイト・サーガ』というタイトルでテレビドラマ化されましたが、以前の竹内結子、西島秀俊のイメージが強く、なかなか視聴率には結び付きにくかったという話を聞きました。

 

麦の滴-おれは一万石(4)

浜松藩井上家本家が、菩提寺である浄心寺改築のため、分家である高岡藩井上家、下妻藩井上家にそれぞれ金二百両の供出を言い渡した。困惑する正紀と正広だが、本家の意向に逆らうわけにはいかない。またもや訪れたこの危機をどう乗り切るのか!?待望のシリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)

 

『おれは一万石シリーズ』の第四弾の長編痛快時代小説です。

 

本巻でも正紀が婿入りした高岡藩に新たな難題が降りかかります。それは高岡藩井上家の本家である浜松藩井上家からの、菩提寺の浄心寺改築の申し入れです。

そのことは当然に同じ分家である下妻藩井上家にも申し渡されます。

しかし何故か下妻藩藩主井上正棠は本家と一緒になって反目している嫡男の正広に対し高岡藩と同じく金二百両の金策をするように申し付けます。

困り果てた正紀らでしたが、正紀はある方途を思いつくのでした。

一方、北町奉行所高積見廻り与力の山野辺蔵之助は、日本橋本材木町の材木問屋高浜屋で木置場の材木が倒れけが人が出た事件を調べ、不審なものを感じていました。

 

これまでも種々の方策を持って藩の財政の危機を乗り越えてきた正紀ですが、本巻でもまた新たな金策の道を見つけます。

それは、正紀が新たに知己を得た両替屋の熊井屋の跡取りの房太郎から教えられた「麦相場」の利用であり、何とかひねり出した現金をもって投資するのです。

 

この方策はいかにも危険であり、現実的ではないと思われますが、そこは痛快時代小説として目をつむるべきところなのでしょう。

しかし、そうはいっても少々都合がよすぎる展開だと言わざるを得ないというのが個人的な感想です。

そのことは本書終盤での出来事では更に言えることであり、つまりは今で言うインサイダー取引であって、禁じ手のような気がします。

こういうことがまかり通るのであれば、これまでの金策での苦労などは意味をなさないことになりますし、今後も金銭についての心配は不要ということになりかねません。

というよりも国の財政自体がその体を為さなくなると思われるのです。いくら痛快小説とはいえやりすぎと思います。

 

とはいえシリーズ自体の面白さは一応維持していて、今回はかなり脇に追いやられた印象はありますが、正紀の京に対する思いやりの気持ちのあり方など、見るべきものがありそうです。

続編を期待したいと思います。

笑う鬼: 読売屋 天一郎(五)

旗本の息子・水月天一郎と御家人の息子たちで営む読売屋“末成り屋”。謎の女お慶と同居する読売屋の売子・唄や和助が襲われ、囚われの身となった。朋輩の救出に決死の覚悟で臨む天一郎たち。一方、“末成り屋”の後見をしている座頭の玄の市にも危機が迫る。天一郎の怒りの剣は友情と正義を貫けるか。感涙必至のラスト!人気上昇中の著者渾身のシリーズ第五弾。(「BOOK」データベースより)

 

読売屋天一郎シリーズ第五巻の長編痛快時代小説です。

 

読売屋の末成り屋の売子である唄や和助のもとにお慶と名乗る若い女が転がり込んでいました。

正体不明のその女は江戸屈指の材木問屋「朱雀屋」の一人娘のお真矢でしたが、朱雀屋主人の清右衛門の後沿いのお津多が自分の息子に朱雀屋を継がようと画策していたのを察し家から逃げ出したのです。

また、お津多は息子のためにと七万三千石の大名である小平家の隠居了楽の借入の要求に応えるため店の金を持ち出していました。

一方、天一郎の師匠である玄の市は、小平家の隠居了楽のために旧友内海信夫の頼みで百両という金を貸しだします。しかし、了楽は浪費をいさめる内海を手打ちにしてしまうのでした。

 

これまで天一郎本人、そして絵師の錦修斎、彫師の鍬形三流と末成屋の仲間の各々の過去をたどり、その人物像を明らかにする物語が続いてきました。

そして本書『笑う鬼』では、売り子の唄や和助と天一郎らの師匠である座頭の玄の市を中心とした物語になっています。

特に玄の市に関しては、若い頃の友が今に連なり、過去の亡霊が座頭となった玄の市の今に大きく絡んできます。

玄の市は本名を岸井玄次郎といい、「習いもせずに算盤ができ、四書を諳んじ、しかも城下の新陰流の道場では十代の半ばにして師匠をしのぐ腕前だった」というほどの秀才ですが、目を病み、故郷を出ることになったのでした。

さらにその玄の市の事件に和助の危機まで加わり、結局は一連の流れになっていいくのです。

 

物語としては単純な構図です。

老舗大店の跡目をめぐって、病に倒れた主と跡目を次ぐことになっている先妻の娘がおり、それに対し自分の子を跡目としたい後添えとの対立があります。

加えて、浪費癖のあるとある大名の隠居の無分別な金銭の借り入れという事実があり、更にはその浪費癖のある隠居と玄の市との因縁が加わっているのです。

以上のような骨子に、和助と娘との出会いがあり、その娘への危難に和助が巻き込まれ、天一郎らの出番となります。

こうした物語の単純な流れに人情劇という肉付けがなされ、痛快小説としての体裁が整えられていくのですが、そのさまが実に読みごたえがあります。

というよりも、痛快時代小説としての構成が一般の、そして私の感覚にあっているというべきなのかもしれません。

読み続けたいシリーズの一つです。

炎天夢 東京湾臨海署安積班

グラビアアイドル・立原彩花の死体が江東マリーナで発見され、近くのプレジャーボートで被害者のものと思われるサンダルが見つかった。船の持ち主は、立原が愛人との噂がある芸能界の実力者、プロダクションサミットの柳井武春だという…。芸能界の闇に、安積班が立ち向かう!(「BOOK」データベースより)

 

東京湾臨海署安積班シリーズ第十九作目の長編警察小説です。

今回もこのシリーズのほかの作品と同様に安積班のメンバーそれぞれの活躍が描かれています。つまり、安積警部補個人の動きではなく、安積班のチームとしての活動が描かれているのです。

 

本書では、現代の芸能界の実情として巷で噂のパワーバランスを意識したであろう舞台設定となっています。

グラビアアイドルの殺人事件の容疑者とされる男は芸能界のドンと呼ばれる大物の柳井武春でした。

問題は、その事実が捜査に陰に陽に影響を与えかねないということです。

グラビアアイドルの殺害現場が柳井の所有するプレジャーボートであり、柳井自身が暴力団とのつながり疑われ、さらに被害者が柳井の愛人との噂があることなどから、柳井の何らかの関与が疑われます。

ところが、普段は出席しない刑事部長が捜査本部の会議に出席し、この事件に関心を示すのでした。

そんな中、安積班の須田三郎巡査部長が、いつものように数年前の覚せい剤関連の事件からひっかかりを覚え、そこから小県は新たな展開を見せていきます。

そして、ここでも安積の天敵とも言うべき警視庁捜査一課の佐治基彦警部は安積らの捜査方針に反対意見ばかりを言い、難癖をつけようとするのでした。

 

本書を全体的に見て、安積警部補シリーズのなかでは特に印象深い作品とは思えませんでした。

一つの事柄を丁寧につぶし、あらゆる場面を想定し捜査を進めるという態度は変わりません。安積班の仲間の活躍もいつもと同じです。

でも、それだけであり、それ以上のものはありません。

警察小説として面白く、さすが安積警部補シリーズだとは思います。しかし、身勝手なファンの思いとしては平均的な面白さではなく、平均以上の特別な面白さを求めてしまいます。

平均的な面白さを持続することがどれだけ大変なことかを思うと、作者にとっては単に迷惑なファンだとは思いますが、それが正直な気持ちです。

 

安積にライバル心を隠さない相良の思わぬ一面を垣間見せる様子もあり、また捜査員の水野に対するセクハラが発生しないように配慮する安積の姿もあります。

このように、つまりはいつもと同じシリーズ内容です。

安積の他の登場人物に対する心象を詳しく描写しながら安積の人間性を浮かび上がらせているところや、班員たちの個性を際立たせているところもまたいつも通りです。

結局は面白い警察小説だ、というしかありません。

 

ちなみに、本書タイトルの「炎天夢」とは、柳井武春の所有するプレジャーボートの船名が「アブラサドール」というスペイン語の「炎天下」などを意味するところからきているのでしょう。

縁の川 風の市兵衛 弐

北町奉行所定町廻り同心・渋井鬼三次の息子・良一郎が幼馴染みの小春と失踪した。書き置きから大坂への欠け落ちが疑われた。腕利きの文六親分の下ッ引をつとめる良一郎が何故?“鬼しぶ”と綽名される友の心中を察した市兵衛は、若き日、算盤を学んだ大坂へ。二人の捜索中、市兵衛は良一郎が探っていた、大坂に本店を持つ騙りの噂が絶えない両替商を見つける…。(「BOOK」データベースより)

 

序章 難波新地の心中 | 第一章 欠け落ち | 第二章 大坂慕情 | 第三章 南の女 | 第四章 南堀江 | 終章 千日前

 

新シリーズ『風の市兵衛 弐』の第四弾です。

 

渋井鬼三次の息子・良一郎が幼馴染みの小春と共に、心配するなとの書置きを残して大坂へと旅立った。小春の姉のお菊からの手紙が届き、小春は急に大坂へと旅立つと言い出したらしい。

渋井に頼まれた市兵衛は良一郎の兄貴分でもある富平を連れて大坂へと旅立った。

およそ二十年ぶりに訪れた大坂では、当時世話になった米問屋「松井」の今では隠居の身の卓之助を訪ね、歓待を受けるのだった。

翌日、お菊がいた店を訪ね、お菊の仲間だったお茂から、無理心中の相手である柳助の父親の伝吉郎や兄貴の慶太楠吉らの話を聞き出す。

その後、卓之助の紹介で朴念という男のもとに身を寄せ、大阪の裏の情報を集めてもらうと、危なげな情報が集まるのだった。

 

相変わらずの小気味のいい物語です。

辻堂魁という作家の作品はどの作品もある種の敵討ち、復讐譚になっている作品が多い気がします。本書を始め、先日読んだ読売屋 天一郎シリーズの『倅の了見』にしても物語の中心人物の錦修斎の甥っ子のための仇討ちの話でした。

つまりは世の中の不条理に押しつぶされてしまった弱者の仇を何らかの形で主人公らが果たすというパターンです。

 

 

とはいえ、よく練られている物語であり、それぞれの主人公に合わせた切ない話を紡ぎだすものだと感心してしまいます。

今回は大坂の町が舞台となっていて、その街並み、道頓堀の南にある千日前の火やなどの情報など、当たり前とはいえよく書き込まれています。

ここに「火や」とは「火葬場」のことであり、周りにはお寺や墓が多数あって墓参りの人が多数集まり、近くには盛り場ができるというのです。

 

そういえば、2019年05月18日放送の「ブラタモリ#133」は大阪ミナミの番組「なぜミナミは日本一のお笑いの街になった?」というテーマでした( ブラタモリ : 参照 )。

この場組の中で「火屋」の存在が今のお笑いの町の原点になっていることを言っていました。千日前にあった「火や」すなわち「墓所の跡地」こそが芝居小屋などの存立のもとになった、というような話だったと思います。

 

そうした詳細な大坂の町の描写を前提に、現代にも通じそうな、甘言で顧客から利益だけを吸い上げる仕組みなど、言葉巧みに持ち掛け金銭を貸し付ける手口などが描写してあります。

そして、いつものことながらの市兵衛の立ち回りもあって、痛快小説としての面白さを維持してあります。

本書で特に感じたのは、市兵衛とおよそ二十年ぶりに再会した卓之助という隠居の描写です。市兵衛に再会した喜びを実に的確に表現してあり、その上で市兵衛のかつての生活をも読者に知らしめてくれています。

どのシリーズも人気となっている辻堂魁の作品群の中でも本書『風の市兵衛シリーズ』が人気を誇っているのもよくわかる展開になっているのです。

 

大阪を舞台にした時代小説と言えば、今であれば 高田郁の描く『あきない世傳金と銀 シリーズ』が挙げられるでしょう。本書とは異なり、大坂天満の呉服商「五鈴屋」を舞台にした一人の少女の成長譚です。

 

 

ちなみに、当時の表記が「大坂」であって「大阪」でないのは、縁起をかついだためだとありました。「坂は土に返る=死ぬ」だとか、「士(さむらい)が謀反を起こすと読める」からだそうです( 日本漢字能力検定 : 参照 )。面白いものですね。

完本 妻は、くノ一(三) 月光値千両/宵闇迫れば

ついに妻・織江の正体を知った彦馬。だが彦馬の想いは変わらず、手習い所の先生をしながら妻との再会を願う。一方、抜け忍となることを決意した織江の前には、お庭番頭領の川村真一郎が立ちはだかる。そんな織江に手を差し伸べたのは、かつての凄腕くノ一、母・雅江だった。川村の企みに満ちた「お化け屋敷」で壮絶な戦いが繰り広げられる中、織江の驚くべき過去も明らかに―。特別書き下ろし短編「牢のなかの織江」も収録。(「BOOK」データベースより)

 

「妻は、くノ一 シリーズ」完本版第三巻の長編痛快時代小説です。

 

あいかわらず、身の回りで起きる不思議や、それに見合う「甲子夜話」記載の話の謎を兄妹している彦馬らでした。

彦馬の手習い所に通う寛太の家の開かずの間の話(第一話 開かずの間)、「足のような顔をした男」に殺された男(第二話 猫のような馬)、甘味屋「五の橋」の親父の失踪の謎(第四話 お化け屋敷)、「一」と書かれた陶器のかけらの秘密(第五話 ちぎれても錦)などが続きます。

また、鳥居燿蔵はお庭番頭領の川村真一郎と共に、いろいろな仕掛けが満載の幽霊屋敷を新たに建て静山に売りつけようと企み、その間に、織江の母雅江も織江と共にお庭番組織から抜けることを決意します(第三話 お化け屋敷)。

その後、例のお化け屋敷でのお庭番同士の戦いがあり(第六話 お化け屋敷ふたたび)、意外な事実が判明します。

そして、ある商人の突然の放蕩に隠された謎(第七話 むなしさの理由)、庭石にペッちゃんこされた隠居の話(第八話 ぺっちゃんこ)、共に芝居を見に行った友人は既に死んでいた話(第九話 芝居好きの幽霊)、根岸の里で話題の人魚の話(第十話 陸の人魚)、柳原土手で見られた消えた辻斬りの謎(第十一話 殺しの蜃気楼)と続いていきます。

 

このように、相変わらずの謎解きをする彦馬ですが、いよいよ織江とそれを助ける母雅江の抜け忍としての活動が始まり、物語は大きく動き始めます。

と同時に、本シリーズの根幹に関わる重要な事実が二つも明らかにされます。

それはシリーズの色合いも変わったように感じられるほどです。

勿論、彦馬の謎解きもこれまで同様に続いていきます。

 

途中、お化け屋敷での闘争があったり、宵闇順平という新たな凄腕のお庭番も登場し、静山の寝所深くへと忍び込んだりする場面も見られたりと、アクション小説としての見どころも満載の一編になっています。

とはいえ、風野真知雄という作家の他の多くの作品と同じく、この作家の一番の魅力は細かな謎ときをちりばめたストーリーの展開にあると思われ、そうした観点から楽しむにはもってこいの作品だと思います。