河崎 秋子

イラスト1
Pocket

新刊書

小学館

写真は Amazon にリンクしています。

楽天Booksは 絞め殺しの樹 [ 河崎 秋子 ] へ。


絞め殺しの樹』とは

 

本書『絞め殺しの樹』は2021年12月に刊行され、第167回直木三十五賞の候補作となった長編小説です。

ひたすらに虐げられ、理不尽な仕打ちを受けながら生きるしかなかった女性を主人公とした重厚な、しかし好みとは異なる作品でした。

 

絞め殺しの樹』の簡単なあらすじ

 

あなたは、哀れでも可哀相でもないんですよ

北海道根室で生まれ、新潟で育ったミサエは、両親の顔を知らない。昭和十年、十歳で元屯田兵の吉岡家に引き取られる形で根室に舞い戻ったミサエは、ボロ雑巾のようにこき使われた。しかし、吉岡家出入りの薬売りに見込まれて、札幌の薬問屋で奉公することに。戦後、ミサエは保健婦となり、再び根室に暮らすようになる。幸せとは言えない結婚生活、そして長女の幼すぎる死。数々の苦難に遭いながら、ひっそりと生を全うしたミサエは幸せだったのか。養子に出された息子の雄介は、ミサエの人生の道のりを辿ろうとする。数々の文学賞に輝いた俊英が圧倒的筆力で贈る、北の女の一代記。

「なんで、死んだんですか。母は。癌とはこの間、聞きましたが、どこの癌だったんですか」
今まで疑問にも思わなかったことが、端的に口をついた。聞いてもどうしようもないことなのに、知りたいという欲が泡のように浮かんでしまった。
「乳癌だったの。発見が遅くて、切除しても間に合わなくてね。ミサエさん、ぎりぎりまで保健婦として仕事して、ぎりぎりまで、普段通りの生活を送りながらあれこれ片付けて、病院に入ってからはすぐ。あの人らしかった」(本文より)(内容紹介(出版社より))

 

絞め殺しの樹』の感想

 

本書『絞め殺しの樹』は、根室のとある気位ばかりが高い家に引き取られた一人の女の子の成長記録であり、理不尽な暮らしにただ耐えるしかない女性の物語です。

こうした理不尽な生活にただ耐えることしかできない人物を主人公とした物語は決して私の好むことろではありません。

例えば、2022年本屋大賞の候補作にもなった町田そのこの『星を掬う』も幼い頃に母親に捨てられ、結婚してからは夫のDVに苦しむ女性の物語です。

この作品はDVの他に育児放棄や介護の苦しみなどの様々な家族の問題を抱えた人物が登場する、やはり一般的な評価は高い作品ですが、個人的にはどうに好みとは言えない作品でした。

この作品も本書も主人公は明確な自己主張をすることができず、ただ親や夫の言葉に従うだけです。私はそうした人物の物語を受け付けないようです。

 

 

本書『絞め殺しの樹』は第167回直木三十五賞の候補作となったほどに評価は高い作品ですが、本書のような作品を読むといつも「直木賞とは?」という疑問が湧いてきます。

そもそも直木賞は「新進・中堅作家によるエンターテインメント作品」( 日本文学振興会 : 参照 )に対して与えられる賞であって、別な言い方をすると、それは「大衆性」のある長編小説あるいは短編集に与えられる文学賞だということです( ウィキペディア : 参照 )。

とするならば、本書のような文学性の高い作品がなお「大衆性」を持った「エンターテイメント作品」だと言えるのか、といつも思うのです。

プロの人たちが直木三十五賞の対象として選んでいるのですから、素人が口を出すことではないでしょうが、それでもやはり違和感が残ります。

 

でも、それだけ本書『絞め殺しの樹』の持つ香りに圧倒されたということはできると思います。

先に述べたように、本書の内容はどこまでも暗く、そして重く、私の好みとはかなり異なる作品でした。

しかしながら、そんな作品でありながらも途中で読むのを辞めようとなどは全く思わず、それどころか妙に惹かれた作品でもあったのです。

それは文章の力なのでしょうか。それとも物語の構成がうまいからなのでしょうか。

 

読書中に思い出したのは赤松利市の『』という作品です。

本書の作者河崎秋子赤松利市とでは作品はそのジャンルも内容も全く異なります。赤松利市の作品は暴力的な雰囲気を纏った冒険小説であり、登場人物は陽気ではあっても物語のトーンは昏いのです。

そこに未来への志向や希望などという展望はなく、ただ刹那的な生存への願望だけが存在します。多分その一点で本書との同じ匂いを嗅ぎ取ったのだと思います。

 

 

北海道の厳しい開拓の様子を描き出した作品と言えば、高田郁の『あい – 永遠に在り』という作品がありました。

この作品は北海道開拓に身をささげた関寛斎の妻である「あい」という実在の女性を描いた作品で、強い女性が描かれた感動的な作品でした。

 

 

それに対し、本書『絞め殺しの樹』の主人公は自分が置かれた環境を前提としてひたすらに耐えることで生き抜いている女性です。

吉岡家という気位ばかりが高い家でこき使われている自分の立場を所与のものとして受け入れているのです。

そんな人を主人公に据え、ただ理不尽で哀しみしかない女性の生涯を描く作品を私は好まないのです。

 

物語自体は吉岡家の理不尽な仕打ちにひたすら耐え続けるしかないミサエという十歳の女の娘が成長し、助けを得て一旦は吉岡家の呪縛からは逃れたものの、故郷のために再び保健婦として根室に戻るという話です。

そこには救いはありません。

もし本書の物語に少しでも救いを求めようとすれば、それは随所に出てくる白い猫の姿でしょう。最初吉岡家で登場する白妙という白い猫と思しき猫がほかの場面でも名を変え登場してきます。

勿論違う猫でしょうが、同じ猫が転生したものだと言わんばかりの登場の仕方を見せます。

第一部での終わりでの「地獄に猫はいないだろう」というミサエの独白の意味は、ねこが象徴するものが安楽や安心などの温もりだと思っていいのだろうかと考えてしまいます。

 

繰り返しますが、本書『絞め殺しの樹』は私の好みではありませんが、しかし妙に心惹かれる作品でもありました。

多分、賞の対象にならない限りこの作者の他の作品は読まないとは思いますが、どこかでそれを心待ちにもしている、妙に気にかかる作品でもありました。

[投稿日]2022年08月06日  [最終更新日]2022年8月6日
Pocket

おすすめの小説

女性を主人公に描いた小説

カフーを待ちわびて ( 原田マハ )
本書は『暗幕のゲルニカ』で直木賞候補になった原田マハの小説家デビュー作品だそうで、第1回日本ラブストーリー大賞を受賞している長編恋愛小説です。
切羽へ ( 井上 荒野 )
「繊細で官能的な大人のための恋愛長編。」とは、コピーにあった文章です。直木賞受賞作。「性よりも性的な、男と女のやりとり」を醸し出している佳品です。
鍵のない夢を見る ( 辻村 深月 )
日常からのちょっとした逸脱に翻弄される女性達を描いた作品集。直木賞受賞作です。
恋歌 ( 朝井 まかて )
樋口一葉らの師である歌人中島歌子を描いた作品。ひとりの女性の、天狗党に参加した夫への恋物語です。本屋が選ぶ時代小説大賞2013及び第150回直木賞を受賞しています。
櫛挽道守(くしひきちもり) ( 木内 昇 )
木内昇著の『櫛挽道守(くしひきちもり)』は、幕末という時代背景のもと、木曽の山奥の町で「お六櫛」の櫛職人を目指す一人の娘の半生を描き出す長編の時代小説です。幕末の木曽山中、登瀬は、神業と呼ばれるほどの腕を持つ父に憧れ、櫛挽職人を目指すのです。

関連リンク

河﨑秋子さん『絞め殺しの樹』 | 小説丸
発表する作品が毎回高く評価される河﨑秋子さんが、待望の新作『絞め殺しの樹』を発表。根室に生きた一人の女性と、彼女の人生を想う青年の物語。書名はなんとも不気味だが...
河﨑秋子『絞め殺しの樹』 | 小説丸
よくある話で恐縮だが、動物が死ぬ話に弱い。嫌いではなく、涙腺の耐久値が低く、気を抜くとすぐに泣いてしまう。その最初は、忘れもしない、子どもの頃に見たアニメ『子鹿...
河﨑秋子『絞め殺しの樹』の迫力に圧倒される! - WEB本の雑誌
河﨑秋子『絞め殺しの樹』(小学館)は、タイトルが印象的だ。他の木に絡みつき、栄養を奪いながら締め付け、元の木を殺してしまう蔓性の植物をそう呼ぶのだという。
親子の「業」が樹木となり、有刺鉄線を呑み込んでいく――読む人を絡めとる、直木賞候補作。
北海道根室を舞台とした河﨑秋子さんの大河小説『絞め殺しの樹』は、題名から殺人をモチーフとした小説と思う人がいるかも知れない。私もその一人だった。しかし、多くの人...
第167回直木賞の発表 道東・別海町出身の作家 河崎秋子さん 惜しくも受賞逃す
第167回直木賞の発表が20日行われました。  北海道・別海町出身の作家、河崎秋子さんは惜しくも受賞を逃しました。先ほど発表された第167回直木賞。ノミネートさ...
直木賞候補作家インタビュー「昭和の北海道を生きた一人の女性」――河﨑秋子
雪の極端に少ない、冷えきった空気。海から吹きつける強い風――。「せめて、湯たんぽとか……」廊下の隅で寝る十歳の少女が、寒さに身体を震わせる『絞め殺しの樹』幕開け...
書評家・杉江松恋が読む第167回直木賞候補作 胸を打ち、現実に力を与える「絞め殺しの樹」
直木賞は日本のエンターテインメントの看板となる文学賞であってもらいたい。それが出版界に関わる者の総意だろう。今回で第167回を迎えた直木賞だが、純文学を対象とす...
第167回直木賞受賞予想『絞め殺しの樹』が強そうだが、マライは『女人入眼』『スタッフロール』も気になる
7月20日、第167回直木賞が発表される。浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆきの9名の選考委員による本家選...
河﨑秋子『絞め殺しの樹』…紙魚の手帖vol.03(2022年2月号
夜空に浮かぶ月が不気味なものに思えてくる。小田雅久仁(おだ・まさくに)の『残月記』(双葉社 1650円+税)は、そんな三篇を収めた作品集だ。話題となった『本にだ...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。