町与力の高安門佑は、新任の北町奉行・遠山景元の片腕として市井の取締りに励む毎日だ。その最中、元遊女のお卯乃を屋敷に引き取る。お卯乃との生活に安らぎを覚える門佑だったが、老中・水野忠邦が推進する天保の改革は、江戸を蝕み始めていた。改革に反対する遠山らと水野の鬩ぎ合いが苛烈を増す中、門佑は己の正義を貫こうとするが―。爽やかな傑作時代小説。第18回中山義秀文学賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
鳥居耀蔵と遠山左衛門尉景元との対立の中、天保の改革期における江戸の町の姿を、高安門佑という吟味方与力の眼を通して描くという一面をも持つ、読みやすい作品といえる長編の時代小説です。
老中水野忠邦のいわゆる天保の改革は、江戸の町の活気を奪っており、北町奉行の遠山景元は改革の手を緩めるように南町奉行矢部定謙らと共に進言するも矢部定謙は失脚させられてしまう。
その後、南町奉行には妖怪と呼ばれる鳥居耀蔵が就くことになり、その取り締まりをより苛烈なものとするのだった。
本書は天保の改革での遠山景元と水野忠邦、鳥居耀蔵との対立という図式の中、株仲間の解散、寄席の制限、芝居小屋の移転といった数々の施策とそれによる市井の暮らしへの影響を描くという少々変わった物語です。
でありながら、主人公の高安門佑という与力を、見た目は怖いが心根の優しい一本気の男として描いていて、加えて門佑の外回りの時には何時も付き従う一平という存在もあり、時にはユーモラスに物語は進みます。
更に忘れてならないのは「お卯乃」という女の存在です。女郎上がりのこの女と門佑との恋物語としての側面もまた魅力の一つでしょう。
私が読んだ範囲では鳥居耀蔵をこれほど書き込んでいる小説を知りません。主人公との関わりの中、妖怪鳥居耀蔵を人間鳥居耀蔵として描く部分もあり、なかなかに魅力的な物語として仕上がっています。
鳥居耀蔵という名は、小池一夫原作、神田たけ志画の「御用牙」という、私が若い頃読んだ漫画の中で初めて知りました。
他に宮部みゆきの『孤宿の人』の加賀様のモデルがこの鳥居耀蔵だと思われます。
また平岩弓枝に「妖怪」、童門冬二に「妖怪といわれた男 鳥居耀蔵」という作品があるそうですが、私は未読です。