嘘ですけど何か

本書『嘘ですけど何か』は、女性編集者を主人公とする文庫本で336頁の長編ノンストップエンタテイメント小説です。

木内一裕という作家の特徴の一つであるコンパクトなストーリー展開が小気味いい作品でしたが、特別面白いとまでは言えない、普通の面白さの作品でした。

 

『嘘ですけど何か』の簡単なあらすじ 

 

水嶋亜希、三十二歳独身。文芸編集者としてトラブル処理に飛び回る日々。仕事を頑張ったご褒美のように、ある日高スペックのエリート官僚と偶然出会い恋が始まる予感が。だが新幹線爆破テロ事件が発生すると、明らかに彼の態度が怪しくなっていく―私、騙されてる?痛快でドラマティックな反撃が始まる!(「BOOK」データベースより)

 

雄辨社という出版社に勤務する編集者の水嶋亜希は、ある日外務省に勤務する二枚目と出会い、その日のうちに一夜を共にしてしまう。

外務省に勤務する待田隆介という名のその男とは連絡が取れないでいたが、テレビの新幹線の爆発事件のニュースをみると総理の横にいた。

食事に誘われて行った現在は内閣総理大臣秘書官補だという待田の家で、待田が誰かに殺人の電話をかけているのを聞いてしまう。

あわてて逃げ帰ってしまった亜紀だったが、翌朝、待田のスマホの画面で見た“西本さやか”という女が殺されたというニュースが飛び込んできた。

早速、警察署へ行き、西本さやか事件の犯人は内閣総理大臣秘書官補の待田隆介という男だと告げるが、現れた刑事は待田隆介は警視庁のキャリア官僚の警視正だと言い、逆に亜紀を偽計業務妨害の疑いで逮捕するというのだった。

 

『嘘ですけど何か』の感想

 

本書『嘘ですけど何か』もまたじつに木内一裕の作品らしい、コンパクトにまとまった、スピード感にあふれた作品でした。

本書の主人公水嶋亜希は自分は「平然とウソをつく」ことを認めており、その上で自分のウソは相手をつかの間幸せにし、そのウソがばれたことはないのだから「誠実な人間」だと思っています。

自分が担当する作家がゴネたり、理不尽な要求をしてきても、これを舌先三寸で丸め込んで望む結果へと導き、警察で尋問を受けても担当の刑事をやり込めるほど達者な口をしています。

 

本書『嘘ですけど何か』の前半は亜紀が逮捕されたり、新幹線爆破の様子があったり、西本さやかについて語られたりと、物語の前提が揃えられていく様子が描かれています。

この前半はまさに亜紀の口のうまさ、つまりはタイトルの『嘘ですけど何か』がそのままに生きる亜紀のウソが幅を利かせています。

 

しかし、本書『嘘ですけど何か』も後半になると亜紀の「ウソ」が出る場もあまり見られません。

まずは亜紀が担当していた作家の中学生の息子の桐山八郎兵衛が、さらに物語のキーマンでもある小田嶋環とその仲間、それに内閣情報調査室の槙野などが登場してきます。

そうして、物語は待田の叔父である柴田宗矩元刑事や内閣情報調査室などを巻き込んで展開することになります。

つまり、待田にとっては転落するジェットコースターに乗っているような、ノンストップの物語が描かれることになるのです。

 

本書『嘘ですけど何か』では、「ふざけるな!」という言葉で物語が始まる場面が多々あります。

特に第二章「脅かす女」では、全六項の話のうち第五項を除く四つの項で「ふざけるな!」という内心の言葉から始まっています。

こうした遊び心が一定の効果を持ってい入るのでしょうが、すべての項の始まりを「ふざけるな!」とい言葉で統一しているというわけではありません。

物語に一定のリズムや、ユーモラスな効果を与えている点は認めますが、何となく中途半端な印象もあります。

 

「もと」ではありますが女性弁護士が登場する物語と言えば、柚月裕子の『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』という作品があります。

この作品はもと弁護士の上水流涼子とその助手貴山が、依頼者のために頭脳を絞り出して知的ゲームを楽しむ六編の短編からなるミステリー小説集です。

ノンストップサスペンス風のエンターテイメント作品である本書とはかなり内容が異なる作品です。

 

 

以上のように、本書『嘘ですけど何か』は場面展開も早く、テンポよく読み進めることができます。そして、面白い物語であることに間違いはありません。

ただ、今一つこの作者の『矢能シリーズ』のような読みごたえを感じなかったということです。

 

小麦の法廷

木内一裕著の本書『小麦の法廷』は、新米女性弁護士の杉浦小麦を主人公とするソフトカバー版で291頁の長編のサスペンス小説です。

タイトルに「法廷」とはあるものの法廷場面はあまりなく、法律を知悉したアウトローを相手に法廷外で奮闘する小麦の姿が描かれている、いつも通りの軽くて読みやすい木内一裕作品です。

 

『小麦の法廷』の簡単なあらすじ 

 

司法修習を終えたばかりの新米弁護士、杉浦小麦。彼女にとっての初めての刑事裁判は、1日で公判が終わるような仲間内で起きた傷害事件。被告人との接見を終えて拘置所を出た小麦は、大勢のマスコミに囲まれてしまう。「あなたは殺人犯のアリバイ作りに協力しているんですか!?」えっ!なに?どういうこと!?敵は、法律を知り尽くした悪党と司法の穴。それでも私は、私の正義のために闘う。(「BOOK」データベースより)

 

本書の主人公、新人弁護士杉浦小麦はいわゆる空き家問題で、菅原道春という名の行方不明の相続人調査の案件を抱えていた。

そこに、新人弁護士にとっては貴重な収入源である国選弁護の案件を受けることになり、仲間内の傷害事件であって被告人も起訴内容を全面的に認めている、いわゆる「いい案件」を受任する。

被告人の中尾雄大は酔って同僚である隅田賢人を殴り怪我をさせたという事件で、情状証人に本件の目撃者である日南商会社長の津川克之がいるらしい。

簡単な案件のはずだった。ところが警視庁捜査一課の刑事が訪れてきて、中尾雄大の事件は、今世間を騒がせている事件の真犯人がアリバイ作りのために捕まった偽装だというのだ。

被告人との接見を終えた小麦は、待ち構えていたマスコミに対し無罪を勝ち取ると宣言してしまう。

 

『小麦の法廷』の感想

 

木内一裕の作品群は、とてもテンポのいい文章であることを特徴の一つとしています。それに物語がコンパクトであり、その中でうまくまとめられている印象があります。

例えば、先日読んだ『飛べないカラス』やこの作者の一番の人気シリーズともいえる『矢能シリーズ』にしてもそうです。

これらの作品はどちらも探偵ものですが、ともに主人公が関係する事件が個人的な事柄への対応を描きだしている印象なのです。

それ以上に、おおきな組織との関り、それも国家などの巨大組織とのからみはありません。せいぜい暴力団、それも小さな組織が関係するくらいです。

 

 

もともとハードボイルド小説は、チャンドラーの人気シリーズであるフィリップ・マーロウ・シリーズの『ロング・グッドバイ』などを見ても個人的なものではあるのでしょうが、木内一裕の場合、物語の舞台の広がりが広くない印象があります。

だからと言って話が面白くないというわけではなく、ストーリー展開は私の好みに合致するのです。

 

 

本書『小麦の法廷』もそうで、元レスリング選手の新人弁護士である主人公、杉浦小麦の活躍が大きな仕掛けはなく描かれています。

つまりはダイナミックにスケール大きく展開する物語、というわけではなく、軽く読み進めることができる作品です。

とはいえ主人公まで小さくまとまっているわけではなく、主人公小麦のレスリング選手としての経験からか、度胸だけはベテラン弁護士のようで、当たって砕けろ式でぶつかっていく様は心地よくもあります。

 

ただ、序盤の小麦の化粧への挑戦の場面や指導弁護士の蟹江弁護士の電話に対する愚痴の場面など、少々間延びした印象を受ける箇所もあるにはありました。

更には、小麦の指導担当弁護士である蟹江弁護士はたまにユーモラスな振る舞いを見せるものの、あまりその存在感を見せず、もう少し活躍の場があってもいいかなという思いもありました。

しかし、小麦の助っ人としては、小麦が中学生の時に母親と離婚し、ロースクールの頃に逮捕され現在も静岡刑務所に服役中の父親である磯村麦がいます。

この父親が裏社会には詳しいらしく、小麦にアドバイスをくれるのです。それも具体的な助言ではなく、小麦が自力で解決法を見つけることができるようなアドバイスです。

父親が刑務所に入ることになった原因が官側の法律の拡大解釈にある、という点は裁判所の判断が入ることを思うと少々疑問がありますが、それでもこの父親は魅力的です。

今後もし本書『小麦の法廷』がシリーズ化されるとすれば当然登場してくる存在でしょう。

しかし、その他の展開は小気味いいもので、楽しく読み進めることができた作品ですし、シリーズ化を期待したい作品でした。

飛べないカラス

本書『飛べないカラス』は、出所したばかりの元売れない役者を探偵役とする、長編のミステリーです。

ミステリーとは書きましたが、そう言い切っていいのか疑問もあるほどに物語の謎自体は深くはありません。にもかかわらず、物語としてはかなりの面白さがある不思議な小説です。

 

俺の幸運は、不幸の始まり…のはずだった。元売れない俳優で、元企業経営者。元犯罪被害者で、元受刑者。納得しようのない罪での服役を終えた加納健太郎への奇妙な依頼は、彼を運命の女へと導いた。規格外のニューヒーロー誕生!笑い、驚き、涙するすべてが詰まった究極の娯楽作!(「BOOK」データベースより)

 

主人公は加納健太郎という元売れない役者です。この男が、ある理由から入った刑務所から出所するところからこの物語は始まります。

シナリオライター界の重鎮である大河原俊道から、自分の娘かもしれない村上沙羅という女が現在幸せでいるかどうかを調べてきてほしいと頼まれます。

その女村上沙羅はあっさりと見つかりますが、加納健太郎は、逆に「私のこと、わかりませんか。」と問われる始末でした。

さらに、そのすぐ後に知り合った前田慎也という男は、その数日後死体となって発見されるのです。

 

読みはじめは、一人称での語りだというこもあり、また物語の内容が人探しであることもあって、本書『飛べないカラス』はハードボイルド小説だと思い読み進めていました。

ところが、そうかからないうちにどうも話がハードボイルド小説とは異なり、どちらかというと、軽いミステリータッチの探偵小説のように進んでいることに気が付きます。

たしかに、主人公は生き方にこだわりを持っているようであり、腕っぷしも強く、襲い掛かる正体不明の暴力に対してもこれを軽くいなしてしまいます。

しかし、ハードボイルドをにおわせるのはそれだけであり、正体不明だと思っていた暴力の正体はすぐに明らかになります。

 

それどころか、探す対象の女はすぐに見つかり、その女は主人公を知っていて、私のことを覚えていないのかと、逆に問われてしまうのです。

そこで、自分とその女とのかかわりを探すことになるのですが、そこは主人公のこだわりを貫く姿勢が描写されるわけでもなく、少しずつ判明してくる情報をもとに正解にたどり着く、それだけのことです。

 

でも、そこ過程が結局は主人公の加納健太郎の過去を振り返ることにもなり、また役者加納健太郎としての役者論、演劇論の端をかじるような描写もあって、なかなかに読ませます。

それは勿論、本書『飛べないカラス』を書いている木内一裕という作者の力量だと思うのですが、読みこめば深さを感じさせるような内容を軽く感じる文章で描いてあり、とても読みやすいのです。

 

ただ、本書で唯一つといっていいのかもしれませんが、不満点を挙げるとすれば、宮下日菜という女性についての書き込みがあまり無いということです。

この女性は本書でかなり重要な役目を担っているはずなのですが、宮下日菜という女性がどのような人物なのか、その背景は全くと知っていいほどに書いてありません。

例えばキャバ嬢のアルバイトをしていたとか、キャバクラの共同経営の話でトラブっているとかの表面的な事実は書いてあっても、何故にこうも深く加納健太郎に関わるのかなど、宮下日菜個人を深く知る情報は無いのです。

もう少し、加納健太郎に関わる事情を書いてあればと読み進めながらなのも思ったものです。

 

何はともあれ、木内一裕という作家の作品は、会話文の使い方のうまさ、ストーリー運びのうまさなど、私の好みにうまく合致しているようです。

もっとも、木内一裕の作品全体としてみるとき、何となく世界観が狭い印象はあります。

それが悪いということではなくて木内一裕が作り出す物語として大好きなのですが、例えば大沢在昌の『新宿鮫シリーズ』のような物語などと比べると、物語世界の広がりが狭いと感じるのです。

 

 

この作家の作品は文章のテンポがいいだけに、じっくりと読みこむとのではなく、ストーリーの流れに乗っていくことが楽なのではないでしょうか。

そのことが、物語の中でのいろいろな意味での距離感を、空間的にも、また人間関係においても広く感じさせていない、とも思えるのです。

 

私は、この作家では『矢能シリーズ』の大ファンでもあります。

本書の主人公加納健太郎も『矢能シリーズ』の矢能のように面白いキャラクターだけに、本作があの『矢能シリーズ』のように膨らんでくれればと思います。

でも本書で加納健太郎の人生の核心に踏み込んでいるので、多分そうはならないでしょう。

 

ドッグレース

今をときめく人気俳優とカリスマ歌姫が殺された。被告は冤罪を主張するが、真犯人はすでに死んでいた。弁護士の依頼を受けた矢能は、冤罪を覆す鍵を握る失踪中の前科者の捜索に乗り出す。(「BOOK」データベースより)

 

元やくざの探偵矢能政男を主人公とするシリーズの四冊目長編ハードボイルド小説です。


 

ドラッグ売人の児嶋康介は人気俳優の松村保と歌姫の夏川サラを殺した容疑で逮捕された。その際に児島が連絡を取ってほしいと頼んだ相手は弁護士ではなく元ヤクザの探偵の矢能だった。

その矢能政男は児嶋の弁護士鳥飼美枝子から真犯人と目されるガスこと西崎貴洋の友人の河村隆史という男を探す仕事を依頼される。鳥飼らのスポンサーだという六本木のドラッグ業界のキングからこの仕事の裏の事情を聴いてた矢能はこの仕事を請けることにする。

他方、矢能を知る警視庁捜査一課六係の係長中尾警部と砂川佑警部補のマル暴コンビは、東京地検の金山検事から、矢島を調べ偽装工作をするようであればそれを阻止するように命じられるのだった。

 

本書をハードボイルド小説といっていいものかは疑問もありますが、まさに「エンターテインメントとしての」という修飾語付きのハードボイルド小説と言い切ってもいいと思われます。

本シリーズでは、第一巻目の『水の中の犬』で死んだ名無しの探偵の「俺」が残した一人娘の栞が、足を洗ったけれども元ヤクザとしての暴力的な雰囲気を持つ矢能の優しさを引き出す存在としてかなり重要な位置を占めています。

 

 

本書でもその栞が慕う美容院のお姉さんに関しての話は、少々半端な印象はあるものの、ヤクザのバイオレンス物語の清涼剤として効いています。

 

本シリーズもほかの面白いと言われるエンターテイメント小説と同様に、キャラクター設定がかなり生きていると思われる作品であり、そのことは本書でもそのままにあてはまります。

そのキャラクターが生きている本書の物語自体は単純な人探しの物語であり、ハードボイルド小説の王道です。

つまり、主人公の矢能が元ヤクザという経歴を十分に生かせる仕事が舞い込む、という話であり、探偵としての矢能がその力を無理なく発揮できる舞台が設けられているのです。

というのも、矢能が依頼された人探しの対象となる河村という男は裏社会に潜む男であり、まさに元ヤクザの矢能のコネクションが生きる対象だったのです。

 

本書はまた、シリーズ全体が有しているバイオレンスの雰囲気に包まれた物語でもあります。

かしながら、どこかコミカルな面も持ち合わせているのであり、例えば平山夢明の『ダイナー』のようなバイオレンスそのものの塊のような作品とはまた異なります。

アウトローが主人公という点では馳星周の『不夜城』が挙げられるのかもしれませんが、本書『ドッグレース』はこの『不夜城』ほどダークではありませんし、シリアスでもありません。

 

 

まさにエンターテイメントに徹していて、栞の存在など、読者の読みやすさなどに配慮された作品だと言えます。

これからも楽しみなシリーズと言えます。

デッドボール

思惑どおりにいかない人生に自棄を起こしそうになっていたノボルのもとに、簡単数日間の仕事で1000万円の報酬という話が舞い込む。別れた彼女に借りた金を返すためにも早急に金が必要だったノボルはためらいながらもその仕事を受ける。約束の場所に約束の人物は現れなかったのだが、一夜明けるとノボルらは殺人犯として追われる立場になっていた。

実に視覚的で映像感覚豊かな痛快小説です。木内一裕らしい、テンポのいい青春アクション小説として仕上がっています。

主人公のノボルは、単純な仕事のはずだったのにより大きな何者かの思惑に取り込まれ、殺人犯にされてしまいます。一打席だけバッターボックスに立ったつもりがその一球はデッドボールだったのです。自分たちは何故こんな目にあっているのか、誰に騙されているのか。兼子ノボルと彼に話を持ちかけててきた源田ツトムらはその謎に立ち向かうのです。

常に視点が変化します。同じ場面をも異なる視点で描きつつ、それぞれの立場での舞台裏を見せながら、互いの行動の意味を明らかにしています。視点の変化というその流れさえも、構成がしっかりしているために紛らわしくなく、端的な文体とも相まって実に効果的です。映画的と言っても良いかもしれません。

木内一裕と言えば、なぜか深町秋生の作品を思い出してしまいます。深町秋生といえば、第3回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、「渇き。」というタイトルで映画化もされた『果てしなき渇き』という作品が一番有名だと思われるのですが、多分木内一裕の『藁の楯』と物語の持つ雰囲気が似ているのだと思います。

ただ、子細に検討すると深町作品が抱えている闇に比べると、木内作品はまだ救いがあるなど、相違点は多々あるのです。その意味では本書はまさに木内一裕の物語なのです。

ワル達が主人公という点では、東山彰良の『路傍』や『逃亡作法』もあります。犯罪者を主人公として描いた作品という意味ではノワール小説とも言えそうです。

藁の楯 わらのたて [DVD]

『悪の教典』の三池崇史監督によるアクション。孫娘を殺害された蜷川は、犯人・清丸の首に10億円を懸ける。市民や警察官まで彼の命を狙う中、5人のSPと刑事が48時間以内に清丸を移送しようとするが…。“WARNER THE BEST”。(「キネマ旬報社」データベースより)

 

監督は三池崇史でした。カンヌ映画祭では低評価だったようです。

 

公開から一年と少し経った2014年5月にははやくもテレビで放映されました。

私はテレビ版を見たのですが、アクション映画として、それも決して良質とはいえない映画として仕上がっていました。原作の持つ緊迫感や主人公を始めとする登場人物それぞれの懊悩などは全くと言って良いほどに無視されていたのです。

ラストシーンなどはB級のアメリカ映画で見たようななシーンだったのですが、個人的には好きになれませんでした。この監督の悪い面が出ていたように思えます

バードドッグ

本書『バードドッグ』は、『矢能政男シリーズ』の第三巻である長編小説です。

優しさ溢れる元ヤクザの探偵がヤクザ内部の組長殺しという事件解決に乗り出す、面白さ満載の作品です。

 

日本最大の暴力団、菱口組系の組長が姿を消した。殺されているのは確実だが警察には届けられない。調査を依頼された元ヤクザの探偵・矢能。容疑者は動機充分のヤクザ達。内部犯行か抗争か。だが同じ頃、失踪に関わる一人の主婦も行方不明になっていることが発覚する。最も危険な探偵の、物騒な推理が始まる。(「BOOK」データベースより)

 

主人公が矢能政男となり、顧客に問題はありますが、一応探偵という正業についているようです。

 

矢能政男は、日本最大のやくざ組織菱口組の実力者でもあり唯一都内に本部事務所を構える二木善治郎から呼び出しを受けた。

二次団体である燦宮会の理事長になる筈だった佐村組組長が行方不明だという。極秘の調査を進める必要があるものの、理事長の座をめぐる内部のごたごたのため内部の者では調査できず、かと言って外部にも漏らせない。

そこで矢能のもとに依頼が来たのだった。

 

本書『バードドッグ』をシリーズ三作目と言えるかは、実は疑問もあります。

一作目とその後では主人公も違うし、内容も救いのみえない暗いトーンで終始する一作目と、少々コミカルな要素をも持つ二作目以降とでははタッチも異なるからです。とはいえ、共通の世界での出来事だということと、栞という重要な要素が共通するのですから同じシリーズとしましょう。

 

主人公の探偵矢能政男はヤクザ上がりです。こうした、いわゆる悪漢を主人公とする小説と言うと、近頃読んだ黒川博行の『疫病神』を思い出しました。

こちらも極道を主人公として、関西弁での会話が小気味良い小説でした。ただ、より本作品の方が軽いタッチとは言えるでしょう。

 

 

徹底した強面ではありながら、内面の優しさが表に現れることを潔しとしない矢能の振舞いは、人によってはこの点こそが疵だという人もいるかもしれませんが、読んでいて微笑ましいとさえ感じます。

本書『バードドッグ』は実に軽く読めます。徹底した強面ではありながら、内面の優しさが表に現れることを潔しとしない矢能の振舞いは読んでいて微笑ましいと感じます。

人によってはこの点こそが疵だという人もいるかもしれませんが、私はこのような描写こそが心を掴まれるのです。

 

とにかくテンポの良い小説です。栞という少女をクッションにして小気味の良いエンターテインメント小説として仕上がっています。肩の力を抜いて気楽に読める物語です。

喧嘩猿

時は幕末。十六歳の捨吉は名刀・池田鬼神丸と自分の左眼を奪った「黒駒の勝蔵」を追って故郷を飛び出す。千に一つの島破りを成功させた伝説のやくざ「武居の吃安」と出会った彼は、やがて凄絶なる戦いの渦に巻き込まれてゆく。「森の石松」が次郎長の子分となる前の若き姿を描くアウトロー講談小説登場!(「BOOK」データベースより)

 

ひと昔前、と言っても私が子供の頃ですから半世紀ほど前の時代なら子供まで知っていた森の石松の物語の長編時代小説です。

 

本書は活字に古い書体の漢字を使ってあり、それに丁寧にルビを振ってあります。当初はそれが少々わずらわしく感じたのですが、読み進むにつれ邪魔な感じは無くなってしまいました。講談調を目論んだであろう著者の狙いにはまったのでしょう。

これまで見聞きした森の石松、黒駒の勝蔵、武居の吃安といった連中が漢(おとこ)として生き生きと活躍しているではないですか。かつて東映の股旅ものの映画などで清水の次郎長等が描かれ、そこでは黒駒の勝蔵、武居の吃安は敵役に過ぎませんでした。それが、それなりの貫禄のある男として描写されています。

 

それらの男の前で石松もまだまだ通り一遍の悪ガキでしかありません。その悪ガキがこれから売り出そうとする黒駒の勝蔵と出会ったり、大親分の武居の吃安に気にいられたり、と一人前になる前の時代が描かれるのです。

この物語は一巻で終わってしまう物語ではないでしょう。もう少し木内版石松を読んでみたい気がします。

アウト & アウト

探偵見習いで元ヤクザ。矢能が呼び出された先で出くわしたのは、死体となった依頼主と妙な覆面を被った若い男。図らずも目撃者となり、窮地に追い込まれた矢能。しかし覆面男は意外な方法で彼を解放した。これが周到に用意した殺人計画の唯一の誤算になることも知らずに。最も危険な探偵の反撃が始まる。(「BOOK」データベースより)

木内一裕作品を読んだのはこの作品が初めてでした。

何年か前にこの本を読んだときのメモに「ヤクザ上がりの主人公が探偵をしているその設定がまず面白く、その被保護者である栞という小学生が効いている。全体のスピード感が小気味良く、夫々のキャラがたっていて読ませる。久々に面白い小説に出会った。」と書いています。

続きものということを読んだ後で知り、早速前作『水の中の犬』を借りて読んだものです。

できれば前作の『水の中の犬』から順に読めばさらに面白いでしょう。というよりも、矢能という人間が探偵をやっている理由、矢能と栞という子との関係等の本書の舞台の背景は前作を読んだ方が分かりやすいです。

水の中の犬』に書いたように、爽やかな読後感や骨太の小説を求めている人には向かない物語です。

 

ちなみに、本作『』は遠藤憲一が主人公矢能政男を演じ、映画化されています。2018年11月16日が公開日だそうで、どのような仕上がりになっているものなのか、是非見たいものです。

驚くことに、この映画は原作が“木内一裕”で、監督、脚本が“きうちかずひろ”となっています。つまり全部を一人でこなしているわけで、その意味でも興味のある映画です。

水の中の犬

探偵の元にやってきた一人の女性の望みは恋人の弟が「死ぬこと」。誰かが死ななければ解決しない問題は確かにある。だがそれは願えば叶うものではなかった。追いつめられた女性を救うため、解決しようのない依頼を引き受けた探偵を襲う連鎖する悪意と暴力。それらはやがて自身の封印された記憶を解き放つ。(「BOOK」データベースより)

 

他では誰も引き受けないような面倒な依頼を断らず引き受ける、そんな私立探偵が主人公です。

依頼を調査していくうちに、いつも徹底的に叩きのめされます。それでも依頼の調査を続行し、結果、誰にとっても救いのない結末が待つのです。

 

読み易いですが、爽やかな読後感を求める人には向かない物語です。読み応えのある骨太の小説を読みたい人にも向きません。

でも、単純に面白い小説を探している人には受け入れられるのではないでしょうか。

結末は暗く、ただやくざの矢能だけがかすかな希望を持たせてくれるだけですが、それでもキャラクターの面白さとひねりの効いたストーリーは、私は面白いと思いました。

次の続編の『アウト & アウト 』とあわせて読むと更に楽しめると思います。