『密売人』とは
本書『密売人』は『北海道警察シリーズ』の第五弾で、2011年8月に刊行され、2013年5月に文庫化された作品で、文庫本は368頁の長編の警察小説です。
北海道警察との対峙姿勢は薄れていてもその残滓は残っていたりと、サスペンス感に満ちた物語が展開される一編です。
『密売人』の簡単なあらすじ
十月下旬の北海道で、ほぼ同時期に三つの死体が発見された。函館で転落死体、釧路で溺死体、小樽で焼死体。それぞれ事件性があると判断され、津久井卓は小樽の事件を追っていた。一方、小島百合は札幌で女子児童が何者かに車で連れ去られたとの通報を受け、捜査に向かった。偶然とは思えない三つの不審死と誘拐。次は自分の協力者が殺人の標的になると直感した佐伯宏一は、一人裏捜査を始めるのだが…。道警シリーズ第五弾、待望の文庫化!(「BOOK」データベースより)
十月下旬の北海道で、釧路市の漁港で水死体が見つかった。
次いで同日函館市の病院で転落死体が発見され、さらには小樽市の奥沢浄水場で車が炎上し、中から両手首に玩具の手錠がかけられた焼死体が発見された。
津久井卓巡査部長は、小樽の乗用車炎上事件の応援のために機動捜査隊の長正寺武史警部の依頼に応じて共に現場へと向かっていた。
その一時間後、札幌のある小学校の正門前で二年生の米本若菜という女の子が、迎えに来たという男の車に乗り走り去ってしまったという通報を受け、小島百合が乗り出していた。
また佐伯宏一は、たった一人の部下である新宮昌樹の運転する車で、車上荒らしの通報があった札幌市旭丘の集合住宅前に到着したところだった。
『密売人』の感想
本書『密売人』でも、本北海道警察シリーズの中心となる佐伯、津久井、小島の三人のそれぞれを中心にした個別の事件が描かれ、それが最終的に一つとなり事件が解決する、という流れになっています。
この点を、青木千恵氏が本書のあとがきで、前作の『巡査の休日』の文庫本のあとがきで西上心太氏が述べた、現実と同様に「同時多発的に起きる事件を交互に描いていく手法」が本作でも採られている、と指摘されています。
もともと佐々木譲という作家の持ち味である真実味に満ちた表現力が、こうした手法をとることによって、さらに佐伯ら捜査員の捜査の様子がリアルに描かれることになっています。
そのことはまた、サスペンス感もまた増幅されていくことになり、本書においてのクライマックスの緊張感にもかなりなものがあるのです。
青木千恵氏はまた本書のあとがきで、登場人物の人間味が本『北海道警察シリーズ』の魅力の一つにもなっている、と書かれています。
まさにその通りで、こうした点は素人の私があらためて言うことでもないでしょう。
この青木千恵氏のあとがきでは、本北海道警察シリーズが本来三部作であったこと、第四作目からの第二期では警察小説の定番素材を取り上げてあることなども書かれていて、シリーズのファンとしては読みごたえがあります。
その登場人物としては、中心となるのは佐伯宏一警部補であり、「道警最悪の一週間」を経て、その部下の新宮昌樹巡査部長と共に大通署刑事課盗犯係の遊軍という懲罰人事を受けています。
『笑う警官』での物語の中心となり「裏切者」となった津久井卓巡査部長は教養課拳銃指導室に異動させられていましたが、今回長正寺武史警部の要望で北海道警察本部機動捜査隊を手伝うことになっています。
小島百合巡査は大通署生活安全課総務係にいて、佐伯と微妙な関係のままです。
この五人が本『北海道警察シリーズ』の第一話から登場している人物ですが、詳しい人間関係などは「佐々木譲/北海道警察シリーズ」を参照してください。
彼ら登場人物とは別に、かつて警官だった安田というマスターのいる「ブラックバード」という彼らの行きつけのバーがあり、この店の存在がシリーズに独特な雰囲気を与えています。
かつて角川映画で本北海道警察シリーズ第一作『笑う警官』を原作として、角川春樹監督の手で映画化が為されされましたが、その映画がジャズを背景にした渋さのある映画として作成されていたのもこの店の存在があるからでしょう。
それはともかく、本書において冒頭に起きた三件の人が死んだ事件は、調べていくうちに三人の共通点が浮かび上がってきます。
その共通点から、また北海道警察内部の腐敗の一端が垣間見えることになります。
さらには、クライマックスに向かってのサスペンス感の盛り上がりは相当なもので、佐伯らの活躍が見応えのある作品として仕上がっています。
そこで、警察官としての矜持を見せる彼らの姿が読者の共感を呼び、この北海道警察シリーズに魅せられていくことになるのです。
やはり、佐々木譲の作品は面白いと感じさせてくれる一冊でした。