本書『黒牢城』は米澤穂信が初めて戦国時代を描いて第166回直木賞の受賞作となった作品で、新刊書で443頁という長編の歴史小説です。
信長に反旗を翻した荒木村重が立て籠もる有岡城を舞台に、地下牢に幽閉された黒田官兵衛の知恵を借り、村重が謎を解くかなり読みごたえのある作品でした。
『黒牢城』の簡単なあらすじ
本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の到達点。『満願』『王とサーカス』の著者が挑む戦国×ミステリの新王道。( Amazon「内容紹介」より)
織田信長に背き有岡城に籠城する荒木村重のもとに説得に訪れた織田方軍師の黒田官兵衛を、村重は土牢に幽閉するように命じた。
織田方襲撃の噂が絶えない中、人質が殺され、討ち取った大将首が表情を変じ、僧侶が謎の死を遂げるなど有岡城内では不可解な出来事が頻発する。
有岡城の存続のために城内の不安を鎮める必要に迫られた村重は、幽閉していた官兵衛を頼るのだった。
「第一章 雪夜灯篭」
人質として差し出されていた安部二右衛門の一子自念を殺さないという村重の命にもかかわらず、自念は何者かによって弓で射殺されてしまう。
しかし、自念が閉じ込められていた納戸は見張りがいて誰も近づくことができず、また雪に覆われた庭には誰も近づいた形跡も無いのだった。
「第二章 花影手柄」
村重らは信長の馬廻りの一人である大津伝十郎長昌の首を挙げたものの、誰も伝十郎の顔を知らず首実検もできず、伝十郎と確認する方法が問われていた。
また、晒されていた四つの首の内の一つの首の表情が一夜にして変化していて、兵たちは罰だと噂していた。
「第三章 遠雷念仏」
村重の隠密として働いていた無辺という廻国の僧とその僧の警護をしていた武将の一人が、宿近くにいた人物は誰も犯人らしきものは見ていないなか殺されてしまった。
「第四章 落日孤影」
前章で死んだ瓦林能登入道に向けて鉄砲が放たれていた事実が判明した。誰が、何のために発砲したのか、村重の探索が始まった。
『黒牢城』の感想
何と言ってもあの米澤穂信が歴史小説を書いた、それも戦国時代を背景に推理小説を書いたというのですから、これは読まないという手はありません。
『黒牢城』の舞台は織田信長に反旗を翻した荒木村重が立て籠もる有岡城であり、中心となる人物は荒木村重とその村重の説得に訪れた黒田官兵衛です。
官兵衛が村重に囚われて地下牢に閉じ込められた話は、織田信長や豊臣秀吉を語るときは必ずと言っていいほどに出てくる逸話です。
そうした逸話を背景に米澤穂信は見事に読みごたえがある本格派の推理小説を構築しています。
この『黒牢城』という物語は、基本的に村重が城内の武将や兵たちの不安を払拭するために謎を解くという形で構成されています。
種々の異変は仏罰によるとの疑念を生み、その疑念はひいては大将である村重への不信につながり、そして落城へと結びつくと考えられます。
籠城する村重にとって、城内で起きる異変は神仏による罰ではないとの証をたてるためにも、原因を突き止めることが必要だったのです。
少なくとも、表面的には村重が謎解きにこだわる理由の第一義はこの点にあると言えます。
本書『黒牢城』では、村重が信長を裏切った理由、村重が有岡城を離れた理由など歴史上不分明な事柄についても作者米澤穂信なりの解釈を施してあります。
その前提として、この時代の武将という存在のあり方、彼らの物の考え方、それに家族というものの在りよう、また当時の宗教、とくにこの時代に忘れてはならない一向宗やキリスト教などについての考察が為されています。
特に宗教の在り方は重要で、本書のポイントの一つになっています。
また本書『黒牢城』の魅力のひとつとして、純粋に歴史小説として見た場合に私が知らなかった事実や言葉、その意味が記されていることがあります。
例えば、「解死人」という制度がそれであり、「殺害事件に関して、直接の加害者の属する集団から、被害者側に差し出された者をさす
」そうです( ウィキペディア : 参照 )。
この「解死人」という制度は、江戸時代に使われた犯罪者を意味する「下手人」という言葉の語源でもあるのことでした。
また、高山右近の父親の高山大慮こと高山友照が有岡城に立て籠もっていた事実も知らなかったことです。
ちなみに、「第二章 花影手柄」は大津伝十郎の大将首についての話ですが、ウィキペディアには大津伝十郎は「病死」とありました。この点本書でも、伝十郎の死は隠された、と整合性をとってあります。
さらには時代小説を読んでいて常々思っていたことでもあるのですが、当時の時刻に関する人々の感覚のことです。
とくに本格派の「謎解き」では明確な時刻の明記が必要と思われるのに、当時の時刻の確認方法では曖昧な時刻しか分かりません。
この点については、「刻限というものは、日のおおよその位置や、あたりの暗さ・・・で知る。
」などの文言に次いで「物事の起こった順序は変わらない
」としていて納得させられました。
本書『黒牢城』では、明確な時刻ではなく事実の時系列を前提に謎解きが為されています。
米澤穂信による丁寧に構築されたミステリーという面白さに加え、新たな時代小説の書き手による魅力的な物語が提示されていると言えます。
とくに、本章『黒牢城』では米澤穂信の描き出すミステリーであり、単に各章ごとに設けられた謎を解いていくだけではない仕掛けもあります。
さすがに第166回直木三十五賞の受賞作となるだけあって、読みごたえのあるミステリー小説でした。