『秋葉原先留交番ゆうれい付き』とは
本書『秋葉原先留交番ゆうれい付き』は2015年10月に刊行され、2018年4月に352頁で文庫化されたミステリー小説です。
軽く読むにはいいかもしれませんが、時代小説で感じた西條奈加の面白さ程の魅力は感じませんでした。
『秋葉原先留交番ゆうれい付き』の簡単なあらすじ
電気とオタクの街―秋葉原。その交番に勤める権田は、筋金入りのオタク警官。対してコンビを組む長身イケメン警官・向谷は頭はからっぽだが、類い稀なコミュニケーション能力の持ち主。ひいては美脚の「足だけの幽霊」を連れてきてしまった。2人は「足子さん」と呼び、彼女の死の理由を探し始める。フィギュア盗難、抱きつき魔、迷子、メイド喫茶のいさかい…ご当地ならではの「謎」に凸凹警官が挑む、新境地人情ミステリ!(「BOOK」データベースより)
渡井季穂は山中で目覚め、さまよった挙句たどり着いたのが東京都は奥多摩のどん詰まりにある稲香村の交番だった。
そこにいたのが向谷巡査であり、今のところ膝から下の足だけの幽霊になった季穂を認識できるただ一人存在だったのだ。
その交番を追い出された向谷と共にたどり着いたのは、今度は秋葉原の先留交番であり、そこにいた警察官が権田だった。
幽霊になった季穂は自分がどうして奥多摩にいたのか、誰に殺されたのかも全く覚えておらず、向谷を介してしか意思も伝えられないなか、権田と向谷がここ秋葉原で巻き起こる事件を解決する様子を見守りながら、二人が季穂が殺された事情を探る手伝いをするのだった。
『秋葉原先留交番ゆうれい付き』の感想
本書『秋葉原先留交番ゆうれい付き』は、『心淋し川』で直木賞を受賞した作者の描く現代版の人情ミステリー小説です。
登場人物は権田と向谷結弦という二人の警官、それに向谷に「足子」と呼ばれている足だけの幽霊である渡井季穂です。
権田は季穂がつけたメガネトドというあだ名がぴったりのオタク警官であり、向谷は非の打ち所のないイケメンですが女性に対する事柄以外はネジが緩んでいるとしか言いようのない警官です。
この二人の警官がまさにファンタジーの世界ならではのキャラクターとして設定されていて、権田はその優秀な頭脳を駆使して自分を秋葉原の駐在所勤務になるように仕向け、オタク趣味を満喫している人物です。
一方の向谷は、すれ違う女性たちが振り返るようなイケメンであり、事実女性の気持ちを理解することにかけては右に出るものはいませんが、頭の中身は空っぽという人物です。
そして、本書の主人公が足だけの幽霊となっている渡井季穂という女性です、と言っていいのでしょう。
季穂は秋葉原のメイドカフェでメイドをしていた女性で、気が付いたのは奥多摩の山中であり、幽霊となっていたのでした。
その幽霊の季穂を唯一認識できたのが、昔から霊感が強かったという向谷なのです。
この三人が電気とオタクの街―秋葉原を舞台に、季穂が何故に奥多摩の地で幽霊となっていたのか、何故、誰に殺されたのかを突き止めようとする姿が描かれます。
同時に、権田と向谷は権田のもとに持ち込まれるオタクが襲われた強盗事件(オタクの仁義)やメイドカフェのメイドの痴漢被害(メイドたちのララバイ)、幼稚園児の誘拐事件(ラッキーゴースト)などを解決していきます。
そして、第四話の「金曜日のグリービー」で季穂が記憶を失った最後の現場の状況が明らかとなり、最終話「泣けない白雪姫」で季穂が幽霊となった経緯が明らかになるのです。
連絡ものではよくあるように、もはや連作というよりは一編の長編小説というべき作品となっています。
そして本書『秋葉原先留交番ゆうれい付き』は、さすが西條奈加の作品であり、人情味豊かな作品として仕上がっています。
本書『秋葉原先留交番ゆうれい付き』のような、幽霊が探偵もしくは探偵の補助として登場する推理小説は少なくない数があると思いますが、私が一番に思い浮かべたのは誉田哲也のもう聞こえないという作品です。
この作品は殺された「霊」が語りかけ、そのことによりこの物語が展開していくというエンターテイメント小説で、気楽に読めた作品でした。
また、相沢沙呼の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』という作品も「霊」を絡めた作品です。
この作品は、第20回本格ミステリ大賞を受賞し、「このミステリーがすごい!」2020年版国内篇と「本格ミステリ・ベスト10」2020年版国内ランキングで第一位をとり、さらに2020年本屋大賞と第41回吉川英治文学新人賞で候補作品となっている本格派の推理小説です。
この作品と比べると本書『秋葉原先留交番ゆうれい付き』は実に気楽作品だと言え、謎解きそのものよりも、登場人物の家庭や人間関係などに重きが置かれた人情小説というべきだと思います。
ただ、本書は個人的には西條奈加の作品の中では軽いタッチであるからか、あまりお勧めとは言い難い作品と言えるでしょう。