本書『夢を釣る: 吉原裏同心抄(五)』は、吉原裏同心抄シリーズの第五弾です。
長期シリーズ物に見られるマンネリの雰囲気が若干ですが見えないこともありません。それでも、多方面に活躍する幹次郎の姿は相変わらずに楽しめる作品です。
廓の用心棒・神守幹次郎は、姉妹の売れっ子見番芸者が、禁忌を犯し客と床入りをしているとの噂を聞く。同時に年の瀬、煤払いの賑やかな吉原で、二人の間抜けな掏摸が捕まる。二つの小さな出来事の陰には、吉原を貶める大胆な企てが蠢いていた。命を懸け大捕物に挑む幹次郎は、苦悩の果てに、新たな使命を心に誓うことになる―。急展開を迎えるシリーズ第五弾。(「BOOK」データベースより)
引手茶屋「山口巴屋」の女将の玉藻の懐妊の知らせがある中、神守幹次郎は局見世の初音のもとにいる桜季を五丁町へと戻す心積もりをしていた。
そうした折、引手茶屋浅田屋出入りの見番芸者の二人が吉原の決まりに反して客と床入りをしているとの話がもたらされる。
また、吉原で掏摸を働き捕まった吉祥天の助五郎らを村﨑同心が取り逃がしてしまうが、すぐに殺害されて発見される事態となった。
村﨑同心によれば、吉祥天の助五郎は中山道筋で押し込み強盗を繰り返してきた赤城の十右衛門一味の下働きをしていたらしかった。
五丁町へ復帰する桜季、吉原の決まり事を破った浅田屋、吉原の操りやすい村﨑同心の復帰、赤城の十右衛門らの押し込み、それに幹次郎の抱える屈託と、いつも以上に忙しく、多方面で活躍する幹次郎の姿が描かれます。
本書『夢を釣る: 吉原裏同心抄』では、多くの出来事が一度に押し寄せますが、吉原自体の一番の事件としては赤城の十右衛門一味が吉原のいずこかを押し込み先としている可能性があることでしょう。
その押し込みを未然に防ごうと調べに走る幹次郎であり、桑平市松でした。
新しいシリーズとなって五作目となる本書ですが、シリーズが新しくなった意味がいまだに分かりません。
確かに、花魁の“薄墨”こと加門麻が、幹次郎と汀女夫婦と共に同じ屋根の下で住むようになりましたが、それ以外のシリーズとしての変化が分からないのです。
ただ、本書で幹次郎の抱える個人的な問題が次巻で対外的に表面化し、それが大きな変化と言えば変化になるのでしょう。
ところが、本『吉原裏同心抄シリーズ』も、次の第六巻をもって一旦終わり、あたらしく『新・吉原裏同心抄シリーズ』として舞台も新たに始まっています。
勿論、江戸吉原の話はそのままに残っており、本シリーズの延長線上にある物語ではあるようです。
本書『夢を釣る: 吉原裏同心抄』は、そんな新しいシリーズに連なる下地を固める物語としての意味もあるようで、これまで吉原で起こってきた数々の事件なども、本書で一応の区切りをつけていると思われます。
ただ、前巻の『木枯らしの: 吉原裏同心抄(四)』で登場していた「公用人」の坂寄儀三郎という人物は本書では全く登場してきませんでした。
前巻での何となく匂わせてあった吉原の敵の存在がどうなるものか、新しいシリーズに引き継がれるものか、本書の時点では何もわかりません。
今後の展開を待つのみです。