晩節遍路 吉原裏同心(39)

晩節遍路』とは

 

本書『晩節遍路 吉原裏同心(39)』は『吉原裏同心シリーズ』の第三十九弾で、2023年3月に新潮社から344頁の文庫本書き下ろしで刊行された長編の痛快時代小説です。

神守幹次郎の台詞などが芝居調であることは前巻と同じであり、やはり敵役も結末も含めて今一つの一冊でした。

 

晩節遍路』の簡単なあらすじ

 

吉原会所の裏同心神守幹次郎にして八代目頭取四郎兵衛は、九代目長吏頭に就任した十五歳の浅草弾左衛門に面会した。そして吉原乗っ取りを目論む西郷三郎次忠継が弾左衛門屋敷にも触手を伸ばしていることを知る。一方、切見世で起きた虚無僧殺しの背後に、吉原をともに支えてきた重要人物がいることに気づく幹次郎。覚悟を持ち、非情なる始末に突き進んでいく。(「BOOK」データベースより)

 

晩節遍路』の感想

 

本書『晩節遍路 吉原裏同心(39)』は、新しく吉原会所の八代目頭取四郎兵衛となった神守幹次郎の苦悩する姿が描かれています。

非人頭の車善七に将軍家斉の御台所総用人の西郷三郎次忠継という男が吉原に触手を伸ばしていることを告げた幹次郎は、九代目長吏頭の浅草弾左衛門なる人物に会うようにと示唆されます。

そこで弾左衛門の後見人である佐七と名乗る男と、思いがけなくもさわやかさを漂わせた九代目浅草弾左衛門を継いだ十五歳の若者と面会することになるのでした。

後日幹次郎は、山口巴屋で灯心問屋彦左衛門の名で予約の入っていた佐七と会い、西郷三郎次忠継の本名が市田常一郎であり、家斉正室近衛寔子の実母の家系市田家の縁戚であることなどを教えてもらいます。

また、九代目弾左衛門就任に至るまでの間の西郷一派との確執や、次に西郷一派が狙ったのが色里吉原であることなどの話を聞き、さらには神守幹次郎一人が西郷三郎次忠継を始末することを暗黙の裡に受け止めるのでした。

 

一方、澄乃の心配事は吉原を、特に三浦屋を見張る謎の視線でした。

幹次郎が当代の三浦屋四郎兵衛に糺すと、根岸村に隠居した先代の四郎兵衛の名が浮かんできたのです。

ここに幹次郎は、西郷一派との争いと、先代四郎兵衛との問題を抱えることになるのでした。

 

本書『晩節遍路 吉原裏同心(39)』でも神守幹次郎の吉原裏同心と吉原会所四郎兵衛との掛け持ちは、まるで舞台劇だという前巻『一人二役』で感じた印象がそのままあてはまります。

百歩譲って、例えば神守幹次郎自身の、幹次郎本人が見知った事実を四郎兵衛に伝えるなどの言いまわしを受け入れるとしても、そのことは第三者が裏同心としての神守幹次郎と八代目四郎兵衛としての神守幹次郎とで態度を変えるなどの使い分けをすることまで認めるということにはなりません。

その点への著者佐伯泰英のこだわりはまさに舞台脚本であり、痛快時代小説としてはなかなかに受け入れがたいとしか感じられないのです。

 

前巻から批判的な文章ばかり続きますが、シリーズとしての面白さはまだ持っているという所に佐伯泰英という作者の不思議さがあります。

痛快時代小説としての面白さまで否定することはできず、やはり本シリーズを読み続けるのです。

荒ぶるや 空也十番勝負(九)

荒ぶるや 空也十番勝負(九)』とは

 

本書『荒ぶるや 空也十番勝負(九) 』は『空也十番勝負』の第九弾で、2023年1月に334頁の文庫本書き下ろしで刊行された、長編の痛快時代小説です。

いよいよ本シリーズも終わりに近くなっていますが、なかなか最終の目的地へと辿りつかない空也の姿が描かれる、なんとも評しようのない作品でした。

 

荒ぶるや 空也十番勝負(九)』の簡単なあらすじ

 

祇園での予期せぬ出会い。
そして、薩摩最後の刺客!

京の都。
祇園感神院の西ノ御門前で空也は、
往来の華やかさに圧倒されていた。
法被を着た白髪髷の古老が空也の長身に目をつけ、
ある提案を持ちかける。

姥捨の郷では眉月や霧子たちが空也の到着を待ちわび、
遠く江戸の神保小路で母おこんや父磐音がその動向を案じる中、
空也の武者修行は思わぬ展開を迎えることになる。

そこへ、薩摩に縁がある武芸者の影が忍び寄り……。(内容紹介(出版社より))

 

荒ぶるや 空也十番勝負(九)』の感想

 

本書『荒ぶるや』は『空也十番勝負シリーズ』の第九弾で、前巻『名乗らじ 空也十番勝負(八)』に書いたような「あり得ない強さを持つ主人公の坂崎空也の物語」が続きます。

空也の滝で修行を終えた坂崎空也は、霧子の待つ高野山の麓にある姥捨の郷へはいつでも向かえるのに、何故か足踏みをしています。

ここで、足踏みをする理由はよく分かりません。剣の修行者としての空也にはまだ修行を続けるべきだという勘のようなものが働いたというしかないようです。

 

それどころか、単にその大きい体格が弁慶役にうってつけだというだけで、京の祇園感神院の西ノ御門前において、桜子という名の舞妓の演じる牛若丸の相手である武蔵坊弁慶の役を演じることとなります。

一介の剣の修行者が舞妓の相手をして弁慶役を舞うというそのこと自体、あり得ない筋の運びであり、他の痛快時代小説にはない本シリーズの魅力だというべきなのでしょう。

そうした特異なストーリーをもって読者を引っ張るのですから作者である佐伯泰英の物語を紡ぐ力が素晴らしいというしかありませんし、個人的には何とも評しようがないということでもあります。

 

舞を舞ったその夜は桜子のいる祇園の置屋花木綿に泊ることになった空也ですが、そこでは一力茶屋からのとある座敷の頼みを断れずに京都所司代の牧野備前守忠精の座敷へと招かれることになります。

こうして、空也はまた時の権力者の一人へと知己を広げていき、父親の坂崎磐根の人脈に加え、自分でもその人脈を広げていきます。

こうした設定は、まさに痛快時代小説の醍醐味の一つに連なる展開であり、シリーズの終わり近くにこのような展開になるということは、このシリーズの後のさらなる展開への期待を持たせてくれることにもつながります。

 

本来であれば、空也の滝で修行を終え、姥捨の郷へ向かうはずの空也でしたが、祇園社の氏子惣領である五郎兵衛老から鞍馬山での修行を勧められ、それに従うことになります。

それどころか、五郎蔵老には鞍馬での修行のあとには鯖街道を若狭の海まで行くことをすすめられていて、それに従うことになるのです。

その後の空也は、五郎兵衛老の口利状のおかげで僧兵や法師らの修行の拠点である鞍馬寺の鎮守社由岐神社の宿坊に厄介になって修行を行い、鯖街道へと進むことになります。

 

本書『荒ぶるや 空也十番勝負(九)』では江戸の坂崎家の様子や、多分空也十番勝負の最後の相手になるだろう佐伯彦次郎という武者修行中の若侍についてもほんの少しだけ触れるにとどめてあります。

それだけ、十番勝負が描かれる次巻への期待と、この『空也十番勝負シリーズ』が終了した後の展開への興味とが増すことにもつながるようです。

今は、すでに発売されている『奔れ、空也 空也十番勝負(十)』を早く読みたいと思うばかりです。

神の守り人 (来訪編・帰還編)


神の守り人』とは

 

本書『蒼路の旅人』は『守り人シリーズ』の第五弾で、2003年07月に偕成社からハードカバーで刊行され、2009年8月に新潮文庫から著者のあとがきと児玉清氏の解説まで入れて来訪編と帰還編とを合わせて629頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

『守り人シリーズ』の世界の中で、ロタ王国を舞台として異世界の神を身に宿す一人の少女を救うために立ち上がったバルサの姿が描かれた、国家のあり方と国と民との関係にまで思いを馳せる雄大な物語です。

 

神の守り人』の簡単なあらすじ

 

女用心棒バルサは逡巡の末、人買いの手から幼い兄妹を助けてしまう。ふたりには恐ろしい秘密が隠されていた。ロタ王国を揺るがす力を秘めた少女アスラを巡り、“猟犬”と呼ばれる呪術師たちが動き出す。タンダの身を案じながらも、アスラを守って逃げるバルサ。追いすがる“猟犬”たち。バルサは幼い頃から培った逃亡の技と経験を頼りに、陰謀と裏切りの闇の中をひたすら駆け抜ける。(来訪編 :「BOOK」データベースより)

(帰還編 :南北の対立を抱えるロタ王国。対立する氏族をまとめ改革を進めるために、怖ろしい“力”を秘めたアスラには大きな利用価値があった。異界から流れくる“畏ろしき神”とタルの民の秘密とは?そして王家と“猟犬”たちとの古き盟約とは?自分の“力”を怖れながらも残酷な神へと近づいていくアスラの心と身体を、ついに“猟犬”の罠にはまったバルサは救えるのか?大きな主題に挑むシリーズ第5作。「BOOK」データベースより)

 

神の守り人』の感想

 

本書『神の守り人』は、ロタ王国を舞台に、アファール神の支配するこの世のむこうにある異界ノユークと、ノユークから流れくる川に住まう恐ろしき神タルハマヤが顕現する中でのバルサの冒険が語られます。

前巻の『虚空の旅人』では、シリーズの流れが国家間の関係までをもの組み入れた流れへと大きく変わったのですが、本書では一旦バルサ個人の冒険物語へと戻った印象があります。

でありながら、物語の根底にはロタ王国の南北の対立が存在しており、その先にはロタ王国の併呑を狙う某大国の存在までも見えてくるのです。

そこには、ロタ王国の南の豊饒な気候と海洋取引に裏付けされた豊かな商人たちの存在と、過酷な北部の気候のもと暮らす民の存在がありました。

さらに北部地方には古くからの伝承を守り生き続けている〈タルの民〉らの存在もまた特別な意義が与えられていて、単なる経済面での対立以上のものもあったのです。

 

ロタ王国に近い都西街道の〈草市〉の立つ宿場町で見かけた兄妹を、ヨゴ人の人身売買組織<青い手>から助けようと様子をうかがっているバルサでしたが、<青い手>の一味は何者かに喉を咬み裂かれ、バルサもまた殺されそうになります。

その後、タンダの古い知り合いの呪術師スファルとその娘シハナたちが、バルサが助けようとした兄妹の妹アスラが抱えている秘密をめぐりアスラを殺そうとしていることを知ったバルサは、兄のチキサをタンダにまかせ、自分はアスラを連れて逃亡することを決意するのです。

バルサたちの逃亡を知ったスファルはタンダたちを味方につけるのが得策と考え、アスラをめぐる秘密を明かすことを選択します。

しかし、シハナはタルハマヤの力を借りようと秘密を抱えるアスラを捉えようとしていたのでした。

シハナは、ロタ王国の王室に伝わる伝説のもと北部地方のタルの民と南部大領主たちとの対立に苦しむロタ王室のヨーサム王の弟イーハン殿下に仕えており、バルサたちも王室を巻き込む陰謀に巻き込まれてしまうのでした。

 

本シリーズでは、新ヨゴ皇国、カンバル王国、前巻のサンガル王国、そして本書『神の守り人』でのロタ王国と、舞台として国を変えた冒険が語られてきました。

その上で各話ごとに異世界とこの世とのつながりが語られていましたが、本書でもまた異界ノユークから流れくる川によりもたらされる豊かで滋養に満ちた水がこの世界にも豊かさがもたらされているとの事実が明らかにされます。

ところが話はそれだけにとどまらず、恐ろしい力をもつ異世界の神タルハマヤをこの世に顕現させようと画策する姿が描かれているのです。

そこで重要な役割を果たすのが、サーダ・タルハマヤに仕えたスル・カシャル<死の猟犬>の子孫であるスファルであり、その娘のシハナだったのです。

 

「バルサは己の歩幅でものを考えるからこそ、地を歩む人々の視線と同じ目線で発想している」のですが、「シハナは大きな構図の中の構成物であるというような発想はしない」のです。

こうして本書『神の守り人』では、先に述べたように単にバルサ個人の冒険譚を越えた物語が展開されています。

作者上橋菜穂子の大局的な視点は、本書のようなファンタジー物語においても多面的なものの見方を示しながらも、ファンタジー小説としてエンターテイメント小説としての面白さを持った作品を提供してくれるています。

 

本シリーズも終わりが近くなっています。シリーズの最後の作品を読むのを待ちかねているのですが、読み終えてしまうのが淋しいような、複雑な気持ちにいます。

樹林の罠

樹林の罠』とは

 

本書『樹林の罠』は『北海道警察シリーズ』の第十弾で、2022年12月に353頁のハードカバーで刊行された長編の警察小説です。

主役レベルの佐伯、津久井、小島の三人がいつも同様に個別に動きながら、終盤同じ目的の元協同するその様子は定番であり、変わらずに面白い作品でした。

 

樹林の罠』の簡単なあらすじ

 

轢き逃げの通報を受け、臨場した北海道警察本部大通署機動捜査隊の津久井卓は、事故ではなく事件の可能性があることを知る。それは被害者が拉致・暴行された後にはねられた可能性が高いということだった。その頃、生活安全課少年係の小島百合は、駅前交番で保護された、旭川の先の町から札幌駅まで父親に会いたいと出てきた九歳の女の子を引き取りに向かう。一方、脳梗塞で倒れた父を引き取るために百合と別れた佐伯宏一は、仕事と介護の両立に戸惑っていた。そんな佐伯に事務所荒らしの事案が舞い込む…。それぞれの事件がひとつに収束していく時、隠されてきた北海道の闇が暴かれていくー。(「BOOK」データベースより)

 

津久井卓は覆面パトカーで巡回中に長正寺武夫警部から交通事故発生の連絡を受け、相棒の滝本浩樹巡査長と共に現場へと向かった。

当初は交通事故と思われていたこの事案はその後捜査本部が立てられることになるものの、大通警察署刑事課の佐伯宏一とその部下の新宮昌樹は法律事務所荒らしを担当するように言われる。

小島百合は、退勤のために着替えたところで駅前交番に家出少女が保護されているので行ってほしいとの連絡を受けた。上川と旭川との間にある伊香牛から父親に会いに一人で出てきたというのだった。

 

樹林の罠』の感想

 

本書『樹林の罠』は、相変わらずに窃盗係に据え置かれたまま捜査本部にも参加させてもらえない佐伯を中心として、不可解な交通事故から殺人を疑われる事案を担当する津久井、家で娘を保護する小島のそれぞれがいつものように個別に動き始めるところから始まります。

佐伯と新宮のコンビは本書においても相変わらず「大手柄を立てられるような目立つ事案は絶対に割り振られ」ることはなく、新たに設置される捜査本部へも参加できないでいます。

佐伯らが大通署刑事課配置であることも嫌う幹部がいるためですが、盗犯には佐伯らの小さな事案から重大な事案との関りを嗅ぎ取って評書を受けてきた佐伯らの経験が必要だと考える幹部もいるのでした。

この『北海道警察シリーズ』本来の趣旨だった北海道警察を告発するという役目を担った佐伯ら一味に対する旧来の警察内部勢力がいまだ生きていることの証でしょうし、それに対する佐伯らを擁護する勢力も育っているとも言えるのでしょう。

ともあれ、佐伯たちは今回も捜査本部には参加できず、同時に起きた法律事務所荒らしを担当することになります。

 

当初は法律事務所荒らしの目的はよく分からないでいたのですが、新宮が津久井から聞いた交通事故の被害者の名前をその法律事務所で見つけたところから話が大きく動き始めます。

さらには、小島が担当することになった少女が会いに来た父親のかつての勤務先までもが捜査本部が立てられることになった事件に関連してくるのです。

こうして、最終的にはいつもの三組、佐伯、小島、津久井の三者が一緒になって事件を解決することになるというパターンになっています。

 

この構造は本シリーズの基本的なパターンだと言ってもいいでしょう。

例えば、『密売人』などはそのままあてはまるようですし、未読の『雪に撃つ』も同じだとネット上に書いてありました。

 

 

それ以外の作品にしても、基本はこのパターンであり、ただ、個別に個々人のエピソードなどを絡ませてある点が異なるだけと言えます。

ただ、そのことは本『北海道警察シリーズ』が面白くないというのではありません。

逆に、著者佐々木譲の緻密な描写ともあいまって、シリーズの中心となる三人を描くことでエンターテイメント小説としての面白さを追求しながらも、地道な警察捜査の実態を描いて物語にリアリティーを増すという効果をもたらしています。

それはまさに作者である佐々木譲の筆力がもたらしていると言えると思います。

 

また、本シリーズは稲葉事件から始まっていることからも分かるように、その後も時代を反映したシリーズと言えるのですが、本書ではまずはコロナ禍での日常を前提とした捜査が描かれている点が挙げられます。

さらには、一部で話題の山林の個人購入の話題が取り上げられており、山林売買に絡む詐欺がテーマだと言えるでしょう。

そうした時代性を持ったシリーズとしてあることも魅力の一つとして挙げることができると思います。

 

冒頭に書いたように、本書『樹林の罠』は『北海道警察シリーズ』第十弾となる作品です。

私の記憶では本『北海道警察シリーズ』は全十話を目標に始まったということを作者が語っていたと思います。その十話目が刊行されたのですが、本当に本シリーズは終わるのでしょうか。

著者自身が「続けようと思えば、それ以上やっていける気はします。」( BookBang : 参照 )と言われているのですから、是非続けてほしいと思います。

佐伯や津久井、小島らの活躍を今後も読ませてほしいと切望します。

虚空の旅人

虚空の旅人』とは

 

本書『虚空の旅人』は『守り人シリーズ』の第四弾で、2001年08月に偕成社からハードカバーで刊行され、2008年7月に新潮文庫から著者のあとがきと小谷真理氏の解説まで入れて392頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

『夢の守り人』に続く『守り人シリーズ』の第四弾である本書は、新たにチャグムを主人公とした作品である「旅人シリーズ」の開始作品でもある、新たな展開が面白い作品でした。

 

虚空の旅人』の簡単なあらすじ

 

隣国サンガルの新王即位儀礼に招かれた新ヨゴ皇国皇太子チャグムと星読博士シュガは、“ナユーグル・ライタの目”と呼ばれる不思議な少女と出会った。海底の民に魂を奪われ、生贄になる運命のその少女の背後には、とてつもない陰謀がー。海の王国を舞台に、漂海民や国政を操る女たちが織り成す壮大なドラマ。シリーズを大河物語へと導くきっかけとなった第4弾、ついに文庫化。(「BOOK」データベースより)

 

虚空の旅人』の感想

 

本書『虚空の旅人』は、主人公がチャグムへと変わり、物語もサンガル王国を舞台に冒険活劇が展開されます。

 

これまではバルサを中心として、バルサの働きを描く冒険活劇の側面が大きい作品でしたが、本書ではそうした流れから一変し、主人公は新ヨゴ皇国の皇子であるチャグムとなります。

そのことは当然のことですが物語の流れも異なってきます。

つまり、これまでは短槍使いのバルサ個人の冒険活劇小説としての色合いが濃い物語だったのですが、本書からは国同士の思惑が絡み合うダイナミックな物語へと変貌し、個人の物語から国同士の戦いの話へと変化していくのです。

もちろん、これまでのシリーズの一巻から三巻までの物語が重要な意味を持ってくることになるし、それらのエピソードの上に新しい視点の物語が展開されていくことになります。

 

父王から疎まれているチャグムは、新ヨゴ皇国の南に位置する海洋王国であるサンガル王国の「新王即位ノ儀」に出席を命じられます。

サンガル王国の王家の出自は海賊であり、海をその生活の場とする海洋国家でした。

星読博士のシュガと共に、サンガル王国へと向かったチャグムは、新王となるカルナン王子やその弟のタルサン王子らに拝謁します。

そこに「ナユーグル・ライタの目」となったという娘のエーシャナが連れてこられます。サンガル国の言い伝えでは海の底の異世界ナユーグルに住むというナユーグル・ライタの民が地上の民の子を通して地上の様子を探るというのです。

この「ナユーグル・ライタの目」は、最終的にはホスロー岬から海へ落とす「魂帰し」という儀式が行われることになっていました。

一方、そんなはるか南の大陸のタルシュ帝国は、サンガル王国へ侵略手掛かりを作っていました。

カルシュ島の「島守り」であり、サンガル王の長女であるカリーナ姫を妻に迎えているアドルや、ノーラム諸島の島守りで次女のロクサーナを妻に迎えているガイルらを支配下に収め、サンガル王国を裏切りらせる段取りを整えていました。

そんな時、タルシュ帝国はサンガル王国の南端の島の近海まで軍船を進めていたのです。

 

作者上橋菜穂子によると、これまではシリーズ化など夢にも思わずに書き綴ってきたものの、本書を書き終えたときは単なる一話完結の物語では済みそうももない「予感」があったそうです。

あくまで「予感」ですから、守り人シリーズの主人公はバルサである以上本書は外伝的な位置づけになるだろうと思い、タイトルも「旅人」としたのだといいます。

結果として、「守り人」と「旅人」は、やがて『天と地の守り人』で交わり、一つの流れとなって完結を向かることになります。

作者は、「多くの異なる民族、異なる立場にある人々が、それぞれの世界観や価値観をもって暮らす世界」を具現化したいと思っていたそうです(以上 文庫版あとがき「全十巻への舵を切った物語」: 参照)。

そして、そうした作者の思いは十分に反映されている物語としてこの物語がここに完成しているのです。

 

本シリーズの魅力として緻密に構築された世界を舞台としているという点が挙げられますが、本書でもサンガル王国という海洋王国の設定が詳細に為されています。

サンガル王国という島々からなる王国は、その島々に王家ゆかりの女性を嫁がせて「島守り」として海の守りを固めていて、この女性らが連携して島々の王家に対する忠誠を守っているという仕組みを持っています。

さらには、船に住まい、海をその生活の場とする自由の民もいて王家とは良好な関係を保っていたのです。

また、新たに異世界としてナユーグルがあり、そこのナユーグル・ライタという民は「ナユーグル・ライタの目」という存在を通して地上を知るという言い伝えを設けています。

こうした新たな国を舞台としてチャグムの冒険が始まるのです。

 

これまでのバルサの冒険とはまた異なりますが、より対極的な視点を持つこの物語もまた心躍る物語でした。

カットバック 警視庁FCII

カットバック 警視庁FCII』とは

 

本書『カットバック 警視庁FCII』は『警視庁FCシリーズ』の第二弾で、2018年4月にハードカバーで刊行され、2021年4月に528頁で文庫化された、長編の警察小説です。

今野敏の作品らしくユーモアにあふれて非常に読みやすく、他のシリーズ作品とコラボしている楽しい作品になっています。

 

カットバック 警視庁FCII』の簡単なあらすじ

 

人気刑事映画のロケ現場で出た本物の死体。
夢と現のはざまに消えた犯人を追え。

警視庁地域総務課の楠木肇(くすき・はじめ)は、普段はほとんどやる気のない男。しかし、事件となると意外な才能を発揮する。
楠木が所属する特命班「FC(Film Commission)室」には、地域総務課、組対四課、交通課から個性的な面々が集まっている。

FC室が警護する人気刑事映画のロケ現場で、潜入捜査官役の俳優が脚本通りの場所で殺された。
新署長率いる大森署、捜査一課も合流し捜査を始める警察。
なんとしても撮影を続行したい俳優やロケ隊。
「現場」で命を削る者たちがせめぎ合う中、犯人を捕えることができるのか。

人気シリーズ「隠蔽捜査」の戸高刑事も登場!(内容紹介(出版社より))

 

カットバック 警視庁FCII』の感想

 

本書『カットバック 警視庁FCII』は、警視庁に置かれたフィルムコミッション(FC)室所属のメンバーが、自分たちが担当した映画の撮影現場で起きた事件を解決するエンターテイメント小説です。

ここで言うFCとはフィルムコミッションの略で、FC室は映画やドラマのロケ撮影に対して便宜を図る警視庁の特命部署です」。( 担当コメント : 参照 )
 

また、「カットバック」という言葉は映画に関連しては「二つ以上の異なった場面を交互に切り返すこと」ということを意味します( weblio国語辞典 : 参照 )

ただ、本書で異なる場面が切り替えられていたかというとそうした記憶はなく、ざっと読み返してもそうは読めませんでした。

ということはこのタイトルの「カットバック」という言葉は、私の読み方が浅いだけで、単に映画用語として取り上げられているだけかもしれません。

 

本書『カットバック 警視庁FCII』の登場人物のうちFC室のメンバーとしては、室長として元通信指令本部の管理官の長門達男がいて、他にマル暴の山岡諒一、交通部都市交通対策課の島原静香、交通部交通機動隊の服部靖彦、それに地域総務課所属の楠木肇がいます。

さらに、後述の人物たちも忘れてはいけません。

 

本書の見どころはまずは物語の舞台が映画の撮影に関連しているということを挙げるべきでしょうが、特徴として取り上げていいかといえば若干の疑問があります。

ただ単に犯行現場や関係者が映画関係者たちだったというべきように思えるのです。

それよりも見どころとしては、主役である無気力な楠木(クスキでありクスノキではないそうです)がひらめきを見せて事件を解決に導くところを挙げるべきでしょう。

また、FC室のメンバーそれぞれの個性も本書に関心を向けることに役立っています。

 

とは言っても、本書の一番の魅力は舞台が大森署だということです。

大森署は『隠蔽捜査シリーズ』の舞台であった警察署であり、かつては竜崎伸也が署長として勤務していましたが、竜崎が異動した現在は『署長シンドローム』の主役である藍本小百合が署長として勤務している警察署なのです。

本書『カットバック 警視庁FCII』でも藍本署長が登場し捜査現場で天然ぶりを発揮していますし、何よりあの戸高刑事が中心となって殺人事件を捜査しているのです。

加えて、『安積班シリーズ』の警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係係長の佐治基彦警部も登場してくるのですから今野敏ファンとしてはたまらないものがあります。

 

こうして、本書はどちらかというと『署長シンドローム』と『警視庁FCシリーズ』との合体作品とでもいうべき立ち位置の作品です。

そして、両シリーズの良いとこどりのエンターテイメント小説だと言え、軽く読むにはもってこいの作品だと言えると思うのです。

夢の守り人

夢の守り人』とは

 

本書『夢の守り人』は『守り人シリーズ』の第三弾で、2000年5月に偕成社からハードカバーで刊行され、2007年12月に著者のあとがきと養老孟司氏の解説まで入れて348頁の文庫として新潮文庫から出版された長編のファンタジー小説です。

トロガイやタンダ、チャグムなどの『精霊の守り人』に登場してきた人物たちが再び顔を揃える作品となっている、期待に違わない作品した。

 

夢の守り人』の簡単なあらすじ

 

人の夢を糧とする異界の“花”に囚われ、人鬼と化したタンダ。女用心棒バルサは幼な馴染を救うため、命を賭ける。心の絆は“花”の魔力に打ち克てるのか?開花の時を迎えた“花”は、その力を増していく。不可思議な歌で人の心をとろけさせる放浪の歌い手ユグノの正体は?そして、今明かされる大呪術師トロガイの秘められた過去とは?いよいよ緊迫度を増すシリーズ第3弾。(「BOOK」データベースより)

 

夢の守り人』の感想

 

本書『夢の守り人』は、カンバル王国が舞台だったシリーズ第二巻『闇の守り人』を経て再び第一巻『精霊の守り人』と同じ新ヨゴ皇国が舞台になっています。

ただ、シリーズ第一巻の『精霊の守り人』で描かれていた異世界であるナユグの描かれ方がより詳しくなっています。

というのも、本書は『精霊の守り人』に登場してきたチャグムらがふたたび顔を揃え、夢の世界即ち異世界へと連れていかれた人たちを助け出そうとする姿が描かれている物語だからです。

そういう意味では、本書の舞台は新ヨゴ皇国ではありますが、物語の本当の舞台はナユグだということもできるかもしれません。

 


 

著者 上橋菜穂子自身のあとがきによれば、本書は「夜の力」と「昼の力」の両方を知り、その狭間に立つことを選んだ人たちの物語、だそうです。

つまりは、現実(昼の力)しか知らない多くの人達と、現実を生きてはいるものの夢(夜の力)の世界へと行くこともできる呪術師であるトロガイタンダら少数の人達との物語なのです。

 

バルサは、サンガル人の狩人の手から助けたユグノという歌い手を隠すためにタンダのもとへと連れていこうとしていました。

しかし、そのタンダは眠ったまま目を覚まさないタンダの姪のカヤの魂を連れ戻すために<魂呼ばい>を試し、何者かにその身体を乗っ取られていたところでした。

また、チャグムもトロガイと会っているという星読み博士のシュガの話を聞き、バルサたちとの暮らしを思い出して夢の世界へ入ったまま目覚めることができなくなっていたのです。

そこに、バルサが助けたユグノは異世界へと繋がる特別な歌い手のリー・トゥ・ルエン〈木霊の想い人〉と呼ばれる人物だったことが分かり、バルサは再び異世界に捕らえられたチャグムらを助ける冒険が始まるのです。

 

本書『夢の守り人』では、呪術師であるトロガイとトロガイの師匠ノルガイとの出会い、そしてトロガイは何故に呪術師へとなったのかが明らかにされます。

そこではやはり「夢」の世界が関係してくるのですが、前巻同様にシリーズを通して語られるサグ呼ばれるこの世とナユグと呼ばれる異世界との関連は未だ明らかにはされていません。

前述のとおり本書はまだシリーズ第三弾であり、作者も本シリーズが最終的に全十巻を越える大河作品になるとは思っていなかった頃の作品です。

従って、物語は単巻で終わっていて、この後のシリーズ作品が他国をも巻き込んだダイナミックな物語展開になるとは予想できないでしょう。

 

とはいえ、本書での単巻で完結する物語の面白さは後の変化に満ちた物語に劣らない面白さを持っています。

というよりも、次巻からの面白さとは質が異なるというべきかもしれません。

今後新たな展開となっていくにしても、これまでの三巻の内容が次巻『虚空の旅人』からの物語展開の基礎となっていて、これまでの物語があってこそその後の物語が深みを持ってくる構成となっています。

本書は本書として十分な面白さを持っていて、さらに今後の展開の下敷きとなっているという点でも重要な展開なのであり、作者の力量が十二分に示された作品だと思います。

 

闇の守り人

闇の守り人』とは

 

本書『闇の守り人』は『守り人シリーズ』の第二弾で、1999年1月に偕成社からハードカバーで刊行され、2007年6月に新潮文庫から著者のあとがきと神山健治氏の解説まで入れて387頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。

『精霊の守り人』に続く『守り人シリーズ』の第二弾である本書は、バルサの生まれ故郷カンバル国へと向かい、バルサの過去が語られます。

 

闇の守り人』の簡単なあらすじ

 

女用心棒バルサは、25年ぶりに生まれ故郷に戻ってきた。おのれの人生のすべてを捨てて自分を守り育ててくれた、養父ジグロの汚名を晴らすために。短槍に刻まれた模様を頼りに、雪の峰々の底に広がる洞窟を抜けていく彼女を出迎えたのは―。バルサの帰郷は、山国の底に潜んでいた闇を目覚めさせる。壮大なスケールで語られる魂の物語。読む者の心を深く揺さぶるシリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

 

闇の守り人』の感想

 

シリーズ第一巻『精霊の守り人』では、「新ヨゴ皇国」がバルサとチャグムが活躍する舞台でした。

それに対し本書『闇の守り人』ではバルサの故郷であるカンバル王国が舞台となっています。バルサの短槍の師であるジグロの身内に会い、あらためて過去の自分と向き合うために戻ったのでした。

バルサの過去は『精霊の守り人』でも少しだけ語られていましたが、本書でその成り行きが詳しく語られることになります。

 

 

バルサは、本来であればカンバル王国へ戻るために通るべきはずの正式な門ではなく、<山の王>が支配するという迷路めいた洞窟を抜ける道を選んでいました。

そこで、ヒョウル<闇の守り人>に襲われていたカッサジナ兄妹を助けたことからカンバルのある企みにまつわる騒ぎにまきこまれてしまいます。

この洞窟が本書の眼目であるカンバルの地の伝説と深くかかわる洞窟であり、カンバルという国の存続にもかかわる場所だったのです。

 

このカンバル王国の秘密にまつわる話が本書『闇の守り人』の魅力の第一点です。

まず、王国の秘密とはカンバルに伝わる儀式や伝承などにかかわるものであり、文化人類学者である著者上橋菜穂子の本領を発揮する分野です。

前巻の『精霊の守り人』のクライマックスでも同様に伝承が生きる場面がありましたが、日々の暮らしに溶け込んでいる言い伝えなどが持つ本来の意味を教えてくれ、それは私たちの現実の生活でも当てはまるものです。

精霊の守り人』ではこの世(サグ)とは異なるナユグという異世界がこの世と隣り合わせにあるという物語世界の成り立ちが説明がありました。

本書では、それに加え山の王という存在が語られ、同時に、バルサが通ってきた洞窟には<闇の守り人>がいてカンバル王国を守っているという伝説の真の意味も明確にされていきます。

この山の王の話とナユグとの関連は未だ明確ではありませんが、今後明らかにされるのでしょう。

 

そしてもう一つ、本書『闇の守り人』ではバルサの師匠であるジグロの壮絶な生き方に隠された、バルサの父カルナの死の謎やカンバル王国の王の槍と呼ばれる武人たちの存在など、バルサの短槍使いとしての生き方の意味も明らかになります。

ジグロも、カルナを脅し当時の王ナグルを毒殺した王弟ログサムもすでにいないカンバルの地で久しぶりに会った叔母ユーカに話を聞くと、ジグロの弟のユグロが裏切り者とされていたジグロを討ち果たして国宝の金の輪を持ち帰った英雄として称えられていたのです。

バルサの人生はカンバル王国の秘密の上に積み上げられたものであり、今回の帰省によって父カルナや師匠ジグロなどの汚名を晴らすことにもなるのです。

 

こうして、バルサは故郷カンバル王国の危難に立ち合い、これを救うことになります。

一級のファンタジーであり冒険小説である本書『闇の守り人』は、さらに今後の展開をも期待させる物語の序章でもありました。

白銀の墟 玄の月 十二国記

白銀の墟 玄の月 十二国記』とは

 

本書『白銀の墟 玄の月』は『十二国記シリーズ』の第九弾で、2019年10月と11月に新潮社から全部で1600頁を越える全四巻の文庫として刊行されてた、長編のファンタジー小説です。

ファンタジー小説としても、また冒険小説としても第一級の面白さであり、私の好みにピタリと合致した作品でした。

 

白銀の墟 玄の月 十二国記』の簡単なあらすじ

 

戴国に麒麟が還る。王は何処へー乍驍宗が登極から半年で消息を絶ち、泰麒も姿を消した。王不在から六年の歳月、人々は極寒と貧しさを凌ぎ生きた。案じる将軍李斎は慶国景王、雁国延王の助力を得て、泰麒を連れ戻すことが叶う。今、故国に戻った麒麟は無垢に願う、「王は、御無事」と。-白雉は落ちていない。一縷の望みを携え、無窮の旅が始まる!( 第一巻「BOOK」データベースより)

民には、早く希望を見せてやりたい。国の安寧を誰よりも願った驍宗の行方を追う泰麒は、ついに白圭宮へと至る。それは王の座を奪い取った阿選に会うためだった。しかし権力を恣にしたはずの仮王には政を治める気配がない。一方、李斎は、驍宗が襲われたはずの山を目指すも、かつて玉泉として栄えた地は荒廃していた。人々が凍てつく前に、王捜し、国を救わなければ。──だが。( 第二巻「BOOK」データベースより)

新王践祚ー角なき麒麟の決断は。李斎は、荒民らが怪我人を匿った里に辿り着く。だが、髪は白く眼は紅い男の命は、既に絶えていた。驍宗の臣であることを誇りとして、自らを支えた矜持は潰えたのか。そして、李斎の許を離れた泰麒は、妖魔によって病んだ傀儡が徘徊する王宮で、王を追い遣った真意を阿選に迫る。もはや慈悲深き生き物とは言い難い「麒麟」の深謀遠慮とは、如何に。( 第三巻「BOOK」データベースより)

「助けてやれず、済まない…」男は、幼い麒麟に思いを馳せながら黒い獣を捕らえた。地の底で手にした沙包の鈴が助けになるとは。天の加護がその命を繋いだ歳月、泰麒は数奇な運命を生き、李斎もまた、汚名を着せられ追われた。それでも驍宗の無事を信じたのは、民に安寧が訪れるよう、あの豺虎を玉座から追い落とすため。-戴国の命運は、終焉か開幕か!( 第四巻「BOOK」データベースより)

 

白銀の墟 玄の月 十二国記』の感想

 

本書『白銀の墟 玄の月』は、シリーズ第八巻『黄昏の岸 暁の天』の続編であり、戴国のその後が描かれています。

本『十二国記シリーズ』ではこれまで慶国や雁国などの様子が描かれてきましたが、そもそも本シリーズの出発点である『魔性の子』が戴国の麒麟である泰麒の話であったように、戴国の様子が基本となっているように思えます。

そして、本書において塗炭の苦しみに遭っている戴国の民が救われるか否かに決着がつくのです。

つまり、『黄昏の岸 暁の天』では蓬莱に流された泰麒の探索の様子が語られていましたが、本書では戴国に戻ってきた泰麒と共に戦う李斎などの姿が描かれているのです。

 

 

本書の見どころと言えば、まずは本『十二国記シリーズ』自体が持つ見事に構築された異世界の社会構造そのものの魅力があります。

次いで、その社会構造の中で破綻なく動き回る個性豊かな登場人物たちの存在があります。

本書でいえば、物語の中心となって動く李斎であり、その李斎を助ける仲間たちがおり、一方で戴国の民のために身を粉にして働く泰麒である高里などの多くの人物の姿があります。

そして、それらの登場人物たちが存分に動き回るストーリー展開が挙げられるのです。

ストーリー展開とはいってもそれは大きく二つに分けることができ、一つは宿敵阿選の懐に飛び込んだ泰麒の話であり、もう一つは野にいて行方不明の泰王驍宗を探し回るとともに、反阿選の勢力を結集しようとする李斎らの話です。

 

また本書の持つ面白さの意味も一つではなく、泰麒や李斎らの阿選に対する反逆の戦いの様子の面白さをまずあげることができます。

それはアクション小説としての面白さであり、また冒険小説としての面白さだとも言えます。

さらには行方不明の驍宗はどこにいるのか、また阿選は何故反旗を翻したのかなど、ミステリアスな側面もまた読者の興味を惹きつけて離しません。

また、ストーリー展開の他に本『十二国記シリーズ』のそれぞれの物語で、この異世界の法則に従いながら通り一遍の視点に限定されることなく、例えば登場人物たちの対話に擬してある出来事について多面的な見方を示していることも私にとっては関心事でした。

こうした多様な価値に従った多面的な思考方法は、同じファンタジーでも高田大介の『図書館の魔女シリーズ』でも見られました。

こうしてみると、物語を紡ぎ出すという能力は、ものの見方も多面的であることが一つの条件であるのかもしれません。

 

 

とはいえ、そうした多様な価値感を反映させていることなどは読了後にゆっくりを反芻するときにでも思い起こせばいいことであり、読書中は単純に物語に乗っかり楽しめばいいと思います。

それだけ楽しませてくれる物語であることは間違いなく、シリーズが終わってしまうことが残念でなりません。

何らかの形で再開してくれることを待ちたいと思います。

探偵は田園をゆく

探偵は田園をゆく』とは

 

本書『探偵は田園をゆく』は『シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ』の第二弾で、2023年2月に322頁のソフトカバーで刊行された長編のハードボイルド小説です。

シリーズ初の長編小説で、山形弁そのままの女探偵が行方不明になったある男を探し回るハードボイルドですが、どことなく物語に没入できない違和感を感じた作品でした。

 

探偵は田園をゆく』の簡単なあらすじ

 

椎名留美は元警官。山形市に娘と二人で暮らし、探偵業を営んでいる。便利屋のような依頼も断らない。ある日、風俗の送迎ドライバーの仕事を通じて知り合ったホテルの従業員から、息子の捜索を依頼される。行方がわからないらしい。遺留品を調べた留美は一人の女に辿り着く。地域に密着した活動で知名度を上げたその女は、市議会への進出も噂されている。彼女が人捜しの手がかりを握っているのだろうか。(「BOOK」データベースより)

 

探偵は田園をゆく』の感想

 

本書『探偵は田園をゆく』は、シングルマザーである椎名留美という元警官の探偵を主人公とするハードボイルド作品です。

シリーズ第一巻の『探偵は女手ひとつ』は六編からなる連作短編集でしたが、本書は本業の人探しの依頼を受けての長編小説となっています。

 

本シリーズの特徴は、物語の舞台が山形であって、主人公ら登場人物の言葉ももっぱら山形弁だということです。

私には分からないのですが、出てくる土地名もそのままに山形に実在する土地が登場してきていることだと思います。

 

地方が舞台の小説と言えば、私の郷里熊本を舞台にすることが多いSF作家で、映画化もされた『黄泉がえり』の作者である梶尾真治の作品が思い出されます。

この人の作品に登場するのは私もよく知っている熊本市内の繁華街であったり、郊外であったりするので、読んでいてとても親しみを感じるのです。

多分、山形の人達も本書を読んで同様の思いを持つことだと思っています。

 

 

椎名留美はデリヘルのドライバー仕事に関連して知り合った橋立和喜子という女性から、息子の翼が行方不明になったので探してほしいという依頼を受けます。

母親の溺愛をいいことに女にだらしなく、いい加減な生活を送っていた翼がある日突然連絡が取れなくなったというのです。

翼の部屋にあったとある品物から浮かび上がってきたのが西置市内のNPO法人の代表者である吉中奈央という女性と、その側にいた西置市の東京事務所顧問だという中宇祢祐司という男でした。

こうして、前巻にも登場してきた畑中逸平・麗の元ヤンキー夫婦の手助けを得ながら探索を始めるのです。

 

本書『探偵は田園をゆく』は、こうして人探しというハードボイルドの王道の仕事を遂行する留美たちの姿が描かれていますが、主人公の椎名留美の背景も前巻より以上に詳しく語られています。

留美は両親に反対されながらも椎名恭司と結婚しましたが、知愛が生まれてからも、恭司が事故死してからも両親とは仲違いしたままでした。

代わりに義母の椎名富由子とはとても良好な関係を保っていて、恭司の死後しばらくは間をおいていたものの、今回の事件でたまたま再開してからは前以上に仲良くなっていくこと、などが語られています。

さらには留美が警察をやめるに至った事情についても明らかにされているのです。

前巻で、こうした事情がどこまで明らかにされていたかはよく覚えてはいないのですが、ここまで詳しくは明らかにはされていなかったと思います。

 

こうしてシングルマザー探偵の仕事ぶりが語られることになっているのですが、ただ、ミステリーとしての本書に関しては、今一つ感情移入できませんでした。

前巻は、それなりに面白く読んだ記憶しかありません。山形弁の女性探偵という設定もユニークだし、個々の話の内容もそれなりに惹き込まれて読んだと覚えています。

しかし、本書では敵役に今一つ存在感がなく、惹き込まれて読んだとまでは言えませんでした。

前作の個々の物語の登場人物たちのように、キャラクターが立っている印象が無かったことによると思います。

 

さらに言えば、最後のひねりにも少々無理筋なものを感じてしまったこともあると思われます。

本シリーズは、主人公にも、その周りの登場人物たちにも魅力的な人物が多く登場してきているので、もっと面白い差作品が出てくるものと期待して待ちたいと思います。