暮鐘 東京湾臨海署安積班

暮鐘 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『暮鐘 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』二十作目の、新刊書で316頁の短編警察小説集です。

全部で十編の短編から構成されていますが、安積班員他の登場人物のそれぞれの特徴を生かした読みごたえのある作品集になっています。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

江東区有明で強盗事件が発生。被害者は救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。強行犯第一係の安積班が現場に向かい本格的な捜査が始まろうとしている矢先、犯人が自首してきたのだが、須田は納得がいかないようでー(第二話「暮鐘」より)。ひとつひとつの事件を、安積班の揺るがぬ正義の眼差しで解決に導くー。(「BOOK」データベースより)

 

目次 :: 公務/暮鐘/別館/確保/大物/予断/部長/防犯/予告/実戦

公務
臨海署でも「働き方改革」を徹底するように言われるが、事件に応じた対応ができなくなり、ひいては一般市民の生活にまで響いてくるのだった。

暮鐘
殺人事件が起き警視庁捜査一課の乗り出してきて、臨海署の安積達はその補佐に回ることになった。刑事としては明らかに太り過ぎで、のろまに見える須田巡査部長の活躍が描かれる。

別館
東京湾で人質事件がおき、テロ事案も疑われる中、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動するのだった。

確保
警視庁指定の重要指名手配被疑者の確保に、警視庁本部の捜査一課が来ることになった。安積と組んだ一課のベテラン刑事の荒川は、佐治係長と相良班長について話すのだった。

大物
安積班の桜井が組織犯罪対策課の古賀巡査部長に怒鳴られていた。組対の検挙のチャンスを逃したものらしい。しかし、村雨は桜井は大物で放っておいて大丈夫だというのだった。

予断
久しぶりの居酒屋で飲んでいると、鑑識係長の石倉がやってきてクイズを出してきた。皆なかなか政界にたどり着かないでいた。

部長
臨海署に連続強盗事件捜査本部が設置され、臨海署の地域課からも応援が来ていた。安積の「大牟礼部長」という呼びかけに、水野は本部の部長と思ったというのだった。

防犯
珍しく安積が交機隊の速水と飲みに行くと、そこに来た東報新聞の山口記者に速水が東報新聞の特集について一言いい始めた。警察による防犯の必要性といってもできることとできないことがあるというのだ。

予告
お台場で行われる野外イベントに対し犯行予告がきたらしい。それに対し、署長が犯人は東京湾臨海署の署員が必ず捕まえると宣言したのだった。

実戦
黒木が、青海の埠頭での乱闘騒ぎに乗り出し、一瞬で十人ほどの乱闘を叩きのめしてしまった。黒木は剣道五段の腕前だというのだ。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の感想

 

今野敏の短編小説は、シリーズ登場人物の人となりや考え方、、それに相互の人間関係などをピンポイントで描き出してあり、結果としてシリーズ自体を立体的に構築することに役立っているようです。

安積班シリーズ』の短編集としては、例えば本書の二冊前に出版された『道標 東京湾臨海署安積班』があります。

この『道標』では、登場人物の若いころを描いたり、同じ事件を異なる人物の視点で描き、そこにいる安積警部補の姿を浮かび上がらせるなど、各短編の構成がかなり考えられていました。

 

 

しかし、本書『暮鐘』ではそのような一冊の作品としての構成までは考慮されていないようです。

ただ、安積班員やシリーズ内で独特な位置にいる交通機動隊の速水の仕事ぶりを描いたり、また東京湾臨海署水上安全課を取り上げて特殊部隊の存在を示してあったりと、現代の警察業務の紹介的側面はあります。

例えば冒頭の「公務」という話は、2021年現在でも取り上げられることの多い、「働き方改革」が取り上げられています。

安積達にも残業を減らすようにと指示があり、その結果公務が滞り、ひいては市民生活に影響を及ぼしかねない事態にまで陥るのです。

 

また、「別館」という話では、東京湾臨海署水上安全課の管轄になる海上での人質事件が起き、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動します。

つまり、東京湾臨海署水上安全課、海上保安庁、本庁のWRT、SAT、SIT、SSTといった、通常の刑事事案からテロなどに応じた組織が紹介され、まるで特殊部隊の品評会といわれる話になっています。

そして、「部長」という話では、部長という呼称について本部部長と巡査部長との区別などの説明があります。同時に、この話では地域課という職務の重要性について語られているのです。

「防犯」では防犯と権力の暴走とのバランスが語られています。

 

一方、二話目の「暮鐘」では、安積班の頭脳でもある須田をメインに、須田をのろまと言い放ち、高圧的な態度をとる本庁一課の佐治係長と衝突する安積がいます。

その佐治係長は四話目の「確保」という話で、元自分の下にいて眼をかけていた臨海署の相良班長との関係が変わります。

そして、「大物」では村雨が教育掛をしている桜井について、「予断」では鑑識係長の石倉を通した職務上の先入観について、「予告」ではのろまと見える須田の、「実戦」では黒木の剣道五段の腕前が披露されています。

 

このように、本書『暮鐘』では、警察組織の紹介や安積班班員の活躍などが気楽に読める構成になっている、今野敏のらしい読みやすい短編小説として仕上がっているのです。

やはり、この作家の物語は大白いと再認識した一冊でした。

一夜の夢 照降町四季(四)

一夜の夢 照降町四季(四)』とは

 

本書『一夜の夢 照降町四季(四)』は、『照降町四季シリーズ』の第四弾で、文庫本で368頁という長さの長編の痛快人情時代小説です。

本書では佳乃の姿は脇へと追いやられ、照降町の復興の姿が描かれてはいるもののそれは背景でしかなく、結局は八頭司周五郎という浪人の痛快時代小説になっている物語です。

 

一夜の夢 照降町四季(四)』の簡単なあらすじ

 

派閥争いで命を落とした周五郎の兄。存続の危機に立たされた旧藩・豊前小倉藩から呼び出された周五郎は、照降町を去らなくてはならないのか。そして、佳乃との関係はー大火から九ケ月、新設された中村座で佳乃をモデルにした芝居の幕が開く。大入り満席の中には、意外な人の姿があった。勇気と感動の全四巻ついに完結!(「BOOK」データベースより)

 


 

八頭司周五郎は、二年数か月ぶりに、実家の八頭司家のある豊前小倉藩十五万石小笠原家の江戸藩邸を訪れた。兄裕太郎が何者かに殺されたというのだ。

周五郎は、当主を失った八頭司家の、そして豊前小倉藩の先行きを考えなければならず、兄の死は病死として処理される必要があった。

そこで当代藩主小笠原忠固の直用人鎮目勘兵衛に会い、兄裕太郎の死の真相を告げ、藩のためにも病死としての届け出を願い出た。

ところが、その足で藩主の忠固本人に会うこととなり、つまりは周五郎の藩内の内紛へのかかわりを余儀なくされることになるのだった。

 

一夜の夢 照降町四季(四)』の感想

 

前巻の『梅花下駄 照降町四季(三)』では、「佳乃が主人公の人情話というには無理がありそうな展開」と書いたのですが、本書『一夜の夢 照降町四季(四)』でもその言葉はそのままにあてはまりそうです。

というのも、本書冒頭早々に八頭司周五郎の兄八頭司裕太郎の死が告げられ、兄の死は小倉藩の内紛に巻き込まれての落命であったことが示されます。

そして、当然のごとく藩内抗争に巻き込まれる周五郎がいて、早晩照降町から消えなければならない定めが示唆されています。

その後、己丑の大火で焼失した照降町の復興の様子を挟みながら、結局は周五郎の活躍する姿が描かれることになります。

つまりは、佐伯泰英の他の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』(または『居眠り磐音シリーズ』)や『酔いどれ小籐次シリーズ』などの痛快時代小説と同じく、市井に暮らす浪人が、かつて仕えていた藩内の抗争などに巻き込まれ、藩主に助力してその抗争を終わらせる、という定番の物語になってしまっているのです。

 

 

それは、せっかくの佐伯泰英の新しい試みと思えた本『照降町四季シリーズ』も従来の佐伯泰英の物語と同様であり、何ら変化はなかったという他ありません。

本『照降町四季シリーズ』は、当初こそ鼻緒挿げ職人の佳乃という女性を中心にした物語であり、若干の新鮮味を感じなくもありませんでした。

しかし、結局は八頭司周五郎という浪人の物語へと変化していき、それで終わったというほかない話だったと言うしかありません。

 

本書『一夜の夢 照降町四季(四)』でこの『照降町四季シリーズ』は終わることになるのですが、どうにも微妙なシリーズというしかないと思います。

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』とは

 

本書『雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第四巻で文庫本で345頁の長編の痛快時代小説です。

何とか豊後関前藩内部の争いを終えた磐根の、自ら苦界に身を落とした奈緒を追う旅はまた江戸へと戻る旅になる、シリーズ中休みの一冊でした。

 

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』の簡単なあらすじ

 

秋の気配をただよわす西海道の峠道をいそぐ一人の若い武士。直心影流の達人、坂崎磐音であった。忽然と姿を消した許婚、奈緒の行方を探す途上、道連れとなった蘭医が因で、凶暴な異形僧たちに襲撃されることに…。些事にこだわらず、春風駘蕩のごとき磐音が、行く手に待ち受ける闇を断つ。大好評!痛快長編時代小説第四弾。(「BOOK」データベースより)

 

坂崎磐根の親友小林琴平の妹でもあり許嫁でもあった奈緒が長崎の丸山遊郭に売られていったと聞いた磐根は、安永二年(1773)旧暦七月、長崎へと向かっていた。

その長崎では、磐根らの働きで不正を明らかにされて関前藩を追放され長崎の出店にいた西国屋の襲撃を退けるが、奈緒は小倉城下に新たにできる岩田屋善兵衛の遊女屋へ売られてしまっていた。

小倉の町では岩田屋善兵衛の遊女を赤間の唐太夫がすべてさらったと聞いて、岩田屋と唐太夫との出入りに加わるが、菜緒はその前日に京の島原へと売られていた。

奈緒を追って京都へとたどり着いた磐根だったが、奈緒は京の朝霧楼から加賀金沢の遊郭へと売られた後だった。

金沢では金沢藩内部の抗争に巻き込まれかけた磐根だったが、奈緒が売られた先の一酔楼へ行くと、奈緒は江戸へと送られたという話だった。

吉原会所の四郎兵衛によると奈緒は吉原にいた。しかし、江戸町二丁目の大籬丁子屋は吉原でも一、二を争う格式の大見世であり、丁子屋が京に支払った金子は千二百両だといい、もはや磐根にはどうしようもない金額になっていた。

 

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』の感想

 

本書『雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』は、居眠り磐音江戸双紙シリーズの中休み、ともいうべき一編になっています。

前巻『花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』で磐根の活躍で豊後関前藩での抗争に終止符が打たれ、やっと磐根の個人的な事柄である奈緒の探索に移ったのですが、その菜緒は遊女として売られてどこにいるか分からないようになっていたのです。

関前の橦木町にある妓楼さのやの女将によれば、奈緒は関前から遠い地に身売りしたいと言っていたらし、女衒の言葉に従い長崎の丸山の望海楼に売られたという事実を聞き込んだのでした。

それから、長崎、小倉、京都、金沢へと辿り、ついに江戸吉原へとやってきたのです。

 

この間の様子が語られる一編となっており、いわば磐根版のロードムービーといった趣きでしょうか。

とはいえ、行く先々で奈緒が磐根に向けて書き置いた短歌が残されているなど、出来すぎに思えなくもないのですが、ともあれ痛快小説として単純に楽しめる作品です。

ロータス・コンフィデンシャル

ロータスコンフィデンシャル』とは

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、新刊書で332頁の公安捜査官を主人公にした長編の公安警察小説です。

舞台は公安であってもあい変らずに今野敏の物語であり、主人公倉島の成長物語の要素が強い、とても読みやすく面白い作品でした。

 

ロータスコンフィデンシャル』の簡単なあらすじ

 

外事一課の倉島は、「ゼロ」の研修帰りのエース公安マン。ロシア外相が来日し、随行員の行動確認を命じられるが、同時期にベトナム人の殺害事件が発生。容疑者にロシア人バイオリニストが浮かび上がる。一方、外事二課で中国担当の盛本もこの事件の情報を集めていることがわかる。倉島は、ベトナム、ロシア、中国が絡む事件の背景を探るが…。(「BOOK」データベースより)

 

ロシア外相ドミトリィ・コンスタンチノヴィッチ・ザハロフの来日に伴い、倉島達夫らもユーリ・ミハイロヴィッチ・カリーニンという人物の行動確認をするよう命じられた。

倉島はロシア大使館のコソラポフにカリーニンの素性を確かめると、FSOつまり大統領などの政府要人の警護のための組織である連邦警護庁の大佐だというほかに耳寄りな情報はなく、つまりは要注意人物ではないとの結論に至るのだった。

そこに公安機動捜査隊の片桐秀一から、ベトナム人が殺された事件の被疑者がザハロフ外相の随行員の一人と接触したらしいと知らせて来た。

防犯カメラに写っていた被疑者の名はマキシム・ペトロヴィッチ・ヴォルコフといい、日本に滞在しているミュージシャンだという。

ただ、被疑者といっても片桐一人の心証だと聞き片桐の考えすぎだと思う倉島だったが、そのことを聞いた倉島と同僚の白崎敬は、倉島こそどうかしているというのだった。

そのうちに、白崎の行方が分からなくなってしまう。

 

ロータスコンフィデンシャル』の感想

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、いかにも今野敏の作品らしい、読みやすく時間をかけずに読める気楽な警察小説です。

この気楽に読めるというところが今野敏の作品らしいところであり、後述の麻生幾濱嘉之らのシリアスな作品と異なるところです。

 

シリーズを重ねるごとに成長を見せてきた主人公の倉島達夫警部補ですが、前作の『防諜捜査』では「作業班」を率いるまでになっています。

つまりは、独立した一人前の公安捜査員として予算や人員を自由に使い、国家のために働くことができる立場になったのです。

ところがそんな倉島が慢心したのか、公安としての自覚に欠けた行動をとってしまいます。

公安に移る前はベテラン警部補であった白崎からも倉島が「変わった」と指摘されますが、自分が変わったことに気付かない倉島でした。

この白崎はシリーズ第四作の『アクティブメジャーズ』から行動を共にしているのですが、公安捜査員としてはまだ経験が浅いとの思いもあったのでしょう。

そうこうするうちに、白崎の失踪事件などが起き、さすがの倉島も自分の怠慢に気付きます。

そして、伊藤や片桐といったこのところ行動を共にしてきたチームの仲間たちの力を得て、白崎の行方を探すとともにベトナム人殺害事件として名前が挙がっているヴォルコフの件の調べも進めるのです。

こうして、自分のミスに気付いてからの倉島の行動力は目を見張るものがあり、読者も引っ張られてしまいます。

この倉島の変化こそが本書『ロータス・コンフィデンシャル』の一番の魅力でしょう。その上で、公安の職務の実態の描写もまた関心事となってくるのです。

 

公安関係の作品と言えば、まずは麻生幾の『ZERO』などの名前が浮かびます。

日中にまたがる諜報戦争とともに公安警察の真実が暴かれていき、大どんでん返しをみせる、諜報小説、エンターテインメント小説の最高峰と言われている作品です。

 

 

また、濱嘉之著の『警視庁情報官シリーズ』は、公安警察出身である著者の濱嘉之氏が、自身の経歴を生かし公安警察の内実を描き出す異色の長編小説です。

ずば抜けた情報分析力を持っている公安警察官が主人公とした、世間には知られていない公安警察の内情を紹介したインテリジェンス(諜報活動)小説になっています。

 

 

日本でもこうした十分に面白いインテリジェンス小説が増えてきました。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、これらのリアリティに富んだ作品群と比較すると、公安警察関係の小説としては若干色があせる印象はあります。

他の場所でも書いたと思うのですが、本書では公安の諜報活動の実際のエッセンスだけが示され、描かれているのは今野敏が描く普通の警察小説の捜査とあまり変わらない印象です。

それは本書が面白くないということではなく、物語の展開の仕方が現実の公安捜査の実際というよりも、登場人物たちの個々の心証を中心とした行動に重きが置かれているために、他の警察小説との差異が出にくいということになるのではないでしょうか。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』の面白さは、主人公倉島の上司も含め、元刑事の白崎や片桐や伊藤ら仲間たちの援助があって成長していく倉島の変化、成長の様子の描写にこそあると思います。

 

今野敏という書き手のこれまでの傾向を見ると、今野敏の描き出すインテリジェンスの世界はどうしても諜報活動自体というよりも、そこに携わる人間たちの思惑なり行動なりが描かれることになると思われます。

そしてそれは今野敏の小説の世界として変わらずに支持されるでしょうし、また支持していきたいと思うのです。

続編を待ちたいともいます。

矢能シリーズ

矢能シリーズ』とは

 

元ヤクザの矢能政男という男の探偵稼業の様子を描いたハードボイルドミステリー小説です。

矢能という男のキャラクターにもよるのでしょうが、小気味のいい文体で読みやすいこともあり、好きなシリーズの一つになっています。

 

矢能シリーズ』の作品

 

矢能シリーズ(2021年09月04日現在)

  1. 水の中の犬
  2. アウト&アウト
  1. バードドッグ
  2. ドッグレース

 

矢能シリーズ』について

 

この『矢能シリーズ』は、普通の探偵小説とは異なり、本格派の推理小説でも、クールなハードボイルド小説でもありません。

元笹健組にいたという矢能の前身に応じ、もっぱらヤクザを顧客とする、いわばヤクザ御用達の探偵なのです。

ただ、矢能のもとには栞という小学生の女の子がいますが、この栞という少女の存在が本『矢能シリーズ』の魅力の一つとしてあると思われます

また、後には栞の勧める美容室の女性もシリーズの雰囲気を和らげる役目を果たしていそうです。

この栞や美容室の女性の来歴は簡単ではありますが、シリーズ第一弾の『水の中の犬』に述べられています。

 

本『矢能シリーズ』は、そもそも『矢能シリーズ』というシリーズ名で通るものかどうかも実はよく分かりません。とはいえ、ネット上では『矢能シリーズ』で通っているようですからいいのでしょう。

先にシリーズ第一弾は『水の中の犬』と書きましたが、実はシリーズ第一弾はと問われるとそれがはっきりとはしません。

矢能という男が最初に登場するのは、確かに『水の中の犬』という作品です。

このときはまだ菱口組若頭補佐笹健組組長の笹川健三のボディーガードのようにして笹川の側にいました。その組内の地位は不明ですが貫禄十分の笹健組の組員であったと思っていいのでしょう。

しかし、『水の中の犬』の主人公は矢能政男ではなく、「私」として登場する探偵です。

本シリーズの『矢能シリーズ』というネーミングからも分かる通り、本シリーズの主人公は矢能政男という男だとするならば、この『水の中の犬』は『矢能シリーズ』の前日譚ともいうべき位置にあります。

この矢能政男がヤクザをやめ、『水の中の犬』の主人公の「探偵」の後をついで探偵となるのです。

その辺の詳しい事情は『水の中の犬』を読んでもらうしかありません。

 

 

シリーズの主人公と言える矢能政男が本格的に活躍するのは、ですから第二弾の『アウト&アウト』からです。

新米探偵が元ヤクザという経歴を生かして様々な依頼を処理していくさまが描かれています。

矢能にはどうにも似合わない稼業だと人は言いますが、むかし取った杵柄で業界には顔が通っていて、まんざらでもなさそうです。

 

第一巻がダークな雰囲気のハードボイルドミステリーだとするならば、、第二巻以降は若干コミカルなニュアンスを抱えるハードボイルドエンターテイメント小説です。

まだまだこれから続いていくシリーズでしょう。

この『矢能シリーズ』は、私にとって続巻が楽しみなシリーズの一つなのです。

月下のサクラ

本書『月下のサクラ』は元事務方の女性刑事を主人公にした、新刊書で380頁の長編の警察小説です。

通常の警察小説とは異なる、分析係という部門でその能力を発揮する主人公の姿が魅力的な、期待に違わない作品でした。

 

月下のサクラ』の簡単なあらすじ

 

事件現場で収集した情報を解析・プロファイリングし、解決へと導く機動分析係。森口泉は機動分析係を志望していたが実技試験に失敗。しかし、係長・黒瀬の強い推薦により、無事配属されることになった。鍛えて習得した優れた記憶力を買われたものだったが、特別扱い「スペカン」だとメンバーからは揶揄されてしまう。自分の能力を最大限に発揮し、事件を解決に導くー。泉は早速当て逃げ事件の捜査を始める。そんな折、会計課の金庫から約一億円が盗まれていることが発覚した。メンバー総出で捜査を開始するが、犯行は内部の者による線が濃厚で、やがて殺人事件へと発展してしまう…。気鋭の作家が贈るノンストップ警察ミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

かつては広報課に勤務していた森口泉は念願通りに県警捜査二課に所属する立場になっていた。

そこでの泉は、捜査の最前線で活躍できると県警の捜査支援分析センターの人員募集に応募して機動分析係を希望するものの、最終テストで失敗してしまう。

しかし、何故か分析センターの機動分析係長の黒瀬仁人警部に拾われ、分析係で勤務することになる。

ところが、着任早々会計課の金庫から一億円近くの金が紛失し、内部犯行が疑われる事案が発生するのだった。

 

月下のサクラ』の感想

 

本書『月下のサクラ』での主人公は前巻『朽ちないサクラ』と同じく森口泉という女性です。

前巻では県警広報課という事務方に勤務していたのですが、一念発起して県警を再受験して見事合格し、努力の末に捜査二課に配属され念願の刑事となっています。

さらにそこから捜査支援分析センターの人員募集に応募し、機動分析係への配属されたということになっています。

つまりは、前巻『朽ちないサクラ』での友人の死、そしてその隠された真実を知り、事務方ではなく自分で捜査の第一線に立ちたいとの意思を持ち、刑事になっているのです。

 

 

本書は全く別の人物を主人公に据えて書くことも可能あったと思えるのですが、ただ、物語の核心で『朽ちないサクラ』と共通するものがあるためにシリーズ化としたものと思われます。

こうしたことを読みながら考えていたら、読了後に読んだネット記事で『朽ちないサクラ』は「もともと一冊完結のつもりだった」という作者の言葉がありました。

ただ、そこでは『朽ちないサクラ』の最後で泉が「警察官になる!」と宣言していたことや読者の声もあって続編を書いたと書いてあったのです。

作品が先にあって後に森口泉を主人公にしたのではなく、執筆依頼がまずあって、同じ出版社で森口泉を書いていたこと、さらに現実に警察には捜査支援分析センターという組織があること、また、ある警察署の金庫から現金が盗まれた事件があったことなどから本書を書いたそうです。

 

前巻の『朽ちないサクラ』では、泉と泉の同期の磯川俊一と共に親友だった新聞記者の津村千佳の死の謎を調べていました。

それに対し本書では、事件現場で収集した情報を解析しプロファイリングすることを業務とする機動捜査係というチームでの捜査が主になっています。

この機動捜査係の職務が普通の警察小説の捜査とは異なります。

「自動車ナンバー自動読み取り装置」いわゆるNシステムのデータや防犯カメラの映像などの事件現場で収集された情報を解析しプロファイリングすること解析業務を主な業務としているのです。

その機動捜査係のメンバーは、クールな印象の係長の黒瀬仁人警部を中心に、配属されて八年目の哲こと市場哲也、六年目の真こと日下部真一、四年目の春こと春日敏成、二年目の大こと里見大の五人です。

この機動捜査係に泉が配属されたのですが、この面々のキャラクターがよく描けていて、今野敏の『安積班シリーズ』を思い出させるチームワークの良さが描かれています。

 

 

特に係長の黒瀬のキャラクターが、それなりの過去をもって形成されているという設定は、どこかで聞いたような設定ではあります。

ただ、黒瀬に対し一班員ではあるものの黒瀬と昔からのつながりがありそうな市場哲也の存在が光っています。

 

本書『月下のサクラ』での見どころの一つと言っていいかもしれないのが、泉のデータ分析の場面です。

頭の中で記憶した映像がビデオテープのように再生され、映像の隅には時刻を表す数字が羅列されているというのです。この泉の能力を発揮する場面は読みごたえがあります。

ただ、泉は訓練で記憶力を格段に鍛えたということになっていますが、こうした特殊能力が数年の訓練で獲得できるものなのか、疑問が無いわけではありません。

しかしながら、現実の防犯映像などの調査も結局は似たような地道な捜査の上になり立っているのでしょうから、その作業を少々デフォルメしたと考えていいのでしょう。

 

本書『月下のサクラ』で一番気になったのが、捜査二課に配属された泉が機動分析係を志望した動機、意味が今一つよく分からないということです。

本文では単に捜査の最前線で活躍できるからとあったのですが、そもそも捜査第二課という知能犯係は捜査の最前線ではないということになりかねず、疑問に思ってしまいました。

 

とはいえ、本書の面白さは間違いのないところです。

柚月裕子の新しいシリーズの誕生であり、続巻が待たれるシリーズが増えたことになります。

走れ外科医 泣くな研修医3

本書『走れ外科医 泣くな研修医3』は『泣くな研修医シリーズ』第三弾の、文庫本で396頁の長編の青春医療小説です。

医者になってこの春で五年目の、少しは医者として成長がみられる新米医師の姿を描いた作品です。

 

走れ外科医 泣くな研修医3』の簡単なあらすじ

 

若手外科医・雨野隆治のもとに急患で運ばれてきた二十一歳の向日葵。彼女はステージ4の癌患者だった。自分の病状を知りながらも明るく人懐っこい葵は、隆治に「人生でやっておきたいこと第一位」を打ち明ける。医者として止めるべきか?友達として叶えてあげるべきか?現役外科医が生と死の現場を圧倒的リアリティで描く、シリーズ第三弾。(「BOOK」データベースより)

医者になってこの春で五年目の雨野隆治は牛ノ町病院外科での後期研修医になって二年目になっていた。

牛ノ町病院救急外来で既に二台の救急車依頼を受け入れていた雨野隆治は、さらにもう一台の救急患者を受け入れるしかなかった。かかりつけの病院が受け入れてくれないというのだ。

その患者は二十歳の頃に胃の癌で胃を摘出しているステージ4の二十一歳の女性で向日葵という女性だった。

 

走れ外科医 泣くな研修医3』の感想

 

前巻の『逃げるな新人外科医 泣くな研修医2』では主人公の雨野隆治が初めて担当する二人のがん患者のことを主軸に据えた物語でした。

それに対し本書『走れ外科医 泣くな研修医3』では、一人の女性患者のことが軸になっています。

また、新たに新人の外科医も登場し、隆治の手助けをすると同時に振り回しもする姿が描かれます。

そして、隆治の指導医であった佐藤玲のプライベートも描かれていて、これまでの先輩医師としての姿とは異なる姿が示されています。

 

本書『走れ外科医 泣くな研修医3』では、雨野隆治も医者になってこの春で五年目になり、それなりに一人前の外科医となっています。

その隆治のもとに、前巻の『逃げるな新人外科医』で研修医として登場してきた西桜寺凛子という女性外科医が新人の外科医として登場してきます。

そんな隆治たちの前に、癌のために余命いくばくもない二十一歳の向日葵という女性が患者として現れ、隆治たちの日常をかき乱します。

新人外科医の凛子は歳も近い向日葵にどうしても感情移入してしまい、医者と患者との関係性を越えたつながりを持ってしまいます。

そうした二人に引きずられる隆治であり、ついには女性二人の勢いに押され、富士登山まで付き合うことになってしまうのです。

 

一方、隆治の指導医である佐藤玲もまた一人の女性として、付き合っている男性にプロポーズされ、ともにアメリカへ行ってくれないかとの誘いを受け悩みに悩みます。

女性医師にとって結婚は、妊娠、出産を経ることを意味し、その間医師としての仕事をあきらめることでもあります。また、その後の子育てを夫が手伝ってくれるかも不明です。

つまりは、自分の家庭を持つということは医師としての仕事をあきらめることにつながる可能性が強く、医師という仕事に情熱を燃やせば燃やすほど結婚からは遠ざかることになりかねません。

そんな女性医師としての佐藤玲の直面する問題も取り上げてあり、医師の抱える一つの側面を示してあるのです。

 

隆治個人も、研修医のころからの同期で今では耳鼻科医となっている川村に連れていかれた合コンで知り合い、後に付き合い始めたはるかという彼女のことも描かれています。

この女性と交際する姿は、医者全般に普遍化するわけにはいかないでしょうが、それでも緊急の呼び出しなどは同じでしょう。

 

本書『走れ外科医 泣くな研修医3』は、医者の物語であり、当然のことながらいろいろな患者の様子が描かれています。

でも、常連さんという高齢のお婆さんや常に横柄な態度で人を見下す態度しか取れない議員など、そうした患者の描き方はステレオタイプとも言えそうです。

しかしながら、外科医の現場の仕事の描写となるとさすがにリアリティに富んだ描写が続きます。

本シリーズが今後も続くことを期待したいものです。

逃げるな新人外科医 泣くな研修医2

本書『逃げるな新人外科医 泣くな研修医2』は『泣くな研修医シリーズ』第二弾の、文庫本で405頁の長編の青春医療小説です。

後期研修期間に入り、とりあえずは医者の仲間入りをした新米医師の姿を描いた感動的な物語です。

 

逃げるな新人外科医 泣くな研修医2』の簡単なあらすじ

 

雨野隆治は27歳、研修医生活を終えたばかりの新人外科医。二人のがん患者の主治医となり、後輩に振り回され、食事をする間もない。責任ある仕事を任されるようになった分だけ、自分の「できなさ」も身に染みる。そんなある日、鹿児島の実家から父が緊急入院したという電話が…。現役外科医が、生と死の現場をリアルに描く、シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

牛ノ町病院で後期研修に入っている隆治にも後輩ができた。西桜寺凛子という新人研修医で、外科以外はどこでもいいという派手な、しかし明るい女性だった。

この凛子は若干のんびりしている印象はあるものの仕事はよくでき、人当たりがよく、患者たちにもすぐに溶け込む性格の持ち主だった。

そして隆治は、七十二歳の水辺一郎、六十六歳の紫藤博という二人の大腸がん患者を担当することになる。

何もかも始めての経験であり、とくに入れ墨が入った水辺には最初の挨拶のときに叱られてしまうが、凛子は持ち前の明るさで水辺にも明るく接し、すぐに溶け込むのだった。

そんな隆治に鹿児島の実家から父親の具合がよくないとの連絡が入るが、忙しさにかまけて忘れてしまっていた。

 

逃げるな新人外科医 泣くな研修医2』の感想

 

本書『逃げるな新人外科医』での雨野隆治は二十七歳、医者になって三年目で、二年間の初期研修を終えて外科医になる道を選び、前期同様牛ノ町病院で後期研修に入っています。

本書では、隆治が初めて主治医として担当することになった二人の患者を巡る話を軸になっています。

外科医の仕事にも少しだけ慣れてきた隆治がいよいよシビアな外科医療の現場に接し、汗と涙にくれる様子が描かれるのです。

それは例えば、下血し救急車で運ばれてきた癌患者への挿管処置などですが、その患者に関し、外科医というよりは医者としての心得なども指導医である佐藤玲から叩き込まれます。

例えば、家族からの患者の病状についての質問に対し、隆治は「大丈夫」という言葉を発してしまいますが、後にその患者の病状は悪化してしまいます。

そこで、家族の安心のために「大丈夫」などというのは医者が楽になりたいからだと言い切ります。

そして、「外科医はその重荷から逃げちゃいけない。」「外科医は、時に人を殺すんだ。」という佐藤の言葉は重みがあります。

ほかにも隆治の外科医としての仕事の様子が描かれています。それは最初の手術であったり、また患者を看取ることであったりもするのです。

 

それとは別に、牛ノ町病院には西桜寺凛子という新しい研修医が入ってきますが、派手な見た目とは裏腹にのんびりした話し方の凛子は、しかし仕事はできる女性でした。

また隆治のプライベートとしては、鹿児島の実家では父親が大腸がんで入院することになりますが、なかなか帰省できないでいます。

そのほかに、研修医のころからの同期で耳鼻科医の川村に連れていかれた合コンで知り合い、付き合い始めたはるかという彼女もできています。

たまに会ったりもするのですが、緊急の呼び出しなどでゆっくりした時間も取れない隆治でした。

 

たしかに、本『泣くな研修医シリーズ』は小説としてみると決して文章がうまいとは思えず、本書『逃げるな新人外科医』では意地悪な看護師のエピソードが途中で立ち消えになっていたりと、微妙に気にかかるところもあります。

しかしながら、手術の場面や患者との会話、救急医療の現場など、現場を知るものならではの臨場感にあふれていて惹き込まれるのです。

とくに隆治が、外科医として患者が死ぬことに慣れてしまったのではないか、と悩む姿は医者ならではの姿であり、それは作者中山祐次郎自身の姿でもありそうです。

でも、主人公雨野隆治というキャラクター自体が作者中山祐次郎の姿に重なるのでしょうから、それは当たり前と言えば当たり前かもしれません。

そして、けっしてうまい文章ではありませんが、やさしい文章であって、とても読みやすい物語になっています。

そして何よりも主人公の隆司の外科医としての成長が描かれていて、前巻から本書『逃げるな新人外科医』までの二年間の隆治の現場での経験を経ていることが確かに伝わってくるのです。

読んでいてそうした感覚が嬉しく、また楽しみでもあります。

続巻が楽しみに待たれる作品でした。

千里眼の復讐 クラシックシリーズ4

本書『千里眼の復讐』は、『千里眼 クラシックシリーズ』第四巻の、文庫本の「解説」まで入れると全部で632頁にもなる長編のエンターテインメント小説です。

これだけの長さが必要であったのか疑問がわいてくるほどに長い小説で、読み通す労力に見合うほどの面白さを持っているとは思えない作品でした。

 

千里眼の復讐』の簡単なあらすじ

 

日中開戦を阻止した岬美由紀だったが、違法行為のせいで南京の監獄に収監される。恩赦の条件は連続失踪事件の解決。現場の香港には脳梁切断手術を施された人々の姿が…。友里佐知子の陰謀を察知し東京に戻った美由紀をトンネル崩落事故が襲う。そこに鬼芭阿諛子の声が響いた!「ようこそ、恒星天球教主催のイリミネーションの儀式へ」隔絶された都心の地下深くで繰り広げられるデスゲームの行方は?完全書き下ろし最新作。(「BOOK」データベースより)

 

南京国際戦争監獄の独居房に捉えられていた岬美由紀は、南京國際戰争監獄法務最高顧問の賈蘊嶺(チアユンリン)により独房から出され、香港で起きている不審な失踪事件の解決に力を貸して欲しいと頼まれた。

失踪者の追跡により、とある養護施設にたどり着いた美由紀たちだったが、そこで見たものは本人の知らない間に手術を施された人たちであり、実験材料にされ殺された人たちの死体だった。

その処置を施した者のアパートで恒星天球教の阿吽拿(アウンナ)を名乗る友里佐知子の写真を見つけた岬美由紀は、賈蘊嶺のはからいにより帰国を果たすことになるのだった。

その後、前巻の終わりでジャクソンの焼死の現場にいた中国系アメリカ人のロゲスト・チェンと名乗る老紳士が再び登場し、ペンデュラム日本支社の抹消とペンデュラムグループが破産手続きに入ったと告げる。

その上で、友里佐知子はメフィスト・コンサルティング・グループの特別顧問補佐であったこと、そして岬美由紀に友里佐知子の企図を阻止してほしいと示唆するのだった。

さらにこの老紳士は、美由紀の嗜好に一致する十代半ばの日向涼平という少年を危険にさらし、美由紀に助けさせるのだった。

 

千里眼の復讐』の感想

 

第三巻『千里眼 運命の暗示 完全版』の展開につなげるためでしょうか、前巻では既に帰国したはずの岬美由紀がまた監獄に捕らわれている場面から始まります。

 

 

確かに、前巻の終わりでは懲役二百年を言い渡されましたが、美由紀の貢献度に応じて減刑され、刑期満了で出所した旨の記述がありました。

そして本書冒頭で文庫本で80頁程を中国での活躍に費やし、その後日本に帰ってくるのですが、日本での場面はまた前巻の終わりに登場し美由紀に捉えられる寸前に身体が燃え上がり死んだウィリー・E・ジャクソンの場面へとつながります。

 

その上で、本書『千里眼の復讐』ではまた友里佐知子との戦いが全面に展開されることになり、鬼芭阿諛子(きば あゆこ)とジャムサという存在が直接の敵役として登場します。

すなわち、友里佐知子の企みにより美由紀は山手トンネルへと誘い込まれ、このトンネル内での戦闘行為に巻き込まれるのです。

本書『千里眼の復讐』での戦いはそのほとんどが山手トンネル内での戦いに尽きるのですが、その戦いがこのシリーズのこれまでがそうであるようにツッコミどころ満載です。

また、これほどの紙数を費やす必要があるかと思うほどに長く、読み通すのが苦労でもありました。

簡単に人が死ぬのはこの作者の作品では当たり前ですが、それにしても死に過ぎです。

 

いずれにしろ、あらてめて本書の感想を書くほどのものでもないと思われ、単純に相当に荒唐無稽な物語を楽しめる人だけが楽しめばいい、そうとしか言えない作品でした。

といいながらも、多分シリーズを読み続けることになるのだろうと思います。

花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3

本書『花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第三巻の、文庫本で357頁の長編の痛快時代小説です。

前巻『寒雷ノ坂』で明らかになった関前藩国家老の宍戸文六らの横暴と直接に対決する磐根の姿が描かれる、まさに痛快小説の面白さを持った作品です。

 

花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』の簡単なあらすじ

 

安永二年、初夏。江戸深川六間堀、金兵衛長屋に住む坂崎磐音。直心影流の達人なれど、日々の生計に迫われる浪人暮らし。そんな磐音にもたらされた国許、豊後関前藩にたちこめる、よからぬ風聞。やがて亡き友の想いを胸に巨悪との対決の時が…。春風の如き磐音が闇を切り裂く、著者渾身の痛快時代小説第三弾。(「BOOK」データベースより)

 

磐根が親友二人を失った夏から一年が経とうとしていたある日、金兵衛長屋の磐根を富岡八幡宮前で金貸しとヤクザの二枚看板にしている権蔵一家の代貸の五郎造が迎えに来た。

前巻『寒雷ノ坂』で、泥亀の米次にさらわれた幸吉を探す手伝いをしてもらった際の借りを返してほしというのだった。

磐根は笹塚孫一と謀り、権蔵一家と敵対する顎の勝八が開帳する賭場に乗り込みこれを捕縛するとともに自分は用心棒たちを排除し、七、八百両の金を笹塚に渡すこととするのだった。

そんななか、上野伊織の許嫁の野衣から御直目付の中居半蔵に手紙を届けるために早足の仁助が国表から出てきたため磐根に会いたいと言ってきた。

そこで、仁助をつなぎとして中居半蔵に会うと、中居は佐々木玲圓門下でもあり、藩主の福坂実高本人の信任を得て入ることが判明し、今後はともに助力し合うことを誓う。

後日、国許の神伝一刀流中戸道場の先輩で藩主と共に江戸へ出てきた東源之丞と会い、国許へ帰ることを決心する。

 

花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』の感想

 

豊後関前藩江戸屋敷の勘定方を務める上野伊織の働きによって、関前藩国家老の宍戸文六を中心とする勢力の専横が明らかになりました。

本書『花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』では、坂崎磐根らが関前藩へと戻って活躍する姿が描かれます。

磐根の父親である豊前関前藩中老の坂崎正睦も閉門を言い渡されて動きが取れないなか、関前藩の江戸屋敷詰直目付の中居半蔵らと力を合わせ藩政改革の乗り出す磐根の姿があります。

そもそも、本シリーズの始めに親友を斬り江戸へ出ることになったのも、宍戸一派の策謀故であったことなどが明らかになるなか、磐根らの姿が爽快感をもって描かれるのです。

 

本書『花芒ノ海』の主軸はこのような関前藩に関する話ですが、その合間にヤクザの用心棒として働き、笹塚孫一に金を稼がせる様子や、酒飲みの亭主のために吉原へ女郎として売られる女性の話などの小さなエピソードが挟まれます。

そうした小さなエピソードの積み重ねが磐根の物語世界を形づくっていくのでしょうし、磐根のキャラクターを確立していく助けにもなっていると思われます。

 

ただ、本シリーズが進んでいくと磐根の印象が変化していきます。

本書『花芒ノ海』の時点では爽やかな青年剣士なのですが、ある頃から高みにいる孤高の存在のような印象になって来るのが残念です。

そうならない前の初々しい磐根を楽しみたいものです。