『可燃物』とは
本書『可燃物』は、2023年7月に280頁のハードカバーで文藝春秋より刊行され、王様のブランチでも特集された長編の警察小説です。
王様のブランチでも特集されていて面白く読んだ作品ではありましたが、これまでの米澤穂信の作品と比すると物語としての面白さは今一つでした。
『可燃物』の簡単なあらすじ
史上初4大ミステリーランキング第1位(『黒牢城』)に輝く著者最新作。
余計なことは喋らない。上司から疎まれる。部下にもよい上司とは思われていない。しかし、捜査能力は卓越している。葛警部だけに見えている世界がある。
群馬県警を舞台にした新たなミステリーシリーズ始動。群馬県警利根警察署に入った遭難の一報。現場となったスキー場に捜査員が赴くと、そこには頸動脈を刺され失血死した男性の遺体があった。犯人は一緒に遭難していた男とほぼ特定できるが、凶器が見つからない。その場所は崖の下で、しかも二人の回りの雪は踏み荒らされていず、凶器を処分することは不可能だった。犯人は何を使って“刺殺”したのか?(「崖の下」)
榛名山麓の〈きすげ回廊〉で右上腕が発見されたことを皮切りに明らかになったばらばら遺体遺棄事件。単に遺体を隠すためなら、遊歩道から見える位置に右上腕を捨てるはずはない。なぜ、犯人は死体を切り刻んだのか? (「命の恩」)
太田市の住宅街で連続放火事件が発生した。県警葛班が捜査に当てられるが、容疑者を絞り込めないうちに、犯行がぴたりと止まってしまう。犯行の動機は何か? なぜ放火は止まったのか? 犯人の姿が像を結ばず捜査は行き詰まるかに見えたが……(「可燃物」)
連続放火事件の“見えざる共通項”を探り出す表題作を始め、葛警部の鮮やかな推理が光る5編。(内容紹介(出版社より))
目次
『可燃物』の感想
本書『可燃物』は、群馬県警の捜査員を主人公とした、謎解きをメインとした短編の警察小説集です。
短編小説であるためか、米澤穂信の推理小説としてはストーリーの展開に今一つ魅力を感じずに終わってしまいました。
もちろん、各短編での謎解きそのものは決して面白くないなどというべき話ではなく、その意外性など惹かれるものはありました。
ただ、いわば正統派の推理小説のようなトリック重視の作品と感じられ、例えば米澤穂信の『真実の10メートル手前』で感じたような、短編小説なりのストーリー性をあまり感じることができなかったのです。
本書『可燃物』の特殊性を見ていくと、まず第一に、本書の探偵役が警視庁ではなく群馬県警に所属しているという点があります。
県警が舞台となる作品は少なからずの作品があってそれほど特殊だとは言えないでしょうが、それでも一応の特色として挙げることができると思います。
この県警を舞台とする作品としては、まずは何かと警視庁との仲の悪さを言われる神奈川県警を舞台にした笹本稜平の『越境捜査シリーズ』があります。
他に今野敏の作品群でも、『隠蔽捜査シリーズ』では主人公の竜崎伸也が神奈川県警へと異動になっていますし、『横浜みなとみらい署シリーズ』なども神奈川県警が舞台になっています。
また、佐々木譲は『北海道警察シリーズ』など、北海道を舞台にした警察小説を多く書いておられます。
第二に、主人公の葛警部の性格設定がかなりユニークです。
他人におもねることをしないのはもちろんですが、まずは事件解決を優先し、捜査の意味の説明などはあまりなく、部下や所轄の警察官を厳しめに働かせているようです。
近時の警察小説では、先にも出てきた今野敏の作品などのように組織としての警察、チームとしての協同作業が描かれることが多いように思われます。
その点、本書ではまずは主人公の葛警部がいて、他の捜査員は葛警部の駒に過ぎないようです。
そして第三に、本書『可燃物』は物語としてはいわゆる安楽椅子探偵(アームチェアディテクティブ)と呼ばれる事件解決の手法を採っていると言えます。
ただ、本書の探偵役の葛警部は自ら捜査に乗り出すことが多く、純粋な安楽椅子探偵とは言えません。
でありながらも、自身の捜査は事件解決のため、つまりは自分の推理のための資料を集めているのであり、結局は居ながらにして問題を解決するという安楽椅子探偵類似の思考方法を見せてくれています。
その問題解決の中で如何にしてその事件を実行したかといういわゆるハウダニット、何故そのような犯行に及んだのかというホワイダニットなどの謎を解き明かし、事件の真相を暴いていくのです。
さらに第四として、以上のような主人公や物語の世界観が、著者米澤穂信のこれまでの作品群からすると若干異なるということも挙げられるかもしれません。
そして、本書が警察小説であることも、本書の惹句に「著者初の警察小説」とあるようにこの作家にとって初めてのことです。
以上のような独特な立ち位置にある本書ですが、個人的には、米澤穂信という作家の作品群の中ではあまり評価は高くありませんでした。
それは、ひとつには先に述べた本書のユニークさで主人公の安楽椅子探偵的な問題解決が描かれている点が、物語としての小説の面白さをあまり感じなかったという点にあります。
もともと私は、小説にはストーリー性を求める傾向にあり、だからこそ本格派の推理小説も若干苦手としています。
しかしながら、謎解きという点ではさすがに米澤穂信の作品というべきであり面白かったのですが、本書はそのストーリー性にかけると感じたのです。
その点では同じ謎解きの短編小説集でも、第155回直木賞の候補作にもなった米澤穂信の『真実の10メートル手前』のような作品を好むのです。