本書『戦場のコックたち』は、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線を舞台にしたあるコック兵の姿を描いた、文庫本で544頁の長編のミステリー小説です。
第154回直木賞、2016年本屋大賞、第18回大藪春彦賞の候補ともなった、ミステリーとしては首をひねるものの、青春小説としては面白いと思った作品でした。
『戦場のコックたち』の簡単なあらすじ
合衆国陸軍の特技兵、19歳のティムはノルマンディー降下作戦で初陣を果たす。軍隊では軽んじられがちなコックの仕事は、戦闘に参加しながら炊事をこなすというハードなものだった。個性豊かな仲間たちと支え合いながら、ティムは戦地で見つけたささやかな謎を解き明かすことを心の慰めとするが。戦場という非日常における「日常の謎」を描き読書人の絶賛を浴びた著者の初長編。(「BOOK」データベースより)
十九歳のアメリカ兵のティムは第二次世界大戦でのノルマンディー上陸作戦に参加しています。
そこで、戦場で一晩で忽然と消えた600箱の粉末卵や、不要となったパラシュートをかき集める兵士、オランダで接収した民家での職人夫婦の死、雪原で聞こえてきた幽霊の音などの謎を探偵役のエドの力を借りて解き明かすのでした。
『戦場のコックたち』の感想
作者の深緑野分は、スピルバーグが制作した映画『プライベート・ライアン』やテレビドラマの『バンド・オブ・ブラザース』を見て、戦争の後方支援に興味を持ったそうです。
そして、「コック兵って他人の命を預かりながら、同時に自分でも銃をとって闘い、二倍大変なんですよ。」と言いつつ、「戦場の中の“ここ”を書きたい」と思ったと言います。
しかしながら、私には何故ヨーロッパ戦線が舞台なのかという疑問が常に付きまといました。
コック兵であるならば、日本兵ではいけなかったのだろうか、何故日本人である作者がアメリカの若者を描く必要があったのか、と思ったのです。
その点を除けば、この作者の想像力、そして創造力には正直脱帽します。
本書『戦場のコックたち』の終わりに掲げられている膨大な資料を見ても、何よりも本文を読んでみてもその努力の跡がうかがえます。
(戦争という非日常の中の)日常に潜む謎を解き明かすと言えば、近頃読んだ作品であるためか長岡弘樹の物語を思い浮かべました。
『教場』にしても、日本推理作家協会賞短編部門賞をとった『傍聞き』にしても、日常に潜む細かな謎を、緻密に張り巡らされた伏線を順次回収しながら解き明かすという、小気味いい物語でした。
また、米澤穂信の『真実の10メートル手前』にしてもこの系統に属すると言ってもいいのではないでしょうか。
この作品は直木賞候補にもなった作品で、太刀洗万智という女性フリージャーナリストの、誰も気にしない「一言」から、その裏にある意味を探りながら真実にたどり着くという、ミステリーです。
本書『戦場のコックたち』をミステリーとしておすすめかと言えば、首をひねります。どうしても謎が戦場で考慮すべきもなのかなどと思ってしまい、物語を平板に感じてしまうのです。
ただ、ここまで書いてきて言うのも変ですが、本書『戦場のコックたち』は、全体として第二次世界大戦の欧州戦線下での若者を描いた物語としてみると読み甲斐のある物語だった、とも思います。
戦争ものの常としての翌日にはいなくなる戦友たちとの交流や、エピローグでのひとくだりなど、一つの青春小説としても読ませる物語だと思えるのです。