あさの あつこ

弥勒シリーズ

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乱鴉の空』とは

 

本書『乱鴉の空』は『弥勒シリーズ』の第十一弾で、2022年8月に光文社からハードカバーで刊行され、2023年9月に光文社文庫から ‎ 376頁の文庫として出版された、長編の時代小説です。

ユニークな雰囲気を持つこのシリーズですが、その中でも本書は独特な構成を有する読みがいのある作品でした。

 

乱鴉の空』の簡単なあらすじ

 

北町奉行所定町廻り同心の木暮信次郎の姿が消えた。奉行所はおろか屋敷からも姿を消し、信次郎から手札を預かる岡っ引きの伊佐治は、大番屋に連れていかれる。伊佐治の解き放ちに奔走した小間物問屋『遠野屋』主・清之介は伊佐治と二人で信次郎を捜し始める。一方、北町奉行所に不審な者の影が。最後に待っている衝撃のラスト! 100万部突破シリーズ、驚愕の第十一弾。(内容紹介(出版社より))

 

目次

序 / 一 鳶 / 二 雛 / 三 雀 / 四 五位鷺 / 五 地鳴き / 六 夜鳥

 

八丁堀にある小暮家の屋敷で熱い茶を淹れようとしていたおしばだったが、突然現れた同心らしき三人から小暮信次郎はどこに行ったかと聞かれた。

昨夜は確かに寝所にいた筈の新次郎の姿が見えないというのだ。おしばにも、小者の喜助にも何が起こったのか分からないままに、男たちは消えてしまう。

一方、遠野屋清之介は筆頭番頭の信三と共にある武家屋敷を訪ねた帰り、尾上町の伊佐治の店である「梅屋」で食事をしようと向かうが、暖簾が出ていないことに気付いた。

信三を帰した清之介は、伊佐治が大番屋に連れていかれたと知らされるのだった。

 

乱鴉の空』の感想

 

本書『乱鴉の空』は、気付いてみると『弥勒シリーズ』の第十一弾にもなる作品です。

時代小説としては珍しく深い「闇」を基本にしたシリーズであり、あさのあつこの作品によくみられるように、登場人物の心象を深く掘り下げてあります。

ただ、例えば同じ著者あさのあつこの『バッテリー』のような青春小説と異なり、おなじ詳しい心象表現にしても、人の心に一歩踏み込んで本人も気づいていないだろう真意を暴き出すことを喜びとする男を主人公としています。

 

 

その主人公が小暮信次郎という北町奉行所の定廻り同心で、もう一人の主人公ともいえる存在が小間物問屋遠野屋の主人である清之介という商人です。

この遠野屋清之介という商人が、その正体は腕の立つ暗殺者であったという過去を持ち、強烈なキャラクターである小暮信次郎に相対しうるだけの存在感を持った存在です。

さらにもう一人、小暮信次郎の手下として働いている岡っ引の伊佐治を加えた三人が本『弥勒シリーズ』の重要な中心人物になっています。

 

本書『乱鴉の空』では冒頭から上記の小暮信次郎が行方不明にっているところから始まります。

それも単なる行方不明ではなく、突然、信次郎の家に役人が乗り込んできて信次郎を引き立てようとするのですから尋常ならざる事態です。

そして場面は変わり、信次郎の手下である伊佐治もまた役人に連れていかれたことが明かされます。

清之介の手配で、何とか伊佐治は無事に戻ってくることができましたが、信次郎の行方は依然として不明のままです。

そこで、清之介と伊佐治は信次郎の行方を探し始めるのです。

 

以上のように、本書『乱鴉の空』では信次郎が行方不明になったところから幕を開け、信次郎はどこに消えたのか、また信次郎が行方不明となった理由は何のか、が清之介と伊佐治の二人によって明らかにされていきます。

そもそも、信次郎の身に何かあったのではないか、とも考えられるのですが、あの新次郎が簡単に何者かの手に落ちる筈もなく、自ら身を隠したのだろうとあたりをつける二人でした。

つまりは、清之介と伊佐治の二人の信次郎を探す様子が描かれる一冊、ということになっている本書ですが、それはこれまでにない新たな視点の物語でもありました。

 

とはいえ、本シリーズの基本的な色調である「闇」というキーワードはそのままに生きています。

本シリーズの独特の表現、例えば、清之介にとって「おりんの死が結び付けた男たちは、闇の底で淡く光を放っている。」とか、小暮信次郎について「もう一人の男は闇底で青白く燃えている。炎なのに冷えている」という言い回しは変わりません。

また、信次郎が清之介に対し、芝居に関して放った、「芝居は人間の情に働きかけるが、お前には情など不要だろう。」などという言葉も同様です。

人間が生きていくというそのこと自体、単純にまっとうに生きる明るさだけではないということを言っているのでしょう。

 

人間の「闇」を深掘りする本書は、久しぶりに清之介のかつての姿を彷彿とさせる場面もあったりと、本『弥勒シリーズ』のちょっとした変調のような一冊とも言えそうです。

とはいえ、いつもの信次郎節も見られないこともなく、結局は安定の一冊としての面白さを持った作品でした。

 

ちなみに、同心職が一年ごとの抱席だということの説明の時に、大晦日の夜に支配与力が同心を銓衡する、という私の知らない言葉がありました。

この「銓衡」という言葉ですが、能力・人柄などをよく調べて適格者を選び出すこと、を意味するそうです( goo国語辞書 : 参照 )。

[投稿日]2022年10月25日  [最終更新日]2023年9月25日
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