『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』とは
本書『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』は『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第十三弾で完結編でもある、2022年8月に文庫本書き下ろしで刊行された長編の時代小説です。
『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』の簡単なあらすじ
宝暦元年に浅草田原町に江戸店を開いた五鈴屋は、仲間の尽力を得て、一度は断たれた呉服商いに復帰、身分の高い武家を顧客に持つことで豪奢な絹織も扱うようになっていた。だが、もとは手頃な品々で人気を博しただけに、次第に葛藤が生まれていく。吉原での衣裳競べ、新店開業、まさかの裏切りや災禍を乗り越え、店主の幸や奉公人たちは「衣裳とは何か」「商いとは何か」、五鈴屋なりの答えを見出していく。時代は宝暦から明和へ、「買うての幸い、売っての幸せ」を掲げて商いの大海へと漕ぎ進む五鈴屋の物語、いよいよ、ここに完結。(「BOOK」データベースより)
宝暦十四年(1764年)弥生十一日、幸と菊枝は吉原きっての大見世の大文字屋の楼主である市兵衛から誘われ、吉原の花見に来ていた。
二人は、吉原の真ん中を貫く大通りである「仲の町」に移植された、人の手で揃えられた桜並木に感嘆の吐息を漏らしていた。
ただ、高尾太夫のいた三浦屋も今はなく、揚屋も町の名前にその名残を留めるだけになっていて、客層の変化を感じざるを得ない吉原であり、客あっての商売という意味では同じ立場にある幸と菊枝であった。
帰り道に聞こえてきた五鈴屋の衣裳を着る予定の歌扇の唄声に、今のままの歌扇では花魁からも芸者からも疎まれて潰されるだろう、という市兵衛の声が聞こえてくるのだった。
『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』の感想
驚いたことに、本書『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』をもって本『あきない世傳 金と銀シリーズ』も終わりだそうです。
本書を手に取り、その裏表紙に「いよいよ、ここに完結」という文字を認め、初めて本書が完結編だということを知りました。
しかし、本書を読み進めながらも本巻をもって完結ということがなかなかに納得できません。
というのも、本書序盤早々に、創業八十年を迎えるこの年に八代目徳兵衛の周助の命で鶴七、亀七、松七の手代三人と、天吉、神吉という二人の丁稚が大坂から江戸へとやってくる場面があります。
また、屋敷売りを専らとする五鈴屋の新店を持つことや、孫六織という新たな織物を売り出す考えを温めている幸の姿があって、これからの展開が一段と広がりそうな話の進み方です。
つまりは、これからさらに店を大きくし、人手も増やそうという思惑があって実際に江戸五鈴屋も大所帯となる様子が描かれているのに、完結という言葉が素直には入ってこないのです。
それはともかく本書を見ると、本書『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』では、まずは幸たちの吉原での衣裳比べの催しが開かれます。
そこに五鈴屋の衣裳を着るのが芸者の歌扇であり、対抗場として登場するのがいつもの日本橋音羽屋屋です。
この衣装比べに五鈴屋の出す着物はどんなものなのか、その結果はどうなるのか、が楽しみなのです。
さらには、幸や菊枝は新たな店を出すのですが、その新店舗についてもまた沽券場が絡んだ新たな問題が出てきます。
いつものように、何とかその危機を乗り切ろうとする幸たちですが、そのさまは読みごたえがあります。
また、穂積家の姫君の婚礼装束や嫁荷を五鈴屋に任せるとの申し出や、また人気役者の吉次が欲する吉次の色が染め上がったことなど、喜びごとも訪れます。
しかし、このような思いもかけないありがたい話が舞い込んでくるのはいいのだけれど、この物語ではいつも喜びを打ち壊す不幸ごと、乗り越え難い壁がまた降りかかるのではないかと気になるのです。
そうした気持ちは、それだけこの物語にのめり込んでいるということであり、惹かれているということでしょう。
などと思っていると、すぐに新たな障害が巻き起こります。それもかなりの難題です。幸は、この難題を如何にして乗り越えるのだろうか、と読みながらドキドキしてしまいます。
これまで数々の難題を乗り越えてきた幸であり、みごとに五鈴屋を発展させてきました。
菊枝もまた彼女自身の夢を見事に花開かせ、幸と共に、助け合いながら店も、そして自らも成長しているのです。
そして、強く生きてきた幸の「買うての幸い、売っての幸せ」という思いを見事に果たしてこの物語を終えることになります。
本書『あきない世傳 金と銀(十三) 大海篇』においても、高田郁の文章はいつもながらに硬質な印象を受けながらも情感豊かに物語を紡ぎ出していました。
その文章、物語に惹かれて本『あきない世傳金と銀 シリーズ』もまた前の『みをつくし料理帖シリーズ』同様のベストセラーになっています。
高田郁が描き出す、大坂から始まり、その後江戸で苦労する一人の娘の成長譚であるとともに、痛快小説でもあるこれらのシリーズは多くの読者に受け入れられました。
その物語も、とりあえずは本書をもってひと段落がつくことになります。
しかし、高田郁という作家はまた新たな物語を私たちの前に届けてくれることでしょう。その日を心待ちにしたいと思います。