『一人二役 吉原裏同心(38)』とは
本書『一人二役 吉原裏同心(38)』は『吉原裏同心シリーズ』の第三十八弾で、2022年10月に341頁の文庫本書き下ろしで刊行された、長編の痛快時代小説です。
どうにも神守幹次郎の振る舞いや台詞回しが芝居がかっており、かなり興をそがれる一冊でした。
『一人二役 吉原裏同心(38)』の簡単なあらすじ
長く廓の用心棒であった神守幹次郎が吉原を率いる八代目頭取四郎兵衛に就任、御免色里の大改革が始まった。会所を救う驚くべき「金策」に始まり、大胆な改革を行う新頭取への嫌がらせや邪魔が続く中、切見世を何軒も手中に収めた主夫妻が無残にも殺される。背後に控える悪党の狙いとは。新体制で一人二役を務める大忙しの幹次郎は、荒波を乗り越えられるか?(「BOOK」データベースより)
『一人二役 吉原裏同心(38)』の感想
本書『一人二役』では、吉原の七代目頭取の四郎兵衛が惨殺された修行の一年間のあとの、八代目頭取四郎兵衛に就任した後の幹次郎が描かれています。
就任したのはいいのですが、いざとなると会所にはほとんど金がなく、その対処に苦慮する幹次郎です。
ただ、こうした点は大きな出来事ではなく、物語の進行上はこれまでのような吉原にとっての大きな障害というのはあまりありません。
いや、まったく無いということではなく、細かな嫌がらせ的な出来事は起こりますがそれは大きな障害ではないと言った方がいいのでしょう。
それよりも幹次郎のある構想のほうが大きな出来事です。
本シリーズの流れとしてこの幹次郎の構想がどのような意味を持ってくるのか、今後の物語の展開がどのように変化してくるのか、非常に楽しみなのです。
ただ、読者として私が気になったのは、本書のタイトルの『一人二役』ということであり、神守幹次郎が吉原裏同心としての顔と八代目頭取四郎兵衛としての顔を持つことです。
というよりも、問題は二つの貌を持つ幹次郎のその描き方です。
本書では実際剣を振るう立場の裏同心と、吉原を率いる立場の会所頭取としての立場はかなり異なるということで、言葉遣いから変えて対処しようとする神守幹次郎の姿があります。
しかしながら、小説の中で幹次郎が四郎兵衛様に伝える、とか裏同心として応える、など、その顔を使い分ける姿がいかにも芝居かかっており、時代小説としての違和感はかなりのものがあります。
物語としてストーリー上の違和感を感じるという点もそうですが、小説の表現としても拒否感があるのです。
ただ単純に裏同心と、吉原会所頭取としての顔を使いわけるというわけには行かなかったのでしょうか。
タイトルからしても、この点こそが本書の主眼だったのでしょうが、どうにも違和感を越えた拒否感を持ってしまうほどであり、残念な描き方でした。
幹次郎の新たな構想は今後の本シリーズの展開を期待させるものだけに、余計なことに煩わせられた一冊、という印象の強いものになってしまった印象です。
残念でした。