付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』とは

 

本書『付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』は『付添い屋・六平太シリーズ』の第十五弾で、2021年12月に文庫版で刊行された280頁の作品で、人情味豊かな連作の短編小説集です。

 

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』の簡単なあらすじ

 

天保四年秋、秋月六平太は豪商の娘たちの舟遊びに付添った。その会食の席で酔った若侍が狼藉を働く。残された脇差から侍は旗本の次男・永井丹二郎と知れた。意趣返しを警戒し永井に接触した六平太は、逆に剣の腕を見込まれ、道場師範に乞われてしまう。その頃『市兵衛店』に付添い仲間の平尾伝八夫婦が越してきた。さらには妹の佐和母子も六平太宅に居候することになり、長屋は俄に賑やかに。稼業のためにと剣術修業を始めた伝八に、六平太は祝儀代わりの仕事を融通した。だが翌朝、伝八は何者かに斬られ瀕死状態で見つかる。日本一の王道人情時代劇、最新刊!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 深川うらみ節
天保四年秋、材木商の娘らが徒党を組む「いかず連」に付添うことになった六平太。その会食の席に酔った若侍が乗り込み、狼藉を働く。残された脇差から侍は旗本の次男・永井丹二郎と知れた。意趣返しを警戒した六平太は丹二郎に接触する。
第二話 付添い料・四十八文
『市兵衛店』に付添い仲間の平尾伝八夫妻が越してきた。さらに妹の佐和とその子らが六平太宅に居候することに。そんなある日、桶川への付添いの依頼が舞い込む。依頼主は奉公人で全財産はわずか四十八文。成り行きで引き受けるが……。
第三話 噛みつき娘
相良道場での稽古後、穏蔵の養父・豊松が死亡したとの知らせが入る。養家を継ぐのか、江戸に残るのか、穏蔵の将来を皆が心配する中、自分が実の父であることを隠しながら、六平太は厳しい言葉を突き付ける。
第四話 闇討ち
六平太の剣の腕を買い、丹二郎は自身の道場に招こうと躍起になっている。そんな頃、平尾伝八が剣術稽古を始めたことを知った六平太は、祝儀として付添い仕事を譲ることに。しかしその翌日、伝八が何者かに斬られているのが見つかった。(内容紹介(出版社より))

 

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』の感想

 

本書『付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』での巻を通してのエピソードは永井丹二郎という旗本の次男坊が六平太にまとわりつく話であり、それとは別の各々の話での個別のエピソードとがあります。

本書を読んでいる途中でただただ六平太の日常を描く、そうした小説もまたいいものではないかと思いながら読み終えました。

その後本ブログのシリーズ前巻『猫又の巻 祟られ女』の項を読み返すと、本シリーズは六平太を取り巻く人間模様を描き出す物語なので特別な敵役など必要ではない、と記しています。

つまりは、シリーズ物の痛快時代小説といえば、例えば『居眠り磐音シリーズ』での田沼意次のように、主人公と対立する敵役があった方が面白い、と思っていたのです。

しかしながら、そうではないのだと、魅力的な主人公がいてその周りの人々の人情話を語り続けるだけでも十分に面白いシリーズがあり得るのだとあらためて思っていたようです。

それが、前回も、そして今回もこのシリーズを読んでいる中で同じように感じていたのだと思えます。

 

 

ですから、シリーズでは巻ごとに特有の人物が現れたり、長屋の住人の入れ代わりもあって、物語としての新陳代謝を図っているのでしょう。

また、物語としての派手な展開もなく、人情話に重点が置かれることになるのでしょう。

それはそれで話さえ面白くできていれば何の問題もないのであり、事実、本シリーズはそうした展開になっていると思われます。

雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)

雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』とは

 

本書『雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』は『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第二十一弾で、2021年11月に文庫本で刊行された343頁の長編の痛快時代小説です。

 

雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』の簡単なあらすじ

 

日課の研ぎ仕事に精を出す小籐次親子の前に現れた貧相な浪人。駿太郎の大切な刀・孫六兼元を奪おうとして番屋にしょっ引かれたが、なんと仲間を殺して逃亡した。残された刀は、あの井上真改なのかー名刀を巡る真相と浪人の正体を追う一方で、立派に成長した息子の元服に頭を悩ませる小籐次。誰に烏帽子親を頼むべきか。(「BOOK」データベースより)

 

第一章 奇妙な騒ぎ
久慈屋の店先で研ぎ仕事をする小籐次親子のもとに人者たちが押しかけ、井上真改という名刀を研ぎのために預けたと騒ぎはじめた。番屋へ引き立てられて行った浪人たちだったが、その中の相良大八という人物がほかの浪人たちを殺して逃走してしまう。

第二章 活躍クロスケ
翌朝は大雪で駿太郎だけが研ぎ仕事を為しその夜も久慈屋で相良らの襲撃にそなえるのだった。ところが、相良大八なる浪人の本名も判明し、その者が所持していた井上真改は尼崎藩を巻き込んだ問題となるのだった。

第三章 蛙丸の雪見
望外山荘に戻った小籐次らは、雪景色を描きたいというおりょうを連れ、川向うへと渡り挨拶回りをなして久慈屋へとたどり着いた。

第四章 二口の真改
晦日のこの日もあい変らず雪が降り続き、小籐次は駿太郎の元服の儀式で頭を悩ませていた。文政十年(1827)の正月元旦、南町の近藤同心が連れてきた出羽米沢新田藩の用人によれば、相良大八に新田藩の有していた井上真改をだまし取られたというのだった。

第五章 駿太郎元服
小籐次は、駿太郎が乗せてきた御歌学者の北村舜藍とお紅、それに既に来ていた新八とおしんと共に、駿太郎の元服の話を始めた。その後、小籐次らは駿太郎の元服の挨拶も兼ねて、呼び出しを受けていた八代目森藩藩主久留島通嘉と会うのだった。

 

雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』の感想

 

相変わらずに平穏な日々を送るというわけにはいかない小籐次とその子駿太郎です。

本書『雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』では、メインとなる事件は久慈屋の店先で研ぎ仕事をする小籐次親子に刀の研ぎを依頼したと言いがかりをつけてきた浪人たちの騒ぎから始まります。

結局は二つの藩を巻き込んだ井上真改という刀を巡る騒動へと発展するのですが、ここで登場する井上真改という刀剣は実在する刀のようです。

詳しくは下記を参照してください。

 

本書を通した事件というわりには、あまり大きな出来事というわけではなく、ただ井上真改という刀だけが気になる物語でした

 

本書では駿太郎の元服という出来事も描かれています。シリーズとしてはこちらの方が大きな出来事というべきかもしれません。

駿太郎がその体の大きさも勿論、剣の腕もずば抜けているために、まだ十四歳だとは誰も思わない成長ぶりを見せています。

しかしながらこの正月で十四歳になった駿太郎は大人になるための儀式の元服の儀を終えねばならず、それには烏帽子親が大切な役目であり、その烏帽子親を誰に頼むかが非常に重要になります。

ここで烏帽子とは「成人男性としての象徴」であり、元服する男子に烏帽子をかぶせる役目を負うのが「烏帽子親」(えぼしおや)です。( 【刀剣ワールド】元服とは : 参照 )

 

本書『雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』では、最後に小籐次の旧主である豊後森藩の第八代目藩主である来島通嘉に面会することになります。

そこで、次巻からの展開に大きくかかわるであろう事柄が示されます。

 

ともあれ、物語として軽く読めてなお且つ面白さを十分に保っているシリーズの一つであるのがこの『酔いどれ小籐次シリーズ』です。

ところが、本シリーズもこの八月をもって終了するとの告知がありました。

六月から三ヶ月の連続刊行し、第二十五巻をもって終了とのことです。

詳しくは下記を参照してください。

三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)

三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』とは

 

本書『三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』は『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第二十弾で、2021年2月に文庫本で刊行された341頁の長編の痛快時代小説です。

 

三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』の簡単なあらすじ

 

大切な舟が水漏れするようになったが、金の工面に悩む小籐次。舟づくり名人・亀吉親方が思い出したのは、かつて小籐次が助けた花火師親子のことー人の縁が繋がってお目見えした新舟「研ぎ舟蛙丸」が江戸を大いに沸かせる中、ニセ鼠小僧の悪事が止まらない。奉行所と小籐次、そして元祖鼠小僧がタッグを組んで成敗に乗り出す!(「BOOK」データベースより)

 

第一章 新しい工房
船頭の兵吉から小籐次の仕事船は買い替えた方がいいとの忠告を受け、仕事船の持ち主である久慈屋の了解を得て新造することとなった。北割下水の船大工の蛙の親方こと亀作親方を紹介してもらい、蛙の親方のところにあった船を譲ってくれることとなった。

第二章 火付盗賊改との再会
小籐次のもとを火付盗賊改与力の小菅文之丞と同心の琴瀬権八とが二人が訪れ、小籐次と鼠小僧治郎吉との付き合いを話せと言ってきた。その後、子次郎を望外山荘の屋根裏に泊めることにした小籐次だった。

第三章 研ぎ舟蛙丸
新しい船が望外山荘に届き、蛙丸と命名されたその船で皆に挨拶回りをする小籐次だった。その後、駿太郎が一人で望外山荘へ帰ると、火付盗賊改の手先が蛙丸を盗み出そうとするのだった。

第四章 虫集く
小籐次は、火付盗賊改にとらわれている子次郎の仲間を助け出し、また偽物の鼠小僧治郎吉は表火之番の井筒鎌足とその三男坊の八十吉がだとの話を聞いた。翌日、仕事を終え望外山荘へ帰った小籐次と駿太郎の前には、おりょうに刀を突きつける小菅文之丞がいた。

第五章 三河の菓子
中田新八らに相談し、老中青山忠裕の命で両替商の錦木に莫大な金子が集まるその夜、小籐次親子や子次郎らは襲い来た井筒鎌足ら偽鼠小僧一味を一網打尽とするのだった。ことが終わり、三河の吉田宿の近くに子次郎の姿があった。

 

三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』の感想

 

本書『三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』では、小籐次親子の足ともいえる研ぎ船がいよいよ水漏れをし始め、新しい船を手に入れることになります。

と同時に本書でのメインの出来事である鼠小僧治郎吉の偽物は、とうとう人殺しまで犯してしまいます。

また、火付盗賊改が小籐次に狙いをつけ、鼠小僧との関連を疑い始める事態も起こります。

火付盗賊改とは、あの池波 正太郎の『鬼平犯科帳』という作品で高名な火付盗賊改ですが、本書に登場する火付盗賊改はかなりのワルとして描かれています。

同時に偽鼠小僧も登場し、本書ではこれらの火付盗賊改と偽鼠小僧が敵役となっています。

 

 

ただ、今回登場の敵役はあまり魅力がありません。

とくに、表火之番の井筒鎌足とその三男坊の八十吉に関してはあまり書き込みもなく、その人物像が明確ではありません。

勿論、それなりの背景は書いてはあるのですが、何となくの印象であって小籐次に対峙する悪役としてはよく分かりません。

加えて、彼らに関しての出来事ももう一方の敵役である小菅文之丞と琴瀬権八という火付盗賊改の二人の存在と出来事とに分散されており、若干分かりにくい部分があります。

たしかに、毎回毎回新たな事件を設け、小籐次に相対するそれなりの敵役を設けなければならない作者はさぞや大変だろうと思います。

でも、この敵役がそれなりに魅力が無ければ主役のヒーローが目立たないのです。

 

とはいえ、新たな研ぎ船の「蛙丸」に関する話が設けられており、その船にまつわる人物や会話はいかにも『酔いどれ小籐次シリーズ』らしく、ほほ笑ましくもあります。

あと数巻しかないこのシリーズです。

最後まで丁寧に読んでいきたいものです。

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』とは

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』は『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第十九弾で、2020年11月に文庫本で刊行された355頁の長編の痛快時代小説です。

 

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』の簡単なあらすじ

 

江戸で有名な盗人「鼠小僧」は自分だ、とついに明かした子次郎。忍び込んだ旗本の屋敷で出会った盲目の姫君を救って欲しい、と小藤次に頼む。姫を側室にと望んでいるのは、大名・旗本の官位を左右する力を持つ高家肝煎の主で、なんと「幼女好み」と噂のある危険な人物だという…懐剣を携え悲壮な決意をする姫を毒牙から守れるか。(「BOOK」データベースより)

 

第一章 桃井道場様がわり
前巻『鼠異聞』で、桃井道場の年少組の五人と北町奉行所与力見習の岩代壮吾を加えた六人と共に、久慈屋の紙納めの旅の付き添いという大役を終えた小籐次親子だった。この旅は岩代壮吾や年少組にも学びがあったようで、剣術の稽古も見違えるものとなっていた。

第二章 望外川荘の秘密
久しぶりに鈴とお夕の望外山荘宿泊が決まった日、小籐次とおりょうは夕の父桂三郎の悩みについて相談をしていた。また、子次郎は件の懐剣の持ち主を助けてほしいと願ってきていた。また、駿太郎は望外山荘に新たに見つけた屋根裏部屋について二人に話していた。

第三章 桂三郎の驚き
望外山荘へとやってきた夕の両親の桂三郎とお麻は小籐次から独立の話を聞いたが、世話になっている小間物屋との関係で不安があった。すべてを委ねられた小籐次は小間物屋へ行き、今後品物を納めることはないとの話をつけるのだった。

第四章 おりょうの迷い
おりょうは久慈屋の隠居所を飾る画としては余生を過ごす場には萍(うきくさ)紅葉の方がいいと考えながら筆を動かしていた。一方小籐次は懐剣の持ち主の三枝家の目の見えない薫子に会い、三枝家のために高家肝煎に差し出されたのちに自害するつもりであることを知る。

第五章 旅立ちの朝(あした)
小籐次は薫子を望外山荘へ隠したところ高家肝煎大沢基秌に雇われた五人組が現れたものの、駿太郎と岩代壮吾が待ち構えていた。小籐次は新八やおしん、それに子次郎と共に高家肝煎大沢基秌を三枝家で待ち構えるのだった。

 

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』の感想

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』では、前巻の『鼠異聞』で登場した子次郎が研ぎを依頼してきた懐剣の持ち主の薫子姫をめぐる物語が中心になっています。

と同時に、小籐次のもとの住まいである新兵衛長屋の住人である錺職人の桂三郎とその娘のお夕の新しい仕事場を設けることに奮闘する小籐次の姿もあります。

つまりは、常と変わらない小籐次親子のいつもの日常が描かれているのですが、そこでは駿太郎の成長とあわせて桃井道場の年少組の仲間たちの成長も描かれることになります。

こうした小籐次の周りの人々についての描写もシリーズの魅力の一つになっていると思われます。

 

とはいえ本シリーズの一番の魅力は、もくず蟹に似ている来島水軍流の遣い手である小籐次という人物その人のキャラクターであることは間違いありません。

そもそも小籐次は、浪人となって四家の大名行列に斬り込み掲げられている御鑓を奪って旧主の恥辱を雪いだことから一躍江戸の人気者となったという人物ですからよくできています。

その小籐次も初期の設定からはかなり変化を見せ、今ではおりょうという昔から片想いの女性とも結ばれており、駿太郎という大人顔負けの息子も授かっています。

親子で研ぎ仕事をこなしながら、久慈屋やそのほかの様々な人たちから持ち込まれる難題をこなし、久慈屋の主からも皆小籐次に頼り過ぎだと言われるほどになっているのです。

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』でもそのことは同様で、前巻『鼠異聞 新・酔いどれ小籐次』から登場してきている子次郎の持ち込んだ懐剣にまつわる姫君を救うという難題に挑むことになります。

この姫君がまた小説の中にしか存在しえないだろうほどの純真無垢な存在で、だからこそ子次郎も命懸けでこの姫君を守ろうという気にさせられるのですが、こうした存在も小籐次シリーズならではのことかもしれません。

時代小説で「男の夢」を描いてきたという佐伯泰英という作家ならではの一つの証がこういう点にも表れていると言えるのでしょう( 本の話 : 参照 )。

また、本書『青田波』では新兵衛長屋に住む小籐次の昔馴染みのお夕親子の新しい職場も久慈屋の力を借りて設けたりと、実に忙しい小籐次です。

 

このシリーズもすでに四十巻を軽く超え、そうは長くないという情報もあります。

個人的には佐伯泰英の書く痛快時代小説シリーズの中では一番好きなシリーズですから終わるのはとても残念なことですが、それも仕方のないことなのでしょう。

残り少ない物語をゆっくりと楽しみたいと思います。

異変ありや 空也十番勝負(六)

異変ありや 空也十番勝負(六)』とは

 

本書『異変ありや 空也十番勝負(六)』は『空也十番勝負シリーズ』の第六弾で、2022年1月に文庫本で刊行された、佐伯泰英自身のあとがきまで入れて351頁の長編の痛快時代小説です。

何とか生き永らえた空也が、江戸の家族や長崎の仲間たちのあたたかな眼差しのなか新たな冒険へ旅立つ姿が描かれ、しかしどこかで似た場面を見た気もする作品でした。

 

異変ありや 空也十番勝負(六)』の簡単なあらすじ

 

3年ぶりの書き下ろし新作!

武者修行中の嫡子・空也の身を案じる
江戸の坂崎磐音のもとに、
長崎会所の高木麻衣から文が届く。

薩摩の酒匂一派最後の刺客、太郎兵衛との勝負の末、
瀕死の重傷を負った空也は、
出島で異人医師の手当てを受けたものの、
いまだ意識が回復しないという。

懸命の介護を続ける麻衣のもとを高麗の剣術家が訪れ、
二日間、空也とふたりだけにしてほしいと願い出るが……。

目覚めた空也は何をなすのか!?

空也の武者修行が再び動き出す!(内容紹介(出版社より))

 

異変ありや 空也十番勝負(六)』の感想

 

本『空也十番勝負シリーズ』は、一旦は第五弾『青春篇 未だ行ならず(上・下巻)』をもって、「青春篇完結!」ということが言われました。

 

 

しかし、ここに『空也十番勝負シリーズ』は再掲することになったようです。

このシリーズ再開の経緯は著者佐伯泰英本人が本書のあとがきで書いておられます。

このあとがきは下記サイトにも「「空也十番勝負」再開によせて」として再掲してありますのでそちらを参照してください。

ただ、それほど詳しいことは書いてありません。

 

 

本書読み初めからしばらくは、江戸の磐根らの心配をよそに空也の意識が戻らないままに進みます。

何とか意識を取り戻してからは今度は逆にそれまで死にかけていた人物とは思えないほどの活躍を見せることになります。

 

本書『異変ありや 空也十番勝負(六)』で意識を取り戻してからの空也は上海へと乗り出し、彼の地で活躍する姿を見せることになりますが、どうもどこかで読んだような印象です。

それが何に似ているのか、未だはっきりとは思い出せませんが、多分佐伯泰英の『上海 交代寄合伊那衆異聞』ではないかと思います。

この作品はこのブログを書き始めるよりもだいぶ前に読んだ作品なので内容もよく覚えてはいないので、はっきりとしたことは言えません。

 

 

ともあれ、江戸の磐根や、空也の妹の睦月中川英次郎と結ばれることになったり、磐根のもとにいてそれなりに落ち着いていた薬丸新蔵も再びその行方が分からなくなったりと、何かと変化が起きているようです。

このシリーズも空也の物語ではありながらも、『居眠り磐音シリーズ』の続編としての趣きが強く感じられるようになってきました。

今後の展開を強く待ちたいと思います。

ごんげん長屋つれづれ帖【三】望郷の譜

ごんげん長屋つれづれ帖【三】望郷の譜』とは

 

本書『望郷の譜』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第三弾で、2021年9月に文庫本で刊行された、285頁の連作の短編小説集です。

シリーズ第三巻目の作品として、シリーズの世界観にも慣れ、それなりの面白さを持った人情小説集としてその位置を確立している印象でした。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』の簡単なあらすじ

 

お勝たちの隣の部屋に住まう、彦次郎とおよしの夫婦。古くから『ごんげん長屋』に暮らし、賑やかな住人たちを温かく見守る穏やかな二人の元へ、常陸国から一人の男が訪ねてきた。男を追い返すとともに、慌てて長屋を引き払おうとする彦次郎たちを引き留めたお勝は、老いた夫婦の哀しい過去を知ることになるー。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る、大人気シリーズ第三弾!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 一番かみなり
元日には長屋での部屋の取り換えが、二日には「岩木屋」で若侍らの出来事があり、また田舎に帰るという「喜多村」の女中頭のおたねを見おくり、近藤道場の沙月のもとで建部家跡取りの源六郎の姿を見ったお勝だった。松が取れ、長屋には青物売りのお六と足袋屋「弥勒屋」の番頭の治兵衛という新しい住人が移ってきた。

第二話 藍染川
ある日、お琴と沢木栄五郎の手蹟指南書で一緒の志保と五十吉の姉弟が父親の仲三に打たれたと言って逃げてきた。お勝は仲三と直接話した後、入れ込んでいる女と話をつけると、仲三がお勝のもとへ怒鳴り込んできたのだった。

第三話 老臣奔走す
初午も数日後に控えたある日、彦坂伴内と名乗るとある旗本家の用人が荷車に積んだ荷を持ち込んできた。しかしその用人の望む金額には到底足らないため、今度は彦坂家の持ち物まで見積もってほしいと願ってきた。そこで彦坂の主筋の旗本家の内情を調べるお勝だった。

第四話 望郷の譜
ある日、彦次郎が打ったという短刀を見つけたのだと、刀鍛冶の久市の倅だという常陸国の恭太という男が彦次郎を訪ねてきた。それを聞いた彦次郎は慌ててごんげん長屋を出て行くと言い出すのだった。

 

ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』の感想

 

本書『ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』も、全四編からなる連作の短編小説集で、お勝を中心とした小気味よい人情話が展開されています。

 

「第一話 一番かみなり」ではごんげん長屋の住人の部屋の入れ代わりや、お勝のかつての奉公先にいた女中頭のおたねとの別れ、などがあります。

そして岩木屋に押し寄せた旗本の小倅たちの嫌がらせがあり、そのことがお勝のお腹を痛めた源六郎の話と絡んだりと、お勝の話が中心となっています。

特別に何か事件がおきるというわけではなく、お勝らの日常が描かれていくだけです。

 

「第二話 藍染川」は、沢木栄五郎の手蹟指南書でお琴と一緒だった志保五十吉という姉弟とその家族の話です。

父親の仲三が何かと母親のおきわや子供たちに手をあげるようになったという話を聞いて、お勝が乗り出すのです。

ただ、仲三一家の問題を解決する方法、そして仲三の目を覚ます出来事があまりに都合がよすぎる印象です。

軽く読める時代小説の常として、ある程度のご都合主義は仕方のないところかもしれませんが、この話の場合はちょっとばかり出来すぎだと思われます。

ちなみに、仲三が働く染屋があるという藍染川は、西條奈加の直木賞受賞の『心淋し川』という作品の中で「心淋し川」と呼ばれている川が合流する川です。

申し訳ないけれど、本シリーズも軽く読める面白い作品ではあるものの、人情時代小説としての作品の深み、人間の描き方では、やはり『心淋し川』に軍配が上がるのは仕方のないところです。

 

 

「第三話 老臣奔走す」は、後に判明する旗本榊原家の用人である彦坂伴内という侍が、主家のために自らの財産までをも投げうって奉公しようとする姿が描かれています。

彦坂伴内から主家の事情を聞かされたお勝は、いつものように情報を収集し、彦坂に裏の事情を教えるのです。

そこから先は彦坂ら侍の判断で動くことになります。侍はそうした裏事情を知り得ない、という前提での話ですが、そこらをつつく必要もないでしょう。

 

「第四話 望郷の譜」は、ごんげん長屋の住人である彦次郎およし夫婦の物語です。

まさに人情物語であって、哀しみに満ちた物語でもあり、愛情にあふれた物語だともいえるかもしれません。

とはいえ、微妙に無理筋の話、だという気もしていて、なんとも言いようのない作品でもあります。

 

本シリーズは、通俗的な人情小説として軽く読める作品を期待する向きにはもってこいのシリーズだと言えるでしょう。

これからも続編を期待したいと思っています。

黛家の兄弟

黛家の兄弟』とは

 

本書『黛家の兄弟』は『神山藩シリーズ』の第二弾作品で、2022年1月に刊行された410頁の長編の時代小説です。

青山文平以来、近年の時代小説作家で私の好みに合致した時代小説作家の一人である砂原浩太朗の作品で、藤沢周平作品にも似た感動的な一編でした。

 

黛家の兄弟』の簡単なあらすじ

 

「-未熟は悪でござる」兄弟の誇りを守るため、少年は権力者になった。神山藩で代々筆頭家老の黛家。三男の新三郎は、兄たちとは付かず離れず、道場仲間の圭蔵と穏やかな青春の日々を過ごしていた。しかし人生の転機を迎え、大目付を務める黒沢家に婿入りし、政務を学び始める。そんな中、黛家の未来を揺るがす大事件が起こる。その理不尽な顛末に、三兄弟は翻弄されていく。時代小説の新潮流「神山藩シリーズ」第二弾!(「BOOK」データベースより)

第165回直木賞、第34回山本周五郎賞候補『高瀬庄左衛門御留書』の砂原浩太朗が描く、陥穽あり、乱刃あり、青春ありの躍動感溢れる時代小説。

道は違えど、思いはひとつ。
政争の嵐の中、三兄弟の絆が試される。

『高瀬庄左衛門御留書』の泰然たる感動から一転、今度は17歳の武士が主人公。
神山藩で代々筆頭家老の黛家。三男の新三郎は、兄たちとは付かず離れず、道場仲間の圭蔵と穏やかな青春の日々を過ごしている。しかし人生の転機を迎え、大目付を務める黒沢家に婿入りし、政務を学び始めていた。そんな中、黛家の未来を揺るがす大事件が起こる。その理不尽な顛末に、三兄弟は翻弄されていく。

令和の時代小説の新潮流「神山藩シリーズ」第二弾!

~「神山藩シリーズ」とは~
架空の藩「神山藩」を舞台とした砂原浩太朗の時代小説シリーズ。それぞれ主人公も年代も違うので続き物ではないが、統一された世界観で物語が紡がれる。(内容紹介(出版社より))

 

黛家の兄弟』の感想

 

本書『黛家の兄弟』は、『高瀬庄左衛門御留書』に続く『神山藩シリーズ』の第二弾の作品です。

こうした架空の藩を前提とした作品と言えばまずは藤沢周平の海坂藩を思い出します。他にもいくつかの作品を思い出しますが、何と言っても「海坂藩」に尽きるのではないでしょうか。

 

 

だからというわけでもないのですが、本書の作者砂原浩太朗の印象を大家と言われる時代小説作家の中で見ると、山本周五郎というよりは藤沢周平の雰囲気を醸し出していると思います。

そうした作家と言えば近年では青山文平であり、葉室麟をあげることができるのではないでしょうか。

特に青山文平はその特徴の一つとしてミステリータッチな描写が特徴的なのですが、本書の著者の砂原浩太郎も伏線の貼り方が見事で、その点でも共通していると思います。

 

本書『黛家の兄弟』の著者砂原浩太朗の前著『高瀬庄左衛門御留書』でもそうでしたが、けっして大時代的な台詞回しではなく、どちらかと言えば抑えた語り口で静かに語る中で登場人物の人となりや性格までも語り聞かせています。

そうするうちにストーリーまでもさらりと語られており、読者は物語世界にいつの間にか引きずり込まれているのです。

そうした丁寧さがこの作者の一番の魅力であり、そのことは本書でも十分に魅せられています。

 

 

黛家の兄弟』の物語は黛三兄弟が藩内の争いに巻き込まれていく様子が描かれているのですが、読み進む中で細かな意外性、遊びが随所に仕掛けられていて、この点でも惹き込まれてしまいます。

前半の青春小説としての側面もさることながら、後半の重厚感を伴った展開もまた違った顔を見せてくれる楽しみがあり、そうした異なった顔もまた本書の魅力として挙げることができるでしょう。

登場人物は、まずは物語の中心となる筆頭家老の家柄である黛家の三兄弟として、長兄の栄之丞、次兄の壮十郎、三男の新三郎がいて、黛三兄弟の父親の黛清左衛門がいます。

また、新三郎の幼馴染である由利圭蔵や、さらに父清左衛門の友でもある藩祖につながる家柄の大目付黒沢織部正やその娘のりくが重要です。

そして、敵役として次席家老の漆原内記の存在感が素晴らしく、その息子として伊之助が登場し、内記の腰巾着的立場の尾木将監海老塚播磨らがいます。

他に、目付役筆頭の久保田や新三郎付きの女中のやえなどが重要な役割を果たしています。

 

本書『黛家の兄弟』は大きく二部に別れており、第一部は本書の主人公である三男の黛新三郎が次兄の壮十郎を差し置いて養子の口がかかり、目付として成長していく様子が描かれます。

第二部は第一部の十三年後が描かれていて、あの新三郎がどのように成長しているか、今後どのように生きていくかに焦点が当てられています。

 

第一部は、放蕩していた次兄の壮十郎がとある事件を起こし、新三郎がその事件の処理に奔走する姿があります。

いまだ、新人目付役としての新三郎が、慣れぬ仕事に振り回されつつも兄弟のつながりを保とうと足掻く姿は感動的です。

しかしながら、その事件は「未熟は悪」だということを思い知らされる結果となり、慟哭する新三郎の姿で終わります。

ここで、漆原内記からは「同じことなら、強い虫になられるがよい」と声をかけられますがその意味が今一つ億分りませんでした。

その直前に「黒沢はよい買い物をした」とも言われていることからすれば、新三郎のことをそれなりに評価してのことだとは思われるのですが。

 

第二部は家老職で善政を敷く長兄の栄之丞と、目付として藩内でも重きを置かれるようになってきている新三郎の姿があります。

さらには、身分のちがいを越えた道場仲間であった新三郎と由利圭蔵の関係も社会の仕組みの中で変質を遂げていくのです。

未熟な若者としての新三郎と、目付として経験を積んだ新三郎との差異も見どころの一つでしょう。

加えて、新三郎とやえやりくという女たちとの関係のあり方も読ませ所です。

でも、女性二人の描き方が個人的には薄いのではないか、という気がしてなりません。やえの消息は都合がよすぎるし、りくとの夫婦のありようの描き方ももう少し深めてもいいのではないかという印象です。

 

本書『黛家の兄弟』の場合、何といっても三兄弟の関係のあり方こそが本書の眼目であり、主題です。

特に新三郎の成長ぶりは目を見張るものがあり、兄たちとのつながりもまた見どころです。

個人的な好みに合致した、感動的な一冊でした。

あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇

あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』とは

 

本書『あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』は『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第十二弾で、2022年2月に文庫本で刊行された、328頁の長編の痛快時代小説です。

一旦は取り上げられた呉服の商いでしたが、本巻でやっと再び呉服の商いができそうになりますが、やはり高い壁が立ち塞がります。その壁を如何にして乗り越えるか、シリーズの醍醐味を本巻でも味わうことができます。

 

あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』の簡単なあらすじ

 

浅草田原町に「五鈴屋江戸本店」を開いて十年。藍染め浴衣地でその名を江戸中に知られる五鈴屋ではあるが、再び呉服も扱えるようになりたい、というのが主従の願いであった。仲間の協力を得て道筋が見えてきたものの、決して容易くはない。因縁の相手、幕府、そして思いがけない現象。しかし、帆を上げて大海を目指す、という固い決心のもと、幸と奉公人、そして仲間たちは、知恵を絞って様々な困難を乗り越えて行く。源流から始まった商いの流れに乗り、いよいよ出帆の刻を迎えるシリーズ第十二弾!!(「BOOK」データベースより)

 

五鈴屋江戸本店の創業十年という記念の日に到着した近江商人の茂作やその孫の健作も旅立って、浅草太物仲間には駒形町の丸屋が仲間入りし、お上への呉服商いの願いを出すばかりだった。

年明け直ぐに願い出た浅草呉服太物仲間の件への返事もないままに、幸は呉服の新たな小紋染めとしてかつて賢輔が考えていた「家内安全」の文字散らしの図案を手掛けることを考えていた。

一方、雨で中断されていた勧進相撲も卯月八日となってやっと再開され、力士の名入りの藍染浴衣を纏うものが増え、各店にもお客が押し寄せるのだった。

そんな中もたらされたお上からの浅草呉服太物仲間の件の返事は、太物仲間に更なる難題をもたらすものでしかなく、皆は頭を抱えるだけだった。

 

あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』の感想

 

本書『あきない世傳 金と銀(十二) 出帆篇』では、念願だった呉服を扱うことができるかが一つの焦点となります。

そしてそこにはまたまた乗り越えるべき壁が立ちふさがるのです。

それとは別に、呉服商いに際し、また新たなアイデアをひねり出し、この壁を乗り越える様子が描かれているのはいつものとおりです。

同時に、商売が順調でお客が増えるのは非常にいいことですが、同時に五鈴屋の客層として富裕層が増えてくるにつれ、それまでの普通のおかみさんたちにとって店の敷居が高くなってく気配も出てきます。

そうした状況をいかに乗り越えるかが今後の課題となりそうです。

 

前巻『あきない世傳 金と銀(十一) 風待ち篇』で、二代目徳兵衛の口癖であった「買うての幸い、売っての幸せ」という言葉を商売の心得として押し寄せる困難を乗り越えていく姿が描かれる、ということを書きましたがそのことは本巻でも同様です。

というよりは、この言葉はこのシリーズを通しての幸ら五鈴屋の商売上の心得としてあり、皆で押し寄せる難題に対処していると言うべきなのでしょう。

 

また、前巻で書いたことでいえば“幸だけが正論すぎる”ということも同様で、本書ではそれ以上に出来事の都合がよすぎる気もします。

例えば、本書『出帆篇』ではある自然の出来事がストーリーに大きな影響を与えますが、この出来事があまりに五鈴屋に都合がよすぎる気がしないでもありません。

幸の妹の結がいる日本橋音羽屋も、特に大きな商売においてはそれなりの危機管理をなしているからこそこれまで大店として生き延びてきたと思われるのですが、その点が無視されている印象です。

 

そうした割り切れない気持ちはあるものの、本シリーズが面白いシリーズであることに違いはなく、いろいろ言っても続巻が楽しみなことに間違いはありません。

その理由の一つに、幸ら五鈴屋の仲間が様々な困難を乗り越えていく様子がカタルシスをもたらすということが挙げられます。

そしてまた、このシリーズでは毎回呉服や太物の商売上の知識などを紹介してあったり、巻末にまとめて説明してあったりしていますが、そうした豆知識も魅力の一つです。

本書でもそれは同様で、例えば、大阪では女子の持ち物が借銀の形にとられることはないため、大坂商人は女房や娘の衣裳に金銀の糸目をつけない、など初めて聞いた知識などがそうです。

こうした細かな知識を知ることも読んでいて楽しいものですし、物語自体に深みが出てきます。

 

さらに、今回は吉原での「衣裳競べ」が一つのイベントとして出てきますが、その際に幸が「衣裳」の意味について「衣裳は暑さ寒さからひとを守り、そのひとらしくあるためのもの、誰かと競い合うための道具では決してない」と言っています。

こうした言葉はいかにも幸が発しそうな言葉であり、また幸が周りの人から認められる理由でもあるのでしょう。

こうした箴言めいた言葉は読み手の心に染み入ることになり、この物語の魅力となっていると言えます。

 

ちなみに、ここで使われている「衣裳」という言葉は「上半身に着る衣(きぬ)と、下半身につける裳(も)」とありましたが、ほぼ着衣の総称と考えて良さそうです( コトバンク : 参照 )。

ただ、「裳」は常用漢字ではありませんので、「衣装」が一般になった、と様々な箇所で書いてありました。

また、本シリーズで何話か前から出てくる「親和文字」ですが、巻末の「治兵衛のあきない講座」によると、三井親和という実在の人物がいたそうです( ウィキペディア : 参照 )。

ともあれ、続巻が待たれるシリーズであることに間違いはありません。

異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版

異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』とは

 

本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』は『空也十番勝負シリーズ』の第四弾で、2021年11月に文庫本で刊行された317頁の長編の痛快時代小説です。

相変わらずに長崎の島々での逃避行を続けている空也ですが、次第に幕府との絡みが出てくる展開へと移行しています。

 

異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』の簡単なあらすじ

 

眉月に縁がある高麗の陸影を望む対馬へと辿り着いた空也。坂崎磐音の嫡子だと知った藩の重臣から藩士への剣術指導を請われ、道場でともに稽古することになる。しかし、朝鮮の剣術家と立ち合う案を断ったことで、藩からの追跡を受ける身に。山越えの途中に立ち寄った杣小屋で出会った、江戸弁を話す小間物商と同道するが…。(「BOOK」データベースより)

 


 

空也はいま、五島列島野崎島を後にして対馬の北端にある久ノ下崎にいて、はるかに渋谷眉月の血に流れる高麗の地を眺めていた。

その場所で対馬藩与頭の唐船志十右衛門と出会うものの、唐船志との朝鮮の帆船への同道を断り佐須奈を出立したため唐船志から追われる身となってしまう。

そのまま下島へ向かう途中、対馬藩の阿片密輸を調べている隠密の鵜飼寅吉と名乗る男と出会うのだった。

鵜飼の仕事の手伝いも終わり壱岐の島へと行った空也は、空也を追っている李智幹の息子の李孫督という高麗人から剣の教えを受けていた。

一方、寛政十年正月の江戸では、尚武館小梅村道場にいた薬丸新蔵が薩摩から来た東郷示現流の五人の刺客を退け、行方をくらますのだった。

また磐根のもとを眉月の父親の渋谷重恒や、空也が世話になった肥後人吉藩御番頭常村又次郎が訪れ、空也のことについて話していくのだった。

 

異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』の感想

 

本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』では、東郷示現流・酒匂兵衛入道一派の手から逃れ、五島列島から対馬へとたどり着いた空也の姿が描かれます。

とはいえ、江戸の磐根たちの消息もかなり詳しく描かれていて、磐根の息子空也の武者修行の物語でありながらも、やはり磐根シリーズの続編という趣きがかなり強くなって来ているようです。

空也自身の出来事としては、空也の息の根を止めようとする東郷示現流からの討手との戦いの日々という側面があります。

その上で、行く先々の土地特有の流派や腕達者から教えを請いながらの旅の一面は本書でも同様であり、新たに鵜飼寅吉や李孫督という知己を得ることになります。

 

この『空也十番勝負シリーズ』は、佐伯泰英という作家の作品の中でも剣豪ものと分類できる『密命シリーズ』と同じように、剣の道を志す者、ストイックなその生き方と強さへの憧れを満たしてくれていると思われます。

 

 

特に本『空也十番勝負シリーズ』では、若干十六歳の空也が武者修行の旅に出て、十九歳の今ではかなりの腕になっている姿を、いかにも痛快小説の形式で描き出してあるのですから人気があるのも当然だと思われます。

つまりは、若干のご都合主義的な進展と、結果的に誰にも負けない強さを持つ主人公の目を見張る活躍という展開の時代小説であり、読者の興味を引くストーリーがあるのです。

 

居眠り磐音シリーズ』も、当初は市井に暮らす素浪人の活躍する物語でしたが、巻を重ねるにつれ磐根の姿も変化し、剣の遣い手としての磐根の姿を描くシリーズとなっていました。

でも、剣の遣い手としてストイックな一面をのぞかせてはいたものの、磐根の立ち位置として身元の確かな腕の立つ浪人という位置づけはそのままでした。

ところがその子の空也の姿を描くこの『空也十番勝負シリーズ』は、まさに『密命シリーズ』同様の剣豪ものと言える雰囲気を持っています。

それに加えて『居眠り磐音シリーズ』の登場人物もまたそのままに登場し、磐根の物語の続編としての面白さも持っているのですから、面白くないはずがありません。

さらには、本『空也十番勝負シリーズ』では肥後藩人吉から始まり、薩摩、そして再び肥後八代を経て五島列島、そして対馬、壱岐と熊本、長崎を旅しており、その土地々々の歴史などが紹介してあるのも興味を惹きます

 

こうして本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』もまた佐伯泰英の作品らしい物語として、気楽に楽しく読める作品だと言えるのです。

斬雪 風の市兵衛 弐

斬雪 風の市兵衛 弐』とは

 

本書『斬雪 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐シリーズ』の第十弾で、2021年8月に刊行された文庫本で316頁の長編の痛快時代小説です。

前巻の『寒月に立つ』の続編であり、前巻のあらすじの説明に多くの紙数を費やしてあるのはいいことなのか、疑問無しとは言えない作品でした。

 

斬雪 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ

 

跡継問題に決着をみた越後津坂藩は、新たな江戸家老のもと財政再建に心血を注いでいた。そんな時、初老の勘定衆が百五十両を着服し逐電した。男は江戸家老の幼馴染みだった。友の潔白を信じる家老の依頼で、市兵衛は捜索を開始する。だが、行方は杳として知れなかった。ある日、市兵衛は失踪した男を知る場末の娼婦に出会う。さらに、不穏な噂がささやかれ…。(「BOOK」データベースより)

 

序章 雨宿り | 第一章 竹馬の友 | 第二章 隠れ里 | 第三章 海嘯 | 第四章 政変 | 終章 帰郷

 

深川の亥ノ堀川にかかる扇橋の水門に一体の腐乱した亡骸が浮かび、その懐から唐桟の財布が盗まれた。

文政八年の霜月も押しつまったころ、市兵衛は兄の片岡信正から呼び出しを受けて向かった《薄墨》で、津坂藩の新しい江戸家老の戸田浅右衛門から、鴇江憲吾・真野文蔵の一件についてのお礼の言葉を受けていた。

翌朝、呼び出しを受け宰領屋の矢藤太のもとへ行くと昨日会った戸田浅右衛門がいて、津坂藩勘定方で幼馴染でもあり、今は行方不明となっている田津民部の話を聞いた。

田津民部の失踪のあと、百五十両という御用金が無くなっていることが判明し、田津が着服し逐電したことになっているらしく、その田津民部を探してほしいとの依頼を請けることになった。

市兵衛は、田津の失踪後に下谷の源治郎という男が藩屋敷に田津を訪ねてきたという話を聞き、早速その男を探すことにしたのだった。

 

斬雪 風の市兵衛 弐』の感想

 

本書『斬雪 風の市兵衛 弐』は、前巻『寒月に立つ』での津坂藩の内紛の始末が中途で終わったため、その残党が生き残っていることからくる藩内の不正の決着をつける話です。

そのため、前巻での江戸のはずれで起きた闘争や当時の江戸家老聖願寺豊岳らの落命騒動などについての説明が、かなりの紙数を割いて為されています。

でも、前巻のあらすじの説明はもう少し簡潔に済ませてもいいのではないかと思われます。

というのも、本書の物語は言わば前巻の後始末でもありますが、物語としては独立しているため前巻との連続性はそれほどに気にする必要はないと思われるからです。

 

 

それはともかく、本書『斬雪 風の市兵衛 弐』でも市兵衛の探索は都合がよすぎるほどにテンポよく進みます。

その結果、田津民部の足取りは割と簡単に追え、とある女郎屋まで行きついて更なる探索の手掛かりを得て、田津民部失踪の裏の事情を探り当てます。

結局は、聖願寺豊岳一派の生き残りとしての津坂藩主の奥方であるお蘭の方や津坂藩江戸屋敷の勘定頭の志方進、それに彼らを財政面で支えている津坂屋五十右衛門たちの暗躍が次第に明らかにされていくことになります。

こうしたあらすじ自体は痛快時代小説の定型であり、そのこと自体はなんら言うことはありません。

それどころか、その流れに主人公の市兵衛が納得のできる理由をもって加わり、市兵衛の剣の腕もあって事件解決に資するのですから何の文句もありません。

とくに、江戸の経済事情が垣間見えるところなど、非常に面白く読んでいます。

本書でも津坂藩の蔵米積船は蔵米廻漕の一切を請負う商人請負の請負米ではなく、藩が積船を雇い廻漕料だけを支払う賃積みの廻米であり、越後から西廻り航路をとって上方、西国、下関を経由して越後の津坂湊へと向かう、などの言葉があり、非常に興味深く読むことができます。

 

この『風の市兵衛シリーズ』は、主人公を始めとするキャラクターも魅力的な人物が配されており、ストーリー展開も面白いシリーズです。

それは本書『斬雪 風の市兵衛 弐』でももちろん同じことです。

しかし、若干ご都合主義的な展開の見えるところや、ときに物語の進行が地の文での説明で済んでいるところが見かけられる点が気になります。

とはいえ、痛快時代小説では主人公という人気のキャラクターの活躍こそが主軸なのですから、ある程度は仕方のないところでしょう。

気になるとはいっても少しの違和感が残るというだけのことであり、本書もとても面白く、そして楽しく読むことのできた作品であることに違いはありません。