武蔵(一)

若き日の武蔵こと弁之助、十一歳。二刀流剣術の完成を目指し、鍛錬を重ねる毎日だ。ある日、不意の衝動から野犬を打ち殺す。拡がる血溜まり。えも言われぬ光輝に包まれる。高揚し、充足した心持ちだ。「命とは、光か」だがすぐに首を左右に振る「わからん」。捉えようとすれば逃れる。剣術の真髄は遠い。その懊悩の一方で、弁之助は強烈な性の覚醒に乱される。薙刀を操る美貌の美禰、さらに義姉のおぎん…欲望のまま女体を貪るさなか、彼方に武が閃く。剣豪の青年期をかつてない視点で描く傑作大河小説。(「BOOK」データベースより)

 

今までの武蔵像とはまったく異なる武蔵を描く、長編の時代小説です。

 

十一歳の弁之助は内にたぎる力を持て余していたが、神官の娘美禰と薙刀での稽古で叩き伏せられてしまう。義姉のおぎんにより性の手ほどきをうけた弁之助だったが、美禰とも契りを交わすのだった。その後、豪族の息子の然茂ノ介という男と知り合い、山賊退治へと出かけることとなる。

 

この作家の『よろづ情ノ字薬種控』という作品と同様に、本書もとにかく濡れ場が多い作品です。

野人として描かれた武蔵が女を抱きまくる、という話は、むかし漫画で読んだ機構がありますが、作者は誰だったか、今でははっきりとは覚えていません。こんなに女にもてる武蔵はその作品ではないでしょうか。

あふれんばかりのエネルギーを持て余している武蔵は、剣の稽古だけではそのエネルギーを消費しきれないでいるのでしょう。武蔵と言えば吉川英治の描く『宮本武蔵』ですが、そこで描かれる武蔵像とは、全く異なります。

以下に掲げるAmazon作品はKindle版です。他に、新潮文庫版もあります。

 

 

ちなみに、吉川英治版の武蔵を原作とする”井上雄彦”』の武蔵も独自の解釈を施していましたが、ストイックさにおいては吉川版武蔵と同じと言えるでしょう。

 

 

しかし、本書の持つエネルギーは主人公を超えるものがあります。まだまだ始まったばかりのこの物語が今後どのように展開してくのか、非常に楽しみでもあります。しばらくは追いかけてみたいと思います。

武蔵シリーズ

武蔵シリーズ(2019年03月21日現在)

  1. 武蔵(一)
  2. 武蔵(二)
  3. 武蔵(三)
  1. 武蔵(四)
  2. 武蔵(五)
  3. 武蔵(六)

 

これまでの武蔵像とは全く異なる「武蔵」です。タイトルが違えば、単に花村満月という作家の作品の一つと単純に思うしかないでしょう。

つまりは、花村満月という作家が全く新しく創造した”武蔵”なのです。だからという訳でもないのですが、この武蔵は非常に内省的です。自分の内に満ちるエネルギーが大きく、その発露として女を抱き、暴力に走ります。その力が常人を上回るという設定はどうしても他の武蔵像と一緒になるのでしょう。

この武蔵の行動が面白いのです。痛快娯楽小説として楽しく読むことが出来ます。それでいて、主人公の内省は勿論読み手にもそれなりの考察を強いてきて、それが嫌だという人もいるかもしれません。でも、その点を無視して単純に読み進めることもできそうです。

そうした意味も込めて、この物語は読み手を選びそうです。2019年03月現在で六巻目までが出ています。

花村 萬月

この作家はあまり数を読んでいないので大きなことは言えないのですが、もともと芥川賞出身の作家のためでしょうか、人間の「生」を突き詰めていく人のように思えます。その結果、直截的な生の発露としての「性」、「暴力」といった、人の営みの中でも他者との係わりの極限とも言うべき行いが前面に出ているようです。その人間の根源を問う作品の代表として「ゲルマニウムの夜」から始まる、「王国記」シリーズがあるのでしょう。

一方、「武蔵」他のエンターテインメント性の高い作品もあります。

どちらにしても花村萬月という作家の行う単語の選択、そしてその単語で綴られる文章は強烈です。あまりこういう作家は知らなかったので、ある意味新鮮でもありました。具体例をと思いましたが、手元に本がなく、今後調べて載せたいと思います。

ウィキペディアでこの人の履歴を読んでみると結構なアウトローでした。だからこその作品群なのでしょう。その個性は強烈なだけに好き嫌いが分かれると思います。個人的には作品によっては好きな作家さんだと思います。

なぜかこの人の作品を読みながら馳星周を思い出してしまいました。共通点はあまり無いように思うのですが、何故連想してしまったのでしょう。強いて言えば、共に人間の暗部を描いているということでしょうが、だからといって、文体もあまり似ているとは思えないのですが、よく分かりません。

1989年に「ゴッド・ブレイス物語」で第2回小説すばる新人賞を、1998年に「皆月」で第19回吉川英治文学新人賞を、1998年には「ゲルマニウムの夜」で第119回芥川龍之介賞受賞を受賞しておられます。

剣客同心鬼隼人・八丁堀剣客同心 シリーズ

剣客同心鬼隼人シリーズ(全7巻 完結)

  1. 剣客同心 鬼隼人
  2. 七人の刺客
  3. 死神の剣
  4. 闇鴉
  1. 闇地蔵
  2. 赤猫狩り
  3. 非情十人斬り

八丁堀剣客同心シリーズ(全20巻 完結)

  1. 弦月の風
  2. 逢魔時の賊
  3. かくれ蓑
  4. 黒鞘の刺客
  5. 赤い風車
  1. 五弁の悪花
  2. 遠い春雷
  3. うらみ橋
  4. 夕映えの剣
  5. 闇の閃光
  1. 夜駆け
  2. 蔵前残照
  3. 双剣霞竜
  4. 火龍の剣
  5. 朝焼けの辻
  1. 折鶴舞う
  2. 酔狂の剣
  3. 鬼面の賊
  4. みみずく小僧
  5. 隼人奔る

八丁堀の鬼と恐れられる隠密廻り同心・長月隼人が活躍する、痛快活劇小説です。

結構謎解きの側面があると思っていたら「剣豪ミステリー」というジャンルを確立した作家という紹介文を読みました。

本格的に剣が強いスーパーマンが悪に立ち向かう剣豪ものといっていいでしょう。それに謎解きの面白さが追加されているわけです。

「剣客同心鬼隼人」「八丁堀剣客同心」と書名は異なるものの、同じ主人公の続編のシリーズのようです。そして「剣客同心」は「剣客同心鬼隼人」の前日譚になっています。

でも、そういうことは内容とは関係はなく、構えずに読める本です。面白いです。

はぐれ長屋の用心棒シリーズ

主人公が剣の達人という設定はまあ当たり前といえば当たり前なのですが、隠居の身なのです。ということは普通歳をとっています。といっても還暦過ぎの私よりは若い50代半ばですが。

つまりは激しい動きにはついていけず、そこそこ危機に陥るのです。そこをやはり剣の使い手の菅井紋太夫や、岡っ引きだった孫六達が手助けします。勿論この二人も若くはありません。

その他に研師の茂次や更には「はぐれ長屋」の住人たちも絡み、事件を解決していくのです。

設定も面白いし、読んでいてリズムもあり気楽に読み進めることができます。お勧めです。

はぐれ長屋の用心棒シリーズ(2016年12月16日現在)

  1. 華町源九郎江戸暦
  2. 袖返し
  3. 紋太夫の恋
  4. 子盗ろ
  5. 深川袖しぐれ
  6. 迷い鶴
  7. 黒衣の刺客
  8. 湯宿の賊
  9. 父子(おやこ)凧
  10. 孫六の宝
  1. 雛の仇討ち
  2. 瓜ふたつ
  3. 長屋あやうし
  4. おとら婆
  5. おっかあ
  6. 八万石の風来坊
  7. 風来坊の花嫁
  8. はやり風邪
  9. 秘剣霞颪
  10. きまぐれ藤四郎
  1. おしかけた姫君
  2. 疾風の河岸
  3. 剣術長屋
  4. 怒り一閃
  5. すっとび平太
  6. 老骨秘剣
  7. うつけ奇剣
  8. 銀簪の絆
  9. 烈火の剣
  10. 美剣士騒動
  1. 娘連れの武士
  2. 磯次の改心
  3. 八万石の危機
  4. 怒れ、孫六
  5. 老剣客踊る
  6. 悲恋の太刀
  7. 神隠し
  8. 仇討ち居合

覇剣 武蔵と柳生兵庫助

殺戮の戦国から太平の江戸へ。この大転換期を生きた二人の剣聖―宮本武蔵と柳生兵庫助。あくまで人を斬り、斃すための“殺人剣”を追求する武蔵に対し、兵庫助の新陰流の神髄は、人を活かす“活人剣”にあった。それはまさしく武芸の時代から政治の時代への変革であった。すでに斬るべき相手のいない江戸の世で、なおも兵法者の道を貫く武蔵。一方、組織に生き政治を執る武士として心を練り、身を修めてきた兵庫助。ともに不敗の剣の遣い手とあがめられ、互いを意識しつつ歩んできた二人が相まみえた時…。果たして己れの生き様を賭けた世紀の対決の行方は?“殺人剣”対“活人剣”の決着は?希代の剣客の激闘をかつてない視点から描き切った新・剣豪小説。( Kindle版 : 「BOOK」データベースより)

 

宮本武蔵と柳生兵庫助という日本史上に残る二人の剣豪の姿を描く長編の時代小説です。

 

まず、テーマが武蔵と兵庫助ですから興味深い主題であることは間違いありません。その二人を剣を描くことでは定評のある鳥羽亮が描くのですから期待は膨らみます。

そして、ハードルの上がったその期待は十分に満たされました。

間違いなく面白いです。

付け加えれば、柳生兵庫助といえば津本陽の作品にタイトルがそのまま「柳生兵庫助」という大作があります。こちらも面白いです。

下掲のイメージは、双葉社の双葉文庫から出ている全十巻の第一巻と、文春文庫(全八巻)の第一巻です。

 

 

さらに、リイド社のSPコミックスから、とみ新蔵の画で全五巻のコミック版も出ています。

 

鳥羽 亮

鳥羽亮という作家は自身剣道の有段者でそれもかなりのものだったと聞きました。だからこそ剣戟の場面では理詰めに描写し、緊迫感を出しているのだそうです。

確かにこの人のチャンバラシーンは迫真的で引き込まれます。

最初はいわゆる通俗的な剣豪ものを書く人だと思い読まず嫌いだったのですが、一旦読み始めたらそれは面白いのです。確かに、今をときめく佐伯泰英、鈴木栄治といった面々に比べると手軽くはないと思います。しかし、その分読みごたえは十分にあり、面白いです。

この作家も作品数は100点を越え、その一割位に接しただけです。その中での紹介になります。

剣客春秋シリーズ

剣客春秋親子草シリーズ(2018年08月19日現在)

  1. 恋しのぶ
  2. 母子剣法
  3. 面影に立つ
  4. 無精者
  1. 遺恨の剣
  2. 襲撃者
  3. 剣狼狩り

剣客春秋シリーズ(完了)

  1. 里美の恋
  2. 女剣士ふたり
  3. かどわかし
  4. 濡れぎぬ
  1. 恋敵
  2. 里美の涙
  3. 初孫お花
  4. 青蛙の剣
  1. 彦四郎奮戦
  2. 遠国からの友
  3. 縁の剣

やはり一番に挙げるのはこのシリーズでしょう。何といっても池波正太郎の『剣客商売』があってのこの題名ですからよほどの自信があってのことと思い読んでみたのですが、期待に違わず引き込まれました。当然のことですが『剣客商売』とはまったく異なる、この作者独自の世界が広がっていたのです。

剣客商売』は、秋山小兵衛を中心とし、秋山大治郎、三冬、そして弥七や徳次郎らによる、江戸情緒も豊かに、ときにはコミカルに繰り広げられる連作の短編中心の人情劇です。

それは異なり、本シリーズはどちらかと言うと剣戟の場面に重きを置いた長編小説のシリーズであって、痛快活劇小説ということになります。

剣術道場主の千坂藤兵衛とその娘里美、その恋人彦四郎を中心に物語は進んでいきます。また、『剣客商売』における探索担当の弥七同様の立場にあるものとして、弥八という岡っ引きがいます。

千坂道場が毎回巻き込まれる何らかの事件に対し、皆で力を合わせ、降りかかる事件にに立ち向かっていくのです。

面白い小説を探している人には間違いなくお勧めの一冊、いやシリーズです。

2011年の終わりにはこのシリーズも終わり、2012年10月には新しいシリーズとして「剣客春秋親子草」が刊行されています。

修羅の剣

越中氷見郡仏生寺村の貧農出身、ござ問屋の下男・弥助16歳は、奇縁から同郷の剣士・斎藤三九郎に剣術の手ほどきを受けた。みるみる上達する弥助の才を愛でた三九郎は、家来に取り立てると約して旅立つ。だが、将来を誓ったお里の非業の死を契機に江戸へ出奔した弥助は、三九郎の兄・斎藤弥九郎の神道無念流練兵館に転がり込む。上巻では、幕末の天才剣士とうたわれた男の研鑽時代を描く。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

21歳になり、練兵館助教・仏生寺弥助の剣名は、「仏生寺一流」の必殺技とともに江戸中に響いていた。それでも師の出世話を固辞し、恋女房おまきとの平穏な生活をのぞむ弥助。しかし道場主が二代目に替わり、おまきを病で失うと、死を求めるように闘いの日々に身を投じていく。やがて動乱の京都で、この純粋無垢にして無頼な魂に訪れた凄絶なる運命とは―。著者会心の剣豪小説、感動の後編。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

幕末の天才剣士・仏生寺弥助の生涯を描いた長編時代小説です。

 

仏生寺弥助という人は、江戸三大道場といわれる中の一つ、斎藤弥九郎の「練兵館」の門人の中でも随一であり、当代一番といわれた剣士だそうです。この本を読むまでのその存在を知りませんでした。

幕末ものは結構読んでいるつもりでいたのですが、何故かこの人の名前を聞いたことがありませんでした。主人公の仏生寺弥助という剣士があまり名の知られていない人物だからでしょうか、「柳生兵庫助」に比べると小説としての面白さは若干欠けると感じました。

しかし、そこは比較してのことなので剣豪ものが好きな人にはやはり面白いのではないでしょうか。

明治撃剣会

短編集ですが、それまでの剣豪小説とは一味違う、明治時代の剣術家の悲哀を丁寧に描写してある短編集です。

その中の表題にもなっている「明治撃剣会」は、明治維新によりその日の糧にも事欠くありさまになっていた、剣を使うことしか知らない剣術家達を救うべく、剣豪榊原鍵吉を中心として設立された「撃剣会」の物語です。

剣の技を見せものにすることで糧を得ようとする撃剣会に集う、明治維新という時代の波に乗り損ねた男達の姿が描かれています。

 

この作者自身が剣道の有段者だそうで、剣戟の場面の迫力は圧倒的なものがあります。また、明治期における剣術使いの悲哀も、自ら剣を握る人だからこそ分かる部分があるのか、読み手の心に迫ります。

時代小悦を好きな方は是非読んでほしい一冊です。