ジウ(3)新世界秩序【NWO】

新宿東口で街頭演説中の総理大臣を標的としたテロが発生。大混乱の中、伊崎基子らSAT隊員が総理の身柄を確保し、警察上層部は安堵する。だがそれは、さらなる悪夢の始まりに過ぎなかった。“新世界秩序”を唱えるミヤジと象徴の如く佇むジウ。彼らの狙いは何なのか?そして美咲と基子は―!?シリーズ完結篇。(「BOOK」データベースより)

 

前作の最後、城西信用金庫西大井支店への立て籠もり事件の現場の映像の中でジウの姿を見かけ、駆けつけた東警部補らの目の前で西大井支店は爆破され、特殊班一係長羽野警部は炎の中に消えてしまいます。

SATはこの事件で受けた被害の補充のため、伊崎基子巡査部長を新たな隊員で構成されるSAT制圧一班の新班長に抜擢するのです。

一方、前巻での新宿でジウを探す伊崎基子に対する目撃証言や美咲への匿名の手紙などから伊崎への疑惑が膨らむ中、東警部補らは警察上層部への疑いを抱くに至ります。

ところが、そうした事柄を一掃してしまう大事件、すなわち、新宿が封鎖され、近くで演説をしていた総理大臣が拉致されるという事件が発生します。

そして伊崎基子を心配する美咲は、SAT第一小隊隊長の小野警部補と共に新宿へと潜入するのでした。

 

本巻に至っては、新宿封鎖という荒唐無稽という言葉のさらにその上を行くような事態が起きてしまいます。“新世界秩序”という正体不明の団体が傍若無人の限りを尽くし、新宿の街は一瞬にして暴徒の町へと化してしまうのです。

ここまで行くと、現実とのあまりの乖離に物語も破綻を来しそうなものですが、誉田哲也という作家はそうした事態をも見事にまとめ上げてしまいます。

 

確かに、新宿封鎖という大事件ですから、ミヤジを中心とする一団が以前から計画を練っており、決して一夜にして決行したわけではないことは分かります。

また、封鎖された新宿の街への単純な突入作戦が不可能であることなども物語の中で説明されており、新宿封鎖がそれなりに効いていることもわかります。

それでもなお、やはり新宿の封鎖という事件は簡単には受け入れることはできない事件です。

 

ところが、物語を読み進めるうちは少々難ありと思いながらも、そのテンポの良さに引っ張られ、次々に展開するストーリーに引き込まれてしまうのです。

勿論、それはこうした物語が好きだという私の好みによるものでしょうが、やはり誉田哲也という作家の物語の構成力をも含めた意味での文章力によるところが大きいのだと思います。

 

本三部作を読み終えてみると、最終的にはジウの正体は判明はするものの、それまでこの物語を引っ張ってきた謎としてはあっけなく感じます。

また、一方のヒロインの伊崎基子のその時ごとの立ち位置についても、彼女の行動からすると少々軽く、また簡単に過ぎるような印象もあるにはあります。

しかし、それでもなお、こうした荒唐無稽な割に、その世界観の中ではきちんと構成され、各種疑問に対する一応の答えが準備してある作品は好感が持てるし、本作品はその期待に十分に応えうる世界観を持った作品だと思うのです。

新装版-ジウII-警視庁特殊急襲部隊

新装版-ジウII-警視庁特殊急襲部隊』とは

 

本書『新装版-ジウII-警視庁特殊急襲部隊』は、文庫本で435頁の、ジウ三部作第二作目の長編警察小説です。

ジウ三部は『ジウサーガ』に組み込まれる物語ですが、2021年の現在ではサーガ(壮大な物語)と呼ぶにふさわしい物語、とはまだ言えないでしょう。

 

ジウII-警視庁特殊急襲部隊』の簡単なあらすじ

 

連続児童誘拐事件の現場で、ついに殉職者を出してしまった警視庁は、威信にかけて黒幕・ジウを追う。実行犯の取り調べを続ける東警部補と門倉巡査は、“新世界秩序”という巨大な闇の存在を知り、更なる事件の予兆に戦慄する。一方、特進を果たした伊崎巡査部長は、特殊急襲部隊から所轄署へ異動。そこにも不気味な影が…。(「BOOK」データベースより)

 

前巻の終わりに起きた警視庁赤坂署管内で発生した誘拐事件、通称「紗也華ちゃん事件」は即日人質を保護するという結末を見た。

その後、伊崎基子は昇進に伴い異動した先で現場を外され、フリーライターの木原毅と共に個人でジウを探し始める。

その過程で、ジウの背後にいたミヤジと名乗る男と出会うが、第一巻に出てきた雨宮もミヤジらの仲間だったことを告げられ、その仲間になってしまう。

他方、美咲は「紗也華ちゃん事件」の犯人の一人である竹内を尋問する中で、「新世界秩序」というキーワードを示された。

そうした中、西大井駅前の城西信用金庫に立て籠もり事犯が発生し、最後に悲劇的な結末を迎えることになるのだった。

 

ジウII-警視庁特殊急襲部隊』の感想

 

本書『ジウII-警視庁特殊急襲部隊』では、正体不明の少年の奇妙としか言いようのない日常の描写の場面から物語が始まります。

彼らの生活は「一日の大半は裸で交わっているだけ」だというし、漁師たちにヒロポン、今でいう覚醒剤を売って生活の糧にしていました。もちろん、みんな覚醒剤の中毒にかかっていたのです。

 

こうした、まさに 誉田哲也 という作家の一つの特徴であるエロとグロとが前面に出た場面が章が変わるごとに展開されます。

この雰囲気はこの巻全体をおおう色合いとなり、この物語の本当の主役かもしれないジウという男の実像も次第に明らかになっていくのです。

とはいっても、「新世界秩序」という言葉の中心にいる“ミヤジ”という男が描かれる中で、ジウの姿も“ミヤジ”の影のような存在として浮かび上がってくるだけではあります。

そして、全く予想外の展開を見せる第三巻『新装版-ジウIII-新世界秩序』へとなだれ込んでいくのです。

 

そうした中、本書『ジウII-警視庁特殊急襲部隊』では、宮地がジウという少年に対する思いを吐露する場面があります。

「他者との係わりに興味を示さず、ごく最低限の空腹を満たす行動のみで生き長らえている。ああ、こんな世界観もあるのかと、目から鱗が落ちる思いだった。・・・私が見ていた世界は、光と闇、白黒の世界だった。」

このあと、宮地の「お前は自由だな。」という言葉に「ジウ・・・?」と反応する少年がいました。

“ジウ”という名前のもととなった言葉の持つ意味が明らかにされているのですが、その意味が分かりません。

「自由」という言葉から、片言ながらに聞き取って発した「ジウ」という言葉、これは、単に三部作のタイトルにもなった「ジウ」という言葉の由来を示したに過ぎないのか、それとも“新世界秩序”に連なる何らかの意味をも持たせているのか。

もし意味があるとして、それはどういうことなのか、わかりませんでした。

 

本書『ジウII-警視庁特殊急襲部隊』を再読している今だから思うのですが、本ジウ三部作も、最初に読んだときは派手な展開を見せる、普通の警察小説とは異なったアクション小説くらいの認識しかありませんでした。

しかしながら、物語がずっと先まで進み、以降の展開を知ったのちに再読している今回は、この物語が全く異なった様相を見せる物語となっています。

作者が当初から『歌舞伎町セブン』に連なる展開を考えていたかどうかはわかりませんが、多分違うのではないでしょうか。それほどに、ジウ三部作と『ジウサーガ』内のほかの作品との色合いが異なるのです。

 

誉田哲也 という作家は、作品を時系列にまとめ、年表ともいえる資料を作成し、常にほかの作品との兼ね合いも捉えている意味の文章を読んだことがあります。

そうした資料を基に、既存の物語に描かれた事柄を伏線として新たな物語を構築しなおしたと考える方が筋が通ります。

そんな中で基子がふたたび登場し、ジロウという新たなキャラクターも生まれ、「ジウ三部作」に連なる物語として「新世界秩序」もいまだ生き延びている、そうした壮大な物語世界を再構築したと思うのです。

その観点で見ると、「ジウ三部作」も、それにこの後に続く『国境事変』や『ハング』といった物語も新たな意味を持ってくると思われます。

いずれにしろ、この物語の持つ面白さは私の好みにピタリとはまるものであり、今後のさらなる展開を期待したいものです。

新装版-ジウI-警視庁特殊犯捜査係

本書『新装版-ジウI-警視庁特殊犯捜査係』は、文庫本で427頁の、ジウ三部作第一作目の長編警察小説です。

本書は、先では『新宿セブン』などと連なる『ジウサーガ』として位置付けられるシリーズで、面白さ満点のエンターテイメント小説です。

 

『ジウI-警視庁特殊犯捜査係』の簡単なあらすじ

 

〈ジウ〉サーガ、ここに開幕――。都内の住宅地で人質籠城事件が発生。所轄署や捜査一課をはじめ、門倉美咲、伊崎基子両巡査が所属する警視庁捜査一課特殊犯捜査係も出動した。人質解放へ進展がない中、美咲は差し入れ役として、犯人と人質のもとへ向かうが……!? 籠城事件と未解決児童誘拐事件を結ぶ謎の少年、その背後に蠢く巨大な闇とは?(「BOOK」データベースより)

 

「利憲くん誘拐事件」も決着を見ないままに、荻窪署管内で立て籠もり事案が発生した。

門倉美咲は食事の差し入れをのために犯人の立て籠もる屋内へと入りさらなる人質となるが、犯人逮捕の際に、下着姿とならされた姿をマスコミに撮られてしまう。

ところが、この事件の犯人である岡村は未解決の「利憲くん誘拐事件」にも関与している疑いが浮上し、その岡村への訊問の中でジウという名前が浮かび上がってくるのたった。

 

『ジウI-警視庁特殊犯捜査係』の感想

 

本書『ジウI-警視庁特殊犯捜査係』の主人公は、カンヌと呼ばれる愛称からもわかる優しさを持った門倉美咲巡査と、幼い頃からレスリング・柔道・剣道を学び、実践的な格闘術に優れた孤高の一匹狼である伊崎基子巡査部長の二人です。

SITと称される警視庁特殊犯捜査係に所属するこの両極端な性格の二人を中心としてこの物語りは展開します。

 

他に重要な登場人物としては、東弘樹警部補やSATの雨宮崇史隊員らがいます。

マスコミの前に下着姿をさらした美咲は、碑文谷署生活安全課少年係へと異動になり、そこにいた東警部補と組んで連続児童誘拐事件の犯人と目される“ジウ”を追うことになります。

また、伊崎基子巡査部長は異動先のSATで雨宮という隊員と知り合い、さらに「紗也華ちゃん事件」の現場で美咲と邂逅することになりますが、そこでは雨宮をめぐる悲劇的な出来事が起きてしまうのでした。

 

本『ジウサーガ』は推理小説とは少々呼びにくい気がします。発生した児童誘拐事件の犯人を追う刑事らの動向が描かれたり、事件の裏に隠された謎を追及することなど、形としては推理小説と言えるのかもしれません。

しかし、謎の追及は二番手であり、まずはストーリーの展開それ自体が主役だと思われます。

つまりは、この『ジウサーガ』はエンタテイメント小説として様々な要素が組み込まれていて、さまざまな楽しみ方ができる物語になっているのです。

 

当初に述べたように、本書『ジウI-警視庁特殊犯捜査係』は連続して起きる児童誘拐事件を追う警察の姿が描かれていて、第一義には警察小説であることに間違いはありません。

ただ、その中で門倉美咲と井崎基子という二人の女性の描き方の違いがあります。

この両極端な女性あり方だけを見ていくと、この作者の底抜けに明るい青春小説の『武士道シリーズ』という作品に出てくる攻撃的な磯山香織と温厚な西荻早苗という二人の女性が思い起こされ、遠くに青春小説の香りを漂っているのです。

 

 

次に、伊崎基子という女性だけを見ていくとSATでの訓練の様子などは格闘小説のようでもあります。

そして、この『ジウサーガ』が二巻三巻と続いていく中では、エロスとバイオレンス以外の何物でもない、いかにも誉田哲也らしい描写があり、その先には単なる警察小説の枠を超えたアクション満載の冒険小説としての流れが待っているのです。

つまりは、このシリーズは誉田哲也の作品世界を構成するあらゆる要素が詰まっていて、さまざまな読み方ができると思われ、エンターテイメント小説としてどこまでも楽しむことができる作品として仕上がっているのです。

魔女の盟約

魔女の盟約』とは

 

本書『魔女の盟約』は『魔女シリーズ』の第二弾で、2008年1月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2011年1月に文春文庫から559頁の文庫として出版された、長編のハードボイルド小説です。

第一弾と同様に主人公の活躍に魅了され、惹き込まれた読んだ作品でした。

 

魔女の盟約』の簡単なあらすじ

 

過去と決別すべく“地獄島”を壊滅させ、釜山に潜伏していた水原は、殺人事件に巻き込まれるが、危ういところを上海から来た女警官・白理に救われる。白は家族を殺した黄に復讐すべく、水原に協力を依頼するが―。日中韓を舞台に、巨大な組織に立ち向かう女性たちを壮大なスケールで描く、『魔女の笑窪』の続編。(「BOOK」データベースより)

 

魔女の盟約』の感想

 

本書『魔女の盟約』は、『魔女シリーズ』第二弾の長編のハードボイルドエンターテイメント小説です。

 

本シリーズの主人公は男をひと目で見抜く能力を持った水原という元売春婦であったという経歴を持つ女です。

前作『魔女の笑窪』で水原は、チョコレートショップの経営者という東山や九州の暴力団「要道会」と組んで「地獄島」を壊滅させるという挙に出ました。

中国や韓国などの組織をも巻き込んだその事件のために、日本の警察や暴力団から追われる身となった水原は、日本を脱出し名も顔も変えて韓国に潜むことになったのです。

その韓国でこれまでの「地獄島」の行動の意味をなくしてしまうような殺人事件に巻き込まれた水原でしたが、上海から来た白理という女に助けられます。

その後、この女と行動を共にするうちに、「地獄島」の事件には裏があり自分は利用されたにすぎないことに気が付いた水原は、白理という女を助け、またこれからの自分が生きるために再び立ち上がります。

 

今回の水原は韓国や中国を舞台にしての活躍が大きな部分を占めています。

本書のあとがきを書かれている冨坂總氏は、「徹底したリサーチによって作品全体にちりばめられているディテールの細かさ」が、ストーリーを盛り上げてくれているといいます。

例えばとして、「上海の国家安全局と北京の安全局とのライバル関係をうまく展開に滑り込ませているあたり」は唸らざるを得ない、と書いています。

また、中国国内における少数民族の位置付け、中でも朝鮮族の扱いも絶妙だといい、さらには、韓国に持ち込まれるコピーブランドの工場が山東省に集中しているという設定も現実そのままであるといい、その取材力の確かさを称賛しているのです。

そうした緻密な取材の裏付けがあって初めて本作のような荒唐無稽な物語でありながらもエンターテインメントとしての物語のリアリティーが醸成されているということなのでしょう。

 

中国を舞台にした緻密な取材をもとにした作品といえば、麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)がありました。あの作品も公安警察の緻密な描写の先にあったものは中国本土での壮大なスケールの冒険小説としての展開であり、現地を正確に抑えた描写でした。

 

 

また、現地の調査という意味では黒川博行の『国境』(文春文庫 全二巻)は北朝鮮を舞台にした物語でした。地理的な意味でもそうですが、それよりも組織としての北朝鮮の現状が詳しく描かれていたこの作品は、別な意味でも必見です。

 

 

ともあれ、本書の展開は第一作での水原の個人的な活動から「地獄島」への具体的な関りと移行していった前作とは異なり、日本の暴力団ももちろんのこと、韓国や中国のマフィアや更には中国の国家機関まで巻き込んだ壮大なものとなっています。

ただ、スケールが大きくなっている反面、その状況の説明のために頁数を割かなければならず、ストーリーを進めるうえでの登場人物や組織の説明が多く、今一つ物語としての面白さにのめり込みにくい印象はあります。

とはいえ、物語としての面白さがそれほど損なわれているわけではありませんので、これくらいは許容範囲でしょう。少なくとも私にとってはそうでした。

 

本書のような大人のファンタジー的な物語は受け入れがたいという人も当然いると思います。

しかしながら、丁寧な取材の元、きちんと構築された舞台設定の下で展開されるこうした荒唐無稽な物語を気楽に楽しむことこそがエンターテイメント小説という物語の醍醐味だと思っています。

そして、本シリーズはそうした期待に十二分に答えてくれる物語だと思うのです。

魔女の笑窪

魔女の笑窪』とは

 

本書『魔女の笑窪』は『魔女シリーズ』の第一弾で、2006年1月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2009年5月に文春文庫から419頁の文庫として出版された、連作のハードボイルド短編小説集です。

女性を主人公にしたハードボイルド小説ですが、かなり惹き込まれて読んだ作品でした。

 

魔女の笑窪』の簡単なあらすじ

 

自らの特殊能力―男をひと目で見抜く―を生かし、東京で女ひとり闇のコンサルタントとして、裏社会を生き抜く女性・水原。その能力は、「地獄島」での彼女の壮絶な経験から得たものだった。だが、清算したはずの悪夢「地獄島」の過去が、再び、水原に襲い掛かる。水原の「生きる」ための戦いが始まった。(「BOOK」データベースより)

 

魔女の笑窪』の感想

 

本書『魔女の笑窪』は、『魔女シリーズ』の第一弾である短編のハードボイルドエンターテイメント小説集です。

主人公は水原という元売春婦であったという経歴を持つ、洞察力に優れた能力を持った女です。

 

第一話では、知り合いのホテトル嬢が殺された裏を探り、犯人を探り出して報復をする様子が描かれます。その中で、主人公が男の精液の味について語る場面や、ヤクザを相手に一歩も引かずに渡り合う場面などが描かれながら、現在の水原の職業や過去の仕事、そして性格などを描写してあります。

その後第二話では、一年前に死んだ大物右翼の前田法玄の女房だった前田妙子という名の女が主人公水原の島のことなどの過去を知っていると現れます。

関東通信社の嘱託をしている湯浅という記者を何とかしてくれたら、養女になってもらうというのです。前田法玄のコネは魅力であり、島のことを知っている女ならば仲間になれるかもしれませんでした。

こうした物語の進展の中で、水原の男の中身を見抜くことのできる能力や、湯浅の写真から正体を探り出す仲間がいたりと、水原の本質が少しずつあきらかにされていきます。

第三話になると、第二話での前田が水原の過去を知ったルートを調べる中で浮かび上がってきた若名という風俗専門のライター中心の話になります。この若名は水原と同じような見ただけで女の本質を見抜く能力を持っていたのですが、この物語は第四章で少々切ない話として終わります。

こうして、将軍と呼ばれる香港の実力者(第五章)、豊国という整形外科の医師(第六・七章)、地獄島の番人(第八章)、地獄島(第九・十章)と話は進みます。

 

この物語の前半は主人公の水原中心のハードボイルド小説ですが、第六章あたりからアクション小説の趣を持ち始め、第八章からは完全にアクション小説と言ってもいいほどに物語の雰囲気が変わります。

とはいえ、主人公が積極的に拳銃を駆使して暴れまわる、というものではなく、拳銃を持ちはするものの、降りかかる火の粉を払いながら核心に迫っていいきます。

その過程で醸し出される雰囲気がまさにアクション小説と感じる描写だったのです。

ただ、アクション小説へと変化する過程は、水原の過去の亡霊に対面する苦悩と一致するようにも思えます。

 

この作品は水原という主人公のキャラクターのカッコよさにつきます。勿論彼女を助ける、第六話から登場してくる星川というおかまの探偵などの脇役たちも魅力的ですが。

ここまで体を張りながらもクールな女性主人公はそうはいないと思います。一番思い出したのはやはり月村了衛の『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』の主人公でしょうか。

 


 

しかしながら、『魔女シリーズ』の項でも書いたように、これらの作品は『天使の牙シリーズ』(角川文庫 シリーズ完全版【全4冊合本】Kindle版)の明日香により似ていると思うのです。

 

 

エンターテイメント小説としての王道をまっすぐに進む本書『魔女の笑窪』は、若干のファンタジー色を気にしない人であれば面白と感じること間違いのない小説だと思います。

機捜235

機捜235』とは

 

本書『機捜235』は2019年3月に刊行され2022年4月に文庫化された、文庫本で312頁の連作短編の警察小説集です。

渋谷署の分駐所に詰めている第二機動捜査隊に所属している機動捜査隊員の高丸卓也を主人公とする作品で、とても面白く読みました。

 

機捜235』の簡単なあらすじ

 

渋谷署に分駐所を置く警視庁第二機動捜査隊所属の高丸。公務中に負傷した同僚にかわり、高丸の相棒として新たに着任したのは、白髪頭で風采のあがらない定年間際の男・縞長だった。しょぼくれた相棒に心の中で意気消沈する高丸だが、実は、そんな縞長が以前にいた部署は捜査共助課見当たり捜査班、独特の能力と実力を求められる専門家集団だった…。(「BOOK」データベースより:新刊書用)

 

機捜235』の感想

機動捜査隊(きどうそうさたい)とは、都道府県警察本部の刑事部に設置されている執行隊、つまり、様々な事案に機動的に対応することを目的として、任務に応じ専門分化した組織のことを言い、通称は機捜隊(きそうたい)、または機捜(きそう)と呼ばれています。

この機動捜査隊は、重要事件の初動捜査の効率化および犯行予測による邀撃捜査によって、犯罪発生の初期段階で犯人を検挙することを目的としている組織であって、通常は捜査車両に二名で乗車し担当管轄内の密行警ら(パトロール)に従事しますが、重要事件発生の際は犯罪現場に急行し、事件の初動捜査に当たることを任務としています。( 以上 ウィキペディア : 参照 )

 

本書『機捜235』のタイトル「機捜235」というのは主人公らが乗る機捜車のコールサインのことです。最初の2は第2機動捜査隊を、次の3は第3方面隊を、最後の数字はこの班の5番目の車ということを意味します。

そして、この機動捜査隊は拳銃を常時携行するほどに危険性も有しているのだそうです。

 

本書『機捜235』の主人公は高丸卓也といい、その相棒は梅原という同年代の男でした。

しかし、梅原はある事故で入院することとなり新たなパートナーと組むことになります。その相棒が縞長であり、見当たり捜査のベテランだったのです。

本書は、この縞長のおかげで警察官として成長していく主人公の姿が描かれている、全部で九話からなる連作の短編集です。

 

本書『機捜235』第一話の「機捜235」では新しい相棒となる縞長との出会い、そして縞長の意外な能力の紹介があります。

次いで、またもや縞長の見当たりの能力により指名手配犯の逃走を未然に防ぎ、柔道三段、合気道五段という腕前も明らかになります(第二話「暁光」)。

こうして全九話の話が進んでいくのですが、当初は機動捜査隊員として何の疑念もなく役割分担としての初動捜査のみをこなしていた主人公です。

しかし、物語の進行の中で機動捜査隊の職務を紹介しながらも、日常の業務をこなしていく縞長の職務態度に接し、警察官としてのあり方を学んでいくのです。

 

以前読んだ今野敏の作品で『精鋭』という作品がありました。

この作品は警察学校での現場研修などを経て所轄署へ配属後、身体を張って国を守る部署だと教えられた警備部機動隊へ転任し、最終的にはSAT隊員として成長していく、一人の警察官の成長物語です。

普通の刑事の活躍を描くミステリーとしての警察小説ではなく、機動隊での生活を描く、警察の職務の紹介を兼ねた職業小説であり、ある種の青春小説ともいえるこの作品はユニークなものでした。

本書『機捜235』は、機動捜査隊の紹介という側面を持ち、さらに機捜隊所属の主人公の成長物語でもあるという点で『精鋭』という作品を思い出させるものでした。

 

 

通常の刑事警察ではない警察小説としては横山秀夫の作品がそうで、『64(ロクヨン)』もそうでした。

所轄の警察の広報官を主人公とする秀逸なミステリーであるこの作品は、ベストセラーとなり、話題のピエール瀧の主演でNHKでドラマ化されましたし、佐藤浩市主演で映画化もされました。

警察内部の異色の職種という点で本書と似たものがありますが、ただ、広報の職務の紹介という側面はそれほど強調されない、やはりミステリーとしての面白さがメインの警察小説でした。

 

 

本書『機捜235』の面白さはやはり、新しい相棒である縞長の見当たり捜査という特殊技能を持った人物の存在でしょう。

柔道三段、合気道五段の腕前をもって指名手配犯人を次々に捕まえながら、主人公の警察官としての成長の範となる存在は魅力的です。

この作品もシリーズ化されるのでしょうか。できれば続きを読みたいものです。

スクエア 横浜みなとみらい署暴対係

スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』とは

 

本書『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』の第五弾で、2019年2月に刊行されて2021年11月に512頁で文庫化された長編の警察小説です。

今野敏の警察小説として普通に面白い作品ではあるものの、マル暴としての諸橋と城島の二人の個性、存在感があまり発揮されているとはいいがたい作品でした。

 

スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』の簡単なあらすじ

 

神奈川県警みなとみらい署暴対係係長・諸橋夏男。人呼んで「ハマの用心棒」を監察官の笹本が訪ねてきた。県警本部長が諸橋と相棒の城島に直々に会いたいという。横浜山手の廃屋で発見された中国人の遺体は、三年前に消息を断った中華街の資産家らしい。事件は暴力団の関与が疑われる。本部長の用件は、所轄外への捜査協力要請だった。諸橋ら捜査員たちの活躍を描く大人気シリーズ最新刊!(「BOOK」データベースより)

 

スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』の感想

 

本書『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』は、『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』の第五弾作品ですが、端的に言えば、勿論 今野敏 の警察小説として普通に面白い作品です。

ただ、小説の達者な書き手が書いた小説として終わっている印象であり、マル暴刑事としての諸橋夏男警部と城島勇一警部補の二人の存在感が感じにくい作品でした。

というのも、この作者の『隠蔽捜査シリーズ』や『安積班シリーズ』などの作品は、それぞれの主人公の「竜崎署長」の「安積警部補」といった主役や、彼らを支える脇役のキャラクターが明確であり、そうしたキャラクターだからこその物語だと言えると思います。

 

 

しかし、本書『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』に限って言えば、マル暴としての二人の存在感を見せ、活躍する場面はそれほどでもありません。

確かに、本書での事案の対象は暴力団であり、二人の暴力団への聞き込みにより新たな事実が判明し、事件解明に役に立っているということはありますが、それはこの二人でなくても十分な情報を得ることができそうな印象が強いのです。

つまりはマル暴としての側面が明確に発揮できていると言い難いということでしょうか。

ただ、大阪からやってきた黒滝享次らと文字通り正面から喧嘩をする諸橋と城島に限って言えばその限りではなく、“ハマの用心棒”の面目躍如というところです。

 

あらためて 今野敏 の作品を考えると、登場人物は、本書の諸橋や城嶋にしても、行動優先のようにしていながらも頭で考えることが下地にあり、つまりは理屈面が勝っている印象があります。

もしかしたら、近時の 今野敏 の小説に論理優先という印象があり、マル暴の印象が一歩引いているのかもしれません。

 

本書『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』の内容に戻ると、主役の二人よりも、県警本部長の佐藤実という人物が気になりました。

警察官だからといって堅くある必要はなく「臨機応変、柔軟な対応」が必要だというこの本部長は、諸橋らの情報源の一つである、常磐町の神風会の神野というヤクザに興味を示したりと少々変わっています。

この本部長は 今野敏 の人気シリーズの一つである『マル暴シリーズ』の第二弾『マル暴総監』に登場する警視総監のように型破りであり、魅力的な人物です。

 

 

また、県警本部捜査二課の永田優子課長も型破りのキャリアとして描いてあり、このシリーズの憎まれ役であった笹本康平監察官とともに今後もこのシリーズの名物となりそうな気がします。

ともあれ、本書『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』は、土地売買に絡んだ詐欺事件の延長線上に起きた殺人事件を“ハマの用心棒”の二人が解決していく物語です。

少々半端な印象はあるものの、魅力的な登場人物の存在にも助けられ、今野敏 の警察小説として楽しめる作品であることは間違いありません。

黄金色の雲-口入屋用心棒(42)

目明しの金之丞ら三人を平然と殺め、江戸有数の大店から大金を強請りとった読売かわせみ屋・庄之助の魔の手は、ついに、南町奉行所・樺山富士太郎にも及び、身を挺して主人を守った中間・珠吉が斬られる。湯瀬直之進、倉田佐之助、米田屋琢ノ介らの必死の探索にもかかわらず、包囲網を突破する庄之助。業を煮やした与力・荒俣土岐之助が打った秘策とは!?大迫力の攻防戦、書き下ろし人気シリーズ四十二弾。(「BOOK」データベースより)

 

口入屋用心棒シリーズの四十二弾の長編痛快時代小説です。

庄之助が登場してきて三作目になり、いよいよ庄之助との対決が迫ります。

 

庄之助に命じられた高田兵庫によって富士太郎の身代わりになり斬られた珠吉だったが、いまだ生死の境をさまよっていた。

翌朝、奉行所を出た富士太郎に湯瀬直之進、倉田左之助、米田屋琢ノ介の三人が、玉吉を斬った下手人の探索を手伝わせてくれと言ってきた。

そこで、直之進には想願寺の住職の臨鳴を、左之助には桜源院で見たという一万両の金があるか否かを調べてもらうことにし、琢ノ介には富士太郎の用心棒を頼むことになった。

まずはお吟の不在を確かめた富士太郎は、かわせみ屋にいる庄之助に会いに行き、直之進は、墓暴きの一件を庄之助に知らせたのは想願寺の住職の臨鳴だったことを確認する。

一方、桜源院に忍び込んだ左之助は住職の沢勢の書斎で、沢勢の父親向島の家を手に入れた証文を見つけるが、沢勢に見つかり、宝蔵院流の槍の手練れの沢勢と一線を交え、これを倒すのだった。

 

いよいよ庄之助との対決となります。

直之進が全く歯が立たないほどの剣の腕を持つ庄之助ですが、この庄之助をどのようにして倒すのか、が気になるところです。

また、直之進と同程度の腕である左之助と庄之助との対決も見どころではあります。

 

と、本書の見どころを挙げることはできるのですが、実際読み終えてみると、私の好みとは若干ずれた結果に終わりました。

せっかく庄之助という強烈なキャラクターを持ってきたのに、そのキャラクターをうまく生かし切れていない印象に終わってしまったのです。

天下の転覆を目指す庄之助ですが、それにしては計画が雑に過ぎますし、他にも庄之助の異常なまでの強さの理由も今ひとつはっきりとしませんでしたし、直之進との対決も尻すぼみ気味だったのです。

 

このシリーズも四十巻を超える一大シリーズとなってきました。この後どのような展開になっていくものなのか、大きな期待をもって読み続けたいと思います。

歌舞伎町ゲノム

歌舞伎町ゲノム』とは

 

本書『歌舞伎町ゲノム』は『ジウサーガ』第九弾の、文庫本で416頁の短編小説集です。

前巻『ノワール-硝子の太陽』で上岡慎介という仲間を失ってから二か月が経った歌舞伎町セブンを描く短編集です。

 

歌舞伎町ゲノム』の簡単なあらすじ

 

法では裁けぬ悪を始末する、伝説の暗殺者集団・歌舞伎町セブン。死んだ親友の交際相手の男を殺してーそのような依頼が女性から舞い込み、動き出した彼らだったが…。「復讐」という言葉のもとに、数々の人間模様を目の当たりにする彼らの日々を描く。新メンバー登場、そして謎の組織も再び動き出す、“ジウ”サーガ最新作。(「BOOK」データベースより)

 

兼任御法度
帝都大学ラグビー部OBらが惹き起こした強姦事件がなぜか揉み消しにあっていた。たまたま事件現場から出てきた掃除屋のシンちゃんを巻き込んでセブンが動き始める。

揉み消されようとしている強姦事件について、単純に世の悪を懲らしめるという作品です。

凱旋御法度
エジプトに帰ることになったテルマの運転手のアイマンが水道道路で交通事故で死んだ。何故そんな場所にいたのか誰も知らない。またまたアイマンらしき男が車に押し込められるのを見ていたシンちゃんの情報をもとにセブンが活躍する。

誉田哲也の作品らしいと言っていいものか、少々グロい描写のある暴力信奉者に殺された外人の恨みを晴らします。

売逃御法度
杏奈門脇美也子から相談を受けた三上亮の殺害依頼。被害者の田嶋夏希の視点と、加害者三上亮の視点で語られ、最終的に待つのは意外な展開だった。

依頼人の隠された秘密という意外な結末が待っている作品です。

改竄御法度
掃除屋のシンちゃんのもとにひょんなことからICレコーダーが飛び込んできた。小遣い稼ぎだと騙されて連れていかれた陽奈が、コウキが助けに来てくれた隙に盗ってきたらしい。ところが、そのコウキはシンちゃんが既に掃除をしてしまった男らしかった。この陽奈を助けるためにセブンが、主に市村が相手のヤクザである辻井を相手に動きます。

今回は逆に、依頼人が知らない隠された真実が悲しい作品です。

恩赦御法度
陣内の店「エポ」にやってきたが、帰りにジロウと話していると土屋昭子から「たすけて」というメールが入った。添付されている画像ファイルに移っているのはニュースで報道している茨城の庄田満らしかった。

新世界秩序(NWO)の姿がかすかにうかがわれる土屋昭子の物語です。

 

歌舞伎町ゲノム』の感想

 

本書『歌舞伎町ゲノム』は、その後の「歌舞伎町セブン」を描く短編集です。

作者が「いつか作品にしたいと思っていました。」という『必殺仕事人』シリーズ(歌舞伎町が再び血に染まる : 参照)を念頭に書いた現代の「仕事人」である「歌舞伎町セブン」ですが、本書では本来の仕事人としてのセブンが描かれています。

 

 

ただ、前作の『ノワール-硝子の太陽』の出来があまりにも素晴らしくて、その印象をもっての本短編集でしたが、前作のような凝った物語というわけにはいかなかったようです。

歌舞伎町ゲノム』は、誉田哲也の作品としては普通の出来というしかありませんでした。

 

 

とはいっても、ストリーテラーとしての誉田哲也の描く世界ですからそれぞれにそれなりの物語として語られています。

冒頭の作品は仕事人の物語として単純であり、あと四話これが続くのは避けてほしいと思っていました。

しかし、さすがに誉田哲也の作品であり、読み進むにつれ物語の色を変えてあって、なかなかにバラエティに富んだ作品集でした。

 

本書『歌舞伎町ゲノム』では新しいメンバーとなるかもしれない掃除屋のシンちゃんが三話にわたりキーマンとして活躍します。

また、死んだ上岡の同業者であり新世界秩序(NWO)の関係者である土屋昭子もたびたび顔を見せ、セブンのメンバーに入れるべきかと話題になったりと、それなりの面白さは持っているのです。

ただ、『ジウサーガ』の一環としてみた場合、どうしても前述のような物足りなさを感じてしまいます。

単純な「仕事人」としての物語ではなく、新世界秩序との対決として位置づけられる「歌舞伎町セブン」の物語をじっくりとよみたいものです。

狼: 仕舞屋侍

表沙汰にできない揉め事の内済を生業にする九十九九十郎。元御小人目付で剣の達人でもある。若い旗本、大城鏡之助が御家人の女房を寝取り、訴えられていた。交渉は難航したが、九十郎の誠意あるとりなしで和解が成立した。だが鏡之助は九十郎への手間賃を払おうとしない。数日後、牛込の薮下で鏡之助の死体が発見された。御家人とともに九十郎にも嫌疑がかかった…。書下し長篇剣戟小説。 (「BOOK」データベースより)

 

仕舞屋九十九九十郎の活躍を人情味豊かに描く『仕舞屋侍シリーズ』第二巻目の長編痛快時代小説です。

 


 

五人の童子が龍之介とお七をからかってきたが、これをお七がやっつけてしまい(序 柳原通り)、後にその童子の親が怒鳴り込んできた。

一方、九十郎は若衆髷の大城鏡之助という男からの不義密通のもみ消し、内済の依頼を請け、相手の加島秋介という浪人と話をつける。

後日、脇両替の「倉田」で、番頭の欣次と法華の行者である六部との喧嘩で、日ごろ大人しい欣次が六部を半殺しの目にあわせてしまうという事件がおこる(其の一 不義密通)。

同じ日の朝、鏡之助が首の骨が折れた状態で見つかり、加島秋介が捕まった。そのことを知った九十郎は調べを開始し、鏡之助の馴染みの芸者から、鏡之助が殺された付近での金策場所として、神楽坂の≪倉田≫という銭屋の話を聞きこむのだった(其の二 神楽坂)。

欣二が袋叩きにした六部を藤兵衛が見つけ、欣二の父親殺しの過去の話などを聞き出すことができ、逃げようとする欣二と対決する九十郎だった(其の三 望月)。

二月も晦日、身体も元になりつつある九十郎は大宮宿をこえ欣二らの仲間の居る場所へと仕舞屋の仕事の決着をつけるために向かうのだった(終 三両二分)。

 

今回の事件は、過去を消し去り生きていた人物が、自分の過去を暴こうとする輩を排除しようとして様々な事件を引き起こします。また、その人物を何とか助けようとする人物も現れて、そこに人情劇までもが絡んでくるのです。

また、サブストーリーとして、お七と龍之介とが悪ガキに絡まれた顛末も語られています。

 

龍之介は前巻から登場している少年です。かつて、龍之介の祖父が九十郎の頭だったのですが、そのあとを継いだ龍之介の父親が九十郎の部下になったものの、ある事件で死んでしまいます。今は母親が新しい夫に嫁ぎ、龍之介と共に幸せに暮らしています。

この龍之介がお七と遊びたくて九十郎の家に足しげく顔を見せ、剣術を習いたいお七の相手をしているのです。

本書でもお七の物語が情に満ちた息抜きとなっています。

 

そして本筋の物語は自分勝手な遊び人である若い旗本の密通劇から幕を開け、その遊び人が殺されたことから別な人生の物語へと話の流れが移っていきます。

物語が別の筋へ移ってからは揉め事の内済という九十郎の生業とは関係がないようにも思えますが、全くの無関係とも言えない点でクライマックスへと向かうことになるのでしょう。

この本筋に関して辻堂魁らしい人情劇が仕組まれているのですが、九十郎というキャラクターがうまく生きるような流れとして仕組まれているようです。

 

お七に対する、父親のような存在としての九十郎がいて、本書の本筋を追いかける九十郎がいて、どちらの貌も仕舞屋としての九十郎が明確に生きていて読者の心を打ちます。