ブラッディ・ファミリー

ブラッディ・ファミリー』とは

 

本書『ブラッディ・ファミリー』は監察官黒滝シリーズ』の第二弾で、2022年4月に新潮社から414頁の文庫本書き下ろしで刊行された長編の警察小説です。

今回はまさに監察官としての黒滝および彼の仲間の活躍が描かれていますが、深町秋生の物語としては今一つの印象でした。

 

ブラッディ・ファミリー』の簡単なあらすじ

 

女性刑事が命を絶った。彼女を死に追いつめたのは、伊豆倉陽一。問題を起こし続ける不良警官だ。そして、陽一の父、伊豆倉知憲は警察庁長官の座を約束されたエリートだった。愚直なまでに正義を貫く相馬美貴警視と、非合法な手段を辞さぬ“ドッグ・メーカー”黒滝誠治警部補。ふたりは監察として日本警察最大の禁忌に足を踏み入れてゆくー。父と息子の血塗られた絆を描く、傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

ブラッディ・ファミリー』の感想

 

本書『ブラッディ・ファミリー』は、警察機構のトップになろうとする権力者や彼の顔色をうかがう公安を始めとする警察内部の上層部を相手に戦う、監察官たちの姿が描かれています。

もちろん、警視庁人事一課監察係に勤務する黒滝誠治警部補を中心として、シリーズ第一巻の『ドッグ・メーカー』に登場してきた相馬美貴警視や白幡一登警務部長らも登場しています。

また、敵役も将来の警察庁長官と目されている超エリートである警察内部の権力者であり、直接にはその息子の不良警察官です。

 

王子署生活安全総務課に勤務していた波木愛純という女性警察官が、同僚の伊豆倉陽一部長刑事に性的暴行を受け団地の十四階から飛び降り自殺で死亡したという事件が起きます。

この事件は、伊豆倉陽一の父親の伊豆倉知憲が将来の警察庁長官と言われる実力者だったために、王子署の監察係も立件できずに終わっていました。

さらには、現在の陽一は警視庁公安部外事二課へと異動させられており、防諜のプロたちにより守られているのです。

 

本書『ブラッディ・ファミリー』の登場人物は、もちろん主人公は警視庁人事一課監察係に勤務する黒滝誠治警部補です。

この黒滝が波木愛純の遺書を手に入れる場面から物語は始まります。

この件に関しては人事一課長の吹越敏郎は頭ごなしに中止を命じてきましたが、黒滝の直属の上司である相馬美貴警視も了解しており、その背後に吹越の上司にあたる警務部長の白幡一登も認めている事件だったために黙らざるを得ません。

しかしながら伊豆倉知憲の息のかかった公安部外事二課やかつて黒滝が逮捕したこともある轡田隆盛を代表とする大日本憂志塾という弱小右翼の塾生を使って圧力をかけてくるのでした。

 

このように、本書では前作の『ドッグ・メーカー』以上に監察官としての黒滝誠治警部補の姿が描かれています。

 

 

同時に、警察内部の権力争い、その中での白幡一登警務部長の策士としての顔などが一段と明確に示されています。

また、そうした権力争いの中での相馬美貴警視の自分の警察官としての力量に対する苦悩も記されていて、単なるアクション小説を越えた面白さを持った小説であると言えます。

 

しかしながら、今回の直接のターゲットの不行跡はあまりに安直に過ぎ、いくらエリートでもかばい切れるものではないだろうという疑問点ばかりが湧いてきました。

つまりは、本書については小説のリアリティがないと感じ、感情移入しにくい作品だったのです。

 

本来、本書『ブラッディ・ファミリー』のような個性豊かなはみ出し者を主人公とするエンターテイメント小説では荒唐無稽をこそ旨とし、少々のことは無視してストーリーを展開させても痛快さや爽快感さえ得られればよしとされるものだと思います。

しかしながら、そうした通俗的なエンターテイメント小説でもその世界なりのリアリティが必要であり、その点を踏み誤った作品には感情移入できません。

その点で私の好みから微妙に外れているというほかなく、全体としてそれなりに面白い作品ではあるものの、肝心な点でリアリティを欠く作品であり、深町秋生作品としては今一つと感じた次第です。

探偵は田園をゆく

探偵は田園をゆく』とは

 

本書『探偵は田園をゆく』は『シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ』の第二弾で、2023年2月に322頁のソフトカバーで刊行された長編のハードボイルド小説です。

シリーズ初の長編小説で、山形弁そのままの女探偵が行方不明になったある男を探し回るハードボイルドですが、どことなく物語に没入できない違和感を感じた作品でした。

 

探偵は田園をゆく』の簡単なあらすじ

 

椎名留美は元警官。山形市に娘と二人で暮らし、探偵業を営んでいる。便利屋のような依頼も断らない。ある日、風俗の送迎ドライバーの仕事を通じて知り合ったホテルの従業員から、息子の捜索を依頼される。行方がわからないらしい。遺留品を調べた留美は一人の女に辿り着く。地域に密着した活動で知名度を上げたその女は、市議会への進出も噂されている。彼女が人捜しの手がかりを握っているのだろうか。(「BOOK」データベースより)

 

探偵は田園をゆく』の感想

 

本書『探偵は田園をゆく』は、シングルマザーである椎名留美という元警官の探偵を主人公とするハードボイルド作品です。

シリーズ第一巻の『探偵は女手ひとつ』は六編からなる連作短編集でしたが、本書は本業の人探しの依頼を受けての長編小説となっています。

 

本シリーズの特徴は、物語の舞台が山形であって、主人公ら登場人物の言葉ももっぱら山形弁だということです。

私には分からないのですが、出てくる土地名もそのままに山形に実在する土地が登場してきていることだと思います。

 

地方が舞台の小説と言えば、私の郷里熊本を舞台にすることが多いSF作家で、映画化もされた『黄泉がえり』の作者である梶尾真治の作品が思い出されます。

この人の作品に登場するのは私もよく知っている熊本市内の繁華街であったり、郊外であったりするので、読んでいてとても親しみを感じるのです。

多分、山形の人達も本書を読んで同様の思いを持つことだと思っています。

 

 

椎名留美はデリヘルのドライバー仕事に関連して知り合った橋立和喜子という女性から、息子の翼が行方不明になったので探してほしいという依頼を受けます。

母親の溺愛をいいことに女にだらしなく、いい加減な生活を送っていた翼がある日突然連絡が取れなくなったというのです。

翼の部屋にあったとある品物から浮かび上がってきたのが西置市内のNPO法人の代表者である吉中奈央という女性と、その側にいた西置市の東京事務所顧問だという中宇祢祐司という男でした。

こうして、前巻にも登場してきた畑中逸平・麗の元ヤンキー夫婦の手助けを得ながら探索を始めるのです。

 

本書『探偵は田園をゆく』は、こうして人探しというハードボイルドの王道の仕事を遂行する留美たちの姿が描かれていますが、主人公の椎名留美の背景も前巻より以上に詳しく語られています。

留美は両親に反対されながらも椎名恭司と結婚しましたが、知愛が生まれてからも、恭司が事故死してからも両親とは仲違いしたままでした。

代わりに義母の椎名富由子とはとても良好な関係を保っていて、恭司の死後しばらくは間をおいていたものの、今回の事件でたまたま再開してからは前以上に仲良くなっていくこと、などが語られています。

さらには留美が警察をやめるに至った事情についても明らかにされているのです。

前巻で、こうした事情がどこまで明らかにされていたかはよく覚えてはいないのですが、ここまで詳しくは明らかにはされていなかったと思います。

 

こうしてシングルマザー探偵の仕事ぶりが語られることになっているのですが、ただ、ミステリーとしての本書に関しては、今一つ感情移入できませんでした。

前巻は、それなりに面白く読んだ記憶しかありません。山形弁の女性探偵という設定もユニークだし、個々の話の内容もそれなりに惹き込まれて読んだと覚えています。

しかし、本書では敵役に今一つ存在感がなく、惹き込まれて読んだとまでは言えませんでした。

前作の個々の物語の登場人物たちのように、キャラクターが立っている印象が無かったことによると思います。

 

さらに言えば、最後のひねりにも少々無理筋なものを感じてしまったこともあると思われます。

本シリーズは、主人公にも、その周りの登場人物たちにも魅力的な人物が多く登場してきているので、もっと面白い差作品が出てくるものと期待して待ちたいと思います。

シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ

シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ』とは

 

本『シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ』は、一人娘を抱えたシングルマザー探偵を主人公とする、軽妙なハードボイルドミステリーシリーズです。

シングルマザーが主人公の山形弁が飛び交うローカル色豊かな作品であり、かなり面白く読んだ作品でした。

 

シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ』の作品

 

シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ(2023年05月06日現在)

  1. 探偵は女手ひとつ
  2. 探偵は田園をゆく

 

シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ』について

 

本『シングルマザー探偵の事件日誌シリーズ』は、一人娘を抱えたシングルマザー探偵を主人公とする、軽妙なハードボイルドミステリーです。

主人公は椎名留美というもと警察官です。夫の椎名恭司を事故で失ってからとある事情で警察を辞めることになり、一人娘の知愛を育てるためにも山形市で私立探偵を開業しています。

しかし、私立探偵とはいってもそうは仕事があるわけでもなく、実際は第一作の『探偵は女手ひとつ』で描かれている職業はスーパーの保安員やパチンコの順番取り代行、雪かきやさくらんぼの収穫の手伝いなど便利屋というべき現状です。

 

 

とはいえ、たまには私立探偵としての補助がいるときや、仕事の中で危ない場面に直面する場面などにボディガード的な立場で助けてくれる元バリバリのヤンキーだった畑中逸平の夫婦がいます。

また、元警察官ということもあってか、暴力団が絡む事案なども臆せずに手がけますし、その道へのつながりも持っています。

 

本シリーズの特徴は何と言っても山形を舞台に展開される地方色豊かな内容であって、登場人物もみんな山形弁を話していることでしょう。

この方言での会話という点は、わが郷土熊本の梶尾真治が熊本を舞台に物語を展開しているのと同じであり、実に親しみを感じます。

本シリーズは梶尾真治のほのぼの系のSF作品とは異なりあの深町秋生作品ですから、社会のダークな側面をこそ描き出すハードボールド作品ということで作品のタッチは全く異なります。

 

とはいえ、子持ちのもと警察官の探偵を主人公としているのですから、例えば『煉獄の獅子たち』のようなバイオレンス色が濃密な作品と違い、時には親子や家族の問題も絡ませた社会派的な側面も見せる物語となっています。

2023年5月の時点ではシリーズはまだ二作品しか出版されていませんが、今後の展開を期待したいと思います。

 

鬼哭の銃弾

鬼哭の銃弾』とは

 

本書『鬼哭の銃弾』は2021年1月に刊行された328頁の長編の警察小説です。

刑事だった父親と現役の刑事である息子との確執を通して、ある事件の解決を目指す二人の行動を描くどこか中途な印象も抱いた、しかしそれなりに面白い作品でした。

 

鬼哭の銃弾』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査一課の刑事・日向直幸は多摩川河川敷発砲事件の捜査を命じられる。使用された拳銃の線条痕が、22年前の「スーパーいちまつ強盗殺人事件」で使用された拳銃と一致。迷宮入り事件の捜査が一気に動き出す。その事件は鬼刑事の父・繁が担当した事件だった。繁は捜査にのめり込むあまり、妻子にDVを働き家庭を崩壊させた。警官親子が骨肉の争いの果てに辿り着いた凶悪事件の真実とはー。(「BOOK」データベースより)

 

22年前、府中市のスーパー「いちまつ」で店長、パート、バイトの三人が射殺され金が奪われるという事件が起きた。

そのとき使用された銃だと思われる発砲事件が起き、警視庁捜査一課殺人犯捜査三課の日向直幸が担当することになった。

早速府中署の特別捜査本部への乗り込むが、警察はこの「いちまつ」事件には何度も振り回された経緯もあり、さらには事件についての内部情報が漏れたこともあって、所轄の捜査員との温度差が目立っていた。

捜査が進むなか、重要な容疑者として浮かんできたのは直幸の父である日向繁だった。

繁はかつて「いちまつ」事件の担当でもあった元鬼刑事であり、直幸や直幸の母親は茂に暴力を振るわれる毎日だったのだ。

その繁が未だ「いちまつ」事件を追っているというのだった。

 

鬼哭の銃弾』の感想

 

本書『鬼哭の銃弾』は、二十二年前の強盗殺人事件に振り回される警察の姿を描く警察小説であると同時に、刑事だった暴力的な父親と、その父親を嫌っていたにもかかわらず刑事となった息子の父子の物語でもあります。

もしかしたら、警察小説というよりはミステリータッチの冒険アクション小説と言うべきかもしれません。

主人公は警視庁捜査一課殺人犯捜査三課の班長でもある日向直幸であり、その父親は現在は退職しているものの、二十二年前は「いちまつ」事件担当の刑事だった日向繁という男です。

物語はほとんどこの二人を中心に動きます。勿論、例えば直幸の妻であったり、上司であったりと脇を固める人たちも個性的な人物は配してありますが、物語としてはこの二人を軸に動き、それなりの面白さ持った作品です。

 

深町秋生の作品というと、バイオレンス感満載の物語という印象が強いのですが、それは本書においても例外ではありません。

特に父親の日向繁は暴力の塊であり、特に、家庭内のDVのために母親は命を縮めたというのですから、よく刑事を続けることができたものです。

直幸の父親への反発は当然であり、過去には父親の膝を空手の蹴りで壊したこともあったと言います。今でも父親を許してはいないのです。

こういうキャラクターの父親を設定している理由は、私にはよく分かりません。母親の命を縮めるほどのDVを繰り返す刑事、という存在があまり理解できないのです。

親子の感情的な対立を描きたいというのであれば分からないではありませんが、本書の設定は若干違和感を感じます。

 

また、本書『鬼哭の銃弾』は古くはないどころか新しいと言える作品であるのに、何故か型にはまった印象を抱きました。

例えば、本書の冒頭で主人公とその妻との会話の場面がありますが、そこでの印象も定型的な印象を覚えてしまうのです。

虐待の末に子供を殺した親がおり、その事件の捜査をする刑事自身も幼い頃に父親から虐待を受けていたという設定のもと、そうした夫のすべてを知り許容している妻がいます。

実際はそんなに読んでない筈なのに、何故かどこかで読んだような、それも何度も読んだことがあるような類型的な印象であり、それ以上のものを感じないのです。

どうしてこのような印象を抱いたのか、理由はよく分かりません。

 

その暴力的な父親が、過去の「いちまつ」事件の掘り起こしを担当している直幸の前に登場するどころか、「いちまつ」事件を今でも追いかけているというのです。

次第に明らかになっていく「いちまつ」事件の真相、そして、そこに絡んでくる父繁の存在というその設定自体はやはり深町作品であり、バイオレンス満載でもあってエンターテインメント作品として面白く読みました。

こうして書いてくると、家族への暴力を繰り返していた刑事とその息子の刑事という設定を、個人的に受け入れることができていないのではないかと思えてきました。

物語としては面白く感じたのですから。矛盾といえば矛盾ですが、素直な気持ちです。

 

そうした個人的な印象はありながらも、つまりは本書『鬼哭の銃弾』は、深町エンターテインメント作品として面白く読んだ作品だと言えます。

ドッグ・メーカー

ドッグ・メーカー』とは

 

本書『ドッグ・メーカー』は『監察官黒滝シリーズ』の第一弾作品で、2017年7月に文庫本書き下ろしで出版された、村上貴史氏の解説まで入れて616頁の警察小説です。

ノワール小説と分類されてもいいほどのアクの強い、それも監察係の警察官を主人公とする珍しい作品ですが、とても面白く読むことができました。

 

ドッグ・メーカー』の簡単なあらすじ

 

黒滝誠治警部補、非合法な手段を辞さず、数々の事件を解決してきた元凄腕刑事。現在は人事一課に所属している。ひと月前、赤坂署の悪徳刑事を内偵中の同僚が何者かに殺害された。黒滝は、希代の“寝業師”白幡警務部長、美しくも苛烈なキャリア相馬美貴の命を受け、捜査を開始する。その行く手は修羅道へと繋がっていた。猛毒を以て巨悪を倒す。最も危険な監察が警察小説の新たな扉を開く。(「BOOK」データベースより)

 

 

ドッグ・メーカー』の感想

 

本書『ドッグ・メーカー』の著者深町秋生には他にも警察官を主人公にしたシリーズ作品があります。

その中の一つが本書の主人公黒滝誠治のようにいわゆる悪徳警官と呼べそうな警察官、それも女性警察官を主役としたシリーズ作品である『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』であり、2022年5月の時点での『ファズイーター』で第五巻となっています。

 

 

この両作品に共通するのが暴力であり、主人公のアクの強さです。

本書の主人公である黒滝誠治警部補は他人の秘密を探り出すことに病的なまでに関心を持っていて、手段を選ばずに情報収集をし、さらにその情報で目的の人物を自分のコントロール下に置くのです。

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の八神瑛子警部補もまた自分が欲しい情報を得るために手段を選びません。

八神瑛子は警察官を相手に貸金業を営み、その貸金をネタに警察内部や捜査情報などの秘密を探りだし、自分の捜査に役立てようとするのです。

 

この両者が異なるとすれば、それは両者の職掌の違いと、黒滝の場合は上司に相馬美貴という熱血漢の警視がおり、さらにその上司に白幡一登という警務部長がいて、黒滝の捜査方法を黙認しているところでしょうか。

八神瑛子の場合、瑛子が所属する上野署の署長である富永昌弘というキャリアがいて、瑛子の捜査方法に異を唱えようとします。

でも、後には瑛子の働きを見て捜査上の必要性から黙認しているだけの形をとってはいますが、事実上、上記の相馬や白幡と同様の庇護者として機能しているようです。

とすればこの点はあまり両作品の差というわけにはいかないかもしれず、残るは職掌の違いだけが残るだけでしょう。

 

ただ、職掌の違いから両者の犯罪の捜査対象は大きく異なるものの、その捜査の過程にはそれほどの差はないと言えます。

黒滝の金と暴力、そして手段を選ばずに知り得た情報を駆使して対象に近づくやり方は八神瑛子にもそのまま当てはまります。

こうしてみると、両者の行動にそれほどの違いはないとも言えそうです。

 

しかし、やはり男性と女性という差は大きく、また両者の所属部署、警視庁人事一課監察係と警視庁上野署組織犯罪対策課という所属部署の差はかなり大きなものがあるようです。

特に本書『ドッグ・メーカー』の場合、物語として警視庁内部の権力争いを前面に掲げ、警務部トップの白幡が、相馬美貴警視などの力を得てその部下の黒滝を手足として勢力を展開する物語、との側面も無きにしも非ずであり、そうした点でも読み応えがあります。

もっとも、本書は監察の人間を主役としている割には普通の刑事ものとそれほど異なった点はありません。

悪徳刑事が、同じ警察内に巣くう悪徳刑事を洗い出す過程では暴力団も相手にすることになり、そうした点であまり変わりはないのです。

捜査の対象が警察官であり、その対象を脅迫し、自分の意のままに従わせるという黒滝独自の行動をとることになるだけです。

この点で、例えば佐々木譲の『北海道警察シリーズ』序盤の三部作の、組織を相手にしたサスペンス小説とは、同じ警察を相手にした警察小説でもかなりその趣を異にします。

そうしてみると、本書はリアルなサスペンスではなく、バイオレンスを主軸に組み立てられたノワール小説の色合いが濃いというべきでしょう。

 

 

結局、本書『ドッグ・メーカー』は深町秋生の作品特有のバイオレンスもふんだんに盛り込まれた作品であり、強烈な個性を持った人物を主人公に据えたエンターテイメント小説だということになります。

ともかく、本書は単純にエンターテイメント性を楽しむべき作品と言えると思います。

ファズイーター

ファズイーター』とは

 

本書『ファズイーター』は『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の第五弾で、2022年3月に刊行された334頁の長編の警察小説です。

警察小説ではありますが、主人公の八神瑛子自身も鍛え上げた身体を駆使して修羅場に立ち向かう、アクション小説としての一面が強烈な作品で、たしかに深町秋生の物語でした。

 

ファズイーター』の簡単なあらすじ

 

警視庁上野署の若手署員がナイフを持った男に襲われた。品川では元警官が銃弾に倒れ、犯人には逃送されている。一方、指定暴力団の印旛会も幹部の事故死や失踪が続き、混乱を極めていた。組織犯罪対策課の八神瑛子は、ご法度の薬物密売に突然手を出して荒稼ぎを始めた印旛会傘下・千波組の関与を疑う。裏社会からも情報を得て、カネで飼い慣らした元刑事も使いながら、真相に近づいていく八神。だがそのとき、彼女自身が何者かに急襲され…。手段を選ばない捜査で数々の犯人を逮捕してきた八神も、ここで終わりなのか?(「BOOK」データベースより)

 

千波組組長の有嶋章吾は、四か月前の事件により指定暴力団印旛会総本部長の地位を追われ、引退をほのめかされる身になっていた。

ところが、有嶋はそれまでの自らの千波組の方針に反し、あからさまに覚せい剤の売買ビジネスに手を染めていたのだ。

自分の病をも克服した有嶋は、ビジネスの手腕に長けた甲斐を亡くした隙間をなりふり構わない愚連隊まがいの方法で埋めようとしていたのだ。

そうした様子を知った八神瑛子は、有嶋の覚せい剤取引への関与を暴こうとしていた。

そうした折、再び警察官が暴漢に襲われるという事件が起きた。

一方、殺された甲斐の子分の妻である比内香麻里は、子分たちを使い、旦那が集めていた拳銃のコレクションを金に換えていたが、客の一人が警察官を撃った犯人ではないかと目星をつけて再びの取引を進めていた。

そこに、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介が現れた。

 

ファズイーター』の感想

 

本書『ファズイーター』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』第三弾の『アウトバーン』で夫殺しの犯人を探し出し、一応の決着がついた形のシリーズの新しい展開の第二弾という位置づけの作品です。

シリーズ前巻の『インジョーカー』で思いがけない人物との別れに遭遇した八神瑛子ですが、本書ではそうしたことを感じさせない更なるタフな活躍を見せています。

また、これまで筋目を重んじる古風なヤクザと思われていた千波組組長の有嶋章吾がかなり強烈な敵役として登場しています。

直接的な敵役としては警官殺しの疑いのある斉藤と名乗る男や、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介という、ヤクザ仲間からもはじき出されるような男が立ちはだかります。

ほかに甲斐の子分であった比内幸司の妻の比内香麻里という女も有嶋の下で比内の子分たちとともに瑛子と対立します。

加えて警察内部においても、瑛子の警察官相手の金貸しや情報収集、それにヤクザ相手に対しての手段を選ばない捜査方法に対して監察が動き、なかでも人事一課監察官の中路高光という男が瑛子の前に現れるのです。

ただ、これまでは瑛子が所属する上野署署長の富永昌弘が瑛子に対して疑惑の目を向けていましたが、前巻あたりからは瑛子の行動にある程度の理解を示しているようです。

また、瑛子の長年の情報提供者である実業家の福建マフィアの大幹部劉英麗も健在であり、瑛子の暴力面での助っ人である落合里美も登場します。

 

本書『ファズイーター』が属する『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は、主人公が警察官であり、ほかにも多くの警察官が登場するという意味では警察小説であり、本ブログでもそのように分類しています。

しかし、犯された犯罪についての犯人や犯行方法などを警察という組織力で解決する過程を描き出す、という意味では佐々木譲の『北海道警察シリーズ』や今野敏の『安積班シリーズ』と同じ警察小説と呼ぶにはためらいもあります。

 

 

なによりも、主人公の八神瑛子という人物のキャラクターの力が強烈で、地道な犯罪捜査の側面を見せるという構成にはなっていないからです。

八神瑛子による金貸しを手段とする警察官への脅迫まがいの強要による情報収集や、鍛え上げられた肉体やそれを助ける仲間による強烈なアクションをメインとする物語の展開は、警察の捜査の過程の描写は二の次のようです。

本書『ファズイーター』もそうであり、街中で市街戦まがいの銃撃戦を繰り広げるなど、まさにアクションメインの作品という他ありません。

つまり、シリーズ当初の三冊では夫の死の秘密を探るという目的で動いている八神瑛子ですが、それ以降のこのシリーズは瑛子の行動を主軸としたアクション小説になっています。

そういう意味では同じ深町秋生の作品の『警視庁人事一課監察係 黒滝誠治シリーズ』と同様に、警察官を主人公とする冒険アクション小説というべきなのかもしれません。

ただ、こうした分類はどうでもいいことで、作品の内容がどのような傾向のものかを示す指標として見てもらえればいいと思うだけです。

 

 

ただ、本書がアクション小説としてあるとは言っても、瑛子の前に直接に現れるのは比内香麻里やその子分だったり、斎藤と名乗っている香麻里の客の男だったりします。

その上で、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介や、千波組組長だった有嶋章吾が控えていて、更なる対決が用意されています。

そうした捜査の過程の見せ方はさすが深町秋生の小説であり、タフな主人公が暴れまわる姿は爽快感と共に物語としての面白さを見せてくれます。

 

ただ、前巻から何となく暗示されていると勝手に思っていた、警察内部の権力争いの場面はそれほどはありません。

それどころか、瑛子のシンパが増えていっている印象すらあり、瑛子の独壇場の構図がさらに広がりそうな感じです。

今後もこの『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は続いていくのでしょうが、更なるひねりを期待したいと思います。

ヘルドッグス 地獄の犬たち

ヘルドッグス 地獄の犬たち』とは

 
本書『ヘルドッグス 地獄の犬たち』は『煉獄の獅子たち』の後日譚であり、2017年9月に刊行され、2020年7月に560頁で文庫化された長編のエンターテイメント小説です。

『煉獄の獅子たち』と同様に辟易とするほどにに満ちた物語ですが、かなり面白く読んだ作品でした。

 

『ヘルドッグス 地獄の犬たち』の簡単なあらすじ 

 

「警察官の俺に、人が殺せるのか?」関東最大の暴力団・東鞘会の若頭補佐・兼高昭吾は、抗争相手を潜伏先の沖縄で殺害した。だが兼高はその夜、ホテルで懊悩する。彼は密命を帯びた警視庁組対部の潜入捜査官だったのだ。折しも東鞘会では後継をめぐる抗争の末、七代目会長に就任した十朱が台頭していた。警視庁を揺るがす“秘密”を握る十朱に、兼高は死と隣り合わせの接近を図るが…。規格外の警察小説にして注目の代表作。(「BOOK」データベースより)

 

東鞘会系神津組若頭補佐の兼高昭吾は、本名を出月梧郎という潜入捜査員だった。

この兼高が室岡秀喜と共に沖縄に隠れていた喜納修三を抹殺する場面から始まる。

東京に帰った二人は組事務所にいた神津組若頭の三國と一色触発の雰囲気になるものの、神津組三代目組長の土岐勉の一撃で収まってしまう。

人殺しに苦悩する兼高が唯一仮面を外せる場所が「池之端リラクゼーションサロン」のセラピスト衣笠典子の部屋であり、上司の阿内将との連絡用のパスワードをもらえる場所だった。

そんな兼高が、東鞘会先々代会長氏家正勝の息子である氏家勝一が動きがあやしいため、現東鞘会会長の十朱義孝のボディーガードを務めるようにと命じられる。

兼高の本来の目的である十朱の秘密を探り出す機会がやってきたのだった。

 

『ヘルドッグス 地獄の犬たち』について

 

本書『ヘルドッグス 地獄の犬たち』は、出版年月とは逆に、時系列上では『煉獄の獅子たち』の後日譚になっています。

私は、その『煉獄の獅子たち』を先に読んでいたので、つまりは時系列のとおりに読んだことになりますが、読む順番は別にどちらでもよさそうです。

また、本書『ヘルドッグス 地獄の犬たち』は文庫本化されるときに改題されたものらしく、私が読んだ新刊書では単に『地獄の犬たち』となっていました。

ですから、文庫本であれば読めるはずの「解説」は読めなかったのですが、嬉しいことにカドブンで北上次郎氏の解説を公開してありました。未読の方はそちらを参照してください。

 

『ヘルドッグス 地獄の犬たち』の感想

 

本書『ヘルドッグス 地獄の犬たち』の主人公は兼高昭吾といい、組織犯罪対策特別捜査隊副隊長の阿内将から命じられて東鞘会神津組へと潜入した本名を出月梧郎というという捜査官です。

東鞘会七代目会長が抱えている、警察を揺るがす程の秘密を見つけ、始末してしまうことを任務としていました。

その兼高が潜り込んだ武闘派の神津組の組長が土岐勉であり、若頭が三國俊也という経済ヤクザです。

兼高が最終目標とする人物が東鞘会会長の十朱義孝で、その会長秘書が熊沢伸雄といい直系の組長でもあります。東鞘会の三羽烏と呼ばれるのがこの熊沢と前出の土岐、そして東鞘会理事長の大前田忠治です。

 

本書『ヘルドッグス 地獄の犬たち』は兼高が室岡と共に沖縄に隠れていた喜納修三を抹殺する場面から始まりますが、この喜納殺害の場面が派手という言葉では賄いきれないほどのグロテスクというしかない場面です。

この沖縄の場面だけで主人公の兼高昭吾と室岡秀喜との人となり、それに本書の性格が分かります。

 

兼高自身は一人になって嘔吐を繰り返すほどの罪悪感を持ちつつの行為ではあるのですが、室岡に至っては歌舞伎町あたりにいるホストのような容姿をしていながら東鞘会神津組きってのキラーです。

物語は主人公である兼高を中心にして進むのは勿論ですが、その傍にはほとんどの場合室岡もともにいます。二人の役目がボディーガードであり、かつ殺し屋としての役割も担っている以上はいつもそばにいるのですから当たり前でもあるのですが。

 

とにかく、暴力の場面は悲惨を通り過ぎて凄惨としか言いようがなく、そうした暴力シーンが繰り返し登場します。

それは親分の子分に対する単純な日常的な暴力ですらそうであり、それ以上に戦闘という他ない場面ではそのアクションの描写はすさまじいものがあります。

 

そうした凄惨な暴力場面の一方で、主人公は自分の行為に対し罪の意識に押しつぶされそうになっていて、一人になってからは嘔吐を繰り返してもいます。

いつまでたっても暴力の場面に慣れることができず、嘔吐と胃薬、そして精神安定剤の世話になっているのです。

こうした主人公の懊悩は、物語の展開が、単なるバイオレンスものではない厚みをもたらしていそうです。

とはいえ、兼高の本当の上司である組織犯罪対策特別捜査隊(組特隊)副隊長の阿内将もまた当然のことながら普通人ではなく、暴力の世界を嬉々として生きているような男です。

そんな男に見込まれた兼高が暴力世界で数年でのし上がっていくには暴力しかないとはいえ、残忍な人殺しをも少なくとも表面上は平気で実行していくのですから主人公も普通ではないのでしょう。

だからこそ潜入捜査にも耐えうるのだと言えるのでしょうが、いくらフィクションだからといって少々やりすぎではないかとも思うこともありました。

しかし、ここまで振り切った物語だからこそ、この物語世界としてのリアリティを得ることができ、話しに厚みがあると言えるのでしょう。

 

現実の潜入捜査官の話を聞いたという人の文章を読んだことがあります。

普通警察官の話ではなく、麻薬取締官の話だったと思うのですが、文字通り命を懸けた潜入操作は、本書のような暴力など何もなくてもその緊張感は尋常なものではなく、一度潜入するともう二度と同じ仕事はできないとありました。

普通の人以上に胆力があり、訓練を受けた人でさえそうなのです。それが普通であり、一般人の神経では一度の潜入すらできないでしょう。

 

そうした潜入捜査官を主人公とし、それもヤクザの世界で生きのし上がらせるなどという話が現実にあるわけはありません。

ですが、そうした現実にはあり得ない世界だからこそ、暴力に満ちた虚構の世界で潜入捜査官がのし上がっていく物語を面白く感じるのでしょう。

かつて、東映映画での高倉健や菅原文太といったヤクザの主人公に拍手を送ったのとは異なります。

どちらかといえば現実にはあり得ないスーパーマンやバットマンなどのコミックの世界のヒーローへの喝采に近い感覚ではないでしょうか。

どちらにしても、虚構だからこそ楽しめる物語だと言えます。

煉獄の獅子たち

煉獄の獅子たち』とは

 

本書『煉獄の獅子たち』は、2020年9月に刊行され、2022年6月に480頁で文庫化された長編のエンターテイメント小説です。

本書中ごろまでは、ヤクザ同士、警察内部、それに警察対ヤクザの喧嘩ばかりで少々辟易したというところが正直な感想ですが、最終的には非常に面白い作品でした。

 

煉獄の獅子たち』の簡単なあらすじ

 

関東最大の暴力団・東鞘会で熾烈な跡目抗争が起きていた。死期の近い現会長・氏家必勝の実子・勝一と、台頭著しい会長代理の神津太一。勝一の子分である織内鉄は、神津の暗殺に動き出す。一方、ヤクザを心底憎む警視庁組対四課の我妻は、東鞘会を壊滅すべく非合法も厭わない捜査で東鞘会に迫るが…。地獄の犬たちに連なるクライム・サーガ第2幕。(「BOOK」データベースより)

 

今は死の瀬戸際にあった関東最大の暴力団である東鞘会の会長の氏家必勝は、跡目を会長代理の神津太一に譲ると言う。

そのため、必勝の実子で数寄屋橋一家の総長でもある氏家勝一は、東鞘会総本部長で勝一が最も信頼している喜納修三と謀り東鞘会を割る決心をする。

そして必勝の葬儀の日、火葬場からの帰りに勝一と織内らの乗った車にダンプカーが突っ込んできた。

辛くも生き延びた氏家勝一と織内鉄だったが、自分たちの甘さを知り、直接に神津太一の命を狙う決心をするのだった。

 

煉獄の獅子たち』の感想

 

本書『煉獄の獅子たち』は登場人物が多く、筋が追いにくいため、登場人物を整理してみます。

まず本書の大きな流れとしては、関東最大の暴力団である東鞘会会長の死去に伴う跡目争いと、また東鞘会と東鞘会をコントロールしようとする警察との対立があります。

一方の軸としての暴力団の内部抗争では、まずは親分である氏家勝一の秘書兼護衛で影武者役も兼ねている織内鉄が中心となっています。

この氏家勝一の側としては、勝一が信頼する東鞘会総本部長の喜納修三や重光組の重光禎二などがいます。

そして東鞘会内部抗争の敵役として、東鞘会の跡目を継ぐ神津太一、その神津組若頭の十朱義孝が中心となります。

それに神津組若衆の三國俊也らがいて、神津組若頭の新開徹郎やその妻で織内の姉である新開眞理子が要の役割を担っているのです。

他方の軸である警察には、警視庁組対四課広域暴力団対策係の我妻邦彦が中心にいて、その女である八島玲於奈が重要な役目を果たしています。

さらに組織犯罪対策特別捜査隊、通称「組特隊」の阿内将副隊長と隊長の木羽保明とが意外な役割を担っているのです。

 

つまりは東鞘会では東鞘会を割って出ようとする氏家勝一と会長代理の神津太一との争いを中心に、身内を殺すことになった織内鉄個人の怒りや、神津組の若頭十朱義孝の台頭などがあります。

一方警察側では、暴力団を毛嫌いしている我妻刑事などの東鞘会をつぶそうとする捜査と、自分の息子の不始末を隠そうとする政治家による捜査の隠ぺい工作があります。

そこに東鞘会をコントロールしようとする組特隊のヤクザと見紛う不可思議な動きが加わり、組織や個人の思惑が複雑に絡み合って、本書は筋を見失いそうになるのです。

しかし、東鞘会の神津太一と十朱義孝がいて、それに東鞘会を割って出た氏家勝一とその子分織内鉄とが対立するというヤクザ内部の構図、それに警察内部での我妻刑事個人と組特会という組織の存在を覚えておけば見失うことはありません。

 

本書『煉獄の獅子たち』は、以上からも分かるように、全編ヤクザの抗争と警察内部での部署や個人の争いであふれています。

その個別の争いが暴力に満ちていて、バイオレンス小説が嫌いではない私でも若干引くところがありました。

というのも、本書の場合は物語の世界感がリアリティーに富む一方、暴力団の親分が子分を顔が変形するほどに殴ったり、警察官が暴力団を相手に骨が折れるほどに蹴りつけたりする非現実性に満ちているのです。

それは、本書も平山夢明の『ダイナー』や東山彰良の『逃亡作法』などと同様のフィクションであることは認識していても、それだけこの物語がリアリティに富んでいるということでしょうか。

 

 

だからなのか、例えば大沢在昌の『黒の狩人』のように、ヤクザと警察官との男の感情の交流などが描かれている作品を好む私にとっては微妙なところで差異を感じるのです。

 

 

しかし、本書『煉獄の獅子たち』での濃密な書き込みは、それはそれで面白く読んだのは否定しません。

矛盾しているようですが、本書は本書としての面白さを持っていることは認めるのですが、私個人としてはより情緒的なものの方が好ましいというだけです。

 

さらに言えば、本書『煉獄の獅子たち』を全体としてみると単なるヤクザの跡目争いを超えた大きな枠組みでの、単なるバイオレンスを超えたところで展開される組織の思惑が面白く描かれています。

現実的にはあり得ないところであり、その点だけを捉えると荒唐無稽に過ぎて拒否感を覚える人も当然のことながらいると思われます。

私自身も呼んでいる途中ではそうした感覚でいました。あまりにも設定が無理筋だろうと思ったのです。

しかしながら、エンタテイメント小説として改めて本書を見るときに、本書の結末も含め、先に述べた個人的な好みを別とすればかなり考えられた筋立てだと思うのです。

暴力を暴力として描いていく中で、そうした世界でしか生きられない男たちを肯定的に描いていく本書のような作品もありだと思います。

 

本書『煉獄の獅子たち』を否定しながらも肯定するような矛盾に満ちた書き方になりましたが、これが正直なところです。

ちなみに、本書は『ヘルドッグス 地獄の犬たち』の前日譚です。

出版年度の新しい本書を先に読んだことになります。早速そちらを読みたいと思います。

 

インジョーカー

インジョーカー』とは

 

本書『インジョーカー』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』第四弾で、2018年7月に刊行されて2020年8月に400頁で文庫化された長編の警察小説です。

本書から少しシリーズの色が変わりアクション性が強くなった印象がありますが、それでもなお面白いエンタテイメント小説です。

 

インジョーカー』の簡単なあらすじ

 

躊躇なく被疑者を殴り、同僚を飼いならし、ヤクザと手を結ぶーその美貌からは想像できない手法で犯人を挙げ続けてきた八神が外国人技能実習生の犯罪に直面。企業から使い捨ての扱いを受けるベトナム人らが暴力団の金を奪ったのだ。だが八神は刑事の道に迷い、監察から厳しいマークを受けてもいた。刑事生命の危機を越え、事件の闇を暴けるのか?(「BOOK」データベースより)

 

インジョーカー』の感想

 

本書『インジョーカー』は、これまでの本『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』作品とは異なって若干の社会性を持った内容となっています。

まず、冒頭から八神瑛子が家宅捜索で乗り込む現場はいわゆる「貧困ビジネス」といわれる集合住宅です。

「貧困ビジネス」とは社会的弱者や生活困窮者を利用して稼ぐビジネスの総称を言うそうですが、このシリーズではそうした社会的な事柄をテーマにしたことはありませんでした。

この作者の作品を全部読んだわけではないのではっきりとは言えませんが、深町秋生という作家は社会性を持った作品はあまり書いていないように思えます。

どちらかというと『探偵は女手ひとつ』のようなハードボイルドミステリーと言われる作品、もしくはそれにバイオレンスが加わった作品が多いのではないでしょうか。

 

 

そもそも、前巻で八神瑛子の夫の死の真相を暴き出すという目的について一応の結果も出ており、シリーズ終了という言葉こそないもののこの『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は終了したものと思っていました。

ところが本書『インジョーカー』は、軽い社会性を持った作品として再開したのです。

それも「貧困ビジネス」を物語の入り口として、外国人労働者の問題というトピカルな話題をメインテーマとしての再開です。

そうなると、当然、外国人労働者の問題が強調された社会性の強い物語としての展開を想像していたのですが、結果的にはこれまでのシリーズの各作品と同様のアクション性の強い物語でした。

勿論、それがいけないとかいうことではなく、単に予想と異なったというだけのことです。

 

それでも、八神瑛子の刑事としての、というよりも八神の人間としての存在理由に疑義を突き付けられている内容自体は関心の持てるものでした。

ただ、その点の苦悩など、八神自身の描写があまりないことは若干残念材料でもありました。

とはいえ、これまで同様のアクション面に重きを置いた物語という意味では安定していて、ぶれていないとは言えるでしょう。あとは好みの問題だと思います。

 

女性刑事のありようにまで配慮してある『姫川玲子シリーズ』や、家庭を持った女刑事である『女性秘匿捜査官・原麻希シリーズ』を始めとして、女性刑事が主人公の物語はかなりの数に上りますが、中でも本書は一番アクション性が強いと言えるかもしれません。

どれを選ぶかは読者の個人の嗜好によりますが、個人的には女性刑事を主人公にした作品の中では面白い方に属すると思います。

 

 

本書『インジョーカー』では富永署長の存在感がどんどん増してきています。

八神の対立者として登場してきたと思ったら、シリーズが進むにつれその軸足が八神側に移っている印象の富永署長の立ち位置がこれからの関心事になりそうです。

また、警察庁長官官房長となった能代英康など、八神を取り巻く環境が何となくきな臭くなっています。

これからのこのシリーズの方向性が何となく見えてきたような気もする本書でした。

アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子

アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子』とは

 

本書『アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』第三弾で、 2013年6月に文庫本で刊行された長編の警察小説です。

 

アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子』の簡単なあらすじ

 

自殺とされた夫の死の真相に迫る警視庁上野署の八神。警察による証拠改ざんの疑いが増す中、執念で掴んだ手がかりは、新宿署の五條の存在だった。権威と暴力で闇社会を支配する五條に、八神は命を賭した闘いを仕掛ける。硝煙の彼方に追い求めた真実は見えるのか?美しくも危険すぎる女刑事が疾走する警察小説シリーズ、壮絶なクライマックスへ。(「BOOK」データベースより)

 

前巻で八神瑛子は、メキシコマフィアの殺し屋と対決して覚せい剤の販売ルートを潰すことで仙波組組長の有嶋章吾からの依頼を果たし、夫雅也が調べていた高杉会の会長芦尾勝一の死に隠された秘密を聞き出した。

有嶋によれば、高杉会は干上がってなどおらず、芦尾の米櫃はまだまだ豊かだったらしい。そして有嶋は芦尾の「脳みそ」を調べるようにと言うが、芦尾の「脳みそ」として金を運用していた島本もすでに転落死していた。

芦尾の第二夫人の話によると、芦尾のもとに来て密談をしていた設楽という男が、芦尾の死後に日本から逃げ出していたが、この頃日本に帰ってきているらしい。

その設楽の行方を捜しにホストクラブ「プラチナム」を尋ねた帰り、八神は正体不明の男に襲われ、腹に銃撃を受けるのだった。

 

アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子』の感想

 

個人的には、本書『アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子』はこれまでの三作品の中ではある意味一番面白かったかもしれません。

それは、本書が八神瑛子の夫の雅也の仇討ちをするという八神の願いが成就する物語であるからかもしれませんし、ストーリーが最も起伏に富んでいたように感じたからかもしれません。

それとも、もしかしたらこの巻で登場する五條隆文という公安警察あがりの男が、敵役として一番魅力的に思えたからでしょうか。

今は新宿署にいる五條という男は、人に対して発砲することに何のためらいも感じない、少々壊れたところのある男です。

それだけに八神の強敵としての存在感を感じていたのですが、それにしては幕切れはあっけないものでした。その点が非常に残念です。もう少し二人の対決を読んでいたい気もしました。

 

また、本書で八神瑛子の夫雅也の死の真相が明らかになるのですが、その過程で上野署署長富永昌弘の心象が微妙に変化していくさまもなかなかに興味深いものでした。

富永の心象の変化は前巻でも描写してあったのですが、本書でさらに明確になります。その心象は次巻『インジョーカー』でまた異なった心象風景として登場するのですが、それはまだ先のことです。

とにかく、富永の存在がより重要になってきていると思います。加えて、刑事部長の能代英康という男の登場がこのシリーズの性質を若干変化させているようです。

つまり警察内部の権力闘争という新たな視点の展開であり、今後のこのシリーズ物語の展開をも暗示しているのかもしれません。

そのことは、クライマックスに至り、富永が八神瑛子に欠けた言葉によって明らかにされていて、シリーズの続行を示しているのでしょう。

 

ただ、本書のあと続刊が出るまでにほとんど五年の歳月が経っていることからすると、八神瑛子が夫の死の真相を暴いたことでシリーズも終わったと考えるのが普通でしょう。

私は続刊の存在を知って本書を読んだので、深読みしているのかもしれませんが、そうとしか思えない展開でした。