『神の守り人』とは
本書『蒼路の旅人』は『守り人シリーズ』の第五弾で、2003年07月に偕成社からハードカバーで刊行され、2009年8月に新潮文庫から著者のあとがきと児玉清氏の解説まで入れて来訪編と帰還編とを合わせて629頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。
『守り人シリーズ』の世界の中で、ロタ王国を舞台として異世界の神を身に宿す一人の少女を救うために立ち上がったバルサの姿が描かれた、国家のあり方と国と民との関係にまで思いを馳せる雄大な物語です。
『神の守り人』の簡単なあらすじ
女用心棒バルサは逡巡の末、人買いの手から幼い兄妹を助けてしまう。ふたりには恐ろしい秘密が隠されていた。ロタ王国を揺るがす力を秘めた少女アスラを巡り、“猟犬”と呼ばれる呪術師たちが動き出す。タンダの身を案じながらも、アスラを守って逃げるバルサ。追いすがる“猟犬”たち。バルサは幼い頃から培った逃亡の技と経験を頼りに、陰謀と裏切りの闇の中をひたすら駆け抜ける。(来訪編 :「BOOK」データベースより)
(帰還編 :南北の対立を抱えるロタ王国。対立する氏族をまとめ改革を進めるために、怖ろしい“力”を秘めたアスラには大きな利用価値があった。異界から流れくる“畏ろしき神”とタルの民の秘密とは?そして王家と“猟犬”たちとの古き盟約とは?自分の“力”を怖れながらも残酷な神へと近づいていくアスラの心と身体を、ついに“猟犬”の罠にはまったバルサは救えるのか?大きな主題に挑むシリーズ第5作。「BOOK」データベースより)
『神の守り人』の感想
本書『神の守り人』は、ロタ王国を舞台に、アファール神の支配するこの世のむこうにある異界ノユークと、ノユークから流れくる川に住まう恐ろしき神タルハマヤが顕現する中でのバルサの冒険が語られます。
前巻の『虚空の旅人』では、シリーズの流れが国家間の関係までをもの組み入れた流れへと大きく変わったのですが、本書では一旦バルサ個人の冒険物語へと戻った印象があります。
でありながら、物語の根底にはロタ王国の南北の対立が存在しており、その先にはロタ王国の併呑を狙う某大国の存在までも見えてくるのです。
そこには、ロタ王国の南の豊饒な気候と海洋取引に裏付けされた豊かな商人たちの存在と、過酷な北部の気候のもと暮らす民の存在がありました。
さらに北部地方には古くからの伝承を守り生き続けている〈タルの民〉らの存在もまた特別な意義が与えられていて、単なる経済面での対立以上のものもあったのです。
ロタ王国に近い都西街道の〈草市〉の立つ宿場町で見かけた兄妹を、ヨゴ人の人身売買組織<青い手>から助けようと様子をうかがっているバルサでしたが、<青い手>の一味は何者かに喉を咬み裂かれ、バルサもまた殺されそうになります。
その後、タンダの古い知り合いの呪術師スファルとその娘シハナたちが、バルサが助けようとした兄妹の妹アスラが抱えている秘密をめぐりアスラを殺そうとしていることを知ったバルサは、兄のチキサをタンダにまかせ、自分はアスラを連れて逃亡することを決意するのです。
バルサたちの逃亡を知ったスファルはタンダたちを味方につけるのが得策と考え、アスラをめぐる秘密を明かすことを選択します。
しかし、シハナはタルハマヤの力を借りようと秘密を抱えるアスラを捉えようとしていたのでした。
シハナは、ロタ王国の王室に伝わる伝説のもと北部地方のタルの民と南部大領主たちとの対立に苦しむロタ王室のヨーサム王の弟イーハン殿下に仕えており、バルサたちも王室を巻き込む陰謀に巻き込まれてしまうのでした。
本シリーズでは、新ヨゴ皇国、カンバル王国、前巻のサンガル王国、そして本書『神の守り人』でのロタ王国と、舞台として国を変えた冒険が語られてきました。
その上で各話ごとに異世界とこの世とのつながりが語られていましたが、本書でもまた異界ノユークから流れくる川によりもたらされる豊かで滋養に満ちた水がこの世界にも豊かさがもたらされているとの事実が明らかにされます。
ところが話はそれだけにとどまらず、恐ろしい力をもつ異世界の神タルハマヤをこの世に顕現させようと画策する姿が描かれているのです。
そこで重要な役割を果たすのが、サーダ・タルハマヤに仕えたスル・カシャル<死の猟犬>の子孫であるスファルであり、その娘のシハナだったのです。
「バルサは己の歩幅でものを考えるからこそ、地を歩む人々の視線と同じ目線で発想している」のですが、「シハナは大きな構図の中の構成物であるというような発想はしない」のです。
こうして本書『神の守り人』では、先に述べたように単にバルサ個人の冒険譚を越えた物語が展開されています。
作者上橋菜穂子の大局的な視点は、本書のようなファンタジー物語においても多面的なものの見方を示しながらも、ファンタジー小説としてエンターテイメント小説としての面白さを持った作品を提供してくれるています。
本シリーズも終わりが近くなっています。シリーズの最後の作品を読むのを待ちかねているのですが、読み終えてしまうのが淋しいような、複雑な気持ちにいます。