『沈黙のパレード』とは
本書『沈黙のパレード』は『ガリレオシリーズ』の第九弾で、2018年10月に刊行され、2021年9月に496頁のペーパーバック(文庫)判が出版された長編の推理小説です。
近頃読んだ東野圭吾の作品の中では、ひと昔前の東野圭吾作品のように物語として一番しっくりとし、面白く感じた作品でした。
『沈黙のパレード』の簡単なあらすじ
静岡のゴミ屋敷の焼け跡から、3年前に東京で失踪した若い女性の遺体が見つかった。逮捕されたのは、23年前の少女殺害事件で草薙が逮捕し、無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。町のパレード当日、その男が殺されたー容疑者は、女性を愛した普通の人々。彼らの“沈黙”に、天才物理学者・湯川が挑む!(「BOOK」データベースより)
菊野商店街にある食堂「なみきや」を営む並木夫妻の娘佐織が、遠く離れた町の火災現場から遺体で発見された。
火災で焼失した家は、かつて殺人罪の容疑者として逮捕されたが完全黙秘を貫いて無罪となったことがある蓮沼寛一という男の実家だった。
今回も蓮沼は現場で見つかった作業着から佐織の血痕が検出されたために逮捕されるものの、再び完全黙秘により釈放されてしまう。
そして菊野市の名物の仮装パレードが行われたその日、蓮沼は死体となって発見される。
しかし蓮沼は殺害されたものと思われ、またその現場は密室と言っても良さそうな現場だったのだ。
今では係長となっている草薙俊平は部下の内海と共に事件の解決のために「なみきや」の常連客の一人となっている湯川を引っ張り出すのだった。
『沈黙のパレード』の感想
本書『沈黙のパレード』は、人間の復讐心をきっかけに、平凡な人の心の奥に隠された本当の心情を白日の下に暴き出す東野圭吾らしいミステリーです。
皆から可愛がられ、愛されて育った娘が殺され、両親は勿論、恋人も、また幼いころから彼女の成長を見守ってきた店の常連さんも娘を殺した犯人に対し憎悪を抱くしかありませんでした。
その犯人と思われる蓮沼は、かつて幼子を殺した疑いで逮捕されたものの完全黙秘を通し、自らの罪を認めなかったために裁判を勝ち抜き、国家賠償の金をも手に入れた過去があったのです。
今回も同じように完全黙秘を貫く蓮沼を、両親たちはなんとか罪を認めさせようと策を練るのでした。
本書『沈黙のパレード』ではあらためて言うまでもなく、主人公の天才物理学者である湯川学と今では係長となっている草薙俊平、草薙の部下の内海薫が登場します。
今回の事件の被害者は並木祐太郎・真知子夫婦の娘の並木沙織というデビューを目指していた女子学生です。
並木夫妻の営む食堂「なみきや」の関連の登場人物としては、佐織の妹の夏美、佐織の恋人だった高垣智也、歌手を目指していた沙織の歌唱を指導していた新倉直紀・留美夫妻、並木祐太郎の親友の戸島修作、パレードの実行委員長の宮沢摩耶らがいます。
それに被害者が蓮沼寛一で、この蓮沼の元の同僚で現在のねぐらを貸していた増村栄治。それに、二十数年前に蓮沼に殺されたであろう被害者が当時十二歳の本橋優奈です。
本書『沈黙のパレード』の見どころとしては、まず、佐織の両親やその仲間たちの復讐心に基づく犯行のトリック、さらには湯川による伏線の回収、どんでん返しの妙があります。
この密室に関してのトリックについては、さすがに理系の作者だと感心するばかりです。
また、それに伴う運搬の仕掛けなどについては、若干分かりにくいこともあってあまり言うことはないと言うしかありません。
ただ、この運搬の点に関しては物語の流れに組み込まれているところや、人間関係のありかたに絡んでくるところもあって、さすがなものとは思います。
また、本書『沈黙のパレード』のもう一つのテーマである現代の「裁判」という制度に対する問いかけの点は、黙秘権という権利のありように関するものです。
しかし、この点に関しては本書の主張(?)に同調するものではありませんでした。
黙秘権という権利は犯罪者を擁護するようでありながら、人間の内心を守るという点で日本国民全般に通用する権利だと思うからです。
本書での、黙秘権を行使されたために犯人に罪を課すことができなかった、という事実は、それは黙秘権が行使されたためではなく、警察ないしは検察が被疑者の犯罪行為を立証するだけの証拠を提示することができなかった、ということにほかなりません。
ただ、本書の物語を成立のためには証拠不十分という点を取り上げることはしなくてもいいかとは思います。
もちろん、上記に述べたことも本書の面白さを削ぐものではありません。
ガリレオシリーズらしい湯川の謎解きもいつもどおり感動的ですらあり、終盤のどんでん返しはまさに東野圭吾で、そのどんでん返しにも人間ドラマが展開されているのであって、読み応えのある作品でした。
ちなみに、本書『沈黙のパレード』はいつもの通り福山雅治が湯川を演じ、北村一輝が草薙俊平を、柴咲コウが内海薫を演じて映画化され、2022年9月16日に公開されるそうです。