インジョーカー

躊躇なく被疑者を殴り、同僚にカネを低利で貸し付けて飼いならし、暴力団や中国マフィアと手を結ぶ―。その美貌からは想像もつかない手法で数々の難事件を解決してきた警視庁上野署組織犯罪対策課の八神瑛子が、外国人技能実習生の犯罪に直面する。日本の企業で使い捨ての境遇を受けたベトナム人とネパール人が、暴力団から七千万円を奪ったのだ。だが、瑛子は夫を殺した犯人を突き止めて以来、刑事としての目的を見失っていた。そんな彼女に監察の手が伸びる。刑事生命が絶たれる危機。それでも瑛子は事件の闇を暴くことができるのか。「このまま、お前も堕ちていくのか?」(「BOOK」データベースより)

 

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズの第四弾の長編の警察小説です。

 

これまでの本シリーズ作品とは異なり、本作からは若干の社会性を持った内容となっています。

まず、冒頭から八神瑛子が家宅捜索で乗り込む現場はいわゆる「貧困ビジネス」といわれる集合住宅です。

「貧困ビジネス」とは社会的弱者や生活困窮者を利用して稼ぐビジネスの総称を言うそうですが、このシリーズではそうした社会的な事柄をテーマにしたことはありませんでした。

この作者の作品を全部読んだわけではないのではっきりとは言えませんが、深町秋生という作家は社会性を持った作品はあまり書いていないように思えます。

どちらかというと『探偵は女手ひとつ』のようなハードボイルドミステリーと言われる作品、もしくはそれにバイオレンスが加わった作品が多いのではないでしょうか。

 

 

そもそも、前巻で八神瑛子の夫の死の真相を暴き出すという目的について一応の結果も出ており、シリーズ終了という言葉こそないもののこのシリーズは終了したものと思っていました。

ところが、軽い社会性を持った作品として再開したのです。それも「貧困ビジネス」を物語の入り口として、外国人労働者の問題というトピカルな話題をメインテーマとしての再開です。

そうなると、当然、外国人労働者の問題が強調された社会性の強い物語としての展開を想像していたのですが、結果的にはこれまでのシリーズの各作品と同様のアクション性の強い物語でした。

勿論、それがいけないとかいうことではなく、単に予想と異なったというだけのことですが。

 

それでも、八神瑛子の刑事としての、というよりも八神の人間としての存在理由に疑義を突き付けられている内容自体は関心の持てるものでした。

ただ、その点の苦悩など、八神自身の描写があまりないことは若干残念材料でもありました。

とはいえ、これまで同様のアクション面に重きを置いた物語という意味では安定していて、ぶれていないとは言えるでしょう。あとは好みの問題だと思います。

 

女性刑事のありようにまで配慮してある『姫川玲子シリーズ』や、家庭を持った女刑事である『女性秘匿捜査官・原麻希シリーズ』を始めとして、女性刑事が主人公の物語はかなりの数に上りますが、中でも本書は一番アクション性が強いと言えるかもしれません。

どれを選ぶかは読者の個人の嗜好によりますが、個人的には女性刑事を主人公にした作品の中では面白い方に属すると思います。

 

 

本書では富永署長の存在感がどんどん増してきています。八神の対立者として登場してきたと思ったら、シリーズが進むにつれその軸足が八神側に移っている印象の富永署長の立ち位置がこれからの関心事になりそうです。

また、警察庁長官官房長となった能代英康など、八神を取り巻く環境が何となくきな臭くなっています。これからのこのシリーズの方向性が何となく見えてきたような気もする本書でした。

アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子

自殺とされた夫の死の真相に迫る警視庁上野署の八神。警察による証拠改ざんの疑いが増す中、執念で掴んだ手がかりは、新宿署の五條の存在だった。権威と暴力で闇社会を支配する五條に、八神は命を賭した闘いを仕掛ける。硝煙の彼方に追い求めた真実は見えるのか?美しくも危険すぎる女刑事が疾走する警察小説シリーズ、壮絶なクライマックスへ。(「BOOK」データベースより)

 

「組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ」の第三弾の長編小説です。

 

前巻で八神瑛子は、メキシコマフィアの殺し屋と対決して覚せい剤の販売ルートを潰すことで仙波組組長の有嶋章吾からの依頼を果たし、夫雅也が調べていた高杉会の会長芦尾勝一の死に隠された秘密を聞き出した。

有嶋によれば、高杉会は干上がってなどおらず、芦尾の米櫃はまだまだ豊かだったらしい。そして有嶋は芦尾の「脳みそ」を調べるようにと言うが、芦尾の「脳みそ」として金を運用していた島本もすでに転落死していた。

芦尾の第二夫人の話によると、芦尾のもとに来て密談をしていた設楽という男が、芦尾の死後に日本から逃げ出していたが、この頃日本に帰ってきているらしい。

その設楽の行方を捜しにホストクラブ「プラチナム」を尋ねた帰り、八神は正体不明の男に襲われ、腹に銃撃を受けるのだった。

 

これまでの三作品の中ではある意味一番面白かったかもしれません。

それは、ストーリーが八神の夫の雅也の仇討ちをするという八神の願いが成就する物語であるからかもしれませんし、ストーリーが最も起伏に富んでいたように感じたからかもしれません。

それとも、もしかしたらこの巻で登場する五條という公安警察あがりの男が、敵役として一番魅力的に思えたからでしょうか。

今は新宿署にいる刑事の五條隆文という男は、人に対して発砲することに何のためらいも感じない、少々壊れたところのある男です。

それだけに、八神の強敵としての存在感を感じていたのですが、ただ、それにしては幕切れはあっけないものでした。その点が非常に残念です。もう少し二人の対決を読んでいたい気もしました。

 

また、本書で八神瑛子の夫雅也の死の真相が明らかになるのですが、その過程で上野署署長富永の心象が微妙に変化していくさまがなかなかに興味深いものでした。

富永の心象の変化は前巻でも描写してあったのですが、本書でさらに明確になります。それは、次巻『インジョーカー』ではまた異なった心象風景として登場するのですが、それはまだ先のことです。

とにかく、富永の存在がより重要になってきていると思います。加えて、刑事部長の能代という男の登場がこのシリーズの性質を若干変化させているようです。

つまり警察内部の権力闘争という新たな視点の展開であり、今後のこのシリーズ物語の展開をも暗示しているのかもしれません。

そのことは、クライマックスに至り、富永が八神瑛子に欠けた言葉によって明らかにされていて、シリーズの続行を示しているのでしょう。

 

ただ、本書のあと続刊が出るまでにほとんど五年の歳月が経っていることからすると、八神瑛子が夫の死の真相を暴いたことでシリーズも終わったと考えるのが普通でしょう。

私は続刊の存在を知って本書を読んだので、深読みしているのかもしれませんが、そうとしか思えない展開でした。

アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子

警視庁上野署の八神瑛子。容姿端麗ながら暴力も癒着も躊躇わない激裂な捜査で犯人を挙げてきた。そんな彼女に、中米の麻薬組織に狙われる男を守ってくれ、という依頼が入る。男を追うのは残虐な手口で世界中の要人や警官を葬ってきた暗殺者。危険すぎる刺客と瑛子はたった一人で闘いを始める…。爆風を巻き起こす、炎熱の警察小説シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

深町秋生著の『アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の第二弾となる長編の警察小説です。

 

メキシコ産の覚せい剤が大量に出回っているらしい。千波組若手幹部の甲斐は、メキシコの麻薬組織であるソノラ・カルテルと関西の組織である華岡組とが手を組んだという。

そうした中、ソノラ・カルテルのメンバーの一人が組織を裏切り、日本に逃れてきたという。そこで、ソノラ・カルテルは“グラニソ”という殺し屋を日本に送り込んだらしく、またその裏切り者は印旛会に匿われているというのだった。

 

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の項では 逢坂剛の『禿鷹シリーズ』の禿富鷹秋刑事との類似を書いたのだけれど、本書に至っては『禿鷹シリーズ』同様にメキシコのマフィア、そしてメキシコのマフィアから依頼された殺し屋まで登場します。勿論物語自体は全く異なるものは当然ですが。

 

 

そして、前巻『アウトバーン』で書いたと同様に、本巻も登場人物として警察官である八神瑛子らが活躍するという意味では警察小説ではあるのですが、ミステリー性重視というよりも、ストーリー性が強いアクション小説というべきでしょう。

 

前巻『アウトバーン』で八神瑛子は女子大生刺殺事件の犯人逮捕に活躍し、その結果、本書『アウトクラッシュ』では千波組の組長である有嶋章吾に会うことになります。

そして、夫雅也の死の真相を暴くために有嶋の依頼を受け、メキシコマフィアが送り込んできた“グラニソ”という殺し屋に関する情報を収集することになるのです。

そこでは関西の一大組織である華岡組と華岡組と組んだメキシコのソノラ・カルテルから供給される覚醒剤に悩まされる関東の組織との対立という構図がありました。

本書『アウトクラッシュ』のストーリーの流れを大きくとらえると、グラニソと八神瑛子たちとの対決という構造であり、そこで描かれるのは前述のように前巻以上のアクションであり、バイオレンスです。

 

その流れの中に、上野署署長富永の八神瑛子に対する新たな監視者として西義信が加わりますが、この男の存在は若干小野たりなく感じてしまったのは残念でした。

またソノラ・カルテルを裏切り印旛会に匿われているルイス・キタハラ・サントスという男まで登場するに至り、八神瑛子の行動は警察官としての捜査ではなく、まるで千波組の手助けをしているかのような行動になっています。

そうした行動の先には、比嘉という半グレを伴ったグラニソとキタハラを守る広瀬という元沢渡会の組員らとの衝突であり、バイオレンスでした。

 

八神瑛子の行動は一貫しており、それは小気味いいものです。通常のミステリーとしての警察小説ではなく、徹底したエンターテインメント小説としての面白さを持った作品としての話です。

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ(2019年05月26日現在)

  1. アウトバーン
  2. アウトクラッシュ
  3. アウトサイダー
  1. インジョーカー

 

誰もが認める美貌の持ち主でありながら、剣道三段という腕前で、汚れ仕事に手を染めることを厭わず、それどころか警察官を相手に金貸しをしており、その引き換えにその警察官の弱点を抑え、いざという時は自分の言うことを聞かせる、そんな女刑事八神瑛子を主人公とする警察小説です。

 

そんな彼女ですが、出版社の雑誌記者だった瑛子の夫の八神雅也は、瑛子と結婚してからたった一年でこの世を去っています。三年前、奥多摩の鉄橋から身を投げて遺体は数十メートル下の谷底で発見され、捜査一課は彼の死因を自殺と断定したのです。

橋のうえには彼の革靴がきちんと揃えてあり、下戸だったはずの彼の血液からは高濃度のアルコールが検出されていました。その一か月後、瑛子は流産しています。

 

こうした過去を持つ正義感の強い女性が一転、悪徳刑事として金貸しを通じて警察官の弱みを握り、裏社会にもコネを構築し、夫の死の謎に迫ります。

 

「悪徳刑事」とうキャラクターといえば、まずは 逢坂剛の『禿鷹シリーズ』が思い起こされます。

「悪徳刑事」といえばまずは「ハゲタカ」と言われるほどの強烈な存在感を持つキャラクターですが、本書の八神瑛子の悪徳ぶりもなかなかに負けてはいません。

 

 

さらに、個性豊かな女性刑事といえば 誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』でしょう。女性であることを当たり前のこととして男社会の警察でその存在感を主張しているさまは本書の八神瑛子とよく似ています。

ただ、八神瑛子の行っている他の警察官の弱点を握り言うことを聞かせるという手法は、『姫川玲子シリーズ』に登場するガンテツこと勝俣健作警部補のほうによく似ています。

八神瑛子は自分の目的を果たすための手段としての他者の操作ですが、ガンテツの場合は公安出身という来歴、それに個人的な素質もあっての他人の支配という両者の違いはありますが。

 

 

また、本シリーズの脇を固める役者たちも個性的です。

まずは八神瑛子が勤務する上野署の署長であり、瑛子を目の敵にしている富永昌弘というキャリアが存在感があります。瑛子が出す結果は申し分ないものの、そこに至るプロセスに腐敗と不正の臭いを感じ取っていて、瑛子に対する監視の手をゆるめません。

そして、女子プロレスの団体を首になり、酔って大学生の応援団を相手に大立ち回りを演じたところを拾った落合里美という女は瑛子の暴力面での助っ人として力を発揮しています。

さらに、殺された蛇頭のボスの地位を引き継いだ劉英麗という女性がいます。裏社会での瑛子の後ろ盾として、瑛子を使うと同時に貴重な情報をもたらしてもくれます。

また、千波組若手幹部の甲斐道明という男も瑛子とは持ちつ持たれつの関係で、互いに情報を交換している、なかなかに切れ者の極道です。

 

ただ、本シリーズの脇役たちは今一つ人物像が薄いのですが、ただ、よく動く印象はあります。富永は警察署長でありながら自ら事件現場に顔を出しますし、プロレスラー上がりの里美に至っては男勝りの腕力で八神瑛子を助けるのです。

とはいえ、本シリーズの八神瑛子は基本的には一匹狼であり、目的達成のためには手段を択ばない存在です。その点では『禿鷹シリーズ』に近いと言えそうです。

ただ、物語としてみた場合、本シリーズは警察小説というには若干ためらいがあり、アクション小説と呼ぶほうが適切と感じるような話です。

そして、巻を重ねるごとにバイオレンス小説と言ってもいいほどの暴れっぷりを見せることになります。

 

そういう意味では、 大沢在昌の『魔女シリーズ』の主人公である裏社会でのコンサルタントをしている水原により似ているというべきでしょうか。

ただ、『魔女シリーズ』はハードボイルドであり、水原の生きざまそのものが描かれているともいえる物語です。

それに対し、本『八神瑛子シリーズ』はアクション性が前面に出ていて、刑事としての行動ではなく、情報を得るためには裏金も遣い、加えて暴力も辞さないタフな女刑事として、よりストーリー性が強調されています。

さきに本シリーズに登場する「人物像が薄い」と書いたのも、このストーリー重視のためにそう感じたのではないでしょうか。

 

 

本シリーズの根底には事故死として処理された夫の死の真相を暴く、というサブストリーがあります。しかし、それも第三巻で一応の方が付いているはずですが、この度第四巻の『インジョーカー』が出版されました。

この第四巻では、これまでよりもさらにアクション性が強くなっていて、八神瑛子が追う事件は警察の仕事というよりは直接に裏社会のための情報収集作業が描かれていると言ってもいいほどになっています。

また、目的を失った八神瑛子の人生も不安定であり、加えて思いもかけない人物の最後が描かれていたりと、今後のこのシリーズの行く末が気になる書き方をしてあり、興味は尽きません。

次巻を待ちたいと思います。

 

なお、本シリーズのタイトルには『組織犯罪対策課 八神瑛子』というシリーズ名が付加されていましたが、第四巻目からはそれも無くなり、単に作品タオ採るだけになっています。

卑怯者の流儀

警視庁組対四課に所属する米沢英利に「女を捜して欲しい」とヤクザの若頭補佐が頼み込んできた。米沢は受け取った札束をポケットに入れ、夜の街へと乗り込む。“悪い”捜査官のもとに飛び込んでくる数々の“黒い”依頼。解決のためには、組長を脅し、ソープ・キャバクラに足繋く通い、チンピラをスタンガンで失神させ、時に仲間であるはずの警察官への暴力も厭わない。罪と正義の狭間で、たったひとりの捜査が始まった―。(「BOOK」データベースより)

中年刑事を主人公とする全六編のハードボイルドミステリー作品で、第19回大藪春彦賞候補となった短編集です。

警視庁組対四課の米沢英利というベテラン刑事は風貌は冴えない中年ですが、裏社会に顔が利き、関東の広域暴力団である印旛会の大物組長濱田年次などの裏の世界の大物とつながっている悪徳刑事です。

第一話の「野良犬たちの嗜み」では、仁盛会若頭補佐の浦部恭一からの依頼で、行方不明になった浦部の経営する韓国人クラブのホステスを探して欲しいと頼まれ、第二話の「悪党の段取り」では、女とベッドにいるところを写真に撮られたので何とかして欲しいという、組織犯罪対策課第五課の出渕正義警部からの頼みをも引き受けています。

このように、米沢はその裏社会へのコネなどを利用して、様々なトラブルの解決を金で引き受けているのですが、米沢の上司である組織犯罪対策課第四課女性管理官の大関芳子警視には頭が上がりません。ところが、この大関というキャラクターが実に面白いのです。米沢との二人の掛け合いはちょっとした漫才のようでもあり、飽きさせません。


大関のような強烈な女キャラクターと言えば、同じく悪徳警官ものの 逢坂剛の禿鷹シリーズの第四弾『禿鷹狩り』に出てくる岩動寿満子警部が思い出されますが、本書の大関はこの岩動寿満子警部とはかなり異なるようです。本書は人情劇の要素をも抱えている物語であるという作品の内容の違いということも勿論ありますが、大関の場合には根っこのところでのユーモア、人情味があるようです。

もともとは米沢がいろいろと世話をし、仕事を教え込んだ部下であったのですが、今ではその地位が逆転し、大関が女子プロレスラーも顔負けの体格を有していることもあって、頭が上がらないのです。

もう一人、人事一課の奈良本京香監察官と言う人物もいて、いつかは米沢を挙げようとするキャラクターもいるのですが、この人物は大関ほどのそない感はありません。しかし、本書では重要な役割を担っています。

人のトラブルを金に換えて生きている典型的な悪徳警官である主人公ですが、最初からそうであったわけではなく、情熱に満ちた警官であった時期もあったようで、そうした点を垣間見せつつ物語が進んでいく点も本書が面白い人るの理由になっているようです。

そして、彼が現在のようになった理由も本書の終わりころで明らかにされていくのですが、読み手の心をつかむ上手い描き方だと思いました。

深町秋生の近年の作品で『探偵は女手ひとつ』という作品があります。この作品は、椎名留美という女性を主人公とする、六編からなるハードボイルドタッチの連作短編小説集です。山形を舞台とし、全編を山形弁で通す主人公はシングルマザーであり、元刑事という過去を持ち、今は探偵業を開業しているもののその実態は便利屋と化しているのです。

本作とこの『探偵は女手ひとつ』という作品は物語の持つ雰囲気が良く似ています。作者が同じだから当然と言えばそうなのですが、共に裏社会に通じる闇に捉われた人間を描いていて、コミカルで、キャラクターが立っています。

そして、脇を固める登場人物がユニークでよく書きこまれているのです。読みやすく、適度に毒があり、エンターテインメントとして独自の世界を構築されているようです。

探偵は女手ひとつ

過疎にあえぐ地方都市ならではの事件、クールでタフな女探偵。これが現代日本だ!(「BOOK」データベースより)

椎名留美という女性を主人公とする、六編からなる連作短編小説集です。ハードボイルドミステリーと言うべきなのかもしれません。

本書の魅力は主人公椎名留美のキャラクターに尽きると言っても過言ではないと思います。本書全編で山形弁での会話が弾み、一見のどかな雰囲気を醸し出しています。

主人公椎名留美に関して明らかになっている事情は、一人娘がいるシングルマザーであり、刑事であった過去を持ち、今は探偵業を開業しているもののその実態は便利屋と化している、ことくらいでしょうか。

性格は向こう見ずであって、必要となれば暴力団の事務所であろうと乗り込んでいくだけの度胸をも持っています。とはいえ、そのような際には、逸平という元不良や個人的な警察との繋がりを利用した保険をかけておくことも忘れない慎重さも持ちあわせているのです。

こうしたキャラクターの主人公が、あるいは警察署長の依頼でさくらんぼ窃盗の犯人を追いかけ(第一話「紅い宝石」)、あるいは奥州義誠会という暴力団の幹部からのさらわれたデリヘル嬢を探して欲しいという依頼を受け(第三話「白い崩壊」)、また元クラブのママである一人の老婆の頼みも引き受けています(第四話「青い育成」)。

そして、彼女を助ける人物として東根警察署の署長の有木や(第一話「紅い宝石」)、以後の話の中で留美のボディーガード的な位置を占めることになる元不良の逸平(第二話「昏い追跡」)、裏社会への繋がりを手助けする存在となる暴力団の幹部石上研などの多彩なキャラクターが登場しています。

また、彼女が関わる事件も上記のさくらんぼ窃盗やデリヘル嬢捜索などの他、第二話のスーパーの保安員として万引き犯の実体、第五話「黒い夜会」でのホスト社会の裏事情、第六話「苦い制裁」でのストーカー事件の実態などと、裏社会の闇に連なる場合が多いのです。


結局は、彼女の仕事もそこで取りこまれてつつある人たちの救済という意味合いをも持つことになるのです。こうして本書は 東直己の『探偵・畝原シリーズ』などを思い起こさせる、ローカルなハードボイルドとして仕上がっています。ただ、本書はこのシリーズのようには重くはなく、もっと読みやすい物語となっています。

また、常に社会的なテーマを抱えながらも読みやすいハードボイルドタッチの物語としては、 石田衣良の『池袋ウエストゲートパークシリーズ』があります。主人公は池袋のトラブルシューターであるタカシという男ですが、池袋のカラーギャングのキングと呼ばれるタカシと共にトピカルなテーマを解決していく、読みやすい物語です。

ただ、本書『探偵は女手ひとつ』に比べると、『池袋ウエストゲートパークシリーズ』は舞台背景だけではなく、主人公自身のもつ雰囲気もかなりスマートであり、本書のローカルな印象とは異なります。

『探偵は女手ひとつ』は、2017年11月現在ではまだ続編は出ていませんが、このキャラクターは是非また読みたいと思うキャラクタ―であり、続編を期待したい一冊でもありました。

猫に知られるなかれ

終戦後の混乱と貧困が続く日本。凄腕のスパイハンターだった永倉一馬は、池袋のヤクザの用心棒をしていたが、陸軍中野学校出身の藤江忠吾にスカウトされ、戦後の混乱と謀略が渦巻く闘いへ再び、身を投じる―。吉田茂の右腕だった緒方竹虎が、日本の再独立と復興のため、国際謀略戦に対抗するべく設立した秘密機関「CAT」とその男たちの知られざる戦後の暗闘を、俊英・深町秋生が描く、傑作スパイアクション!(「BOOK」データベースより)

第一章「蜂と蠍のゲーム」
終戦後の池袋。かつて泥蜂と呼ばれた元憲兵の永倉一馬は、陸軍中野学校出身の藤江から、緒方竹虎らがひそかに設立した諜報機関CATに誘われる。その藤江がまず持ちかけてきたのは、終戦時に起こされた襲撃事件の首謀者と目されている大迫元少佐がGHQのケーディスを狙っているというものだった。
第二章「竜は威徳をもって百獣を伏す」
毒物兵器の青酸ニトリールを持ち出していたらしい登戸研究所の元研究員であった闇医者が渋谷で死んだ。元諜報員の藤江忠吾は元陸軍少将岩畔豪雄(いわくろひでお)のもと、捜査を開始する。
第三章「戦争の犬たちの夕焼け」
戦時中、上海で作った特務機関の活動で大金を得、GHQ右派と組んでいる新垣誠太郎の会社が襲撃された。CATは犯行集団がシベリアに抑留されているはずの関東軍特殊部隊と突き止め、藤江と永倉は捜査に乗り出した。
第四章「猫は時流に従わない」
池袋駅前でGI相手に暴れていた永倉は幼馴染の香田徳次に出会い、今やっている仕事を手伝うように頼まれた。しかし、その仕事というのがどうもあやしいしろものだった。

本書は全部で四つの「章」から成立していますが、実際は四つの「章」は物語としては独立しており、連作の短編集といったほうが適切かもしれません。

そのそれぞれの物語に、戦争で負わされた深い傷を負った男たちが登場します。それは主人公の永倉一馬も同様であり、たまたま成り行きで立場が異なっただけにすぎない男たちでもあります。本書はそうした男たちの行きぬいていこうとする戦いを描いた作品でもあるのです。

また、これまでの深町秋生という作家の作品の傾向からすると少々異なる作品でもあります。これまで通りにアクション性の強い小説であることは同じですが、バイオレンス性はかなり弱まっています。

それは、本書が戦後すぐの日本を舞台にしたスパイ小説であることも関係しているのかもしれません。また、吉田茂や緒方竹虎などの実在の人物を登場させ、日本国の復興を、そして再生を願う男たちの戦後裏面史であるということもあるのでしょう。

ただ、四つの物語は何となく平板に感じたことも事実です。永倉一馬も、彼をスカウトした藤江にしても今ひとつそのキャラが立っておらず、戦後の混とんとした世界というせっかくの舞台が生きていない印象はありました。

陸軍中野学校出身の藤江という男を登場させているところからでしょうか、 柳広司の『ジョーカー・ゲーム』という小説を思い出していました。こちらは太平洋戦争直前が舞台であり、陸軍中野学校をモデルにしたというスパイ養成学校の「D機関」の結城中佐を中心にして、結城中佐自身、そしてこの機関の学生、卒業生の活躍を、アクションよりは頭脳戦を前面に押し出している小説です。が、あまり数が多くないスパイ小説の中では一級の面白さを持った小説でした。当然のことながらシリーズ化されています。

現代の諜報戦を描いた作品とすると結局は公安警察を描いた作品が主になると言えるのでしょう。その中では公安警察出身である 濱嘉之の現場を知り尽くしたものならではの『警視庁情報官シリーズ 』や、同様に報道記者出身としての知識を生かした 竹内明の『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』などは、現場をよく知る者の手によるリアルな物語であり、読み応えのある作品でした。

それでも、本書はもしかして続編でも出るのであれば是非読んでみたい小説ですし、面白くなりそうな期待を抱かせる物語でもあります。

東京デッドクルージング

2015年、東京。富裕層と貧困層の格差が拡大し、脱北者の無条件受け入れを開始した日本。企業は不良少年らで民兵集団を組織し、民兵・晃らはミッションのもと、中国人が集うクラブを襲撃。偽ドル札作りの天才・劉の拉致に成功した。一方、クラブの襲撃により、脱北者の売春婦として生活していたヒギョンが命を落とした。ヒギョンの姉、ファランは妹の死体を前に、ある決意をする…。(「BOOK」データベースより)

本書を読んだ当時は、面白くない小説という印象しかありませんでした。主人公たちの行動の理由や舞台設定が何故か受け入れられなかったようです。

果てしなき渇き

部屋に麻薬のカケラを残し失踪した加奈子。その行方を追う、元刑事で父親の藤島。一方、三年前。級友から酷いイジメにあっていた尚人は助けてくれた加奈子に恋をするようになったが…。現在と過去の物語が交錯し、少しずつ浮かび上がる加奈子の輪郭。探るほどに深くなる彼女の謎。そして用意された驚愕の結末とは。全選考委員が圧倒された第3回『このミス』大賞受賞作品。読む者の心を震わせる、暗き情念の問題作。(「BOOK」データベースより)

昨年本書を原作とする映画が公開されました。役所広司という当代きっての役者さんを起用しての作品なので、少なくともレンタルでも見ようとは思っています。

 

 

しかし、本書を読んだときは「このミス」受賞作とはいっても、バイオレンスの印象は残っているものの、内容については全くと言っていい程記憶にありませんでした。今回の映画のストーリーを聞いて、漠然とその内容を思い出したほどなのです。

決して私の嫌いなジャンルではなく、どちらかというと好きなジャンルの筈なのに記憶に残っていないというのですから、多分、この作者との相性があっていないのではないかと思います。もしかしたら、たまたまその時の私の精神状態が良くなかったのかもしれませんが。

アウトバーン

暴力を躊躇わず、金で同僚を飼い、悪党と手を結ぶ。上野署組織犯罪対策課の八神瑛子は誰もが認める美貌を持つが、容姿から想像できない苛烈な捜査で数々の犯人を挙げてきた。そんな瑛子が世間を震撼させる女子大生刺殺事件を調べ始める…。真相究明のためなら手段を選ばない、危険な女刑事が躍動する、ジェットコースター警察小説シリーズ誕生。(「BOOK」データベースより)

 

女性版の悪徳刑事ものである長編の警察小説です。

 

暴力団千波組の組長の娘が殺されたが、八神瑛子は捜査本部には入れてもらえないでいた。

瑛子は裏社会のボス劉英麗の頼みで馬岳という人さらいを探していたが、そこに新たな殺人事件が起きる。被害者は林娜という中国人の若い娘だった。劉英麗によると、貴州省の山奥から出てきた娘で、馬岳によって新橋のエステに売り飛ばされたらしい。

瑛子が調べだした情報をもとに、馬岳が現れたところを里美の応援で何とか捕まえることができた。

上野署署長の富永は、瑛子の行動に対し、合同捜査本部へ加わり、川上と組むことを命じる。

劉英麗から聞いた郭在輝を訪ね、林娜が映った裏ビデオの詳細を聞き出し、犯人と思しき長尾進が「エルスポーツ東新宿」というフィットネスクラブにいることを突き止める。しかし、事件はこれで終わったわけではなかった。

 

ミステリーとしてはよくできているとは言い難いかもしれません。

犯人逮捕に結びつく肝心な情報は劉英麗のような瑛子独自の裏社会を通じた情報網からわりと簡単にもたらされ、他の警察小説であるような捜査や推理の結果ではありません。

しかし、そうした裏社会からもたらされる情報も、八神瑛子自身が普段から情報網を丁寧に作り上げていたからこその話であり、そういう意味では八神瑛子の努力により情報が集まってくると言えるのでしょう。

その点で、通常の謎解きミステリーではなく、裏社会と八神瑛子とのつながりこそ重要であり、そのつながりを重点的に描く作品という意味で普通のミステリーとは異なると思うのです。

 

本シリーズの面白さは、何といっても八神瑛子というキャラクターにあります。

誰しもが認める美人でありながら汚れ仕事に手を染めることを厭わず、それどころか警察官を相手に金貸しをやっており、その引き換えにその警察官の弱点を抑え、いざという時は自分の言うことを聞かます。

勿論、やくざらから情報と引き換えに金を受け取ることも当たり前であり、剣道三段の腕っぷしで、度胸も満点の女性です。

 

また、瑛子が勤務する上野署の署長である富永昌弘をはじめとする登場人物たちが個性的です。ほかに、元女子プロレスラーの落合里美や瑛子を裏社会から支える劉英麗という蛇頭のボスや、千波組若手幹部の甲斐道明など魅力的です。

特に富永は警察官として一途であり、その内心の変化の描写には面白いものがあります。また、仙波組の甲斐も面白い存在ですが、もう少し書き込みが欲しいところではありました。

本書は今回再読したものですが、初回に比べより面白さを感じたように思います。それは再読したことで八神瑛子というキャラクターをより知ったということなのかもしれません。

ともあれ、初回読了時に思ったよりも魅力的なキャラクターであったようです。