深緑 野分

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本書『この本を盗む者は』は、一人の女子高校生を主人公とする、新刊書で360頁の長編のファンタジー小説で、2021年本屋大賞にノミネートされた作品です。

全五話の物語ですが、第三話までの話はそのファンタジーとしての世界観がよく分からず、私の好みとは異なる話でした。

 

『この本を盗む者は』の簡単なあらすじ 

 

書物の蒐集家を曾祖父に持つ高校生の深冬。父は巨大な書庫「御倉館」の管理人を務めるが、深冬は本が好きではない。ある日、御倉館から蔵書が盗まれ、深雪は残されたメッセージを目にする。“この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる”本の呪いが発動し、街は物語の世界に姿を変えていく。泥棒を捕まえない限り元に戻らないと知った深冬は、様々な本の世界を冒険していく。やがて彼女自身にも変化が訪れて―。(「BOOK」データベースより)

 


 

本書『この本を盗む者は』では、主人公の深冬が「ブック・カース(本の呪い)」がかかっている御倉家の蔵書が盗まれるたびに、呪いにより変異した読長町の姿を元に戻すために盗まれた本を探す、という形が基本的な構造になっています。

具体的には、本が盗まれ、各話のタイトルになっている呪文が読みあげられるとその呪文に関連した物語の内容に即した呪いが発動するのです。

また、呪文が読み上げられると真白という名の謎の女の子も登場し、主人公深冬の相棒として深冬の手助けをすることになっています。

 

「第一話 魔術的現実主義の旗に追われる」は、雨男のベイゼルと晴男のケイゼルという兄弟の『繁茂村の兄弟』という物語が基本にあり、深冬と真白はは真珠の雨が降る中で盗まれた本を探します。

ちなみに、「魔術的現実主義」とは「“非日常的”なことを“日常的”に描く手法」だそうです。ここで、「“非日常”の割合が“日常”よりも勝っている」と、それはファンタジーとして分類されるとありました。

 

また、「第二話 固ゆで玉子に閉じ込められる」では『BLACK BOOK』という物語が基本になり、「固ゆで玉子」すなわち銃声が飛び交うハードボイルドの物語が始まります。

そして「第三話 幻想と蒸気の靄に包まれる」は『銀の獣』という本を基本とする、イメンスニウムという特殊な金属をめぐる物語です。

この物語で御倉家の蔵書を盗んでいた蛍子という人物が現れ、深冬と真白を翻弄し、蛍子の正体も明らかになります。

「第四話 寂しい街に取り残される」では、読長町に誰もいなくなり、深冬の父まひるが残した茶色のカバーの手帳の秘密も判明します。

そして真白に渡された『人ぎらいの街』というタイトルの物語は、これまでとは逆に今の深冬の状況に酷似していたのです。

最終話である「第五話 真実を知る羽目になる」では、すべての謎が明らかになります。

 

『この本を盗む者は』の感想

 

本書『この本を盗む者は』の登場人物としては、まず主人公の高校一年生の御倉深冬がいて、その父親と父親の妹としてまひるひるねがおり、また深冬が別世界に入ったときに現れる真白という名の相棒的な存在の少女がいます。

他に、蛍子さんとか、春田さんなどの物語の進行に合わせた人物が登場します。

 

本書『この本を盗む者は』の第三話までは、本書に書かれている言葉を借りれば第一話は「真珠雨を降らせる男」の話であり、第二話は「暴力的な夜の世界に生きる孤高の探偵」の話であり、第三話は「不思議な物質を生む獣と蒸気機関」の話だということになります。

読んでいる途中、第三話まではファンタジー小説としての面白さを感じることができず、このような世界での主人公の活躍に対する感情移入など全く感じることができずにいました。

第一話で言うと、ベイゼルとケイゼルという兄弟は何かの寓意なのか、この世界は何かを意味しているのか、などと考えてしまったのです。

しかし第四話、第五話にいたると本書の構造が明らかにされてこれまで貼られていた伏線が回収される過程に入り、ミステリーとしての面白さが発揮されて、やっと本書を面白く感じてきました。

 

冒頭に書いたように、本書『この本を盗む者は』はこの作者の『戦場のコックたち』や『ベルリンは晴れているか』のような作品とは全く異なる、別人が書いたかのような物語です。

 

 

これらの作品は、第二次世界大戦中および直後の欧州を舞台にしたミステリーであり、ファンタジーとは対極にあるかのような作品です。

たしかに、本書『この本を盗む者は』も主人公の御倉深冬が巻き込まれる様々な世界やそれらの世界成立の謎を解明する、という意味ではミステリーとしての側面も持っています。

しかし、歴史的な事実の上に組み立てられた先の二作品とは異なり、本書はファンタジーであってその物語としての構造は全く異なるのです。

 

この点においては、2020年本屋大賞候補作となった知念実希人の書いた『ムゲンのi』という作品とまったく同じ構造であり、その作品についての私の感想までも似たようなものだったと言えます。

この作品は主人公の女医が四人の奇病患者の夢の中に入り、その病を治し、かつ同時期に発生していた連続殺人事件の謎をも解決するというファンタジーミステリーでした。

とはいえ、本書『この本を盗む者は』のほうが読みにくさを感じたのはどういうことでしょう。『ムゲンのi』の方がミステリーとしての仕掛けがははっきりとしていた、というところでしょうか。

ですが、作品の構造としてはほとんど同じといっても過言ではないと思います。

 

 

でも『ムゲンのi』もそうだったのですが、本書『この本を盗む者は』もよく練られた作品だとは思います。

例えば基本的なところでは、御倉家の蔵書が盗まれると呪いにより読長町が変異しますが、本を盗んだ者に対して呪いが発動するのであるのならば、読長町までが変わってしまうのはおかしい筈です。

しかしその点は、本の量が多い現在では呪いも強力になっているため盗んだ冊数にかかわらず読長町全体が変化してしまうと説明されているのです。

こんな細かいところを丁寧に押さえている作品だからこそ皆の支持を受けていると思われます。

 

私の好みとは若干異なる作品でしたが、何といっても本書は2021年本屋大賞にノミネートされた作品です。

そもそも作者の深緑野分という人は先述した二作品共に、直木賞、大藪春彦賞、本屋大賞の候補作となっていて、そしてまた本書も本屋大賞候補となっているほどの作家さんです。

今後の作品にも注目してみたいと思います。

[投稿日]2021年02月05日  [最終更新日]2021年2月5日
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