佐伯 泰英

吉原裏同心シリーズ

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本書『乱癒えず 新・吉原裏同心抄(三)』は、『新・吉原裏同心抄シリーズ』の第三巻の長編時代小説です。

江戸吉原のために、今は京都祇園に尽くす神守幹次郎の前に禁裏と西国雄藩の影が立ちふさがります。

 

『乱癒えず 新・吉原裏同心抄(三)』の簡単なあらすじ 

 

禁裏の刺客・不善院三十三坊を斬った幹次郎。その直後から、禁裏と、ある西国の雄藩の影が祇園の町にちらつきはじめる。両者の暗い思惑を断つべく幹次郎は、入江同心と共に思いがけぬ場所へと潜入する。吉原では、澄乃と身代わりの左吉の必死の探索によって、吉原乗っ取りを企てる一味の正体へ少しずつ近づくのだが―。いよいよ決戦前夜か、手に汗握る展開!(「BOOK」データベースより)

 

前巻の終わりで、祇園の旦那七人衆のうちの四条屋儀助猪俣屋候左衛門の二人を暗殺した禁裏流の不善院三十三坊を倒した神守幹次郎だった。

その幹次郎は、京都町奉行所目付同心の入江忠助から、金に困っている禁裏の中の誰かと西国大名と手を結び、祇園の金と力を取り込もうと図っているらしい、という話を聞く。

また一力の主次郎右衛門からは、その禁裏のお方とは禁裏御領方の副頭綾小路秀麿卿であり、西国大名が薩摩であることは公然の秘密で、その重臣とは用人頭の南郷皇左衛門だとの話を聞いた。

そして入江と共に函谷鉾の地下蔵がツガルと呼ばれる阿芙蓉窟へと改装されていた様子を確認した幹次郎は、帰り道に襲い来た賊を倒しつつ、一力の主次郎右衛門へと報告をするのだった。

一方、江戸では澄乃が身代わりの佐吉に、老舗の俵屋を潰し、萬右衛門一家を死に追いやるきっかけを作った色事師の小太郎について相談をしていた。

そして共に探索をし、十間川北詰近くで小太郎の住み家と、柘榴の家を襲いおあきを攫おうとしていた三人のうちの兄貴分の亡骸賭を見つけるのだった。

 

『乱癒えず 新・吉原裏同心抄(三)』の感想

 

本書『乱癒えず』では京の幹次郎、そして江戸の澄乃たちのそれぞれの物語がわりと均等に語られています。

京の幹次郎は、入江同心と共に禁裏財政を握る一味と西国のとある大名とが結託した祇園を取り込もうとする勢力と戦っています。

一方、江戸では澄乃が、身代わりの佐吉や桑平同心の力を借り、吉原を狙う一味と対峙していたのです。

 

本書『乱癒えず』でも幹次郎が活躍が描かれていますが、いつものようい幹次郎の姿を主に描き出しているのではなく、遠く離れた江戸の澄乃らの姿もそれなりに描かれていまるからか、何となく物語に違和感が残りました。

でも、やはり物語の主な舞台がこれまで慣れ親しんだ吉原ではなく、京都の祇園を中心とした街並みであるところが違和感の大きな要因だと思われます。

幹次郎の日々の日課からして、祇園社の神輿蔵で目覚めたのち清水寺での羽毛田亮禅老師と共にする読経、産寧坂の茶店のお婆おちかと孫娘のおやすとの水汲みの手伝いなどと、江戸とは全く異なるのです。

 

その上、特に本シリーズでは清水寺や祇園社など由緒ある地名が並び、それに今も名高い祇園祭、正確には祇園御霊会の由来なども述べられており、やはり雰囲気が異なります。

その祇園御霊会の山鉾の一つで、天明の大火で焼失し再建もなっていない「函谷鉾」の蔵がこの物語の中心に絡んできます。

さらには、四条大和小路にある仲源寺の地下蔵で、猪俣屋候左衛門が隠した禁裏と西国雄藩との結びつきを明確にするとある日録を見つけたりもするのです。

こうした江戸とは異なる環境がこれまでとは違い印象を生んでいるとすれば、舞台を京に移した試みは成功していると言えるのでしょう。

 

今後どのような展開が待っているものか、先の見えないこのシリーズですが、江戸吉原の先行きも全く分からないので、さらに先が見えません。

そこに禁裏や薩摩藩が絡み、また幕府倒壊後の思惑まで話が進むとなると、少々展開が大きくなりすぎるのではないかという危惧も持ってきます。

また、同じ佐伯泰英の『酔いどれ小籐次シリーズ』がひらがなの物語(これもこの頃はそうでもないのですが)だとすれば、本シリーズが舞台が京都ということで寺社が絡むためか、物語全体が幹次郎の侍言葉も含め漢字尽くしという印象です。

幹次郎の断トツの強さと共に物語の運びも重くなっているのです。

シリーズ当初はもう少しくだけて読みやすい物語だったと思います。作者の腕に力が入っている様子もあり、もう少し軽めの物語を期待したい気持ちもあります。

 

とはいえ、今後の物語展開は気になるところです。

ストーリーを追うことが目的の印象もありますが、早めの続刊を期待したいものです。

[投稿日]2020年12月17日  [最終更新日]2020年12月17日

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