『炎路を行く者』とは
本書『炎路を行く者』は『守り人シリーズ』の第九弾で、2016年12月に新潮社から313頁の文庫本書き下ろしで刊行されたファンタジー小説です。
シリーズのスピンオフ的な位置にあり、ジグロと旅をしている幼女のバルサの物語と、シリーズ終盤に登場するタルシュ帝国の密偵ヒュウゴを主人公とする作品集です。
『炎路を行く者』の簡単なあらすじ
『蒼路の旅人』、『天と地の守り人』で暗躍したタルシュ帝国の密偵、ヒュウゴ。彼は何故、祖国を滅ぼし家族を奪った国に仕えるのか。謎多きヒュウゴの少年時代を描いた「炎路の旅人」。そしてバルサは、養父と共に旅を続けるなか、何故、女用心棒として生きる道を選んだのか。過酷な少女時代を描いた「十五の我には」-やがてチャグム皇子と出会う二人の十代の頃の物語2編。シリーズ最新刊。(「BOOK」データベースより)
『炎路を行く者』の感想
本書『炎路を行く者』は『守り人シリーズ』の第九弾となるファンタジー小説です。
バルサとチャグムが主人公のシリーズ本編とは別の、「炎路の旅人」という中編と「十五の我には」という短編の二編からなっています。
「炎路の旅人」は、『蒼路の旅人』や『天と地の守り人』で登場してきた密偵のヒュウゴを主人公とする物語です。
タルシュ帝国に殲滅されたヨゴ皇国軍の中でも精鋭中の精鋭と謳われた帝の盾の家族であったヒュウゴが何故に仇であるタルシュ帝国の密偵となったのかが描かれています。
ヨゴ皇国は<天ノ神>の子孫が人身となって統べていると信じられてきた国でしたが、ある日神の子孫が力を発揮することなく、タルシュ帝国に滅ぼされてしまいます。
<帝の盾>の息子として誇り高く育てられてきたヒュウゴは、自分が生きている限りはヨゴ皇国は滅びたことにはならないとして生き抜くことを誓うのでした。
「十五の我には」は、ジグロと共に追手から逃れる旅をしていたバルサが、用心棒として初めて独り立ちをした際のエピソードが描かれています。
この短編で作者は、自分を育ててくれたジグロの自分に対する愛情が見えてなかった自分の幼さに対する後悔を言いたかったのでしょう。それが集約されているのが、作品中に出てくる「ロルアの詩」だと思われます。
つまり今でも見えていないことがたくさんあるのに、十五歳の自分は何と世の中が見えていなかったことか、ということです。
作者の文章力がこうした作中の詩にも表れており、この短編の意図が集約されていると思います。
両作品共に、主人公の未熟さゆえに見えていなかった世界が、主人公の成長と共に次第に見える、理解できてくる様子が語られます。
そのことが当人にとっていいのか悪いのかは別として、人として自分の生き方や、他者とのかかわり方の判断のためにも必要なことではあると思われます。
ヒュウゴが暮らしていた狭い世界での価値観や、バルサの幼なさによるジグロに対する反発など、未熟さからくる世界観の狭さなどがはっきりと示されているのです。
シリーズもので本編で語られなかった物語の間隙を、こうしてスピンオフ作品で示してくれることは、スピンオフ作品自体の面白さは勿論のこと、本編で語られる物語の厚みを増してくれるというのはあらためて言うまでもないことです。
上橋作品が物語世界の細密さに裏付けられているということはこうした中編や短編でも確実に見ることができ、だからこそそれぞれの話での主人公たちの話もそのままに読者の胸に迫ってくるのです。
なかなか新しい上橋作品に接する機会が減っています。できればもっともっと新たな物語に接したいと思うののでうが、作者の小説作法は多作を困難にしているようです。
でも、できるだけ心躍る新刊が出版されるのを待ちたいと思います。