アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子

アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子』とは

 

本書『アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子』は『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の第二弾で、2012年3月に355頁で文庫化された、長編の警察小説です。

 

アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子』の簡単なあらすじ

 

警視庁上野署の八神瑛子。容姿端麗ながら暴力も癒着も躊躇わない激裂な捜査で犯人を挙げてきた。そんな彼女に、中米の麻薬組織に狙われる男を守ってくれ、という依頼が入る。男を追うのは残虐な手口で世界中の要人や警官を葬ってきた暗殺者。危険すぎる刺客と瑛子はたった一人で闘いを始める…。爆風を巻き起こす、炎熱の警察小説シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

メキシコ産の覚せい剤が大量に出回っているらしい。千波組若手幹部の甲斐によれば、メキシコの麻薬組織であるソノラ・カルテルと関西の組織である華岡組とが手を組んだというのだ。

そうした中、ソノラ・カルテルのメンバーの一人が組織を裏切り、日本に逃れてきたというのだ。

そこで、ソノラ・カルテルは“グラニソ”という殺し屋を日本に送り込んだらしく、またその裏切り者は印旛会に匿われているというのだった。

 

アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子』の感想

 

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の項では逢坂剛の『禿鷹シリーズ』の禿富鷹秋刑事との類似を書いたのだけれど、本書に至っては『禿鷹シリーズ』同様にメキシコのマフィア、そしてメキシコのマフィアから依頼された殺し屋まで登場します。勿論物語自体は全く異なるものは当然ですが。

 

 

そして、前巻『アウトバーン』で書いたと同様に、本巻も登場人物として警察官である八神瑛子らが活躍するという意味では警察小説ではあるのですが、ミステリー性重視というよりも、ストーリー性が強いアクション小説というべきでしょう。

 

前巻『アウトバーン』で八神瑛子は女子大生刺殺事件の犯人逮捕に活躍し、その結果、本書『アウトクラッシュ』では千波組の組長である有嶋章吾に会うことになります。

そして、夫雅也の死の真相を暴くために有嶋の依頼を受け、メキシコマフィアが送り込んできた“グラニソ”という殺し屋に関する情報を収集することになるのです。

そこでは関西の一大組織である華岡組と華岡組と組んだメキシコのソノラ・カルテルから供給される覚醒剤に悩まされる関東の組織との対立という構図がありました。

本書『アウトクラッシュ』のストーリーの流れを大きくとらえると、グラニソと八神瑛子たちとの対決という構造であり、そこで描かれるのは前述のように前巻以上のアクションであり、バイオレンスです。

 

その流れの中に、上野署署長富永昌弘の八神瑛子に対する新たな監視者として西義信が加わりますが、この男の存在は若干ものたりなく感じてしまったのは残念でした。

またソノラ・カルテルを裏切り印旛会に匿われているルイス・キタハラ・サントスという男まで登場するに至り、八神瑛子の行動は警察官としての捜査ではなく、まるで千波組の手助けをしているかのような行動になっています。

そうした行動の先には、比嘉という半グレを伴ったグラニソとキタハラを守る広瀬という元沢渡会の組員らとの衝突であり、バイオレンスでした。

 

八神瑛子の行動は一貫しており、それは小気味いいものです。通常のミステリーとしての警察小説ではなく、徹底したエンターテインメント小説としての面白さを持った作品としての話です。

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』とは

 

本『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は、いわゆる悪徳警官と言われそうな女性刑事八神瑛子を主人公とする警察小説シリーズです。

小気味いい文体と魅力的な主人公によるアクションを交えたサスペンス感満載のエンタテイメント小説シリーズです。

 

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の作品

 

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ(2022年06月07日現在)

  1. アウトバーン
  2. アウトクラッシュ
  3. アウトサイダー
  1. インジョーカー
  2. ファズイーター

 

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』について

 

本『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の主人公八神瑛子は、誰もが認める美貌の持ち主でありながら、剣道三段という腕前で、汚れ仕事に手を染めることも厭いません。

それどころか警察官を相手に金を貸して引き換えにその警察官の弱点を抑え、いざという時は自分の言うことを聞かせるのです。

そんな彼女ですが、出版社の雑誌記者だった瑛子の夫の八神雅也は、瑛子と結婚してからたった一年でこの世を去っています。

三年前、奥多摩の鉄橋から身を投げて遺体は数十メートル下の谷底で発見され、捜査一課は彼の死因を自殺と断定したのです。

橋のうえには彼の革靴がきちんと揃えてあり、下戸だったはずの彼の血液からは高濃度のアルコールが検出されていました。その一か月後、瑛子は流産しています。

 

こうした過去を持つ正義感の強い女性が一転、悪徳刑事として金貸しを通じて警察官の弱みを握り、裏社会にもコネを構築し、夫の死の謎に迫ります。

 

「悪徳刑事」とうキャラクターといえば、まずは逢坂剛の『禿鷹シリーズ』が思い起こされます。

「悪徳刑事」といえばまずは「ハゲタカ」と言われるほどの強烈な存在感を持つキャラクターですが、本書の八神瑛子の悪徳ぶりもなかなかに負けてはいません。

 

 

さらに、個性豊かな女性刑事といえば誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』でしょう。女性であることを当たり前のこととして男社会の警察でその存在感を主張しているさまは本書の八神瑛子とよく似ています。

ただ、八神瑛子の行っている他の警察官の弱点を握り言うことを聞かせるという手法は、『姫川玲子シリーズ』に登場するガンテツこと勝俣健作警部補のほうによく似ています。

八神瑛子は自分の目的を果たすための手段としての他者の操作ですが、ガンテツの場合は公安出身という来歴、それに個人的な素質もあっての他人の支配という両者の違いはありますが。

 

 

また、本シリーズの脇を固める役者たちも個性的です。

まずは八神瑛子が勤務する上野署の署長であり、瑛子を目の敵にしている富永昌弘というキャリアが存在感があります。瑛子が出す結果は申し分ないものの、そこに至るプロセスに腐敗と不正の臭いを感じ取っていて、瑛子に対する監視の手をゆるめません。

そして、女子プロレスの団体を首になり、酔って大学生の応援団を相手に大立ち回りを演じたところを拾った落合里美という女は瑛子の暴力面での助っ人として力を発揮しています。

さらに、殺された蛇頭のボスの地位を引き継いだ劉英麗という女性がいます。裏社会での瑛子の後ろ盾として、瑛子を使うと同時に貴重な情報をもたらしてもくれます。

また、千波組若手幹部の甲斐道明という男も瑛子とは持ちつ持たれつの関係で、互いに情報を交換している、なかなかに切れ者の極道です。

 

ただ、本シリーズの脇役たちは今一つ人物像が薄いのですが、ただ、よく動く印象はあります。

富永は警察署長でありながら自ら事件現場に顔を出しますし、プロレスラー上がりの里美に至っては男勝りの腕力で八神瑛子を助けるのです。

とはいえ、本シリーズの八神瑛子は基本的には一匹狼であり、目的達成のためには手段を択ばない存在です。その点では『禿鷹シリーズ』に近いと言えそうです。

ただ、物語としてみた場合、本シリーズは警察小説というには若干ためらいがあり、アクション小説と呼ぶほうが適切と感じるような話です。

そして、巻を重ねるごとにバイオレンス小説と言ってもいいほどの暴れっぷりを見せることになります。

 

そういう意味では、大沢在昌の『魔女シリーズ』の主人公である裏社会でのコンサルタントをしている水原により似ているというべきでしょうか。

ただ、『魔女シリーズ』はハードボイルドであり、水原の生きざまそのものが描かれているともいえる物語です。

それに対し、本『八神瑛子シリーズ』はアクション性が前面に出ていて、刑事としての行動ではなく、情報を得るためには裏金も遣い、加えて暴力も辞さないタフな女刑事として、よりストーリー性が強調されています。

さきに本シリーズに登場する「人物像が薄い」と書いたのも、このストーリー重視のためにそう感じたのではないでしょうか。

 

 

本シリーズの根底には事故死として処理された夫の死の真相を暴く、というサブストリーがあります。しかし、それも第三巻で一応の方が付いているはずですが、この度第四巻の『インジョーカー』が出版されました。

 

 

この第四巻では、これまでよりもさらにアクション性が強くなっていて、八神瑛子が追う事件は警察の仕事というよりは直接に裏社会のための情報収集作業が描かれていると言ってもいいほどになっています。

また、目的を失った八神瑛子の人生も不安定であり、加えて思いもかけない人物の最後が描かれていたりと、今後のこのシリーズの行く末が気になる書き方をしてあり、興味は尽きません。

次巻を待ちたいと思います。

 

なお、本シリーズのタイトルには『組織犯罪対策課 八神瑛子』というシリーズ名が付加されていましたが、第四巻目からはそれも無くなり、単に作品タイトルだけになっています。

卑怯者の流儀

卑怯者の流儀』とは

 

本書『卑怯者の流儀』は、文庫本で324頁の中年刑事を主人公とする全六編のハードボイルドミステリー作品で、第19回大藪春彦賞候補となった短編集です。

 

卑怯者の流儀』の簡単なあらすじ

 

警視庁組対四課の米沢英利に「女を捜して欲しい」とヤクザが頼み込んできた。米沢は受け取った札束をポケットに入れ、夜の街へと足を運ぶ。“悪い”捜査官のもとに飛び込んでくる数々の“黒い”依頼。解決のためには、組長を脅し、ソープ・キャバクラに足繁く通い、チンピラを失神させ、時に仲間である警察官への暴力も厭わない。悪と正義の狭間でたったひとりの捜査がはじまる!(「BOOK」データベースより)

 

卑怯者の流儀』の感想

 

本書『卑怯者の流儀』の警視庁組対四課の米沢英利というベテラン刑事は風貌は冴えない中年ですが、裏社会に顔が利き、関東の広域暴力団である印旛会の大物組長濱田年次などの裏の世界の大物とつながっている悪徳刑事です。

第一話の「野良犬たちの嗜み」では、仁盛会若頭補佐の浦部恭一からの依頼で、行方不明になった浦部の経営する韓国人クラブのホステスを探して欲しいと頼まれ、第二話の「悪党の段取り」では、女とベッドにいるところを写真に撮られたので何とかして欲しいという、組織犯罪対策課第五課の出渕正義警部からの頼みをも引き受けています。

このように、米沢はその裏社会へのコネなどを利用して様々なトラブルの解決を金で引き受けているのですが、米沢の上司である組織犯罪対策課第四課女性管理官の大関芳子警視には頭が上がりません。

ところが、この大関というキャラクターが実に面白いのです。米沢との二人の掛け合いはちょっとした漫才のようでもあり、飽きさせません。

 

大関のような強烈な女キャラクターと言えば、同じく悪徳警官ものの逢坂剛の禿鷹シリーズの第四弾『禿鷹狩り』に出てくる岩動寿満子警部が思い出されますが、本書の大関はこの岩動寿満子警部とはかなり異なるようです。

本書『卑怯者の流儀』は人情劇の要素をも抱えている物語であるという作品の内容の違いということも勿論ありますが、大関の場合には根っこのところでのユーモア、人情味があるようです。

もともとは米沢がいろいろと世話をし、仕事を教え込んだ部下であったのですが、今ではその地位が逆転し、大関が女子プロレスラーも顔負けの体格を有していることもあって、頭が上がらないのです。

 

 

もう一人、人事一課の奈良本京香監察官と言う人物もいて、いつかは米沢を挙げようとするキャラクターもいるのですが、この人物は大関ほどのそない感はありません。しかし、本書では重要な役割を担っています。

人のトラブルを金に換えて生きている典型的な悪徳警官である主人公ですが、最初からそうであったわけではなく、情熱に満ちた警官であった時期もあったようで、そうした点を垣間見せつつ物語が進んでいく点も本書が面白いと感じる理由になっているようです。

そして、彼が現在のようになった理由も本書の終わりころで明らかにされていくのですが、読み手の心をつかむ上手い描き方だと思いました。

深町秋生の近年の作品で『探偵は女手ひとつ』という作品があります。

この作品は、椎名留美という女性を主人公とする、六編からなるハードボイルドタッチの連作短編小説集です。

山形を舞台とし全編を山形弁で通す主人公はシングルマザーであり、元刑事という過去を持ち、今は探偵業を開業しているもののその実態は便利屋と化しているのです。

 

 

本作『卑怯者の流儀』とこの『探偵は女手ひとつ』という作品は物語の持つ雰囲気が良く似ています。

作者が同じだから当然と言えばそうなのですが、共に裏社会に通じる闇に捉われた人間を描いていて、コミカルで、キャラクターが立っています。

そして、脇を固める登場人物がユニークでよく書きこまれているのです。読みやすく、適度に毒があり、エンターテインメントとして独自の世界を構築されているようです。

 

探偵は女手ひとつ』もそうですが、本書も続編が期待されるのですが、なかなかシリーズ化はされないようです。

いちファンとしては、本書『卑怯者の流儀』もシリーズ化されるのを待ちたいと思っている作品の一つです。

探偵は女手ひとつ

探偵は女手ひとつ: シングルマザー探偵の事件日誌』とは

 

本書『探偵は女手ひとつ: シングルマザー探偵の事件日誌』は、文庫本で313頁の、六編の短編からなる連作小説集です。

椎名留美という女性探偵を主人公とする、軽妙なハードボイルドミステリーと言うべきなのかもしれません。

 

探偵は女手ひとつ: シングルマザー探偵の事件日誌』の簡単なあらすじ

 

山形市で探偵業を営む椎名留美は、元刑事にして小学生の娘を持つシングルマザー。パチンコ店の並び代行や繁忙期の農家の手伝いなど、仕事の多くは便利屋としてのものだ。そんなある日、元上司の警察署長から、さくらんぼ窃盗犯を突き止めてほしいと頼まれるのだが…。(「紅い宝石」)まったく新しいタイプのヒロインが胸のすく活躍を見せる連作ミステリー!(「BOOK」データベースより)

 

紅い宝石 | 昏い追跡 | 白い崩壊 | 碧い育成 | 黒い夜会 | 苦い制裁

 

探偵は女手ひとつ: シングルマザー探偵の事件日誌』の感想

 

本書『探偵は女手ひとつ: シングルマザー探偵の事件日誌』の魅力は主人公椎名留美のキャラクターに尽きると言っても過言ではないと思います。本書全編で山形弁での会話が弾み、一見のどかな雰囲気を醸し出しています。

主人公椎名留美に関して明らかになっている事情は、一人娘がいるシングルマザーであり、刑事であった過去を持ち、今は探偵業を開業しているもののその実態は便利屋と化している、ことくらいでしょうか。

性格は向こう見ずであって、必要となれば暴力団の事務所であろうと乗り込んでいくだけの度胸をも持っています。

とはいえ、そのような際には、逸平という元不良や、個人的な警察との繋がりを利用した保険をかけておくことも忘れない慎重さも持ちあわせているのです。

 

こうしたキャラクターの主人公が、あるいは警察署長の依頼でさくらんぼ窃盗の犯人を追いかけ(第一話「紅い宝石」)、あるいは奥州義誠会という暴力団の幹部からのさらわれたデリヘル嬢を探して欲しいという依頼を受け(第三話「白い崩壊」)、また元クラブのママである一人の老婆の頼みも引き受けています(第四話「青い育成」)。

そして、彼女を助ける人物として東根警察署の署長の有木や(第一話「紅い宝石」)、以後の話の中で留美のボディーガード的な位置を占めることになる元不良の逸平(第二話「昏い追跡」)、裏社会への繋がりを手助けする存在となる暴力団の幹部石上研などの多彩なキャラクターが登場しています。

また、彼女が関わる事件も上記のさくらんぼ窃盗やデリヘル嬢捜索などの他、第二話のスーパーの保安員として万引き犯の実体、第五話「黒い夜会」でのホスト社会の裏事情、第六話「苦い制裁」でのストーカー事件の実態などと、裏社会の闇に連なる場合が多いのです。

結局は、彼女の仕事もそこで取りこまれてつつある人たちの救済という意味合いをも持つことになるのです。

 

こうして本書『探偵は女手ひとつ: シングルマザー探偵の事件日誌』は、東直己の『探偵・畝原シリーズ』などを思い起こさせる、ローカルなハードボイルドとして仕上がっています。

ただ、本書はこのシリーズのようには重くはなく、もっと読みやすい軽妙な物語となっています。

 

 

また、常に社会的なテーマを抱えながらも読みやすいハードボイルドタッチの物語としては、石田衣良の『池袋ウエストゲートパークシリーズ』があります。

主人公は池袋のトラブルシューターであるタカシという男ですが、池袋のカラーギャングのキングと呼ばれるタカシと共にトピカルなテーマを解決していく、読みやすい物語です。

ただ、本書『探偵は女手ひとつ: シングルマザー探偵の事件日誌』に比べると、『池袋ウエストゲートパークシリーズ』は舞台背景だけではなく、主人公自身のもつ雰囲気もかなりスマートであり、本書のローカルな印象とは異なります。

 

 

探偵は女手ひとつ: シングルマザー探偵の事件日誌』は、2021年12月現在でも続編は出ていません。

しかし、このキャラクターは是非また読みたいと思うキャラクタ―であり、続編を期待したい一冊です。

猫に知られるなかれ

終戦後の混乱と貧困が続く日本。凄腕のスパイハンターだった永倉一馬は、池袋のヤクザの用心棒をしていたが、陸軍中野学校出身の藤江忠吾にスカウトされ、戦後の混乱と謀略が渦巻く闘いへ再び、身を投じる―。吉田茂の右腕だった緒方竹虎が、日本の再独立と復興のため、国際謀略戦に対抗するべく設立した秘密機関「CAT」とその男たちの知られざる戦後の暗闘を、俊英・深町秋生が描く、傑作スパイアクション!(「BOOK」データベースより)

第一章「蜂と蠍のゲーム」
終戦後の池袋。かつて泥蜂と呼ばれた元憲兵の永倉一馬は、陸軍中野学校出身の藤江から、緒方竹虎らがひそかに設立した諜報機関CATに誘われる。その藤江がまず持ちかけてきたのは、終戦時に起こされた襲撃事件の首謀者と目されている大迫元少佐がGHQのケーディスを狙っているというものだった。
第二章「竜は威徳をもって百獣を伏す」
毒物兵器の青酸ニトリールを持ち出していたらしい登戸研究所の元研究員であった闇医者が渋谷で死んだ。元諜報員の藤江忠吾は元陸軍少将岩畔豪雄(いわくろひでお)のもと、捜査を開始する。
第三章「戦争の犬たちの夕焼け」
戦時中、上海で作った特務機関の活動で大金を得、GHQ右派と組んでいる新垣誠太郎の会社が襲撃された。CATは犯行集団がシベリアに抑留されているはずの関東軍特殊部隊と突き止め、藤江と永倉は捜査に乗り出した。
第四章「猫は時流に従わない」
池袋駅前でGI相手に暴れていた永倉は幼馴染の香田徳次に出会い、今やっている仕事を手伝うように頼まれた。しかし、その仕事というのがどうもあやしいしろものだった。

本書は全部で四つの「章」から成立していますが、実際は四つの「章」は物語としては独立しており、連作の短編集といったほうが適切かもしれません。

そのそれぞれの物語に、戦争で負わされた深い傷を負った男たちが登場します。それは主人公の永倉一馬も同様であり、たまたま成り行きで立場が異なっただけにすぎない男たちでもあります。本書はそうした男たちの行きぬいていこうとする戦いを描いた作品でもあるのです。

また、これまでの深町秋生という作家の作品の傾向からすると少々異なる作品でもあります。これまで通りにアクション性の強い小説であることは同じですが、バイオレンス性はかなり弱まっています。

それは、本書が戦後すぐの日本を舞台にしたスパイ小説であることも関係しているのかもしれません。また、吉田茂や緒方竹虎などの実在の人物を登場させ、日本国の復興を、そして再生を願う男たちの戦後裏面史であるということもあるのでしょう。

ただ、四つの物語は何となく平板に感じたことも事実です。永倉一馬も、彼をスカウトした藤江にしても今ひとつそのキャラが立っておらず、戦後の混とんとした世界というせっかくの舞台が生きていない印象はありました。

陸軍中野学校出身の藤江という男を登場させているところからでしょうか、柳広司の『ジョーカー・ゲーム』という小説を思い出していました。こちらは太平洋戦争直前が舞台であり、陸軍中野学校をモデルにしたというスパイ養成学校の「D機関」の結城中佐を中心にして、結城中佐自身、そしてこの機関の学生、卒業生の活躍を、アクションよりは頭脳戦を前面に押し出している小説です。が、あまり数が多くないスパイ小説の中では一級の面白さを持った小説でした。当然のことながらシリーズ化されています。

現代の諜報戦を描いた作品とすると結局は公安警察を描いた作品が主になると言えるのでしょう。その中では公安警察出身である濱嘉之の現場を知り尽くしたものならではの『警視庁情報官シリーズ 』や、同様に報道記者出身としての知識を生かした竹内明の『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』などは、現場をよく知る者の手によるリアルな物語であり、読み応えのある作品でした。

それでも、本書はもしかして続編でも出るのであれば是非読んでみたい小説ですし、面白くなりそうな期待を抱かせる物語でもあります。

東京デッドクルージング

2015年、東京。富裕層と貧困層の格差が拡大し、脱北者の無条件受け入れを開始した日本。企業は不良少年らで民兵集団を組織し、民兵・晃らはミッションのもと、中国人が集うクラブを襲撃。偽ドル札作りの天才・劉の拉致に成功した。一方、クラブの襲撃により、脱北者の売春婦として生活していたヒギョンが命を落とした。ヒギョンの姉、ファランは妹の死体を前に、ある決意をする…。(「BOOK」データベースより)

本書を読んだ当時は、面白くない小説という印象しかありませんでした。主人公たちの行動の理由や舞台設定が何故か受け入れられなかったようです。

新装版 果てしなき渇き

新装版 果てしなき渇き』とは

 

本書『新装版 果てしなき渇き』は2005年01月に刊行されて2021年11月に新装版として上下巻合わせて511頁で文庫化された、長編のミステリー小説です。

第3回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞しており、かなりの評判を得た作品です。

 

新装版 果てしなき渇き』の簡単なあらすじ

 

第3回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、スマッシュ・ヒットとなった本作が新装版になって登場!部屋に麻薬のカケラを残し失綜した加奈子。その行方を追う元刑事で父親の藤島。一方、三年前。級友からひどいイジメにあっていた尚人は、唯一自分を助けてくれた加奈子に恋心を抱くようになるが…。現在と過去の物語が交錯し、少しずつ浮かび上がる加奈子という少女の輪郭。彼女は果たして天使なのか悪魔なのか。(新装版 上巻 :「BOOK」データベースより)

尚人は加奈子に会いたいがため、皆が恐れる不良グループ“アポカリプス”のパーティに参加することになる。一方、娘の捜索を続ける藤島は、加奈子がある大きな組織に追われていることを知る。探れば探るほどに深くなる彼女の闇。加奈子に狂わされた男たちの運命は。そして待ち受ける驚愕の結末とは。全選考委員が圧倒された『このミス』大賞受賞作品。読む者の心を震わせる暗き情念の問題作が、新装版になって登場。(新装版 下巻 :「BOOK」データベースより)

 

新装版 果てしなき渇き』の感想

 

先にも書いたように、本書『新装版 果てしなき渇き』は第3回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞した作品です。

ただ、私が本書を読んだのはかなり前のことであり、「このミス」受賞作とはいっても、バイオレンスの印象は残っているものの、内容についてはほとんど記憶にありませんでした。

今回の映画のストーリーを聞いて、漠然とその内容を思い出したほどなのです。

決して私の嫌いなジャンルではなく、どちらかというと好きなジャンルの筈なのに記憶に残っていないというのですから、多分、この作者深町秋生との相性があっていないのではないかと思います。

ところが、その後の深町秋生作品はどちらかというとのめり込んで読んでいるので、再び読み直そうかと思っているところです。

 

2014年に本書『新装版 果てしなき渇き』を原作とする映画が公開されました。役所広司という当代きっての役者さんを起用しての作品です。

「少なくともレンタルでも見ようとは思っています」、と以前はここにも書いてはいたのだけれど、残念ながら2022年6月の今になっても見れないでいます。

加奈子役の小松菜奈の演技がかなり衝撃的で高評価だった記憶があります。

 

 

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』とは

 

本書『アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』は『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の第一弾で、2011年7月に273頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

女性版の悪徳刑事ものであり、目的のためには手段を選ばない女性刑事の活躍が小気味よいタッチで描かれています。

 

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』の簡単なあらすじ

 

暴力を躊躇わず、金で同僚を飼い、悪党と手を結ぶ。上野署組織犯罪対策課の八神瑛子は誰もが認める美貌を持つが、容姿から想像できない苛烈な捜査で数々の犯人を挙げてきた。そんな瑛子が世間を震撼させる女子大生刺殺事件を調べ始める…。真相究明のためなら手段を選ばない、危険な女刑事が躍動する、ジェットコースター警察小説シリーズ誕生。(「BOOK」データベースより)

 

暴力団千波組の組長の娘が殺されたが捜査本部には入れてもらえないでいた八神瑛子は、裏社会のボス劉英麗の頼みで馬岳というブローカーを探していた。

そこに新たな殺人事件が起きた。被害者は林娜という中国人の若い娘であり、劉英麗によると、貴州省の山奥から出てきた娘で、馬岳によって新橋のエステに売り飛ばされたという。

瑛子が調べだした情報をもとに、馬岳が現れたところを里美の応援で何とか捕まえるのだった。

上野署署長の富永は、きな臭い瑛子の行動に対し合同捜査本部へ加わり川上と組むことを命じる。

瑛子は、劉英麗から聞いた郭在輝を訪ね、林娜が映った裏ビデオの詳細を聞き出し、犯人と思しき長尾進があるフィットネスクラブにいることを突き止める。しかし、事件はこれで終わったわけではなかった。

 

アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』の感想

 

本書『アウトバーン』は、ミステリーとしてはよくできているとは言い難いかもしれません。

犯人逮捕に結びつく肝心な情報は劉英麗のような八神瑛子独自の裏社会を通じた情報網からわりと簡単にもたらされ、他の警察小説であるような捜査や推理の結果ではありません。

しかし、そうした裏社会からもたらされる情報も、瑛子自身が普段から情報網を丁寧に作り上げていたからこその話であり、そういう意味では瑛子の努力により情報が集まってくると言えるのでしょう。

その点で、通常の謎解きミステリーではなく、裏社会と瑛子とのつながりこそ重要であり、そのつながりを重点的に描く作品という意味で普通のミステリーとは異なると思うのです。

 

本シリーズの面白さは、何といっても八神瑛子というキャラクターにあります。

誰しもが認める美人でありながら汚れ仕事に手を染めることを厭わず、それどころか警察官を相手に金貸しをやっており、その引き換えにその警察官の弱点を抑え、いざという時は自分の言うことを聞かます。

勿論、やくざらから情報と引き換えに金を受け取ることも当たり前であり、剣道三段の腕っぷしで、度胸も満点の女性です。

 

また、瑛子が勤務する上野署の署長である富永昌弘をはじめとする登場人物たちが個性的です。ほかに、元女子プロレスラーの落合里美や瑛子を裏社会から支える劉英麗という蛇頭のボスや、千波組若手幹部の甲斐道明など魅力的です。

特に富永は警察官として一途であり、その内心の変化の描写には面白いものがあります。また、仙波組の甲斐も面白い存在ですが、もう少し書き込みが欲しいところではありました。

本書は今回再読したものですが、初回に比べより面白さを感じたように思います。それは再読したことで八神瑛子というキャラクターをより知ったということなのかもしれません。

ともあれ、初回読了時に思ったよりも魅力的なキャラクターであったようです。