『樹林の罠』とは
本書『樹林の罠』は『北海道警察シリーズ』の第十弾で、2022年12月に353頁のハードカバーで刊行された長編の警察小説です。
主役レベルの佐伯、津久井、小島の三人がいつも同様に個別に動きながら、終盤同じ目的の元協同するその様子は定番であり、変わらずに面白い作品でした。
『樹林の罠』の簡単なあらすじ
轢き逃げの通報を受け、臨場した北海道警察本部大通署機動捜査隊の津久井卓は、事故ではなく事件の可能性があることを知る。それは被害者が拉致・暴行された後にはねられた可能性が高いということだった。その頃、生活安全課少年係の小島百合は、駅前交番で保護された、旭川の先の町から札幌駅まで父親に会いたいと出てきた九歳の女の子を引き取りに向かう。一方、脳梗塞で倒れた父を引き取るために百合と別れた佐伯宏一は、仕事と介護の両立に戸惑っていた。そんな佐伯に事務所荒らしの事案が舞い込む…。それぞれの事件がひとつに収束していく時、隠されてきた北海道の闇が暴かれていくー。(「BOOK」データベースより)
津久井卓は覆面パトカーで巡回中に長正寺武夫警部から交通事故発生の連絡を受け、相棒の滝本浩樹巡査長と共に現場へと向かった。
当初は交通事故と思われていたこの事案はその後捜査本部が立てられることになるものの、大通警察署刑事課の佐伯宏一とその部下の新宮昌樹は法律事務所荒らしを担当するように言われる。
小島百合は、退勤のために着替えたところで駅前交番に家出少女が保護されているので行ってほしいとの連絡を受けた。上川と旭川との間にある伊香牛から父親に会いに一人で出てきたというのだった。
『樹林の罠』の感想
本書『樹林の罠』は、相変わらずに窃盗係に据え置かれたまま捜査本部にも参加させてもらえない佐伯を中心として、不可解な交通事故から殺人を疑われる事案を担当する津久井、家で娘を保護する小島のそれぞれがいつものように個別に動き始めるところから始まります。
佐伯と新宮のコンビは本書においても相変わらず「大手柄を立てられるような目立つ事案は絶対に割り振られ」ることはなく、新たに設置される捜査本部へも参加できないでいます。
佐伯らが大通署刑事課配置であることも嫌う幹部がいるためですが、盗犯には佐伯らの小さな事案から重大な事案との関りを嗅ぎ取って評書を受けてきた佐伯らの経験が必要だと考える幹部もいるのでした。
この『北海道警察シリーズ』本来の趣旨だった北海道警察を告発するという役目を担った佐伯ら一味に対する旧来の警察内部勢力がいまだ生きていることの証でしょうし、それに対する佐伯らを擁護する勢力も育っているとも言えるのでしょう。
ともあれ、佐伯たちは今回も捜査本部には参加できず、同時に起きた法律事務所荒らしを担当することになります。
当初は法律事務所荒らしの目的はよく分からないでいたのですが、新宮が津久井から聞いた交通事故の被害者の名前をその法律事務所で見つけたところから話が大きく動き始めます。
さらには、小島が担当することになった少女が会いに来た父親のかつての勤務先までもが捜査本部が立てられることになった事件に関連してくるのです。
こうして、最終的にはいつもの三組、佐伯、小島、津久井の三者が一緒になって事件を解決することになるというパターンになっています。
この構造は本シリーズの基本的なパターンだと言ってもいいでしょう。
例えば、『密売人』などはそのままあてはまるようですし、未読の『雪に撃つ』も同じだとネット上に書いてありました。
それ以外の作品にしても、基本はこのパターンであり、ただ、個別に個々人のエピソードなどを絡ませてある点が異なるだけと言えます。
ただ、そのことは本『北海道警察シリーズ』が面白くないというのではありません。
逆に、著者佐々木譲の緻密な描写ともあいまって、シリーズの中心となる三人を描くことでエンターテイメント小説としての面白さを追求しながらも、地道な警察捜査の実態を描いて物語にリアリティーを増すという効果をもたらしています。
それはまさに作者である佐々木譲の筆力がもたらしていると言えると思います。
また、本シリーズは稲葉事件から始まっていることからも分かるように、その後も時代を反映したシリーズと言えるのですが、本書ではまずはコロナ禍での日常を前提とした捜査が描かれている点が挙げられます。
さらには、一部で話題の山林の個人購入の話題が取り上げられており、山林売買に絡む詐欺がテーマだと言えるでしょう。
そうした時代性を持ったシリーズとしてあることも魅力の一つとして挙げることができると思います。
冒頭に書いたように、本書『樹林の罠』は『北海道警察シリーズ』第十弾となる作品です。
私の記憶では本『北海道警察シリーズ』は全十話を目標に始まったということを作者が語っていたと思います。その十話目が刊行されたのですが、本当に本シリーズは終わるのでしょうか。
著者自身が「続けようと思えば、それ以上やっていける気はします。」( BookBang : 参照 )と言われているのですから、是非続けてほしいと思います。
佐伯や津久井、小島らの活躍を今後も読ませてほしいと切望します。