『精霊の守り人』とは
本書『精霊の守り人』は『守り人シリーズ』の第一弾で、1996年7月に偕成社からハードカバーで刊行され、2007年3月に新潮文庫から恩田陸氏と神宮輝夫氏の解説まで入れて360頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。
日本人が書いた日本にルーツを持ったファンタジーとして評価された作品の中の一つであり、大人気シリーズの第一巻目となる作品です。
『精霊の守り人』の簡単なあらすじ
老練な女用心棒バルサは、新ヨゴ皇国の二ノ妃から皇子チャグムを託される。精霊の卵を宿した息子を疎み、父帝が差し向けてくる刺客や、異界の魔物から幼いチャグムを守るため、バルサは身体を張って戦い続ける。建国神話の秘密、先住民の伝承など文化人類学者らしい緻密な世界構築が評判を呼び、数多くの受賞歴を誇るロングセラーがついに文庫化。痛快で新しい冒険シリーズが今始まる。(「BOOK」データベースより)
『精霊の守り人』の感想
本書『精霊の守り人』は、短槍使いのバルサという女性を主人公とした長編のファンタジー小説です。
著者の上橋菜穂子が抱いていた「異界が、人の生きる世界に近々と重なって存在している世界
」( 偕成社「守り人」シリーズ 公式サイト : 参照 )というイメージをもとに構築された世界で主人公たちが生き生きと動き回る、十分な面白さを持った物語です。
三十歳の女性の槍使いという設定も独特なものですが、「<精霊>や<神>に思える存在がうごめく異界
」が自分たちの生きる世界の隣に存在している世界、という物語世界もまた魅力的です。
ただ、『鹿の王』や『香君』などの近時の上橋菜穂子作品を読み終えている今の私には、本書の文章は若干もの足りない印象でもありました。
それは物語世界の造り込みが足りない、ということもあるでしょうし、それ以前の文章そのものの物足りなさもあると思います。
というよりは、作家としての上橋菜穂子の成長の結果の作品が『鹿の王』( 角川文庫全五巻 )や『香君』( 文藝春秋上下二巻 )だと言えるでしょうから、それは読者にとっても幸せなことだというべきなのでしょう。
そうしたことを前提に上橋菜穂子の初期の作品である本シリーズの第一作である本書『精霊の守り人』を見ると、主人公バルサというキャラクターもとても魅力的で、一気に読み終えてしまったのも当然だと思えます。
まず、何の説明もないままに主人公の女性がとある事件に巻き込まれる場面からこの物語は始まります。
この場面だけで主人公の女性は異国生まれの三十歳のバルサという名の手強い短槍使いであり、この場所は青弓川にかかる鳥影橋の上であって、上流の山影橋からこの国の第二皇子が川に落ちた皇子が何か奇妙な現象に巻き込まれていることが分かります。
続いて始まる第一章で、この国が王制が敷かれている新ヨゴ皇国という名前であり、バルサが助けた第二皇子の名はチャグムと言ってその身体に何か起きていること、そしてその異変のために父王からチャグムが殺されようとしていることなどを聞かされるのです。
そして、チャグムの母親である二ノ妃からチャグムの用心棒を頼まれることになります。
青霧山脈や青弓川などの名称から、まるでトールキンの『指輪物語』( 評論社文庫 )に出てきそうなファンタジー小説にありそうな名称の世界であり、主人公が槍使いの名手であることなどが第一章の始めまでに示されるのです。
本シリーズでは、主人公たちが日々の生活を送っているサグという世界と、ナユグという目に見えない精霊の世界とが重畳的に存在しているという、ユニークな世界観を有しています。
さらに登場するキャラクターも魅力的で、ファンタジー小説に対して拒否感を持つ人でない限りは誰もが本書のとりこになるだけの作品だと思います。
キャラクターと言えば、主人公バルサの他に、本書での救出当時は新ヨゴ皇国の第二皇子だったチャグムが本シリーズのもう一人の主人公ともいえる存在になるそうです。
また、バルサの幼馴染の呪術師タンダやその師匠のトロガイ、父の親友でバルサの槍の師匠だった短槍の達人ジグロといった魅力的に人物たちが登場します。
一方、新ヨゴ皇国の側にも現時点ではシリーズ内でどのような立場になるのかよく分からない、星読博士のシュガという人物も登場します。
こうして、著者自身による文庫本あとがきによれば、著者すらもこれほど長く書き綴るをは思ってもいなかったという物語が始まるのです。
日本初のファンタジーとして、非常に面白い物語で、是非読んでみることを勧めします。