江戸の根津宮永町に、鯖縞模様の三毛猫が一番いばっている長屋があった。人呼んで「鯖猫長屋」。この美猫の名前はサバ。飼い主は、三十半ばの売れない画描き―。炊きたての白飯しか食べないわがままものの猫様が“仕切る”長屋に、わけありの美女や怪しげな浪人者が越してくる。次々に起こる不可解な事件に、途方に暮れる長屋の面々。謎を解くのは、いったい…。心がほっこりあたたまる、大江戸謎解き人情ばなし。(「BOOK」データベースより)
なんとも奇妙な小説でした。
主人公は売れない絵師の拾楽なのでしょうが、一番存在感があるのは、拾楽と共に暮らしている三毛猫です。
差配をしている老人の名をとって「磯兵衛長屋」と呼ばれていたこの長屋ですが、猫の指図に従い命が助かった者が出たこともあり猫が一番偉く、ついには「鯖猫長屋」と呼ばれるようになったといいます。
この猫、鯖縞模様であるところから名をサバと名付けられたのだそうです。この猫が、白いご飯に鰹節を乗せ、醤油をひとたらしした食事をいいつけ、その他に、何かにつけ指図をする、というように飼い主の拾楽には思えるのです。
この拾楽という人物が秘密を抱えていて、本シリーズ全体を貫く色付けがなされてます。
そうした秘密を少しずつ明らかにしていく役目を担いつつも、各章の橋渡し的役目を果たしているのが、各章の冒頭の「問はず語り」と題された短文です。
「其の一」
新しく越してきたお智に頼まれた絵を描いているところに佐助という男が一人の娘と共にお智をたずねてやってきた。お智と所帯を持つという話はどうなったのかと問い詰めに来たらしい。
「其の二」
拾楽に猫の画を書かせ、開運団扇として売り出しひと儲けをたくらんだ寛八だったが、そのことが原因でおはまを売り飛ばさなければならなくなるのだった。
「其の三」
鯖猫長屋に長谷川豊山という読本作家が越してきた。そのうちにサバが行方不明となってしまう。野菜の振売りをしている蓑吉の様子がおかしく様子を見ていると、豊山の部屋にいるサバが見つかるのだった。サバがいると豊山の近くに出る幽霊が出なくなると閉じ込めたものらしい。
「其の四」
ある日サバを譲ってほしいとあるお店の手代だという男が訪ねてきた。断ると脅しにかかろうとするが、そこを新たにこの長屋に越してきた木島主水介という浪人者が助けるのだった。
この話あたりから、拾楽の弟分である以吉とその親分である盗人の大物の話が「問はず語り」で記されたり、また、サバが成田屋の旦那と呼ばれている掛井十四郎を拾楽の部屋に入れなかったりと、この物語を貫く拾楽の秘密にも繋がる展開となってきます。
「其の五」
大晦日の雪の日、一匹の犬が拾楽の部屋の前で行き倒れていた。アジと名付けられたその犬は、木島主水介の手伝いをしていたが、ある日一人の浪人者にかみつくのだった。
この話は再び人情話へと戻っています。犬の話が好きな人にはたまらない話でしょう。
「其の六」
差配の磯兵衛が風邪で寝込み、拾楽が代わりに差配の仕事をすることになったが、お智の世話をしていた三次を怪しむ磯兵衛のことなど、成田屋はかなり詳しいところまで知っていそうだった。
「其の七」
おはまがいなくなった。そんな中、今度は三次が殺されたという。確認に行ったお智は人違いだと嘘を言う。帰ると拾楽の部屋に「黒ひょっとこ」宛の、おはまを預かっているとの文が届いていた。