喧嘩猿

時は幕末。十六歳の捨吉は名刀・池田鬼神丸と自分の左眼を奪った「黒駒の勝蔵」を追って故郷を飛び出す。千に一つの島破りを成功させた伝説のやくざ「武居の吃安」と出会った彼は、やがて凄絶なる戦いの渦に巻き込まれてゆく。「森の石松」が次郎長の子分となる前の若き姿を描くアウトロー講談小説登場!(「BOOK」データベースより)

 

ひと昔前、と言っても私が子供の頃ですから半世紀ほど前の時代なら子供まで知っていた森の石松の物語の長編時代小説です。

 

本書は活字に古い書体の漢字を使ってあり、それに丁寧にルビを振ってあります。当初はそれが少々わずらわしく感じたのですが、読み進むにつれ邪魔な感じは無くなってしまいました。講談調を目論んだであろう著者の狙いにはまったのでしょう。

これまで見聞きした森の石松、黒駒の勝蔵、武居の吃安といった連中が漢(おとこ)として生き生きと活躍しているではないですか。かつて東映の股旅ものの映画などで清水の次郎長等が描かれ、そこでは黒駒の勝蔵、武居の吃安は敵役に過ぎませんでした。それが、それなりの貫禄のある男として描写されています。

 

それらの男の前で石松もまだまだ通り一遍の悪ガキでしかありません。その悪ガキがこれから売り出そうとする黒駒の勝蔵と出会ったり、大親分の武居の吃安に気にいられたり、と一人前になる前の時代が描かれるのです。

この物語は一巻で終わってしまう物語ではないでしょう。もう少し木内版石松を読んでみたい気がします。

アウト & アウト

アウト & アウト』とは

 

本書『アウト & アウト』は『矢能シリーズ』の第二巻で、文庫本で352頁の長編のエンターテイメント小説です。

優しさ溢れる元ヤクザの探偵がヤクザ内部の組長殺しという事件解決に乗り出す、面白さ満載の作品です。

 

アウト & アウト』の簡単なあらすじ

 

探偵見習いで元ヤクザ。矢能が呼び出された先で出くわしたのは、死体となった依頼主と妙な覆面を被った若い男。図らずも目撃者となり、窮地に追い込まれた矢能。しかし覆面男は意外な方法で彼を解放した。これが周到に用意した殺人計画の唯一の誤算になることも知らずに。最も危険な探偵の反撃が始まる。(「BOOK」データベースより)

 

アウト & アウト』の感想

 

作者の木内一裕の作品を読んだのはこの作品が初めてでした。

何年か前にこの本を読んだときのメモに「ヤクザ上がりの主人公が探偵をしているその設定がまず面白く、その被保護者である栞という小学生が効いている。全体のスピード感が小気味良く、夫々のキャラがたっていて読ませる。久々に面白い小説に出会った。」と書いています。

 

続きものということを読んだ後で知り、早速前作『水の中の犬』を借りて読んだものです。

できれば前作の『水の中の犬』から順に読めばさらに面白いでしょう。矢能という人間が探偵をやっている理由、矢能と栞という子との関係等の本書の舞台の背景が前作で明らかになっているからです。

というよりも、『水の中の犬』が『矢能シリーズ』の前日譚ともいういべき話であり、まだ脇役でしかなかった矢能が探偵になった理由も詳しく描き出してあるのです。

水の中の犬』に書いたように、爽やかな読後感や骨太の小説を求めている人には向かない物語です。

 

ちなみに、本作『アウト & アウト』は遠藤憲一が主人公矢能政男を演じ、映画化されています。

2018年11月16日が公開日だそうで、どのような仕上がりになっているものなのか、是非見たいものです。

驚くことに、この映画は原作が“木内一裕”で、監督、脚本が“きうちかずひろ”となっています。つまり全部を一人でこなしているわけで、その意味でも興味のある映画です。

水の中の犬

水の中の犬』とは

 

本書『水の中の犬』は『矢能シリーズ』の第一巻で、文庫本で383頁の三つの中編からなるハードボイルドタッチの作品集です。

実に暗く、救いようのない物語ばかりですが、それでもなお続きを読みたくなるエンターテイメント小説でした。

 

水の中の犬』の簡単なあらすじ

 

探偵の元にやってきた一人の女性の望みは恋人の弟が「死ぬこと」。誰かが死ななければ解決しない問題は確かにある。だがそれは願えば叶うものではなかった。追いつめられた女性を救うため、解決しようのない依頼を引き受けた探偵を襲う連鎖する悪意と暴力。それらはやがて自身の封印された記憶を解き放つ。(「BOOK」データベースより)

 

取るに足りない事件
田島純子と名乗る女性は、付き合っている山本浩一という男の弟克也からレイプされたと打ち明けてきた。克也に死んでほしいが、自分はどうすればいいのか分からないというのだった。

死ぬ迄にやっておくべき二つの事
兄を探して欲しいと、若い吉野深雪という娘が訪ねてきた。その兄は麻薬事犯でつかまった過去があるという。一方、第一話の山本浩一が田島純子に殺されてしまう。面倒なのは浩一が菱口組若頭補佐笹健組組長の笹川健三だということだ。

ヨハネスからの手紙
「不公平は是正されなければならない。」という内容の手紙をもって黒木柚子という女が訪ねてきた。娘の栞が殺されるというのだった。

 

水の中の犬』の感想

 

本書『水の中の犬』は、他では誰も引き受けないような面倒な依頼を断らず引き受ける、そんな私立探偵が主人公で、名前は明かされてはいません。

三つの中編からなっていて、第一話は「私」という主人公の視点で、第二話は第三人称の視点、第三話は再び「私」の視点で描き出されます。

この探偵は依頼を調査していくうちに、いつも徹底的に叩きのめされます。それでも依頼の調査を続行し、結果、誰にとっても救いのない結末が待っています。

どの話も実に救いのない物語です。救いがないというのは、物語の結末がそうだという意味でもあり、登場人物のそれぞれの生き方についてでもあります。

 

面白いのは、このシリーズは第二作目の『アウト & アウト 』からは本書に登場する矢能政男という男が主人公となっていくことです。

 

 

本書『水の中の犬』の主人公の「私」と矢能とは当初は敵対に近い立場でもあったのですが、後には「私」が死地に赴く際に「お前がくたばったら・・・あとは俺に任せろ」というような仲になります。

そして、ある事情で組が解散することになった際、「私」に足を洗う相談をしますが探偵には向いていないと言われます。

しかし、「私」から栞を託されることになり、結局、「私」のあとを継ぐのです。

 

読み易いですが、爽やかな読後感を求める人には向かない物語です。読み応えのある骨太の小説を読みたい人にも向きません。

繰り返しますが、本書『水の中の犬』は全く救いのない物語です。けっして爽やかな読後感はありません。

でも、単純に面白い小説を探している人には受け入れられるのではないでしょうか。

結末は暗く、ただやくざの矢能だけがかすかな希望を持たせてくれるだけですが、それでもキャラクターの面白さとひねりの効いたストーリーは、私は面白いと思いました。

続編が待たれるシリーズです。

藁の楯

二人の少女を惨殺した殺人鬼の命に十億の値がついた。いつ、どこで、誰が襲ってくるか予測のつかない中、福岡から東京までの移送を命じられた五人の警察官。命を懸けて「人間の屑」の楯となることにどんな意味があるのか?警察官としての任務、人としての正義。その狭間で男たちは別々の道を歩き出す。(「BOOK」データベースより)

 

命を懸けて殺人犯の護衛をする警察官をえがいた長編小説です。

 

孫娘を殺された政財界の実力者が犯人の首に10億円の懸賞金をかけた。九州で出頭してきた犯人を東京まで護送する役目を負った5人の、懸賞金目当ての襲撃者を相手とする戦いが今始まった。

 

まず設定が面白い。

警察内部からでさえも金のために裏切る人間が出るであろうその懸賞金が緊迫感を演出します。

また、殺人教唆に該当する可能性の高い、現実にはありえない新聞への懸賞広告をも、大富豪という設定で金の力で可能にしてしまいます。

 

もう一点。犯人の清丸国秀は七年前にも自分の欲望のために女の子を誘拐、殺害している、実に救いのない人間です。

そんな誰しも死刑を肯定するような殺人犯を守らなければならないという自己矛盾の中で、銘苅他の五人は護送を開始します。

確かに処女作ということで文章の荒さ等は目立つかもしれません。しかし、それを超える物語としての面白さは十分にあると感じました。

 

本書は大沢たかおの主演で「藁の楯」というタイトルで映画化もされています。監督は三池崇史で、この監督の悪い面が出ていたように思います。派手なつくりではあるものの、それだけであり、殺人犯を保護しなければならない警官の苦悩などはあまり感じられない映画として仕上がっていました。。