バッド・コップ・スクワッド

バッド・コップ・スクワッド』とは

 

本書『バッド・コップ・スクワッド』は2022年11月に刊行された、長編のサスペンス小説です。

主人公の属する警官チームと対峙する犯罪者との目の前の金をめぐる緊迫した交渉が、手に汗握る作品となっています。

 

バッド・コップ・スクワッド』の簡単なあらすじ

 

「私のいる場所が正義だなんて誰が言った」
5人の刑事の最低な1日の、最悪な選択。

「彼は法を破ってでも、君を救ってくれるのか?」

違法捜査 昇任試験 監察官室 追跡 6億3000万円 小心者 人質家族 逃走経路 管理官 埼玉県警武南警察署 警視庁捜査一課特殊犯捜査……

正義と悪の狭間を行く5人の刑事の行き着く先は……!?
誰も見たことのない、衝撃の警察小説誕生!(内容紹介(出版社より))

 

元暴走族幹部が犯した強盗傷害事件捜査の容疑者を逮捕に向かったチームだったが、住まいであるマンションにはある筈の容疑者の車が無い。

しかし近所で容疑者の車を見つけ運転手を逮捕するが、その際、車体の弾痕から血を流している別の車を見つけてしまう。

その車が広い駐車場に入ったところでチームの一人がその車に近づくと、その車の運転手が突然発砲してきた。

何とかその男を捉えるが、その隙に逃走した最初に容疑者の車を運転していた男をチームの一人が誤って射ち殺してしまう。

ところが、主人公は誤射をしたメンバーに対し「望むならなかったことにしてやってもいい」と言い出すのだった。

 

バッド・コップ・スクワッド』の感想

 

本書『バッド・コップ・スクワッド』は、いつもの木内一裕の作品と同じように実に読みやすい作品でありながらも、サスペンス感満載の警察小説となっています。

本書の中心となるのは、埼玉県川口市東部を管轄する武南警察署の強行犯係のチームです。

メンバーは指揮をとる係長の小国英臣警部補を始めとして、チーム唯一の女性捜査員の真樹香織里巡査長橋本繁延巡査長、新米刑事の新田智樹巡査、そして本書の主人公でもある主任の菊島隆充巡査部長の五人です。

このチームが二週間ほど前に発生した強盗傷害事件の犯人と目される人物の逮捕に向かった先で遭遇した一台のハイエースを止めたところから新たな物語が始まります。

いきなり発砲してきたハイエースの運転手澤田弘幸を逮捕後に調べると、その車には数億の金が積んであったのです

ところが、今度はその金をめぐり新たな登場人物田中一郎まで現れ、事態は予想外の展開を見せ始めるのです。

 

本書『バッド・コップ・スクワッド』の最初のうちは、実在しそうもない警官たちを配してノワール風の物語を仕上げていく、木内一裕らしくない作品だという印象でした。

しかし、新田が拉致され、田中という第三者が現れたあたりから俄然物語の雰囲気が違ってきます。

背景や登場人物が一新した別の作品のように感じられてきて、濃密なノワール小説へと変わりました。

まさに木内一裕の物語が展開されて以降の展開が読めなくなり、一気に読み終えてしまいました。

 

もともと、木内一裕の作品は登場人物の心象はあまり表現されておらず、小気味いいリズムで会話が展開し、その会話の中で物語の進行が為されていきます。

そして、主人公の性格設定は基本的に「悪」であり、それゆえに物語はノワール小説の色合いを帯びる場合が多いのです。

そういう意味では、作者木内一裕が昔書いていた漫画『ビーバップハイスクール』の展開を思い出させるのです。

高校生が主人公ですから、もちろん内容は全く異なるものの、どこか物語に漂うコミカルなタッチや、時に見せるバイオレンスなど、作者の傾向はやはり同じだという印象です。

 

 

バイオレンスという点では『ドッグ・メーカー』や『煉獄の獅子たち』などの深町秋生と似たものを感じます。

しかし、深町秋生の作品はその暴力性の点で木内一裕のそれを上回りますが、逆に木内一裕に見られるユーモアのタッチは見られないと思います。

どちらがいいというものではもちろんなく、私の中ではどちらも面白いエンターテイメント小説であり、全部の作品を読みたい作家さんでもあります。

 

 

話を本書『バッド・コップ・スクワッド』に戻すと、本書は菊島を中心とするチームの物語にはなっていますが、その実、菊島個人の物語です。

菊島自身も言っているように、菊島自身が犯罪者側にその心裡が傾いていて、その点で本書は悪徳警官ものの変形ということもできるかもしれません。

そうした面で本書はノワール小説なのであり、元ヤクザが探偵をやっている同じ木内一裕が描く『矢能シリーズ』と同様に、新たに菊島を主人公とする元警官である犯罪者のシリーズとして続行されることを期待してしまいます。

 

 

本書の菊島というキャラクターはそれだけ魅力的な人物であり、シリーズを維持していけるだけのキャラクターだと思うのです。

木内一裕の作品にははずれがない、という言葉をネットでも散見しましたが、全く同意見です。

今後の展開を期待したいと思います。

ブラックガード

ブラックガード』とは

 

本書『ブラックガード』は『矢能シリーズ』の第五弾で、2021年11月に講談社からハードカバーで刊行され、2023年10月に講談社文庫から288頁の文庫として出版された、長編のハードボイルドミステリー小説です。

シリーズを重ねるにつれ、主人公である矢能のキャラクターが明確になり、また栞の存在が際立ってきているように思え、物語の面白さが増しているようです。

 

ブラックガード』の簡単なあらすじ

 

きっかけは、謎の資産家からの依頼だった。
2億円の価値ある商品。
購入の条件はただ一つ。
最も危険な探偵を雇うこと。

小学三年生の娘と二人暮らしの私立探偵・矢能。久しぶりの仕事は「2億円の商品取引」の交渉人。
だが、なぜ彼が選ばれたのかは明かされなかった。
そして、取引現場で目的不明の殺人が起きる。

立て続けに起きる誘拐と殺人。
次々に現れる新たな依頼人と行方不明者。
シリーズ史上、最も難解な事件の幕が上がる。

元ヤクザの探偵×掟破りのミステリー
「なにが起こっているんです?」「俺にもわからん」
「矢能シリーズ」第5作!(内容紹介(出版社より))

以前依頼を請けて働いた鳥飼美枝子弁護士から紹介を受けたという竹村という弁護士が、矢能でなければできないという仕事を依頼してきた。

竹村弁護士の事務所で待っていた正岡道明という依頼人によれば、取引相手のサトウという男が矢能を指名し、矢能を介してだけ取引を行うと言ってきたのだそうだ。

サトウが取引を持ちかけてきた商品は正岡が欲しがっているものらしく、矢能が引き受けなければその品物が手に入らないのだというのだった。

依頼を断った矢能は、の哀しそうな顔を見ることになったが、その翌日、正岡からサトウに孫娘が誘拐されたという連絡が入り、矢能は依頼を請けざるを得なくなるのだった。

 

ブラックガード』の感想

 

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

昨年末から本稿を書きつつあったのですが、本日のアップとなってしまいました。

2022年という新しい年なり、私も後期高齢者まであと少しです。

思い切り走れない身体となり、歳をとるにつれ、楕円形のボールを追いかけて思う存分グラウンドを走り回っていたのがほんの少し前のように思えるのが不思議です。

今年も私の駄文にお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。

 

さて、本書『ブラックガード』は、個人的には『矢能シリーズ』のなかで一番面白いと思えた作品です。

ストーリー自体はもちろん、作品としての雰囲気が一番落ち着いていて、久しぶりに読みごたえのあるハードボイルド作品を読んだと思えたのです。

この『矢能シリーズ』は、巻を重ねるごとに矢能の個性、自信の生き方へのこだわりがよりはっきりと打ち出されてきていて、本書ではまさにハードボイルド小説と断言していい物語になっています。

前作『ドッグレース』も殆どハードボイルド小説と呼んでもいいかと思うほどの作品でしたが、ハードボイルド作品とは主人公の内面が丹念に描き出されていることが必要だと個人的に思っているので、前作は「エンターテインメントとしての」という修飾語付きのハードボイルド小説と書いたものでした。

これでまでは、ヤクザの世界に片足を残しつつも探偵の仕事をこなしていく矢能の世界が確立する過程であって、本書で日本的なハードボイルド小説として主張できるようになったということです。

ですからこれまではハードボイルドチックなエンターテイメント小説と言わざるを得なかったのです。

 

木内一裕という作者はいわゆる面白いストーリーを展開させることがうまく、本書でも、探偵業を掲げていながら普通の浮気調査のような仕事を請けたくない矢能の探偵としての働きを描き出しています。

そのことは、本書『ブラックガード』での依頼者が矢能を担ぎ出さざるを得ない状況が、同時に矢能に依頼しなくてはならない謎に直結しているという物語の構造にも表れていて、以後の物語へと自然に展開していきます。

また、仕事の依頼をなかなか請けない矢能の態度に栞が悲しそうな顔を見せるため、栞のいる事務所での仕事の依頼に対し「栞の前で、断る、とは言えなかった。ため息が出た。」という場面や、矢能が仕事を請けたときに栞が作ってくれる鍋料理を思い出す矢能の姿などが読者の心に溜まっていき、作品の全体の印象が決まるのでしょう。

同時に栞と矢能との関係、栞と矢能との性格など様々な背景が構築されていき、シリーズの印象が出来上がっていくのです。

 

こうした『矢能シリーズ』一番の特徴でもある栞という女の子の存在もまた矢能の行動原理の一部になっていて泣かせます。

とくに、物語の中での栞の位置や栞と矢能の会話が絶妙で、強面ではあるが底は優しい矢能の内面も含めてうまいこと描き出してあります。

それは、美容院のお姉さんとの食事の場面でもそうで、ハードな面での矢能とソフトな一面を見せる矢能との描き分けがとても楽しく、面白く読むことができるのです。

 

ちなみに、名前が出てきた鳥飼美枝子という弁護士はシリーズ前作の『ドッグレース』に登場してきた弁護士です。

矢能シリーズ

矢能シリーズ』とは

 

元ヤクザの矢能政男という男の探偵稼業の様子を描いたハードボイルドミステリー小説です。

矢能という男のキャラクターにもよるのでしょうが、小気味のいい文体で読みやすいこともあり、好きなシリーズの一つになっています。

 

矢能シリーズ』の作品

 

 

矢能シリーズ』について

 

この『矢能シリーズ』は、普通の探偵小説とは異なり、本格派の推理小説でも、クールなハードボイルド小説でもありません。

元笹健組にいたという矢能の前身に応じ、もっぱらヤクザを顧客とする、いわばヤクザ御用達の探偵なのです。

ただ、矢能のもとには栞という小学生の女の子がいますが、この栞という少女の存在が本『矢能シリーズ』の魅力の一つとしてあると思われます

また、後には栞の勧める美容室の女性もシリーズの雰囲気を和らげる役目を果たしていそうです。

この栞や美容室の女性の来歴は簡単ではありますが、シリーズ第一弾の『水の中の犬』に述べられています。

 

本『矢能シリーズ』は、そもそも『矢能シリーズ』というシリーズ名で通るものかどうかも実はよく分かりません。とはいえ、ネット上では『矢能シリーズ』で通っているようですからいいのでしょう。

先にシリーズ第一弾は『水の中の犬』と書きましたが、実はシリーズ第一弾はと問われるとそれがはっきりとはしません。

矢能という男が最初に登場するのは、確かに『水の中の犬』という作品です。

このときはまだ菱口組若頭補佐笹健組組長の笹川健三のボディーガードのようにして笹川の側にいました。その組内の地位は不明ですが貫禄十分の笹健組の組員であったと思っていいのでしょう。

しかし、『水の中の犬』の主人公は矢能政男ではなく、「私」として登場する探偵です。

本シリーズの『矢能シリーズ』というネーミングからも分かる通り、本シリーズの主人公は矢能政男という男だとするならば、この『水の中の犬』は『矢能シリーズ』の前日譚ともいうべき位置にあります。

この矢能政男がヤクザをやめ、『水の中の犬』の主人公の「探偵」の後をついで探偵となるのです。

その辺の詳しい事情は『水の中の犬』を読んでもらうしかありません。

 

 

シリーズの主人公と言える矢能政男が本格的に活躍するのは、ですから第二弾の『アウト&アウト』からです。

新米探偵が元ヤクザという経歴を生かして様々な依頼を処理していくさまが描かれています。

矢能にはどうにも似合わない稼業だと人は言いますが、むかし取った杵柄で業界には顔が通っていて、まんざらでもなさそうです。

 

第一弾がダークな雰囲気のハードボイルドミステリーだとするならば、、第二弾以降は若干コミカルなニュアンスを抱えるハードボイルドエンターテイメント小説です。

さらには、第五弾ではもうハードボイルド小説と断言できると思います。それだけ、矢能という探偵の人物像、栞との関係性が確立してきていると思うのです。

まだまだこれから続いていくシリーズでしょう。

この『矢能シリーズ』は、私にとって続巻が楽しみなシリーズの一つなのです。

嘘ですけど何か

嘘ですけど何か』とは

 

本書『嘘ですけど何か』は、2016年10月に新刊書として刊行され、2018年10月に336頁の文庫本で出版された長編のノンストップエンタテイメント小説です。

木内一裕という作家の特徴の一つであるコンパクトなストーリー展開が小気味いい作品でしたが、特別面白いとまでは言えない、普通の面白さの作品でした。

 

嘘ですけど何か』の簡単なあらすじ

 

水嶋亜希、三十二歳独身。文芸編集者としてトラブル処理に飛び回る日々。仕事を頑張ったご褒美のように、ある日高スペックのエリート官僚と偶然出会い恋が始まる予感が。だが新幹線爆破テロ事件が発生すると、明らかに彼の態度が怪しくなっていく―私、騙されてる?痛快でドラマティックな反撃が始まる!(「BOOK」データベースより)

 

雄辨社という出版社に勤務する女性編集者の水嶋亜希は、ある日外務省に勤務する二枚目と出会い、その日のうちに一夜を共にしてしまう。

待田隆介という名のその男とは連絡が取れないでいたが、新幹線の爆発事件のテレビのニュースをみると総理の横にいるのだった。

亜希は食事に誘われて、現在は内閣総理大臣秘書官補だという待田の家に行くが、待田が誰かに殺人の電話をかけているのを聞いてしまう。

あわてて逃げ帰ってしまった亜紀だったが、翌朝、待田のスマホの画面で見た西本さやかという女が殺されたというニュースが飛び込んできた。

早速警察署へ行き、西本さやか事件の犯人は内閣総理大臣秘書官補の待田隆介という男だと告げるが、現れた刑事は待田隆介は警視庁のキャリア官僚の警視正だと言い、逆に亜紀を偽計業務妨害の疑いで逮捕するというのだった。

 

嘘ですけど何か』の感想

 

本書『嘘ですけど何か』もまたじつに木内一裕の作品らしい、コンパクトにまとまった、スピード感にあふれた作品でした。

本書の主人公水嶋亜希は自分は「平然とウソをつく」ことを認めており、その上で自分のウソは相手をつかの間幸せにするのであり、ましてやそのウソがばれたことはないのだから自分は「誠実な人間」だと思っています。

そして自分が担当する作家がゴネたり理不尽な要求をしてきても、これを舌先三寸で丸め込んで望む結果へと導き、警察で尋問を受けても担当の刑事をやり込めるほど達者な口をしています。

 

本書『嘘ですけど何か』の前半は亜紀が逮捕されたり、新幹線爆破の様子が描かれたり、西本さやかについて語られたりと、物語の前提が揃えられていく過程が展開されています。

この前半はまさに亜紀の口のうまさ、つまりはタイトルの『嘘ですけど何か』がそのままに生きる亜紀のウソが幅を利かせています。

ただ、本書も後半になると亜紀の「ウソ」が出る場もあまり見られません。

 

登場人物としては、まずは亜紀が担当していた作家の中学生の息子の桐山八郎兵衛や、さらに物語のキーマンでもある小田嶋環とその仲間、それに内閣情報調査室の槙野などが登場してきます。

そうして、物語は待田の叔父である柴田宗矩元刑事や内閣情報調査室などを巻き込んで展開することになります。

つまり、物語が満ちてくると待田にとっては転落するジェットコースターに乗っているような、ノンストップの物語が描かれることになり、亜紀の「ウソ」が出る幕もなくなるのです。

 

本書『嘘ですけど何か』では、「ふざけるな!」という言葉で物語が始まる場面が多々あります。

特に第二章「脅かす女」では、全六項の話のうち第五項を除く四つの項で「ふざけるな!」という内心の言葉から始まっています。

こうした遊び心が一定の効果を持ってい入るのでしょうが、すべての項の始まりを「ふざけるな!」とい言葉で統一しているというわけではありません。

物語に一定のリズムや、ユーモラスな効果を与えている点は認めますが、何となく中途半端な印象もあります。

 

「もと」ではありますが女性弁護士が登場する物語と言えば、柚月裕子の『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』という作品があります。

この作品はもと弁護士の上水流涼子とその助手貴山が、依頼者のために頭脳を絞り出して知的ゲームを楽しむ六編の短編からなるミステリー小説集です。

ノンストップサスペンス風のエンターテイメント作品である本書とはかなり内容が異なる作品です。

 

 

以上のように、本書『嘘ですけど何か』は場面展開も早く、テンポよく読み進めることができます。そして、面白い物語であることに間違いはありません。

ただ、今一つこの作者の『矢能シリーズ』のような読みごたえを感じなかったということです。

 

小麦の法廷

小麦の法廷』とは

 

本書『小麦の法廷』は、2020年11月に291頁のソフトカバー版で、2022年10月に264頁の文庫版で刊行された長編のサスペンス小説です。

タイトルに「法廷」とはあるものの法廷場面はあまりなく、法律を知悉したアウトローを相手に法廷外で奮闘する小麦の姿が描かれている、いつも通りの軽くて読みやすい木内一裕作品です。

 

小麦の法廷』の簡単なあらすじ 

 

杉浦小麦、二十五歳の女性弁護士。初めての担当は、仲間内で起きた傷害事件。罪を認める被疑者との面会を終え拘置所を出た小麦は、大勢のマスコミに囲まれてしまう。「あなたは、殺人犯のアリバイ作りに協力しているんですか!?」彼女が偶然引き受けた国選弁護の仕事が世間を震撼させる大事件へと変貌する。(「BOOK」データベースより)

 

本書の主人公、新人弁護士杉浦小麦はいわゆる空き家問題で、菅原道春という名の行方不明の相続人調査の案件を抱えていた。

そこに、新人弁護士にとっては貴重な収入源である国選弁護の案件を受けることになり、仲間内の傷害事件であって被告人も起訴内容を全面的に認めている、いわゆる「いい案件」を受任する。

被告人の中尾雄大は酔って同僚である隅田賢人を殴り怪我をさせたという事件で、情状証人に本件の目撃者である日南商会社長の津川克之がいるらしい。

簡単な案件のはずだった。ところが警視庁捜査一課の刑事が訪れてきて、中尾雄大の事件は、今世間を騒がせている事件の真犯人がアリバイ作りのために捕まった偽装だというのだ。

被告人との接見を終えた小麦は、待ち構えていたマスコミに対し無罪を勝ち取ると宣言してしまう。

 

小麦の法廷』の感想

 

木内一裕の作品群は、とてもテンポのいい文章であることを特徴の一つとしています。それに物語がコンパクトであり、その中でうまくまとめられている印象があります。

例えば、先日読んだ『飛べないカラス』やこの作者の一番の人気シリーズともいえる『矢能シリーズ』にしてもそうです。

これらの作品はどちらも探偵ものですが、ともに主人公が関係する事件が個人的な事柄への対応を描きだしている印象なのです。

それ以上に、おおきな組織との関り、それも国家などの巨大組織とのからみはありません。せいぜい暴力団、それも小さな組織が関係するくらいです。

 

 

もともとハードボイルド小説は、チャンドラーの人気シリーズであるフィリップ・マーロウ・シリーズの『ロング・グッドバイ』などを見ても、舞台があまり広くない印象があります。

木内一裕の物語も同じで物語世界はまとまっています。だからといって話が面白くないというわけではなく、ストーリー展開は私の好みに合致するのです。

 

 

本書『小麦の法廷』もそうで、元レスリング選手の新人弁護士である主人公、杉浦小麦の活躍が大きな仕掛けはなく描かれています。

つまりはダイナミックにスケール大きく展開する物語というわけではなく、軽く読み進めることができる作品です。

とはいえ主人公まで小さくまとまっているわけではなく、主人公小麦のレスリング選手としての経験からか、度胸だけはベテラン弁護士のようで、当たって砕けろ式でぶつかっていく様は心地よくもあります。

 

ただ、序盤の小麦の化粧への挑戦の場面や指導弁護士の蟹江弁護士の電話に対する愚痴の場面など、少々間延びした印象を受ける箇所もあるにはありました。

更には、小麦の指導担当弁護士である蟹江弁護士はたまにユーモラスな振る舞いを見せるものの、あまりその存在感を見せず、もう少し活躍の場があってもいいかなという思いもありました。

小麦の助っ人としては、小麦が中学生の時に母親と離婚し、ロースクールの頃に逮捕され現在も静岡刑務所に服役中の父親である磯村麦がいます。

この父親が裏社会には詳しいらしく、小麦にアドバイスをくれるのです。それも具体的な助言ではなく、小麦が自力で解決法を見つけることができるようなアドバイスです。

父親が刑務所に入ることになった原因が官側の法律の拡大解釈にある、という点は裁判所の判断が入ることを思うと少々疑問がありますが、それでもこの父親は魅力的です。

今後もし本書『小麦の法廷』がシリーズ化されるとすれば当然登場してくる存在でしょう。

 

しかし、その他の展開は小気味いいもので、楽しく読み進めることができた作品ですし、シリーズ化を期待したい作品でした。

飛べないカラス

飛べないカラス』とは

 
本書『飛べないカラス』は、出所したばかりの元売れない役者を探偵役とする、長編のミステリーです。

ミステリーとは書きましたが、そう言い切っていいのか疑問もあるほどに物語の謎自体は深くはありません。にもかかわらず、物語としてはかなりの面白さがある不思議な小説です。

 

飛べないカラス』の簡単なあらすじ

 

俺の幸運は、不幸の始まり…のはずだった。元売れない俳優で、元企業経営者。元犯罪被害者で、元受刑者。納得しようのない罪での服役を終えた加納健太郎への奇妙な依頼は、彼を運命の女へと導いた。規格外のニューヒーロー誕生!笑い、驚き、涙するすべてが詰まった究極の娯楽作!(「BOOK」データベースより)

 

主人公は加納健太郎という元売れない役者です。この男が、ある理由から入った刑務所から出所するところからこの物語は始まります。

シナリオライター界の重鎮である大河原俊道から、自分の娘かもしれない村上沙羅という女が現在幸せでいるかどうかを調べてきてほしいと頼まれます。

その女村上沙羅はあっさりと見つかりますが、加納健太郎は、逆に「私のこと、わかりませんか。」と問われる始末でした。

さらに、そのすぐ後に知り合った前田慎也という男は、その数日後死体となって発見されるのです。

 

飛べないカラス』の感想

 

読みはじめは、一人称での語りだというこもあり、また物語の内容が人探しであることもあって、本書『飛べないカラス』はハードボイルド小説だと思い読み進めていました。

ところが、そうかからないうちにどうも話がハードボイルド小説とは異なり、どちらかというと、軽いミステリータッチの探偵小説のように進んでいることに気が付きます。

たしかに、主人公は生き方にこだわりを持っているようであり、腕っぷしも強く、襲い掛かる正体不明の暴力に対してもこれを軽くいなしてしまいます。

しかし、ハードボイルドをにおわせるのはそれだけであり、正体不明だと思っていた暴力の正体はすぐに明らかになります。

 

それどころか、探す対象の女はすぐに見つかり、その女は主人公を知っていて、私のことを覚えていないのかと、逆に問われてしまうのです。

そこで、自分とその女とのかかわりを探すことになるのですが、そこは主人公のこだわりを貫く姿勢が描写されるわけでもなく、少しずつ判明してくる情報をもとに正解にたどり着く、それだけのことです。

 

でも、そこ過程が結局は主人公の加納健太郎の過去を振り返ることにもなり、また役者加納健太郎としての役者論、演劇論の端をかじるような描写もあって、なかなかに読ませます。

それは勿論、本書『飛べないカラス』を書いている木内一裕という作者の力量だと思うのですが、読みこめば深さを感じさせるような内容を軽く感じる文章で描いてあり、とても読みやすいのです。

 

ただ、本書で唯一つといっていいのかもしれませんが、不満点を挙げるとすれば、宮下日菜という女性についての書き込みがあまり無いということです。

この女性は本書でかなり重要な役目を担っているはずなのですが、宮下日菜という女性がどのような人物なのか、その背景は全くと知っていいほどに書いてありません。

例えばキャバ嬢のアルバイトをしていたとか、キャバクラの共同経営の話でトラブっているとかの表面的な事実は書いてあっても、何故にこうも深く加納健太郎に関わるのかなど、宮下日菜個人を深く知る情報は無いのです。

もう少し、加納健太郎に関わる事情を書いてあればと読み進めながらなのも思ったものです。

 

何はともあれ、木内一裕という作家の作品は、会話文の使い方のうまさ、ストーリー運びのうまさなど、私の好みにうまく合致しているようです。

もっとも、木内一裕の作品全体としてみるとき、何となく世界観が狭い印象はあります。

それが悪いということではなくて木内一裕が作り出す物語として大好きなのですが、例えば大沢在昌の『新宿鮫シリーズ』のような物語などと比べると、物語世界の広がりが狭いと感じるのです。

 

 

この作家の作品は文章のテンポがいいだけに、じっくりと読みこむとのではなく、ストーリーの流れに乗っていくことが楽なのではないでしょうか。

そのことが、物語の中でのいろいろな意味での距離感を、空間的にも、また人間関係においても広く感じさせていない、とも思えるのです。

 

私は、この作家では『矢能シリーズ』の大ファンでもあります。

本書の主人公加納健太郎も『矢能シリーズ』の矢能のように面白いキャラクターだけに、本作があの『矢能シリーズ』のように膨らんでくれればと思います。

でも本書で加納健太郎の人生の核心に踏み込んでいるので、多分そうはならないでしょう。

 

ドッグレース

ドッグレース』とは

 

本書『ドッグレース』は『矢能シリーズ』四冊目の作品で、文庫で320頁の長編のハードボイルド小説です。

主人公と栞という少女の存在が生きている、軽く読めて面白いエンターテイメント小説の王道的な作品です。

 

ドッグレース』の簡単なあらすじ

 

人気俳優とカリスマ歌姫が惨殺された。容疑が濃厚なドラッグ密売人が逮捕されるも冤罪を主張。弁護人から協力を請われた元ヤクザの探偵・矢能は裏社会のディープゾーンに踏み込み容疑を覆す鍵を握るアウトローの捜索に乗り出した。最高難度の人捜し、その行方は―。一気読み必至の「高回転」犯罪サスペンス!(「BOOK」データベースより)

 


 

ドラッグ売人の児嶋康介は人気俳優の松村保と歌姫の夏川サラを殺した容疑で逮捕された。その際に児島が連絡を取ってほしいと頼んだ相手は弁護士ではなく元ヤクザの探偵の矢能だった。

その矢能政男は児嶋の弁護士鳥飼美枝子から真犯人と目されるガスこと西崎貴洋の友人の河村隆史という男を探す仕事を依頼される。

鳥飼らのスポンサーだという六本木のドラッグ業界のキングからこの仕事の裏の事情を聴いてた矢能はこの仕事を請けることにする。

他方、矢能を知る警視庁捜査一課六係の係長中尾警部と砂川佑警部補のマル暴コンビは、東京地検の金山検事から、矢島を調べ偽装工作をするようであればそれを阻止するように命じられるのだった。

 

ドッグレース』の感想

 

本書『ドッグレース』をハードボイルド小説といっていいものかは疑問もありますが、まさに「エンターテインメントとしての」という修飾語付きのハードボイルド小説と言い切ってもいいと思われます。

本『矢能シリーズ』では、まずは矢能が第一巻目の『水の中の犬』で死んだ名無しの探偵の「私」から預けられたという名の女の子の存在が強烈です。

あらためて言うまでもなく、この栞は矢能を中心とする本書においての無垢な存在として、足は洗っていても変わらずに暴力的な雰囲気を持つ矢能の一片の良心であるのでしょう。

 

 

また良心と言えば、栞が慕う美容院のお姉さんに関しての話もまた、少々半端な印象はあるものの、ヤクザのバイオレンス物語の清涼剤として効いています。

この美容院のお姉さんは『水の中の犬』でも死んだ探偵の心のオアシスとして登場しています。

本『矢能シリーズ』も、ほかの面白いと言われるエンターテイメント小説と同様にキャラクター設定がかなり生きていると思われる作品であり、ことは本書『ドッグレース』でもそのままにあてはまります。

 

本書『ドッグレース』の物語自体は単純な人探しの物語であり、ハードボイルド小説の王道です。

つまり、主人公の矢能が元ヤクザという経歴を十分に生かせる仕事が舞い込む、という話であり、探偵としての矢能がその力を無理なく発揮できる舞台が設けられているのです。

というのも、矢能が依頼された人探しの対象となる河村という男は裏社会に潜む男であり、まさに元ヤクザの矢能のコネクションが生きる対象だったのです。

 

本書『ドッグレース』はまた、シリーズ全体が有しているバイオレンスの雰囲気に包まれた物語でもあります。

かしながら、どこかコミカルな面も持ち合わせているのであり、例えば平山夢明の『ダイナー』のようなバイオレンスそのものの塊のような作品とはまた異なります。

アウトローが主人公という点では馳星周の『不夜城』が挙げられるのかもしれませんが、本書はこの『不夜城』ほどダークではありませんし、シリアスでもありません。

 

 

本書『ドッグレース』は、まさにエンターテイメントに徹していて、栞の存在など、読者の読みやすさなどに配慮された作品だと言えます。

これからも楽しみなシリーズです。

デッドボール

思惑どおりにいかない人生に自棄を起こしそうになっていたノボルのもとに、簡単数日間の仕事で1000万円の報酬という話が舞い込む。別れた彼女に借りた金を返すためにも早急に金が必要だったノボルはためらいながらもその仕事を受ける。約束の場所に約束の人物は現れなかったのだが、一夜明けるとノボルらは殺人犯として追われる立場になっていた。

実に視覚的で映像感覚豊かな痛快小説です。木内一裕らしい、テンポのいい青春アクション小説として仕上がっています。

主人公のノボルは、単純な仕事のはずだったのにより大きな何者かの思惑に取り込まれ、殺人犯にされてしまいます。一打席だけバッターボックスに立ったつもりがその一球はデッドボールだったのです。自分たちは何故こんな目にあっているのか、誰に騙されているのか。兼子ノボルと彼に話を持ちかけててきた源田ツトムらはその謎に立ち向かうのです。

常に視点が変化します。同じ場面をも異なる視点で描きつつ、それぞれの立場での舞台裏を見せながら、互いの行動の意味を明らかにしています。視点の変化というその流れさえも、構成がしっかりしているために紛らわしくなく、端的な文体とも相まって実に効果的です。映画的と言っても良いかもしれません。

木内一裕と言えば、なぜか深町秋生の作品を思い出してしまいます。深町秋生といえば、第3回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、「渇き。」というタイトルで映画化もされた『果てしなき渇き』という作品が一番有名だと思われるのですが、多分木内一裕の『藁の楯』と物語の持つ雰囲気が似ているのだと思います。

ただ、子細に検討すると深町作品が抱えている闇に比べると、木内作品はまだ救いがあるなど、相違点は多々あるのです。その意味では本書はまさに木内一裕の物語なのです。

ワル達が主人公という点では、東山彰良の『路傍』や『逃亡作法』もあります。犯罪者を主人公として描いた作品という意味ではノワール小説とも言えそうです。

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『悪の教典』の三池崇史監督によるアクション。孫娘を殺害された蜷川は、犯人・清丸の首に10億円を懸ける。市民や警察官まで彼の命を狙う中、5人のSPと刑事が48時間以内に清丸を移送しようとするが…。“WARNER THE BEST”。(「キネマ旬報社」データベースより)

 

監督は三池崇史でした。カンヌ映画祭では低評価だったようです。

 

公開から一年と少し経った2014年5月にははやくもテレビで放映されました。

私はテレビ版を見たのですが、アクション映画として、それも決して良質とはいえない映画として仕上がっていました。原作の持つ緊迫感や主人公を始めとする登場人物それぞれの懊悩などは全くと言って良いほどに無視されていたのです。

ラストシーンなどはB級のアメリカ映画で見たようななシーンだったのですが、個人的には好きになれませんでした。この監督の悪い面が出ていたように思えます

バードドッグ

バードドッグ』とは

 

本書『バードドッグ』は『矢能シリーズ』の第三巻で、文庫本で320頁の長編のエンターテイメント小説です。

優しさ溢れる元ヤクザの探偵がヤクザ内部の組長殺しという事件解決に乗り出す、面白さ満載の作品です。

 

バードドッグ』の簡単なあらすじ

 

日本最大の暴力団、菱口組系の組長が姿を消した。殺されているのは確実だが警察には届けられない。調査を依頼された元ヤクザの探偵・矢能。容疑者は動機充分のヤクザ達。内部犯行か抗争か。だが同じ頃、失踪に関わる一人の主婦も行方不明になっていることが発覚する。最も危険な探偵の、物騒な推理が始まる。(「BOOK」データベースより)

 

探偵の矢能政男は、日本最大のやくざ組織菱口組の実力者でもあり唯一都内に本部事務所を構える二木善治郎から呼び出しを受けた。

二次団体である燦宮会の理事長になる筈だった佐村組組長が行方不明だというのだ。

極秘の調査を進める必要があるものの、理事長の座をめぐる組内の揉め事のため内部の者では調査できず、かと言って外部にも漏らせない。

そこで矢能のもとに依頼が来たのだった。

 

バードドッグ』の感想

 

主人公が矢能政男となり、顧客に問題はありますが、一応探偵という正業についているようです。

あちこちで書いているように、本書『バードドッグ』をシリーズ三作目と言えるかは疑問もあります。

一作目とその後では主人公も違うし、内容も救いのみえない暗いトーンで終始する一作目と、少々コミカルな要素をも持つ二作目以降とでははタッチも異なるからです。

とはいえ、共通の世界での出来事だということと、栞という重要な要素が共通するのですから同じシリーズとしましょう。

 

主人公の探偵矢能政男はヤクザ上がりです。こうした、いわゆる悪漢を主人公とする小説と言うと、近頃読んだ黒川博行の『疫病神』を思い出しました。

こちらも極道を主人公として、関西弁での会話が小気味良い小説でした。ただ、より本作品の方が軽いタッチとは言えるでしょう。

 

 

徹底した強面ではありながら、内面の優しさが表に現れることを潔しとしない矢能の振舞いは、人によってはこの点こそが疵だという人もいるかもしれませんが、読んでいて微笑ましいとさえ感じます。

本書『バードドッグ』は実に軽く読めます。徹底した強面ではありながら、内面の優しさが表に現れることを潔しとしない矢能の振舞いは読んでいて微笑ましいと感じます。

人によってはこの点こそが疵だという人もいるかもしれませんが、私はこのような描写こそが心を掴まれるのです。

 

とにかくテンポの良い小説です。栞という少女をクッションにして小気味の良いエンターテインメント小説として仕上がっています。肩の力を抜いて気楽に読める物語です。