さよなら妖精

雨宿りをする彼女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物語。初期の大きな、そして力強い一歩となった、鮮やかなボーイ・ミーツ・ガール・ミステリをふたたび。書き下ろし短編「花冠の日」巻末収録。(「BOOK」データベースより)

本書は、『王とサーカス』と『真実の10メートル手前』に探偵役として登場する太刀洗万智の高校時代を描いた青春ミステリー小説です。

この二作品はベルーフシリーズと呼ばれています。本作もベルーフシリーズに位置づけてもいいとは思うのですが、主人公は守屋路行であり、マーヤでもありますのでそうもいかないのでしょうか。

第一章「仮面と道標」

ある雨の日、高校生の守屋路行はクラスメイトの太刀洗万智と共にユーゴスラビアから来たマーヤという少女と出会い、行くところのないマーヤのために同級生の白河いずるの旅館に紹介するのでした。

政治家になるというマーヤは、日本での日常に潜む「雨の中を傘をささずに走っている男」や「神社に餅を持って行くカップル」、「墓に供えられた紅白饅頭」といった事柄の意味を探ります。

そうしたマーヤの抱いた疑問の意味をセンドーという愛称で呼ばれている太刀洗万智はすぐに理解し、読者と同じ目線で謎ときをする守屋に対して、謎ときへと導く役割を担っているのです。

彼ら二人と白河いずる、それに守屋と同じ弓道部に属する文原竹彦と額田広安とを加えた五人の、マーヤを中心とした青春物語が繰り広げられます。

第二章「キメラの死」

マーヤの故郷のユーゴスラビアでは戦火がひどくなる一方でした。マーヤはユーゴスラビアのことを勉強する守屋に祖国の現状をを説明します。

いずるの家で、戦火がひどくなる一方の祖国へ帰るというマーヤの送別会が開かれます。そこでは、いずるの名前の由来の推理など、皆の楽しいひとときがありました。

守屋はマーヤと共にユーゴスラビアへ行くと言いだしますが、マーヤは「観光気分」だ言い残して祖国へと帰ってしまうのでした。

第三章「美しく燃える街」

マーヤが帰ってから一年が経ち、序章の場面へと戻ります。日記など資料を持ちより、マーヤの帰っていった祖国は六カ国からなるユーゴスラビア連邦の何処なのかを推理します。

そこに太刀洗が現れ、マーヤの現況、本当の思いなどを明らかにするのです。

 

本書は太刀洗の高校生時代が描かれた青春小説として光を放っています。私たちの日常に潜む謎をミステリーとして小説に仕上げ、更にはユーゴスラビア紛争という世界的な事件を取り上げてその背景をミステリーに仕立てながらも、登場人物たちの青春時代を切り取った小説として切ない側面も見せています。

とはいえ、ミステリーとしての側面は通常の推理小説とは異なり、本格派推理小説と同じように論理的な謎解き自体を楽しむ構成であり、物語自体の進行とは別になっています。ということで、全体的な物語の要約を書いてもネタばらしにはならないと思われ、上記の記述になりました。

 

もともと、この作家のデビュー作である『氷菓』を第一作とする青春推理小説である『古典部シリーズ』の三作目として書かれていたものを、諸々の事情により全面的に改稿されて出版されたものだそうです。青春小説として異彩を放っているのも納得のことでした。

本作のように他国を舞台に、その国の国情を反映させた作品としては、本書の作者である米澤穂信の『王とサーカス』もそうでした。ネパールを舞台にして、フリージャーナリストとして駆け出しの太刀洗万智が登場します。

ヨーロッパに目を向けると、ポーランドを舞台にした 須賀しのぶの『また、桜の国で』という作品があります。推理小説ではないのですが、ワルシャワの実情を描き、世界の中の日本を考えさせられる作品で、第156回直木賞の候補作にもなりました。

直木賞候補といえば、第二次世界大戦下のヨーロッパ戦線を舞台にしたミステリー仕立ての 深緑野分の『戦場のコックたち』という作品もありました。戦時下のコック兵の状況を描き出した作品でした。

ミステリー仕立ての青春小説という観点では、 恩田陸の、第2回本屋大賞を受賞した『夜のピクニック』という作品もそうでした。高校生がただ80Kmを歩くというイベント、その一夜の出来事だけで素晴らしい青春小説が展開されています。

 

本書は、切なさにあふれた青春小説であり、太刀洗万智の推理が楽しめるミステリーであって、ユーゴスラビア連邦という異国の歴史をも取り込んだ、贅沢な小説でした。

ちなみに、マーヤのユーゴでの一日を描いた短編「花冠の日」も載っていました。私は本作品を単行本で読んだのですが、文庫版にも載っているそうです。

折れた竜骨 (上・下)

ロンドンから出帆し、北海を三日も進んだあたりに浮かぶソロン諸島。その領主を父に持つアミーナは、放浪の旅を続ける騎士ファルク・フィッツジョンと、その従士の少年ニコラに出会う。ファルクはアミーナの父に、御身は恐るべき魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げた…。いま最も注目を集める俊英が渾身の力で放ち絶賛を浴びた、魔術と剣と謎解きの巨編!第64回日本推理作家協会賞受賞作。 (上巻 : 「BOOK」データベースより)
自然の要塞であったはずの島で、偉大なるソロンの領主は暗殺騎士の魔術に斃れた。“走狗”候補の八人の容疑者、沈められた封印の鐘、塔上の牢から忽然と消えた不死の青年―そして、甦った「呪われたデーン人」の襲来はいつ?魔術や呪いが跋扈する世界の中で、推理の力は果たして真相に辿り着くことができるのか?第64回日本推理作家協会賞を受賞した、瞠目の本格推理巨編。 (下巻 : 「BOOK」データベースより)

いざ本書を読むまで何の前提知識もなかったため、冒頭の「ブリテン島」という単語を見たとき、何なのだ、と思い、本書の惹句を始めて読みました。

そこには「魔術と剣と謎解きの巨編登場!」とあったのです。また目次と「あとがき」を読むと、著者本人の言葉として、以前書いてあった異世界ファンタジーをもとに舞台を獅子心王リチャードの存した十二世紀末の欧州に移し、本書を仕上げた、とありました。

そういう前提があれば納得です。早速読み始めたのですが、いざ読み始めるとその面白さに結局一気に読み終えてしまいました。

もともと、アーサー王の物語をあげるまでもなく、騎士の物語は好きでしたし、ファンタジーは尚更です。その中世を舞台にした剣と魔法の物語自体が私を惹きつけました。それだけ物語自体が面白かったのです。

それに加えて謎解きの要素が入っているのですから、第64回日本推理作家協会賞、第11回本格ミステリ大賞候補、第24回山本周五郎賞候補という受賞歴を見ても、ファンタジー好きのみならずミステリーファンを惹きつけたというのはよく分かる話です。

ソロン諸島の領主が魔術の使い手に殺されるという事件が起きます。領主の娘アミーナは、騎士ファルクとその従士である少年ニコラの力を借りて、剣と魔法の世界で領主殺しの犯人をつきとめるために奔走するのでした。

本書は、推理小説として分類すると、私が得手とするものではない本格派の推理小説ということになるのだと思います。しかしながら、本書はそんな私もつい引き込まれてしまうほどの面白さを持った小説でした。

本来、謎ときのために現実感を書いた舞台設定がされ、犯罪動機などは二の次である本格派と言われる小説ですが、本書の場合、舞台は剣と魔法の国であり、そもそも舞台設定自体が現実感などない点であることがその原因の一つだと思われます。

というよりも、剣と魔法の物語としての面白さがあり、そこに推理小説としての謎ときの要素が付加されていると言ったほうがいいのかもしれません。

そもそもこの作者の『王とサーカス』や、より本格派の要素の強い『インシテミル』もそうですが、物語としての面白さ、つまりはストーリ展開の面白さが強いのです。本書もその例に漏れずストーリー展開の面白さを十分に楽しめる小説でした。

なお、本作品は佐藤夕子氏の画により、ファミ通クリアコミックスから現在のところ第四巻まで出版されているようで、なお終了はしていないようです。(2018年2月14日現在)

インシテミル

「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給十一万二千円がもらえるという破格の仕事に応募した十二人の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それはより多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった―。いま注目の俊英が放つ新感覚ミステリー登場。(「BOOK」データベースより)

非常にゲーム性の強い、本格派の推理小説です。

十二人の男女が時給十一万二千円というアルバイト広告に魅かれて集まります。地下に設けられた「暗鬼館」というゲーム用の専用部屋で、一週間の間ただ何もしないでいれば千八百万円を超える金が各自に入るというのです。

しかし、自分以外の者を殺害した者は報酬が二倍、などと設けられたルールは異常としか言いようのないものでした。事実、三日目に入ると参加者の一人の射殺死体が見つかり、残された者は恐怖の時を迎えることになります。




本書のような頭脳ゲームを「本格派」の推理小説と読んでいいものかどうか、私にはわかりません。しかし、ある事件の起きた理由や、誰によって、どのように為されたかなどの、犯行結果に至る過程のロジックを重視する小説作法が本格派というのであるのならば、論理を追及して犯人を探すという本書の流れは「本格」と呼ぶにふさわしいと思います。

謎ときのための謎、そのための物語環境の設定ということに違和感を感じ、「本格派」を物語としては不自然なものと思っていた私です。しかし、本格派の推理小説を忌避していたとは言っても、よく考えてみると横溝正史の『金田一耕介シリーズ』はほとんど読んでいますし、高木彬光や泡坂妻夫なども好んで読んでいたのでした。

そこであまり作品世界に入れなかった作品を思い出してみると、綾辻行人の『霧越邸殺人事件』や東野圭吾の『仮面山荘殺人事件』などが挙がります。とすれば、いわゆる「クローズド・サークル」というミステリ用語で表される作品が苦手だったのかもしれません。

でも、同様にゲームそのものと言ってもいい内容の 貴志祐介の『クリムゾンの迷宮』はとても面白く読んでいるのですから、自分でも曖昧だと思います。

結局、「本格」と「新本格」と呼ばれていた一連の作品との差異もよく分からない私は、「クローズド・サークル」という言葉云々の前に、感覚的に好きか、そうではないのかということだけのようです。

つまりは小説のジャンルではなく、個々の作品自体の持つ人間ドラマの展開の仕方、その描き方によって私の好みかどうかに分かれるのだろうという、至極普通の結論に至りました。

その点、本書はこの作者らしい論理を前面に押し出した物語で、十二人のゲーム参加者の行動を緻密に追及しつつ、現実に起きた殺人事件の謎を解くことと、極限状況に置かれた参加者たちがいかなる行動をとるかという点で興をそそられる作品でした。

この十二人の参加者のゲームという点では、 冲方丁 の『十二人の死にたい子どもたち』という作品があります。この作品も特定状況が作り出された、本格派の推理小説でした。

廃業し空き家になった病院に、ネット上で知り合った十二人の子供たちが安楽死をするために集まりますが、安楽死の予定の場所には既に一人の少年の死体が横たわっていました。十二人の少年少女たちの、このまま安楽死を続行し続けるべきかどうかの話し合いが始まります。

この作品も、登場人物たちの行動を緻密に追いかけて発生した殺人事件の犯人を捜し出すとともに、それぞれの行動に関心が集まるような仕掛けになっていて、私の好みとは少しずれはしたものの、それなりに面白い作品でした。

満願

「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが…。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞。

読むたびに異なる顔を見せる米澤穂信という作家ですが、本作はまた、人間の闇の部分を描き出す、少し恐怖感が入った短編小説集です。

本書は第27回山本周五郎賞を受賞し、更に、ミステリが読みたい!2015年版国内編、週刊文春ミステリーベスト10・2014国内部門、このミステリーがすごい!2015年版国内編のそれぞれにおいて1位を取り、第151回直木三十五賞の候補作品となり、第12回本屋大賞では7位に入っている実績を残しています。

第一話「夜警」は、交番に配属された新人警官についての話です。何となく不安を抱かせる印象があった新人警官は、刃物を振り回し暴れる夫に対しけん銃を発射し殺害するも、自らも殺されてしまいます。しかし、その死の間際に「こんなはずじゃなかった。上手くいったのに」と繰り返していたのです。

殉職した警官について語られる話から見える人となりは、殉職した警官の姿とは重なりませんでした。そして、彼の最後の一言の裏に隠されていた真実が明かされるのです。

第二話「死人宿 」は、突然いなくなった恋人の佐和子を見つけた山奥の温泉宿での話です。その宿は『死人宿』と呼ばれるほどに年に一人か二人の死者が出る温泉宿で、自分が泊まったその晩も温泉の脱衣所に一通の遺書を見つけるのでした。

その遺書は誰が書いたものなのか、主人公は佐和子に頼まれて遺書の持ち主を探し、見つけるのですが。ホラーチックなミステリーです。

第三話「柘榴 」は、誰しも認める美貌の持ち主であるさおりの物語です。父親の反対にも拘わらず佐原成海と結婚し、夕子と月子という娘を得たさおりでしたが、佐原成海は父親の言う通りの男でした。結局は離婚ということになりますが、佐原成海は親権を渡そうとはしないのです。

ホラーと言っていいものか疑問はありますが、人間の心に潜む怖さを描き出した作品です。

第四話「万灯」は、一人の商社マンの物語です。バングラデシュで天然ガスの開発を手掛けていた井桁商事の伊丹は、開発に反対しているボイシャク村のアラムという男に手を焼いていた。ある日呼び出しを受けその村へ行くと森下という日本人が待っていたのです。

主人公は道を踏み外します。ただ、人間の心はそう単純なものではなく、自分の犯した行為の意味に押しつぶされそうになる主人公です。ホラーとは言えないと思いますが、微妙な違和感を残す物語でした。

第五話「関守」は、伊豆半島の「死を呼ぶ峠」とのうわさがある桂谷峠の物語です。主人公は取材のためににやってきましたが、そこには古びたドライブインがあるだけです。主人公はそこにいる婆さんから話を聞くしかないのでした。

ストレートなホラーで、恐怖ものの一つのパターンに乗った作品とも言えそうです。でも、真実を明らかにしていく過程の読みごたえはさすがのものがありました。

第六話「満願」は、自分が弁護士になる前に下宿をしていた鵜川家の嫁の鵜川妙子の物語です。彼女は一審では争いながらも、控訴を取り下げ、一審の下された殺人の罪で服役していたのです。

鵜川妙子は何故に控訴を取り下げたのか。ほんの小さな事実からその理由を解明していくのですが、仕掛けの名手の作品というしかない作品でした。

全般的に不気味な雰囲気を漂わせた作品が収められています。そのホラー感の濃厚な中にも丁寧な仕掛けが施された作品ばかりで、読み手の、仕掛けにはまった爽快感を感じさせてくれる見事な作品集だと言えるものでした。

こうしたトリックのうまさで言うと、近年では『傍聞き』が挙げられます。この作品を著わした 長岡弘樹という作家も、本書の米澤穂信と同様に仕掛けのうまさが光る作家であり、この作品集も心理的なトリックの上手さが光る短編集です。

また、本書のような切れのあるトリックが仕掛けられた短編集ではなく、巧妙に張り巡らされた伏線が絶妙な、まるで手品を見ているような印象の作家として、泡坂妻夫という人がいます。作品数も多数あるので一冊と絞るのは難しい上に、私が読んだのが二十年以上も前になるのではっきりとは覚えていないのですが、『乱れからくり』などは期待を裏切らない作品だと思います。右のリンクは文庫版ですが、廉価なKindle版もあります。

王とサーカス

二〇〇一年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から海外旅行特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王をはじめとする王族殺害事件が勃発する。太刀洗はジャーナリストとして早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり…。「この男は、わたしのために殺されたのか?あるいは―」疑問と苦悩の果てに、太刀洗が辿り着いた痛切な真実とは?『さよなら妖精』の出来事から十年の時を経て、太刀洗万智は異邦でふたたび、自らの人生をも左右するような大事件に遭遇する。二〇〇一年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクションにして、米澤ミステリの記念碑的傑作! (「BOOK」データベースより)

「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」と三賞で一位をとるという三冠を達成した長編推理小説です。


この小説は直木賞候補作である『真実の10メートル手前』を書いた米澤穂信の渾身の作品で、短編集『真実の10メートル手前』の表題作『真実の10メートル手前』はそもそも本書の本題に入る前のエピソードとして書かれたものだそうです。( 報道のその先にある真実 : 参照 )

近時この作家の『折れた竜骨』という長編作品を読んでいて思ったのですが、この作家の作品は、特に長編作品は推理小説という観点を抜きにしても、物語がとても面白いのです。本書にしてもミステリーとしての面白さはもちろんありますが、見知らぬ他国でのジャーナリストの冒険譚としての面白さがあるのです。

本書を読んだ当初は、本書はミステリーの謎ときの面での面白さに欠けるのではないか、と感じていました。しかし、それは物語に仕掛けられたトリックの面白さが直接的に感じられる短編小説のイメージと比べていたようです。長編の場合、謎ときの面白さは、叙述トリックなどの場合を除いては、トリックそのものというよりも、物語の流れの中に隠されてしまうからだと思うようになりました。

つまりは、ミステリーとしての面白さの質が違うのではないかということです。

また、本書の場合そもそも主人公である太刀洗万智というジャーナリストの人物造形が非常にうまくいっているということがあります。

本書では、その太刀洗万智が、面会した軍人から投げかけられたテーマがとても大きく、すぐには答えを返すことができません。「知る」そして「伝える」という行為を消化しきれていなかったのです。

自分の記事の「悲劇を娯楽として楽しんでいる側面」、「お前の書くものはサーカスの演し物だ」と言われた時何も返せなかった太刀洗の心象を描き出している本書です。

そうした、駆け出しのフリーのジャーナリストとしての太刀洗万智が、物語の中でその問いを見つけていく様など、成長していく様子もまた魅力になっています。

「報道」ということに関して言うと、 堂場瞬一の『警察(サツ)回りの夏』という、現代のネット社会での「報道」の在り方について深く考えさせられる作品がありましたが、それは、「知る」「伝える」という行為についての問いかけではなく、「報道」のあり方についての問いかけであったと記憶しています。それもエンタメ性がより強い作品であり、本書とはその雰囲気をかなり異にしていました。

夢枕獏の『神々の山嶺』という作品を原作にした谷口ジローの『神々の山嶺』というコミックがあります。そのコミックの冒頭で、ネパールの首都カトマンズの風景が少しだけ描かれていました。

物語自体は本書『王とサーカス』とはまったく関係はないのですが、読んだタイミングが同じ時期だったので、ここに記しておきます。

太刀洗万智は、本作の前に『さよなら妖精』という作品で登場しています。その10年後の太刀洗万智の姿が本書なのだそうで、作者としては『真実の10メートル手前』の表題作をはさんで本作品につながるということだったようです。

ただ、作者による「あとがき」に書いてあるのですが、前作にあたる『さよなら妖精』とは全く関係がない話なので、「『さよなら妖精』をお読み頂いていなくても問題はありません」ということです。

氷菓

いつのまにか密室になった教室。毎週必ず借り出される本。あるはずの文集をないと言い張る少年。そして『氷菓』という題名の文集に秘められた三十三年前の真実―。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”少年・折木奉太郎は、なりゆきで入部した古典部の仲間に依頼され、日常に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことに。さわやかで、ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ登場!第五回角川学園小説大賞奨励賞受賞。(「BOOK」データベースより)

本書は米澤穂信氏のデビュー作で、連作短編の形を借りた長編の青春ミステリー小説で、第五回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しています。

ネットでも面白い青春ミステリ小説だと紹介してあった作品です。確かに、舞台は高校であり、主人公も仲間もその高校の一年生で青春小説であることに間違いはありません。

神山高校の折木奉太郎は、姉の勧めで部員ゼロであった古典部に入部しますが、そこには先に入部していた千反田えるがいました。そして奉太郎の親友の福部里志や、長年の付き合いの伊原摩耶花も入部することになります。

千反田えるの好奇心をきっかけに日常の細かな謎を解き明かしていく奉太郎は、失踪した千反田えるの伯父が絡んだ謎の解明を頼まれます。ところがその謎は、古典部の『氷菓』という題名の文集に隠された秘密につながっていくのでした。

本書は普通の青春小説とは違います。例えば、殆ど冒頭での「俺は鼻を鳴らすことで肯定を示した。」などという文章がそうであるように文章は硬質ですし、最初に示される千反田が閉じめられていた謎の場面のように、謎ときも若干ご都合主義的なところがあります。

こうしたことから違和感を感じながら読み進めていたのですが、中盤を過ぎるあたりから本書のわざとらしさや、大時代的な言い回しは、登場人物の名前も含めて作者の計算だと思えてきました。

本書の主題である古典部の三十三年前の秘密もそうした舞台設定を前提としていて、少なくない場所で本書が推薦されていることにも納得がいきました。

1969年の第61回芥川賞を取っている庄司薫の『赤ずきんちゃん気をつけて』は、一見誰にでも書けそうな普通の文章で主人公の日常が綴られていましたが、本書でも硬質ではありながらも、主人公目線の文章が実に自然で違和感がなく、読みやすい文章でした。

著者本人による「あとがき」には、「六割くらいは純然たる創作で」あり、「どうにもご都合主義っぽい部分が史実だ」とありました。つまり、作者自ら「ご都合主義」ということを書いているわけで、私が感じた違和感も作者の思惑の中だったようです。

読後に改めて考えると、序盤に出てくる千反田の言葉の中にさらりと出てくる「格技場の古さ」など、ちゃんと伏線も張ってあるではないですか。やはり作者の計算が行きとどいている物語だと思わされました。

真実の10メートル手前

真実の10メートル手前 出版社: 東京創元社 (2015/12/21); 単行本: 297ページ
高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める…。太刀洗はなにを考えているのか?滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執―己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、本書のために書き下ろされた「綱渡りの成功例」など。優れた技倆を示す粒揃いの六編。(「BOOK」データベースより)

太刀洗女史が活躍する六編の物語が収められた短編推理小説集で、第155回直木賞候補になった作品です。

「真実の10メートル手前」
行方不明になった一人の女性を、彼女の残した一言だけをもとにその所在を探し当てる話です。
「正義漢」
吉祥寺駅で起きた人身事故を描いた16頁しかない作品です。
「恋累心中」
三重県恋累で起きた高校生の心中事件において、凄腕であったその女性記者は心中事件に隠された事実を暴き出すのだった。
「名を刻む死」
田上良造という男性の孤独死に隠された真実を見つけ出す太刀洗だった。
「ナイフを失われた思い出の中に」
蝦蟇倉市で十三歳の少年が三歳の女の子を刺し殺した事件の取材をする太刀洗が、隠された真実を暴きだします。
「綱渡りの成功例」
台風による水害で孤立してしまった戸波夫妻の救出劇には夫妻の隠された思いがあった。

主人公はフリージャーナリストの太刀洗万智という女性で、彼女が探偵役となって物語は進みます。ほとんどの物語は、特定の個人に関連する何らかの事件があって、それなりの結論が出そうという時に、太刀洗だけはその個人の発した「一言」を頼りに真実を暴き出す、という構成です。

そのロジックが実に小気味いい。彼女の言うロジックが正しいものかどうかの検証までは、私は行いません。例え表面的であったとしても、物語の流れの中で読者を説得できるロジックであればそれでよしとするのです。ということで、本書で太刀洗が述べるロジックが正しいのかどうかは不明です。

太刀洗万智という女性は、もともと米澤穂信の『さよなら妖精』という青春ミステリ小説の登場人物だったのだそうです。古典部シリーズ3作目として書き始められた『さよなら妖精』が、出版レーベルの読者層とのかい離という事態に陥り、他社から出版されることになったとのことです。( by ウィキペディア : 参照 )

その後〈ベルーフ〉シリーズとして『さよなら妖精』の10年後の太刀洗万智の物語『王とサーカス』が出版され、その続編として本書『真実の10メートル手前』に至ることになります。

本書に魅かれる一番の理由は、太刀洗万智というキャラクターの持つ魅力に加え、先にも書いたように彼女の行う推理、その考察の際のロジックの小気味良さにあると思います。

本書より前に太刀洗万智という女性が登場する『王とサーカス』という作品を読むと、太刀洗万智という女性は記者という職業に真摯に向き合い、単に事実を伝えるという行為の持つ真の意味を考察しています。

そうした主人公の、事柄の真の意味を見抜く力が本書でも発揮されており、それぞれの話で小さな事柄からその事実に隠された意味を推し量り、事件の解決に結びつけるのです。

そうした様が読者にうけ、支持を得ているのだ思われます。

長岡弘樹教場 という作品は、警察学校を舞台とした作品です。米澤穂信作品と同様に、日常に潜む謎をテーマとしたミステリー小説として、警察学校内部に対するトリビア的興味は勿論、貼られた伏線が回収されていく様も見過ごせない作品です。