魔女の封印

魔女の封印』とは

 

本書『魔女の封印』は『魔女シリーズ』の第三弾で、2017年12月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2018年12月に文春文庫から307+334頁の文庫として出版された、長編のハードボイルド小説です。

 


 

魔女の封印』の簡単なあらすじ

 

特殊能力を活かし、裏のコンサルタントとして生きる女・水原は、旧知の湯浅に堂上という男の調査を依頼される。実は堂上の正体は新種の頂点捕食者―人のエネルギーを摂取して生きる―であることが判明し、さらに中国で要人暗殺に係わった頂捕が日本に潜入しているという。そんな折、水原と接触した堂上が行方を絶つ。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

水原は、自分の存在意義や能力を知らされた中国人の頂点捕食者が、ある目的をもって日本にやってきたと推測する。彼らの参謀は誰か、そして目的とは―。堂上は殺され、水原は中国人頂捕たちの行方を追うが、逆に中国安全部に拉致される。その裏では、国家的な陰謀が蠢いていた。「魔女」シリーズ第3弾。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

魔女の封印』の感想

 

本書『魔女の封印』は、『魔女シリーズ』も第三巻目となる長編のハードボイルドエンターテイメント小説です。

登場人物
水原 裏社会のコンサルタント。男の人間性を一瞬で見抜く能力を持つ。
星川 元警官で性転換した私立探偵。水原の相棒。
湯浅 元警視庁公安部の刑事。現在は国家安全保障局(NSS)に所属
堂上保 東京・虎の門の古美術店「堂上堂」のオーナー。
須藤謙作 大阪の探偵。関西の広域暴力団・星稜会の依頼で堂上を調査中。
西岡タカシ ウエストコースト興産の事実上の経営者。
酒井 健康開発総合研究センターで頂点捕食者理論を専門にする女性研究員。
森まなみ ウエストコースト興産北京支店社員。
希家貴 ウエストコースト興産北京支店社員。
江峰 中国人グループのリーダー。日本に潜伏中。

 

前巻『魔女の盟約』で韓国とさらには中国の国家機関まで巻き込んで一大スケールアップした展開を見せたこのシリーズでしたが、今回は“頂点捕食者”なる存在を引っ張り出し、また中国安全部を巻き込んだ、人間という存在そのものへの考察を不可避とする物語を繰り広げています。

 

これまでもシリーズのサブメンバー的に登場してきていた湯浅から頼まれ、水原は堂上という男の調査を依頼されます。しかし、彼は水原の能力をもってしてもその人間性を全く感知できない男でした。

じつは堂上という男は、生態系の中で最上位に位置する、他人の生命力を吸い取る能力を持った「頂点捕食者」と名付けられた一億人に一人の割合で発現するらしい、“新人類”ともいうべき存在だったのです。

そこに中国の国家主席に対する「頂点捕食者」による暗殺計画の話が絡んできます。

湯浅は、十四億人弱という人口を有する中国には十人以上の頂点捕食者がいるはずであり、そのうちの何人かが日本に来ていて、中国安全部の人間も彼らを捕らえるために来日しているというのです。

そこに、これまでも水原と因縁の深い西岡タカシが経営するウエストコースト興産が絡んできたのでした。

 

本シリーズは、男の人間性を見抜く能力を持つ女という、そもそもの設定自体がかなり突飛なものでしたが、巻を重ねるごとに一段とその度合いを増しています。

多分シリーズ最終巻となる本書では、動物の生態系の頂点にいる存在まで出てきました。それが「頂点捕食者」と名付けられた存在で、他者の生命エネルギーを吸い取り、それを自らのものとするのです。

地球上の動物の頂点にいると考えられている人類は、自分が食物にされることのない最上位の捕食者であるにはその数が多すぎ、自然の摂理は新たな頂点捕食者を創り出すというのです。

ただ、食物連鎖緒の頂点にいるにしてはその数が少なすぎ、また攻撃能力も有していないというのは自らの存在を確保し難く、自然の摂理が生み出すにしてはあまりに弱い存在である気もしますが、それはまあいいでしょう。

ここらの問題を突き詰めていくと、増えすぎた人間存在への考察へと進み、戦争や飢餓などの集団殺戮へと行きそうになり、収拾がつかなくなりそうです。

 

ともあれ、そうした存在として堂上という男が登場します。この男が存在感があります。この堂上と水原との会話は大人の会話としてかなり読みごたえがありました。

特に堂上が水原を評価する場面は、常に自分の存在を否定しがちに思える水原の内面をも見抜いているようです。水原に「問題は、すべきでないことをあの人にしていると、思っているあたし」と言わせるほどですから。

こうした会話の場面を書けること自体が、大沢在昌という作家の力量を示しているといえるのでしょう。

 

一億人に一人という存在を設定したことで、日本には一人、もしかしたら二人の「頂点捕食者」がいることになります。

それに対し、中国には十人以上の「頂点捕食者」がいる筈であり、当然中国政府が知らない筈はありません。そして中国安全部が絡んでくる話になってきます。

更には、西岡タカシや星稜会も加わり、いつものサスペンスアクション小説としての展開となるのですが、どうしても水原やその相棒的存在の星川との会話や水原の独白なりが増えています。

それは、この作者らしく、荒唐無稽な舞台設定なりのリアリティを追及してあるため、どうしても物語の流れを整理していく必要があるのでしょう。

しかし、前巻でも感じたように、人間関係が入り組みすぎて、若干筋を見失いがちになりました。その点がもう少し単純であれば読みやすいかとは思った次第です。

 

最終的に思いもかけない形でこの物語は終わりますが、その結論には異論もあるところかもしれません。とはいえ、それ以外にはない気もします。

 

読み終えて、大沢在昌という作家に対しての私の好みとしては、『新宿鮫シリーズ』や『狩人シリーズ』をはじめとする地に足の着いたハードボイルドをこそ読みたいのだ、と改めて思いました。

 


追記: 先に、「多分シリーズ最終巻となる本書」と書きましたが、2024年4月に『魔女の後悔』という作品が出版されました。

読み次第アップしたいと思います。

魔女の盟約

魔女の盟約』とは

 

本書『魔女の盟約』は『魔女シリーズ』の第二弾で、2008年1月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2011年1月に文春文庫から559頁の文庫として出版された、長編のハードボイルド小説です。

第一弾『魔女の笑窪』と同様に主人公の活躍に魅了され、惹き込まれて読んだ作品でした。

 

魔女の盟約』の簡単なあらすじ

 

過去と決別すべく“地獄島”を壊滅させ、釜山に潜伏していた水原は、殺人事件に巻き込まれるが、危ういところを上海から来た女警官・白理に救われる。白は家族を殺した黄に復讐すべく、水原に協力を依頼するが―。日中韓を舞台に、巨大な組織に立ち向かう女性たちを壮大なスケールで描く、『魔女の笑窪』の続編。(「BOOK」データベースより)

 

魔女の盟約』の感想

 

本書『魔女の盟約』は、『魔女シリーズ』第二弾の長編のハードボイルドエンターテイメント小説です。

 

本シリーズの主人公は男をひと目で見抜く能力を持った水原という元売春婦であったという経歴を持つ女です。

前作『魔女の笑窪』で水原は、チョコレートショップの経営者という東山や九州の暴力団「要道会」と組んで「地獄島」を壊滅させるという挙に出ました。

中国や韓国などの組織をも巻き込んだその事件のために、日本の警察や暴力団から追われる身となった水原は、日本を脱出し名も顔も変えて韓国に潜むことになったのです。

その韓国でこれまでの「地獄島」の行動の意味をなくしてしまうような殺人事件に巻き込まれた水原でしたが、上海から来た白理という女に助けられます。

その後、この女と行動を共にするうちに、「地獄島」の事件には裏があり自分は利用されたにすぎないことに気が付いた水原は、白理という女を助け、またこれからの自分が生きるために再び立ち上がります。

 

今回の水原は韓国や中国を舞台にしての活躍が大きな部分を占めています。

本書のあとがきを書かれている冨坂總氏は、「徹底したリサーチによって作品全体にちりばめられているディテールの細かさ」が、ストーリーを盛り上げてくれているといいます。

例えばとして、「上海の国家安全局と北京の安全局とのライバル関係をうまく展開に滑り込ませているあたり」は唸らざるを得ない、と書いています。

また、中国国内における少数民族の位置付け、中でも朝鮮族の扱いも絶妙だといい、さらには、韓国に持ち込まれるコピーブランドの工場が山東省に集中しているという設定も現実そのままであるといい、その取材力の確かさを称賛しているのです。

そうした緻密な取材の裏付けがあって初めて本作のような荒唐無稽な物語でありながらもエンターテインメントとしての物語のリアリティーが醸成されているということなのでしょう。

 

中国を舞台にした緻密な取材をもとにした作品といえば、麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)がありました。あの作品も公安警察の緻密な描写の先にあったものは中国本土での壮大なスケールの冒険小説としての展開であり、現地を正確に抑えた描写でした。

 

 

また、現地の調査という意味では黒川博行の『国境』(文春文庫 全二巻)は北朝鮮を舞台にした物語でした。地理的な意味でもそうですが、それよりも組織としての北朝鮮の現状が詳しく描かれていたこの作品は、別な意味でも必見です。

 

 

ともあれ、本書の展開は第一作での水原の個人的な活動から「地獄島」への具体的な関りと移行していった前作とは異なり、日本の暴力団ももちろんのこと、韓国や中国のマフィアや更には中国の国家機関まで巻き込んだ壮大なものとなっています。

ただ、スケールが大きくなっている反面、その状況の説明のために頁数を割かなければならず、ストーリーを進めるうえでの登場人物や組織の説明が多く、今一つ物語としての面白さにのめり込みにくい印象はあります。

とはいえ、物語としての面白さがそれほど損なわれているわけではありませんので、これくらいは許容範囲でしょう。少なくとも私にとってはそうでした。

 

本書のような大人のファンタジー的な物語は受け入れがたいという人も当然いると思います。

しかしながら、丁寧な取材の元、きちんと構築された舞台設定の下で展開されるこうした荒唐無稽な物語を気楽に楽しむことこそがエンターテイメント小説という物語の醍醐味だと思っています。

そして、本シリーズはそうした期待に十二分に答えてくれる物語だと思うのです。

魔女の笑窪

魔女の笑窪』とは

 

本書『魔女の笑窪』は『魔女シリーズ』の第一弾で、2006年1月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2009年5月に文春文庫から419頁の文庫として出版された、連作のハードボイルド短編小説集です。

女性を主人公にしたハードボイルド小説ですが、かなり惹き込まれて読んだ作品でした。

 

魔女の笑窪』の簡単なあらすじ

 

自らの特殊能力―男をひと目で見抜く―を生かし、東京で女ひとり闇のコンサルタントとして、裏社会を生き抜く女性・水原。その能力は、「地獄島」での彼女の壮絶な経験から得たものだった。だが、清算したはずの悪夢「地獄島」の過去が、再び、水原に襲い掛かる。水原の「生きる」ための戦いが始まった。(「BOOK」データベースより)

 

魔女の笑窪』の感想

 

本書『魔女の笑窪』は、『魔女シリーズ』の第一弾である短編のハードボイルドエンターテイメント小説集です。

主人公は水原という元売春婦であったという経歴を持つ、洞察力に優れた能力を持った女です。

 

第一話では、知り合いのホテトル嬢が殺された裏を探り、犯人を探り出して報復をする様子が描かれます。その中で、主人公が男の精液の味について語る場面や、ヤクザを相手に一歩も引かずに渡り合う場面などが描かれながら、現在の水原の職業や過去の仕事、そして性格などを描写してあります。

その後第二話では、一年前に死んだ大物右翼の前田法玄の女房だった前田妙子という名の女が主人公水原の島のことなどの過去を知っていると現れます。

関東通信社の嘱託をしている湯浅という記者を何とかしてくれたら、養女になってもらうというのです。前田法玄のコネは魅力であり、島のことを知っている女ならば仲間になれるかもしれませんでした。

こうした物語の進展の中で、水原の男の中身を見抜くことのできる能力や、湯浅の写真から正体を探り出す仲間がいたりと、水原の本質が少しずつあきらかにされていきます。

第三話になると、第二話での前田が水原の過去を知ったルートを調べる中で浮かび上がってきた若名という風俗専門のライター中心の話になります。この若名は水原と同じような見ただけで女の本質を見抜く能力を持っていたのですが、この物語は第四章で少々切ない話として終わります。

こうして、将軍と呼ばれる香港の実力者(第五章)、豊国という整形外科の医師(第六・七章)、地獄島の番人(第八章)、地獄島(第九・十章)と話は進みます。

 

この物語の前半は主人公の水原中心のハードボイルド小説ですが、第六章あたりからアクション小説の趣を持ち始め、第八章からは完全にアクション小説と言ってもいいほどに物語の雰囲気が変わります。

とはいえ、主人公が積極的に拳銃を駆使して暴れまわる、というものではなく、拳銃を持ちはするものの、降りかかる火の粉を払いながら核心に迫っていいきます。

その過程で醸し出される雰囲気がまさにアクション小説と感じる描写だったのです。

ただ、アクション小説へと変化する過程は、水原の過去の亡霊に対面する苦悩と一致するようにも思えます。

 

この作品は水原という主人公のキャラクターのカッコよさにつきます。勿論彼女を助ける、第六話から登場してくる星川というおかまの探偵などの脇役たちも魅力的ですが。

ここまで体を張りながらもクールな女性主人公はそうはいないと思います。一番思い出したのはやはり月村了衛の『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』の主人公でしょうか。

 


 

しかしながら、『魔女シリーズ』の項でも書いたように、これらの作品は『天使の牙シリーズ』(角川文庫 シリーズ完全版【全4冊合本】Kindle版)の明日香により似ていると思うのです。

 

 

エンターテイメント小説としての王道をまっすぐに進む本書『魔女の笑窪』は、若干のファンタジー色を気にしない人であれば面白と感じること間違いのない小説だと思います。

魔女シリーズ

魔女シリーズ』とは

 

本『魔女シリーズ』は、裏社会でのコンサルタントをしている水原という三十代半ばの女を主人公とするハードボイルドエンターテインメント小説です。

魔女シリーズ』の作品

 

魔女シリーズ(2024年06月24日現在)

  1. 魔女の笑窪
  2. 魔女の盟約
  1. 魔女の封印
  2. 魔女の後悔

 

魔女シリーズ』について

 

本『魔女シリーズ』は、裏社会でのコンサルタントをしている水原という三十代半ばの女を主人公とするハードボイルドエンターテインメント小説です。

主人公の水原は実の祖母に十四歳で地獄島という魔窟に娼婦として売られますが、二十代半ばに島を脱け、二十八歳で整形手術を受け裏世界のコンサルタント業を始めたという女です。

物語はこの水原の一人称で書かれています。作者によると、一人称で書いた方がキャラクターに踏み込むことができますから、主人公に開き直りが生まれてくるんだそうです。

その娼婦として地獄島で生きてきたという悲惨な過去を持つ主人公は、実にクールな女として描かれています。

また、この主人公は裏社会の人物を顧客としてコンサルタント業を営んでいるだけあってタフでもあります。だからと言って、『天使の牙シリーズ』のヒロイン明日香のように派手なアクションで相手をやっつけるというわけでもありません。少なくとも第一巻の前半はまさにハードボイルドです。

確かに、二巻、三巻と、巨大組織との対立が描かれ、クールなハードボイルドというよりは、クールな女性を主人公にしているアクション小説と言った方が適切かもしれない雰囲気を醸し出していますが、『天使の牙シリーズ』(角川文庫 シリーズ完全版【全4冊合本】Kindle版)ほどではないのです。

 

 

そもそも、本『魔女シリーズ』の基本的な設定について『魔女の盟約』(文春文庫版八頁 : 参照 )から引用します。

地獄島とは熊本県の南西の八代海に百以上浮かぶ天草諸島の一つ浪越島が、通称地獄島と呼ばれる売春島だ。私は祖母の手で、十四のときにそこに売られ、何千人という客の相手をさせられた。二十四でその島から脱出したが、それが百年以上の島の歴史でただ一度だけ成功したといわれている“地獄抜け”だ。・・・島には「番人」と呼ばれる人の心を持たない男たちがいて、“地獄抜け”をした女の居場所がわかるや、連れ戻しにくる。

実は、この地獄島と日本の裏社会には密接な関係があり、七大組織と呼ばれる日本の広域暴力団の襲名披露では島の九凱神社からの使者の列席が必須のものとされ、それがなければ正式な披露とはみなされないという因習がありました。

しかし、その島も時代の波に押され、中国マフィアと組まざるを得なくなってきているほどに衰えてきていたというのです。

 

以上のように、本書の設定はかなり荒唐無稽なものであり、この作者の『新宿鮫シリーズ』や『狩人シリーズ』のようなシリアスなハードボイルドではありません。

 


 

しかし、それでもなおクールな女性を主人公としたハードボイルドとして、アクション小説としての側面も有しており読みごたえがあります。

追記:第一巻『魔女の笑窪』を読んだ時点では水原や彼女を取り巻く設定から本書は「荒唐無稽」だと書きましたが、第四巻の『魔女の後悔』まで読み終えた時点では、「荒唐無稽」という言葉は撤回し、いかにも大沢在昌らしい読みごたえのあるハードボイルド作品だと思うに至りました。

 

女性を主人公としてのアクション小説と言えば、実はその世界では名の通った戦士の女が、圧倒的な暴力により殺されそうになっている子供たちを救出するという、月村了衛の『槐(エンジュ)』などがあります。しかし、この作品はどちらかというと『天使の牙シリーズ』の方に近い作品でしょうか。

 

 

本書での魅力的な登場人物の一人にお抱え運転手の木崎という男がいますが、少なくとも第一巻ではその存在が示されるだけで、人間については何も書いてありません。正体不明の人物です。

この男については、第二巻で株の仕手筋で有名な、静岡のある老人のお抱え運転手だった。老人は私のコンサルタント会社の顧客で、遺言で木崎を託された男だとありました。未読の三巻には更なる情報があるかもしれません。

そしてもう一人、警官上がりのニューハーフの星川という存在がいます。この男(?)もまた主人公水原の心強い味方として活躍しています。

 

本書の魅力は、クールな水原というキャラクターの存在と共に、こうした仲間の魅力もよく描けていることになると思われます。

そして、ポイントに気の利いたアフォリズム(警句,箴言)が散りばめられており、読み進めていくうえで小気味いいリズムとして心に響いてきます。

こうした言葉を効果的に使えるというのはやはり作者の腕というものなのでしょう。

私しては『狩人シリーズ』のような作品の方が自分の好みにあっていると思うのですが、本『魔女シリーズ』はそれとして非常に面白く読むことができた作品でした。

俺はエージェント

俺はエージェント』とは

 

本書『俺はエージェント』は2017年12月に小学館からハードカバーで刊行され、2021年1月に小学館文庫から656頁の文庫として出版された、長編のエンターテイメント小説です。

気楽に読めるコミカルなスパイもので、文庫本で651頁の長編のエンターテイメント小説です。

 

俺はエージェント』の簡単なあらすじ

 

下町の居酒屋にかかってきた一本の電話ー。二十三年ぶりにオメガ・エージェントの極秘ミッション「コベナント」が発動され、スパイ小説好きの俺は、元凄腕エージェントの白川老人と行動を共にするはめになる。敵対するアルファ・エージェントの殺し屋たちが次々に俺たちに襲いかかる。だが、何かがおかしい。裏切り者は誰か?誰が味方で誰が敵なのか、誰にもわからない。そして、裏切られた裏切り者とは…!?年齢差四十歳以上の“迷コンビ”が、逃げて、逃げて、巨悪の陰謀を追いつめていくサスペンス巨編。(「BOOK」データベースより)

 

スパイ小説を読み、エージェントにあこがれる俺、村井は、行きつけの居酒屋で親しくなった白川という爺さんのスパイ活動に巻き込まれ、現実にあこがれのスパイ活動をすることになる。

しかし、その実態は裏切りに継ぐ裏切りで、誰を信頼していいのか、敵味方が全く分からない世界だった。

 

俺はエージェント』の感想

 

本書『俺はエージェント』は、作者大沢在昌の『らんぼう』などと同様の、コメディタッチの物語です。

ただ、その対象となる世界がスパイの世界なのです。

行きつけの居酒屋で知り合った老人が凄腕のスパイであり、その居酒屋のおばさんが敵対する組織の監視員であったり、そのおばさんは問答無用で討ち殺されてしまったりと話は冒頭から荒唐無稽に展開していきます。

でありながら、インテリジェンスの世界をそれなりにリアルに描いてあったりと、アクション系やインテリジェンスの世界を舞台にした作品を数多く書かれてきたstrong>大沢在昌という作者の作品らしい仕上がりになっています。

 

面白さの一つに、登場してくる人物がどこまでが信用できる相手であるのか、まったく不明なことがあるでしょう。古い付き合いだからと安心していたらすぐに裏切られます。

ついには読者まで裏切られ、この物語は意外な方向へと進むのです。

 

主人公はスパイ小説が好きという設定ですが、本書冒頭で主人公が読んでいる『エージェント・ハリー』シリーズというスパイアクションは知りません。実在する作品なのかも不明です。

でも、すぐそのあとに書いてあるイアン・フレミングの『007シリーズ』や『0011ナポレオン・ソロ』『ジョン・ドレイク』などは現実に存在した作品ですし、ディーン・マーチンの『部隊』シリーズも同様です。




これらの作品はほとんどが映像化されていて、私も『ジョン・ドレイク』以外はすべて子供のころに見ています。007シリーズは今でも続いているのですから凄いものです。

そうした諜報員ものの中でも『それいけスマート』のようなコメディ作品も登場してきたのですが、本作はどちらかというとそのコメディ作品に似ています。


近年の映画で言えば、ハリウッド映画の『レッド』に近いと言えるかもしれません。往年の凄腕スパイたちが昔とった杵柄でスーパーマン的な活躍を見せる、オールスター登場の作品でした。


黒の狩人

本書『黒の狩人』は『狩人シリーズ』の第三巻で、文庫本上下二巻で1000頁を軽く超える、長編のハードボイルド小説です。

本書から佐江刑事が脇に回らず、佐江刑事を中心とした物語という色合いが濃くなってきたように思えます。

 

『黒の狩人』の簡単なあらすじ

 

中国人ばかりを狙った惨殺事件が続けて発生した。手がかりは、死体の脇の下に残された刺青だけ。捜査に駆り出された新宿署の刑事・佐江は、捜査補助員として謎の中国人とコンビを組まされる。そこに、外務省の美人職員・由紀が加わり、三人は事件の真相に迫ろうとするが…。裏切りと疑惑の渦の中、無数に散らばる点と点はどこで繋がるのか。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

連続殺人を中国政府による“反政府主義者の処刑”と考えた警察上層部に翻弄される佐江たち。一方中国は、共産党の大物を日本に派遣し、事件の収束を図ろうとする。刑事、公安、そして中国当局。それぞれの威信と国益をかけた戦いは、日中黒社会をも巻き込んだ大抗争へと発展する…。かつてないスピードで疾走するエンターテインメントの極致。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

ある日、署長室に呼ばれた佐江は、時岡の同期だという外事二課の一条から、何の資格も持たない中国人と組んでの捜査を命じられる。

つまりはアルバイトの捜査補助員との共同捜査ということだった。ただ、このという中国人にはスパイの疑いもあるということであり、何らかの不祥事が起きた時には佐江が切り捨てられることは考えるまでもないことだった。

佐江が宋と組んで捜査をする事件は、三人の中国人の殺害事件であり、三人には左脇の下に見つかった、中国の五岳聖山の一つの名を刻んだ刺青という共通点があった。

一方、外務省アジア太洋州局中国課職員である野瀬由紀は、自分の浮気相手である警視庁公安部外事二課警部補の水森から中国人の連続殺人事件についての情報を得、情報の収集に乗り出すなかで、警察がおかしな動きをしているという情報に接し、直接佐江に連絡を取ることにするのだった。

 

『黒の狩人』の感想

 

時岡という男は、前作『砂の狩人』に登場してきた人物だけれど、警視庁ではなく警察庁ではなかったか、との疑問も持ったのですが、時岡の経歴を全部覚えている筈もなく、さらりと流してしまいました。

それはともかく、本書『黒の狩人』では、これまでのこのシリーズ『北の狩人』『砂の狩人』では脇に回っていたシリーズの陰の主役のマル暴刑事佐江が珍しく中心になって活躍する場面が見られます。

佐江が物語の中心となって、連続殺人の解決にむけて、宋という中国人の捜査補助員と共に奔走していくのです。まさに、佐江の物語です。

そういう意味では、『北の狩人』のや『砂の狩人』の西野のようなアクション向きの主人公ではない分、中年の腹の出た冴えないおっさんが日本のヤクザと中国マフィアを相手に対等に渡り合い、少しづつ情報を得ながら事件の真相を探るミステリーなのです。

 

一方、佐江の相棒である宋という男の正体もあいまいになってきます。

それでもなお、ときには袂を分ちあいながらも、男として宋という人物を自分の相棒として認める佐江の姿は、まさに日本人好みの「漢(オトコ)」の姿であり、その姿にしびれるのです。

近時、柚月裕子の『孤狼の血』や、その続編である『凶犬の眼』が人気です。

そこで描かれている大上章吾や日岡秀一という男たちにも本書の佐江と同様の色が感じられます。法の執行者でありながらも、その対極にいるヤクザ者の中に「法」を越えたところにある男同士の心の繋がり、と言ってしまえば実に薄っぺらくも感じますが、他に言いようのない関係性を見出すのです。

 

 

それは一面では浪花節的、という言葉で語られることの多いつながりでもあり、つまりは感傷に流されやすい関係性でもある気がします。

そうした危うい関係性を緻密なプロットの上に、丁寧に築いていくことで単なる感傷に陥ることを回避しているのが大沢在昌の作品群であり、その他の人気作家たちの作品だと思います。

本書『黒の狩人』も勿論、複雑とさえ言える物語の筋立てを前提に、刑事警察、公安警察、ヤクザ、中国マフィアといった多くの登場人物による構築されたミステリーであり、のめり込まずには読めない物語として成功しているのです。

砂の狩人

本書『砂の狩人』は、佐江という新宿署の刑事を狂言回しとする『狩人シリーズ』の第二弾です。

大沢在昌の人気シリーズ『新宿鮫』と同じ香りを持つハードボイルドで、かなりの読みごたえがありました。

 

『砂の狩人』の簡単なあらすじ

 

暴力団組長の子供ばかりを狙った猟奇殺人が発生。警察庁の上層部は内部犯行説を疑い、極秘に犯人を葬ろうとした。この不条理な捜査に駆り出されたのは、かつて未成年の容疑者を射殺して警察を追われた“狂犬”と恐れられる刑事だった。(「BOOK」データベースより)

暴力団組長の子供ばかりを狙った猟奇殺人が発生。警察庁の上層部は内部犯行説を疑い、極秘に犯人を葬ろうとした。この不条理な捜査に駆り出されたのは、かつて未成年の容疑者を射殺して警察を追われた“狂犬”と恐れられる刑事だった。(「BOOK」データベースより)

 

この『狩人シリーズ』第一弾目の『北の狩人』で登場した梶雪人は、後半になりヒーロー感を失い、物語としても若干の失速感を感じたものですが、本書は最後まで濃密な空気を保ったままでした。

 

今回の主人公は、三人を殺した末に拳銃を前にしていながらも「僕、またやりますから」と言い切る未成年の連続殺人犯人を撃ち抜いた過去を持つ西野という元刑事です。

その元刑事を、警察庁刑事局捜査第一課の時岡警視正が現場に連れ戻し、現在進行している暴力団の身内を対象とする連続殺人の解決に利用しようとします。

殺された三人は咽頭部に携帯電話が挿入されているという共通点を持つのですが、問題は三人の父親がいずれも恒成会、須藤一家、禿組という指定暴力団の主流派と見られる組の代表者だということでした。

当然、犯人捜しが始まり、それぞれの組の関係者が殺されていることが知れ渡ればその矛先は外国人へと向き、つまりは中国人犯罪グループとの戦争になることを危惧した時岡は、西野を利用しようと考えたのでした。

 

『砂の狩人』の感想

 

基本的にヤクザであろうとものともしない強さがあって、それでいて弱者に対する優しさを持ち、自らの信じるところに従って行動する男、というのは典型的なハードボイルドに登場する男の姿です。

これは、R・チャンドラーの作り出した探偵フィリップ・マーロウによる「タフじゃなくては生きていけない。やさしくなくては、生きている資格はない」という名台詞を引き合いに出すまでもなく、今ではステレオタイプと言えるこのような設定こそが普通一般人の好む娯楽小説のパターンだと思われ、本書はまさにその定番のスタイルであると言えそうです。

 

 

ただ、その定番の物語も、『狩人シリーズ』を通しての佐江というマル暴刑事の魅力があってこその話であり、それに加えて本書での西野やというキャラクターが参加することでより魅力的な物語になっています。

そして、そうした個々のキャラクターの魅力に加え、彼らを魅力的に動かす物語自体がよく練り上げられていることもまた魅力的な物語の前提条件ではあります。

 

魅力的ななキャラクターという観点で本書『砂の狩人』の西野という元刑事を見ると、殺人犯を殺害した過去を持つ男という設定自体がまずあります。

それと合わせて、自分が犯した殺人犯の殺害について「会ったためしもない、おそらく一生会うこともない誰かを、俺はあのとき助けたかった。」という台詞を言わせることで、強烈な自負心と正義感を持ったキャラクターの性格付けを明確にしています。

佐江という、読者がすでに知っているであろう刑事について「佐江を信用できなければ、信用できるマル暴刑事などいない」と言わせているのも同じです。

 

一方で、という男もまた魅力的です。原は空手三段、ボクシングでも全日本四位までなった実力で芳正会組長工藤文一の直近のボディーガードを務め、当然素手喧嘩でも達人です。

西野が可愛がっていた娘サチは工藤の娘であり、四番目の被害者となってしまいます。西野はサチの事件があって時岡の誘いに乗ったのでした。

さらに本『狩人シリーズ』の真の主人公である新宿署マル暴刑事の佐江が加わり男の物語が繰り広げられるという、まさに私好みの物語となっています。

この三人の活躍に加え、中国人犯罪グループのまとめ役のという中国人や時岡の上司の氏森など、癖のある登場人物をうまく配置し。複雑なストーリーをうまくまとめ上げてあるのは大沢在昌ならではのストーリーだと思われます。

 

近年では『機龍警察シリーズ』の月村了衛の描く物語の世界感が大沢節に似たものを感じると言えます。

大沢作品と同様に良く練り上げられたストーリーと、派手なアクション、魅力的な主人公たち、と並べれば、面白いアクション小説の条件とも言えそうですが、そうした条件を兼ね備えた小説はそうは見つからないものです。

 

本書『砂の狩人』は、前作『北の狩人』よりも数段読みご和えのある作品として仕上がっていました。また、次作『黒の狩人』もまた、男くさい物語で、何よりも佐江本人が中心となって活躍する物語です。こちらもかなり読み応えのある作品です。

雨の狩人

本書『雨の狩人』は、『狩人シリーズ』の第四弾となる長編のハードボイルド小説です。

サイドストーリーとして少女プラムの物語がある本書は、後に佐江の話と一つになって、さすがの面白い小説として仕上がっていきます。

 

新宿のキャバクラで、不動産会社の社長が射殺された。捜査本部に駆り出された新宿署の佐江が組まされたのは、警視庁捜査一課の谷神。短髪を七三に分け、どこか人を寄せつけない雰囲気をもつ細身の谷神との捜査は、やがて事件の背後に日本最大の暴力団・高河連合が潜むことを突き止める。高河連合の狙いとは何か?人気シリーズ、待望の第四弾!(上巻 : 「BOOK」データベースより)

佐江と谷神は高河連合が推し進める驚くべき開発事業の存在を暴き出した。だが、ヒットマンらしき男に命を狙われる佐江。死をも覚悟したその時、ライダースーツ姿の謎の人物が殺し屋の前に立ちはだかった…。高河連合の「Kプロジェクト」とは何か?佐江の「守護神」とは誰なのか?白熱のエンターテインメント巨編、圧巻の大団円!(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

先述のとおり本書『雨の狩人』は『狩人シリーズ』では四作目ではあるのですが、個人的にはシリーズで最初に読んだ作品でした。

読み始めは佐江という刑事の物語での立ち位置をあいまいに感じていたのですが、すぐにこの物語の魅力に惹かれてしまいました。

 

新宿のキャバクラで高部という不動産会社の社長が殺されます。事件の裏には新宿オレンジタウン一帯についての地上げが絡んでいるらしいのです。

新宿署の刑事佐江は警視庁捜査一課の谷神と組み、その地上げには日本最大の暴力団である高河連合が動いていることを探り出すのでした。

一方、並行してフィリピンの少女プラムの物語が語られます。

 

本書の帯には「『新宿鮫』と双璧を成す警察小説シリーズの最高傑作」という惹句が書かれていました。

確かに『新宿鮫シリーズ』での鮫島と同じく本書の佐江も仲間から孤立している一匹狼です。

しかし、叩き上げである点がキャリア組である鮫島とは異なります。そして、各巻で相方と呼べる男と共に行動する点も異なります。特に本書では、谷神という刑事と組んで共同して捜査を遂行します。

 

 

何より感じるのは、『新宿鮫シリーズ』という物語は鮫島という存在感のあるキャラクタに加え、物語自体が警察小説としてのリアリティを持っていました。

それに対し本書『雨の狩人』の場合、物語の先には『天使の牙シリーズ』のようなエンターテインメント性の豊かな、アクション性の強い展開が控えています。

「俺は管内の極道には、確かに詳しい。だが、俺に詳しい極道は、シャバにはひとりもいない」と言い切る佐江は、まさにハードボイルドの主人公のせりふです。

しかし、物語はそうは進まずにアクション小説の方向へと進んでいくのです。

 

本書『雨の狩人』ではサブストーリー的に少女プラムの物語が語られます。そして、佐江の物語と一つになって終盤へと流れ込むのですが、この構成が非常に効果的です。

こうした物語の組み立て方は、大沢在昌のエンターテインメント小説の職人としての見せ場でしょう。現実的か否かは別として、面白いアクション小説であることは間違いないと思います。

北の狩人(上・下)


北の狩人』とは

 

本書『北の狩人』は『狩人シリーズ』の第一弾で、1996年11月に幻冬舎からハードカバーで刊行され、1999年8月に幻冬舎文庫から350+347頁の上下二巻の文庫として出版された、長編のハードボイルド小説です。

読み始めに感じた期待感は持続しませんでしたが、それでも文庫上下巻合わせて700頁近い長編でありながら、かなり読みごたえのある作品でした。

 

北の狩人』の簡単なあらすじ

 

新宿に北の国から謎の男が現れる。獣のような野性的な肉体は、特別な訓練を積んだことを物語っていた。男は歌舞伎町で十年以上も前に潰れた暴力団のことを聞き回る。一体何を企んでいるというのか。不穏な気配を感じた新宿署の刑事・佐江は、その男をマークするのだが…。新宿にもう一人のヒーローを誕生させた会心のハードボイルド長編小説。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

ついに、北の国から来た男の正体と目的が分かった。その瞬間、新宿署の刑事だけでなく暴力団の幹部までもが息を呑んだ。「あの時の…」彼は十二年前に葬られた、ある出来事の関係者だったのだ。過去の秘密が次々に明かされていく。やがて彼は「獲物」を仕とめようと最後の賭けに出る。だがそこには予想だにしていない悲しい結末が待っていた。(下巻 : 「BOOK」データベースより)(「BOOK」データベースより)

 

新宿にふらりと現れた一人の若者が、十年以上も前に潰れてしまった「田代組」という暴力団のことについてヤクザに声をかけて聞きまわっているのですから何事かと気になります。

この若者を見ていた新宿署の刑事である佐江も同じ印象を持ったようで、田舎ものと目星を付けた女子高校生の杏とエリによって、その筋の経営する店へと送りこまれたこの若者を助け出すのでした。

 

北の狩人』の感想

 

本書『北の狩人』は、狩人シリーズの第一作目である長編のハードボイルド小説です。

この梶雪人という若者は何故ヤクザに喧嘩を売るような行動をとっているのかと、冒頭から示される謎につい引き込まれてしまいました。

また、この若者は田舎者であることを隠そうとはしないものの、鍛え上げられた肉体をもち、ヤクザ相手に全く物怖じしない態度であり、その純朴さも含め、まさに新しいヒーロー像と言って良いほどに実に魅力的に感じたのです。

そして、序盤でこの若者を引っかけたという娘のほのかな恋心など、物語としての見せ方が上手い、と感じ入ってしまいます。さすが大沢在昌なのです。

 

ところが、物語の序盤を過ぎ、少しずつ謎が明らかになってくるあたりから微妙に雰囲気が変わってきます。

そして、文庫本の下巻に入るあたりには、普通のアクション小説へと変化していました。冒頭で見せた純朴な青年である梶雪人という青年のヒーロー性は消えて無くなっていました。

面白くないのではなく、新鮮さが無くなり、大沢在昌のいつもの面白さ満載のアクション小説になっていたのです。

シリーズを通しての語り手である新宿署刑事の佐江宮本近松というヤクザ、それに新島という正体不明の男という登場人物は、いつもの大沢小説に登場する刑事であり、ヤクザであって、当初感じた新鮮な風は消え、大沢在昌らしいアクション小説になっていました。

本書『北の狩人』の「あとがき」で、千街晶之氏が主人公の梶雪人について「純朴な梶は、巻頭の登場シーンこそ不穏な雰囲気を漂わせているものの、後半は何やら頼りなくも見えてくる。」と、同じようなことを書いておられました。

新宿鮫シリーズ』の鮫島を思わせるヒーロー像あったはずの存在が普通の青年に変わってしまったのです。

しかしながら、本書『北の狩人』を第一巻目とするこの狩人シリーズは、大沢在昌という作家の作品の中でも『新宿鮫シリーズ』と並ぶ面白さを持ったシリーズだと思います。

なお、本書『北の狩人』を原作とする、もんでんあきこ著の『雪人 YUKITO』というコミックがあります。このコミックがなかなかによく、原作の雰囲気もこわさない、読みがいのあるコミックとして仕上がっていました。

獣眼

獣眼』とは

 

本書『獣眼』は『ボディガードキリシリーズ』の第一弾作品で、2012年10月に徳間書店からハードカバーで刊行され、2015年7月に間文庫から665頁の文庫として出版された長編の冒険小説です。

大沢作品としては普通に面白い作品でした。

 

獣眼』の簡単なあらすじ

 

素性不明の腕利きボディガード・キリのもとに仕事の依頼が舞い込んだ。対象は森野さやかという十七歳の少女。ミッションは、昼夜を問わず一週間、彼女を完全警護すること。さやかには人の過去を見抜き、未来を予知する特別な能力が開花する可能性があるという。「神眼」と呼ばれるその驚異的な能力の継承者は、何者かに命を狙われていた。そしてさやかの父・河田俊也が銃殺されたー。(「BOOK」データベースより)

 

獣眼』の感想

 

本書『獣眼』は、大沢在昌らしいアクションハードボイルド小説です。

本名も年齢も分からない一匹狼のボディーガード“キリ”を主人公とした作品で、それなりに、しかし大沢作品としては普通の面白さを持った作品として読みました。

 

ボディーガードのキリの今回の保護の対象者は、森野さやかという十七歳の少女であり、「神眼」が開花までの一週間のはずの仕事でした。

さやかの父親の河田俊也父親は現在の「神眼」の持ち主であり、未来を見通してキリに依頼してきたらしいのですが、保護対象のさやかは、父とは別に母親と二人で暮らしている奔放な娘でした。

 

序盤は個性的な主人公のキャラクターもあり、あの『新宿鮫シリーズ』にも劣らない面白い小説が出てきたと楽しみに読み進めました。

しかし、父親の河田が主宰する「至高研究会」という集団と、至高会と対立する組織である「ツブシ」と呼ばれる集団の存在が明らかにされ、さやかが正体不明の敵から実際に襲われる中盤あたりから、どうも雲行きが怪しくなっていきます。

つまり、主人公の個性がどこかにいってしまい、普通のアクション小説になってしまうのです。

勿論、普通のアクション小説ではあっても大沢在昌が描く物語ですから、それなりに面白い物語であることには間違いありません。でも、大沢在昌の物語にはどうしてもそれ以上のものを期待してしまうのです。

 

ちなみに、ボディーガードを主人公とした物語と言えば、ボディガード・キリ シリーズに書いたように、今野敏の『ボディーガード工藤兵悟』シリーズや、渡辺容子の「八木薔子シリーズ」を思い出します。

 

 

もちろん他にもかかれているでしょうが、現在直ぐに思い出す作品としては上記作品にとどまるようです。